魔王さま マネージメントのお時間です ~課長! 私は魔王じゃなくてOLなんです!~   作:Rオウ

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あけましておめでとうございます。
2020年がみなさんにとって良い年でありますように。



第12話 誰も彼も隠し事が多すぎる

 目が滑る

 

 誰か知らないけどこのフレーズを最初に思いついた人のセンスは褒め称えられるべきだと思う。

 

 今、私は魔術書を読みながら盛大に目が滑っている。書かれている文字は読めても中身が頭に入らない。関数式とかグラフとかが頻出しているので、これは魔術書なんかじゃなくて間違いなく理系の研究論文だ。

 

 目次から始まって、研究目的と研究内容の概要あたりで内容を理解するのは難しくなった。

 中学生で習った二次関数のグラフを半分に切ってひっくり返したようなグラフには横軸に空間充填率、縦軸に透過率と書かれていた。

 

 書かれてはいるけど、それが何を意味してるかは分からない。

 微笑みを顔に張り付かせたまま、自然な動作でページをめくる。

 

 ページをめくるたびにイマエさんがビクッっとする。

 

 止めてください、イマエさん!

 この(微笑み)を維持するのも集中力がいるんですよ?!

 

 読み進める振りをしながらイマエさんの様子を伺う。

 視線を魔術書に固定したまま、イマエさんを観察する。女子なら誰でも大抵身に付けてる視線の技術だ。

 見ていることを相手にわざと気付かせる技術。見ていることを相手に悟らせない技術。これができなきゃ女子なんかやってられませんよ。調べてみると周辺視という名前でアスリートでも必須とか。演劇にだって周囲との連係が必要な技術なので私も身に付けている。

 

 私がページをめくるたびにイマエさんの顔に噴き出た汗が床に滴り落ちている。

 

 あれ?

 

 たしかキアツとか言ったイマエさんの向かいに座ってる若い男子も何か深刻そうな顔をして私を見ている。

 

 ……一体この魔術書に何があるんだろう?

 

 研究概要の最後のページをめくると唐突に魔方陣が描かれたページになった。

 魔方陣全体を描いたページの次は、魔方陣の一部を拡大して切り抜きその構成要素を解説してるっぽい文章が隅の方に書かれている。以降も魔方陣の解説ページが続いている。

 

 もちろん、目が滑って内容は頭に入ってこない。

 

 

 

 あ、……ちょっと待って?

 

 自分が大変重要なことを見落としていることに今更気が付いた。

 魔術書を読んでいる私をここにいるみんなが注目している。

 そういう状況で私が魔術書を読み終えたらどうなるだろうか?

 特に眼球が血走って飛び出さんばかりに私を凝視しているイマエさん。

 いや、イマエさんに限らない。

 この魔術書の()()について軽く感想でも聞かれたら私はどうなる?

 読んではいるけど、内容について私は欠片も理解できてない……

 頼りたい課長はこの魔術書をまだ読んでいない。

 さすがに読んでもいない魔術書について課長のサポートは期待できない。

 

 あぁ! なんで私は魔術書を渡されるままに読み始めちゃったかな?!

 

「魔王様、魔術書(禁術)をお読みいただきましたがどう思われますか?」

 

 と誰かに聞かれて

 

「あはは~、どうかなぁ~?」

 

 なんて答えると間違いなく失望される。

 キラキラとした輝く目からジトッとした目で見られることの変化に私は耐えられるだろうか?

 いや違う。問題なのは私に向けられる視線だけの話では済まないことだ。

 

 食事前に課長と話したリーダーについて私が言ってホワイトボードに書かれた言葉が脳裏に浮かび上がる。

 

 ─────────────────

  リーダーとは?

