魔王さま マネージメントのお時間です ~課長! 私は魔王じゃなくてOLなんです!~   作:Rオウ

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第5話 私は魔王

 コツ。

 

 歩をこれ以上進められない。広場の中でも私のいるここは少しだけ段差があって高くなっている。

 不自然に思われない程度にゆっくりと歩いて考える時間を稼いだつもりだけど、話すことなんて何も思いつかない。

 

 この無茶振りは酷い!! 課長、あんまりですよ!?

 

 沈黙が焦りに変わって心臓の鼓動がどんどん早く大きくなる。

 額に油汗が滲み出ているのが分かる。

 

 気が焦れば焦るほど、むしろ何も考えられなくなる。カラカラと思考が空回りしている。

 

 無理! これは無理!

 

 さっきまでは辛うじて自分の中に残っていた何とかしようという前向きな思いが、切迫感に塗りつぶされて消えていく。

 

 ダメだ、逃げよう! と後ろに振り返り走って逃げようとした時、課長の右手が動くのに気付いた。

 

 

 彼らの顔を見ろ?

 

 それだけを私に伝えて課長の右手は動くのを止めた。

 

 彼らの顔を見ろ?

 

 訳が分からない。それに何の意味があるのか。そもそもさっきまで魔族の皆さんを正面から見てたよ!

 こんな指示より何を話せばいいのか教えてくれればいいのに!

 

 理不尽さへの怒りと焦りが心を占めつつも、私はなぜか言われるままに後ろを振り返り、一番手前の魔族の人の顔を見た。

 

 なぜかその人の顔が、表情が私の胸を射た。

 

 その隣の魔族の人の顔、その後ろの魔族の人の顔、そのまた後ろの魔族の人の顔、もう一列後ろの魔族の人の顔。私は何かを求めるように一人一人の魔族の人の不安そうな顔を衝撃と共に瞳に収め続けた。

 

 誰もかれもが不安そうなを顔をしていた。

 

 『魔族の皆さん』

 

 私が心の中で魔族の人たちを形容するのに使っていた言葉。

 そう、つまり……私は今まで個人としての彼らを見ていなかったのだ。ただ、自分に関係のない集団として彼らを見ていた。 

 

 だから気付けなかったのかも。

 

 どうしてそんなに不安そうにしているのか。なぜ私に縋るような目を向けているのか。

 

 先ほどまでの自分を振り返る。

 

 何を話せばいいのか?

 

 何を語ればいいのか?

 

 自分の中を必死に探したところで彼らに語りかける言葉が見つかるわけがなかった。そうだ、思いつくわけなんかなかった。

 

 彼らにかける言葉を、彼らを見ないまま出てくるわけがない。

 

 私は足を悪くしている老人、疲れた顔をしている子供、泣きそうな顔をしている母親、一人一人を見て胸の奥で何かが動くのを感じた。私は自分がしなければならないことを今、心で理解した。

 

 私の角が白く仄かな燐光を放つ。口をついて出るのは彼らのための言葉。

 届けなければならない、彼らが必要とする言葉を。

 

「皆さん、私は魔王です。皆さんを導くためにこの地に降り立ちました。皆さんが呼ぶ声が私に届いたのです」

 

 私は右手を胸に当てた後、舞うように軽く右へ手を振った。

 胸から生まれた無数の光の粒子が蛍のように軽やかに飛び、広場に集う魔族の人の中に散っていく。

 

「私は皆さんと共にいます。皆さんの苦難も悲しみも今や私のものです」

 

 私は左手を胸に当てた後、踊るように軽く左へ手を振った。

 胸から新たに生まれた無数の光の粒子が夕闇の暖かな残光のように広場に集う魔族の人を照らした。

 

「私と共に進みなさい。私が前を歩きましょう。私が連れて行くその先に必ずや希望があります」

 

 両手を広げて彼らのために声を紡ぐ。

 

「新しい明日を私と共に迎えましょう」

 

 彼らに私の笑顔が届きますように。

 

 角が放つ燐光がゆっくりと溶け込むように消えて行った。

 

 私の中の不思議な高揚も収まっていく。

 

 

 広場に集う人たちの顔から不安が消えたように思う。

 私がしたのは根拠のないただの口約束の様なもの。

 

 それを現実にしなければならない。自分の心がそれを望んでいる。

 

 そうだ、私が魔王なんだ。少なくとも今は。

 

 振り返って課長にドヤ顔を見せつけようとしたけど、課長は私を見て難しい顔を浮かべていた。

 

「やはりそうか……」

 

 そう呟いた声が聞こえた気がした。


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