事の発端はパリスの一言だった。
「兄さんが一番強いのですから、ネロ祭りだかギル祭りだか知りませんが兄さんが最強に決まっています」
食堂の中のその声はことのほか響き、間が良かったのかそれとも悪かったのか、昼食時でにぎわっていたサーヴァントたちにはあまねくその言葉が耳に入ってしまったらしかった。少し得意げなパリスを小突き、周りに薄い苦笑いを浮かべ軽く謝りながら二人分の昼食を食堂から少し離れたテラスへと運んでいく。パリスの両手に抱えられたアポロンの丸い羊、無性にその姿に青筋を立てるも小さく深呼吸をし、心をなだめていった。
「あのね、ああいうところではもし本当にそう思ってても口に出しちゃいけないの。英霊なんてものは我の塊みたいなやつらなんだからあそこで喧嘩吹っ掛けられても責任はこっちになるんだぜ。もう少し考えて行動しな」
「でも、みんなギリシャで一番強いのはヘラクレスさんか今年の春先にカルデアに来たっていうアキレウスかってずっと言ってるんですよっ。ヘラクレスさんはまだしも、アキレウスなんて阿保の足が速いドチクショウじゃないですか」
「何を否定することがあるよ。まったくその通りじゃないか。足止めしただけおっさんよりも半分神の大英傑のほうが強いに決まっている。それにここには他の土地のサーヴァントだっていっぱいいるんだから俺より強い奴がごろごろいるに決まっているだろう」
「でも、マスターを守らねばこの世界は負けるのでしょう?なら攻めるだけしか能のない奴らよりも兄さんのほうが万倍重要じゃないですか。自分本位なあのニンジンと比較されるのは我慢なりません」
「口が悪いよ、まったく」
ぷりぷりと怒り、少し興奮した様子のパリスの頭の上に持っていた昼食の盆を載せてみる。いきなりの兄の行為に少し驚いたのかそれでもそのお盆を落とすことなく直ぐに頭の上でバランスを取ることの成功していた。遊びだと思ったのかそのまま両手に持っていたアポロンの丸羊を宙に浮かせるとそのまま小走りで廊下を走っていく。器用に頭に乗ったお盆は左右にぶれることなく、盆の上にのったちゃんぽんがこぼれることもなく器用に進んでいく。途中曲がり角で出くわした直流と交流の電撃にも被弾することなく、軽快にかわしていく。
「兄さん、早くいかないと延びちゃいますよっ」
「はいはい」
どうやら彼の興味の先をそらすことには成功したらしかった。
ギル祭り、それはカルデア秋の風物詩。
元々はネロ祭りと呼ばれていたそれは言うならばカルデアにいる全サーヴァントによる聖杯争奪戦。最も強い英雄を決めるトーナメント。血気盛んな英霊たちにとっては一年で最も重要とされるイベントだった。あるものはこの日のために牙を研ぎ、あるものは鎧を磨き、またある者は呪符をこさえる。血の気の多い彼らにとっては合法的に他の英霊と剣を交えることはまたとない腕試しの機会となり、またここに集まるのは人類史に名を遺した英傑たち、彼らと矛を交えたこと自体、誉になるのだろう。閉鎖空間となりがちなカルデアの気分転換にも大きな役割を買っている。この日ばかりは多くの英霊たちが大会へと赴いていく
しかし、生憎と彼にその気はない。大会期間中、参加しなければ長期の連休となる。そうなれば人理修復から今まで戦い続けてきたこの身にも多少の球速が与えられることとなる。いかに激戦といえど常に気を張っていれば自滅はすぐそこに見える、防衛戦を得意とする彼だからこそ今回のギル祭りは不参加を決め込むつもりでもあった。彷徨海のアーカイブにプリズンブレイクを見つけたからでは決してない。
「まぁやりたい奴が楽しむのが一番いい祭りってことさ」
「あ、パリス君!」
「ガレスちゃん、となりいいですか、兄さんも早く早く」
たどり着いたテラスにはちょうど先客がいたらしい。円卓の騎士ガレス、そしてシャルルマーニュ十二勇士のブラダマンテ。少女騎士二人に美少年といって問題ないパリス、彼らの待つその席へと向かう足は少し重いものの、パリスに強制的に促されれば避けようはないだろう
「わるいね、おじさんも一緒で」
「いえいえ、むしろトロイアの大英雄と同じ卓を囲めるなんてすばらしい栄誉ですよ」
「ええ、そうでしょうとも、そうでしょうとも」
「パリス、あなたが威張るところじゃないでしょう」
同時期に召喚され、同年代だったためだろうか、パリスとガレスはそう軽口を言い合う。その姿見るでもなく眺めた。
「ヘクトール殿は今回の祭りには参加されないのですか」
よく見れば彼女たち二人にはいくつかの打ち身やばんそうこうが見て取れる。英霊の再生が追い付かないほどの鍛錬。それほどに力を入れているということだった。
「ん、そうだね。前も何回か参加したことあるし、今回はみんなもいるから俺はお休みかな」
「そう、ですか」
ブラダマンテはそういうと残っていた餃子とチャーハンを掻き込むとそそくさと席を立って行ってしまった。
「先にいってますから」
「はいはい了解です」
ガレスの応答に彼女はそそくさと出ていく。
「ギル祭りですか、随分と気合が入っているようですけど」
「ええ、次の異聞帯が近いって事もあって随分気合が入っているみたいです。時計塔の首席が統括するギリシャ異聞帯、何があるかわかりませんからここでもう一段強くなりたいみたいですよ」
「なるほど」
「それに去年の年末にここに来たブラダマンテや先日来た私たちにとっては初めてのギル祭りですからね。会いたかった人や会えないと思っていた人もいっぱいいますからね。楽しみたいものですよ」
そして食事を終えた彼女も又テラスを出ていった。
「さて兄さん」
笑いを含んでいるような弟の声に自然とため息が漏れた。
「なんでわざわざブリテンの英霊と、シャルルマーニュの勇士がギリシャ異聞帯の前にこの大会に躍起になるんでしょうかね」
そのため息は果たして弟に向けられたものだったのかそれとも別の何かに向けられたものだったのか
「いいとこ見せたいんですよ、あの大英雄、輝く兜のヘクトールに」
いつの間にか彼が手にしていたのは見慣れた戦兜。傷の入ったあの兜。
「それにね。僕たちはまだみてないんですよ」
「ぼくたちが憧れたあの大英雄の姿を」
大きくため息をついた
「まったく、お前、ねらってやったな」
「アーチャーですから、阿保のかかとも百発百中です」
小さく手刀を落とし、もんどりを討つ弟の姿をしり目に兜を手に取った。
「たまには、神話ぐらいひっくり返してやりますかね」
昼休みを終える鐘の音が聞こえ、男は微かに笑っていた