  ・なんでもできる人

  ・なんでも知っている人

 ─────────────────

 

 そう、私のリーダー像とはなんでもできる、なんでも知ってる人というもの。

 きっとそれは私だけじゃない。誰だってそうだ。

 

 つまりここにいる全員、そして広場にいた魔族の人たちは(魔王)をなんでもできてなんでも知っている頼れる魔王様(リーダー)だと信じているはずなのだ。

 だから人族の軍勢に追い詰められ滅ぼされかけている状態であっても、ここの魔族の人たちは比較的落ち着いているのだ。全ては魔王様という信頼を集めるリーダーの存在にかかっている。

 逆に魔王が部下からの信頼を失えばその組織は機能しなくなるのは想像に難くない。素人にだってそれくらい分かる。信頼を失えば私の魔族を救うという願いは砕かれ、そして魔族は救われない。

 

 大前提として、(魔王)は魔族の人たちに失望されるわけにはいかないんだ。

 

 頭の中で考えながら魔術書を読んでいる振りをしていたら、次が最後のページになっていた。

 魔術書の内容は分からないし頭に入ってもいない。そもそも魔術の素養が私にはインプットされてないので理解しろという方が無理な話だと思う。

 だけど……この最後のページをめくったら誰かが私に質問してくるかもしれない。

 

 この追いつめられている感覚!

 

 これほどの危機は、三ヶ月前課長がデスクの上に置きっぱなしにしていたコーヒーカップを私が給湯室に持って行って洗う(など)しているところを派遣の河合(29歳独身)さんに見られた時以来だ。

 洗ってただけって言い張ってあの日は何とか切り抜けたけど、その日以来河合さんの私に対するチェックが厳しい。

 さらに自分のカップは自分で洗うようにという通達が担当内に再度流されてしまった。絶対に別の意図が込められている。私には分かる。

 

 

 

 ちらっと課長を見る。

 課長は私の視線に気付くと軽く肩を竦めて見せた。

 

 それ(魔術書)を読んでないので何とも言えない、というのが課長の答えらしい。

 

 

 ……こうなったら力技でいくしかない。

 

 

 魔術書の最後のページに指をかけたまま、膝の上に置いて顔を上げてイマエさんを見る。

 イマエさんは私を見ているのでちょうど見返す形になる。

 訝しげな顔をするけどそれでも私は凝視する。

 

 いや、睨んじゃだめだ。微かに微笑む感じがいいかも。

 

 そして凝視し続ける。

 

 

 よし、イマエさんは目を逸らした。勝った!!

 更に念を押すように十分時間をかけてイマエさんを見続ける。

 

 次はキアツ君だ。

 

 睨まないようにむしろ目に優しさを浮かべてキアツ君を見る。

 彼は、イマエさんと私を交互に見比べた後、躊躇いつつ私から目を逸らした。

 

 フッ、弱い。

 

 残った人たちにゆっくりと視線を流す。よし、大丈夫そうだ。

 私は魔術書の最後のページを読まないままパタンと閉じると、脇に立つ課長に流れるように魔術書を差し出した。

 

「拝見いたします」

 

 課長は私に目礼すると受け取った魔術書を立ったまま読み始めた。

 

 よし、乗り切った!

 

 予め質問しそうな人に微笑んで(威圧して)目を逸らさせている間に魔術書を課長に渡すことで質問のタイミングを潰すのに成功した。

 次、質問があるとするなら課長が魔術書を読み終えた時だけど、その時は課長が私をサポートできる。

 

 我ながら良い機転だった。

 自己満足に浸っていると魔術書を読んでいる課長が感嘆の言葉を上げた。

 見ると、課長はもう魔術書を半分くらいまで読み込んでいる。

 どんだけ読むのが早いのか。

 

「……ほう、これは凄いですね。確率論的に自然発生する微小空間(時空泡)を魔力で発生確率と存在時間をブーストするのか」

 

 その呟きを聞いた何人かは首を傾げている。課長はそれを見て

 

「全員が理解しているわけではなさそうですね。魔王様、この者たちに魔術書の内容を解説することをお許し頂けますか?」

「許可します、カチョウ。禁術とありますが既に使用されていて我々はその影響下にいますからね。その内容を共有することは急務と言えます」

 

 課長、完璧です!

 本当の解説先は私ってことですね?

 

「は、では時空泡とは……」

 

 言いかけて黙り込んだ課長は、イマエさん達に気付かれないように私の方をチラ見した。

 

「模型で説明した方が理解がしやすいか……」

 

 今の酷くない!?

 

 課長は私から少し離れて全員から見える場所に移動した。

 

 パチン!

 

 課長と私たちとの間に横1m縦2m厚さ30cmくらいの透明の壁が現れた。

 

「これが私たちのいる世界、空間を一部切り出したものだと思ってください。そして……」

 

 透明の壁の中央に白いピンポン玉みたいなものが一つ現れた。

 

「これが時空泡をイメージしたものです。単なる物体ではなく、我々の世界とは完全に独立した別の時空間です。別の宇宙と言い換えてもいいでしょう。自然状態では目に見えないほど小さく、発生した瞬間に消滅するほど短い間しか存在できません」

 

 課長は壁の中の白いピンポン玉に指を近づけ

 

「ただのボールに見えるでしょうが、この時空泡に物理的に干渉する方法はほぼありません。別の宇宙から別の宇宙に干渉する方法がないように、この時空泡は壊せず、触れず、何もできない。ただ、魔王召喚術式のように世界を跨って干渉する大規模魔術のみ影響を与えることができます」

 

 壁の中の白いピンポン玉の隣に今度は赤いピンポン玉が一つ現れた。

 

「ですが発生する時空泡はそれぞれ別の性質を帯びた時空間であるので、それぞれの時空泡に焦点を合わせた大規模魔術式と魔力が必要になります。そして微小なこれらの泡が無数に増えて空間を占有していくと……」

 

 様々な色をしたピンポン玉が透明な壁の中に無数に現れ充満した。

 

「そちらから私が見えなくなりましたかな? このように見通せず、あらゆる物理的な力、魔術をもってしても干渉することのできない光も時間すら通さない無敵の障壁と化すのです」

 

 えー、凄いじゃない! これなら靄に包まれた中が安全ていうのも理解で……え、待って?

 

「カチョウ様。質問よろしいでしょうか?」

 

 ノバが挙手している。

 

「どうぞ?」

「たとえば空からとか、地面に穴を掘って人族の軍が侵入してくることは可能ですか?」

「良い質問だ」

 

 良い質問です!

 

 課長は片手に開いたまま持っている魔術書に軽くを目をやった後、食堂の左側の窓へ近づいた。躓いたのか足を一瞬止めた後窓の外を指差し

 

「……外の空の方を見たまえ。空にも薄く靄がかかっているだろう?」

 

 分かりにくいけど確かに外を眺めると空の方にまで靄がかかっている……あれ、気のせいか微妙にさっきより明るいような?

 

 課長は窓際から戻ってくると、カラフルなボールの埋め込まれたオブジェと化している壁を軽く叩いた。すると壁はぐにゅっと変形し球体に姿を変えた。

 

「この魔術書の魔方陣の構築方法だと、時空泡は壁ではなく球形状にこの都市を取り囲んでいるはずだ。そうですねイマエ殿?」

「……その通りです」

 

 課長がもう一度球形のオブジェクトを叩くと時空泡の模型が消えて行って内部が見えるようになった。

 

「この都市は空から地面の中まで時空泡に包まれているが、問題はその空間充填率か……さて」

 

 課長は元の位置、つまり私の脇にまで移動してきた。魔術書を片手で持って開いたままにしている。

 

「ここからはイマエ殿に私が質問したい。この禁術をこの規模で発動するためには莫大な魔力が必要だったはずだ。どこからそんな魔力を用意したのかね?」

「魔族の都市には設備を動かすための魔力タンクが地下に設置されておるのです。この都市は200年前に立入禁止になりましたが魔力タンクはそのまま残されていたので、タンクに残っていた魔力を全て魔方陣に注ぎ込みました」

 

 課長の質問に答えるイマエさんの顔色が明らかに悪い。

 

「ありがとうございます。では次の質問ですが、この時空泡を任意の場所に発生させる魔術の効力はいつまで続きますか?」

「……それは」

「それは?」

 

 ごくりと唾をのみこむイマエさん。顔色はもう真っ青だ。

 

「……分からないのです」

「でしょうな」

 

 課長は深くため息を吐くと片手で開いてもっていた魔術書の最後のページをめくった。

 

「最後のページが……ありませんからな」

 

 

 

 魔術書の最後のページは破り取られていた。

 

 




【補足】
 時空泡というのは実際に量子論とか宇宙定数について出てくる単語ではありますがこの物語の中での扱いは上記とは別の使い方をしておりますのでご注意ください。

 また、魔王召喚術式のように世界を跨る魔術が使われる世界観であるので魔族は我々の世界より「宇宙」「空間」についての理解が深い世界である設定です。
ハードSFではないので非常に緩く受け取って頂けると幸いです。




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