無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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第壱章 2 世界の”外”のせかい

 

 簡潔に言おう。

 

「あ”ぎだ」(飽きた)

 

 『巨木の水』に対する調査や実験もやり尽くし、この素晴らし過ぎる存在を扱う方法も把握した。まぁ色が無い故にやたら過敏だったから、今までの開発よりとにかくやり易かったが。

 

 さて。環境も今は木で言う幹に入ったらしく、もうずっと支流との合流も無い。長い事別の『俺』が流れてくる事も無く、流れが曲がったりもしていない。

 ゆるゆる、ゆらゆらと、緩やかな流れに乗って運ばれるだけだ。

 もう単調で単調で……

 

(いー加減に同じ事しかやらないのも飽きたし、受身なのも飽きた。新しい事をアクティブにやって行こう)

 

 

 こうやってとりあえず流された年数は、十年二十年では利かないだろう。

 百年? 二百年? 五百は超えたっけ? その十分の一程も起きてはいなかったが、それでもなされるがままでいるにはウンザリする長さだ。

 今の体になって寿命ってものが無くなり、ついでに生理的に自然と起こる欲求が消えた今、俺は前では考えられない気の長さで思考している。

 しかし、だ。

 もういいだろう。

 別に劇的に変わった行動を採ろうっていうのではなく、人間として歩き続けたあの時のように、目標へ向かって行動してみよう。

 

 当面の目標は決まっている。

 何にしろここまで来たのだ。だったらこの流れを最後まで行ってその終点を見て見よう。

 

(外部機関・生成)

 

 暇に飽かせて実験した中で開発した技法で、量だけは莫大に存在する『巨木の水』を使用して、以前に己の体を構築した様に、今度は自分とは別の存在を組み上げる。

 モデルは以前の我が相棒、蜘蛛型義体である。

 義体としての部分はそのままに、自身とのリンクは『巨木の水』を通しての完全なダイレクトリンクを採用。それ以外を水中での活動に特化して再設計する。

 

 

 『水』は流石に全ての源と成り得るだけあって、此方(こちら)が意思を持って手を加えれば、様々な別の物質へと変換する事が出来た。変換効率自体も”効率”という言葉が馬鹿馬鹿しくなる程のモノで、しかも実際に存在した物質以外の、理想とされた物すらも創り出す事が出来てしまう。

 これを利用しない手は無い。

 

 全体的なシルエットはイルカやシャチに近く、推力はロケットエンジンの『巨木の水』バージョンを採用。取り込んだ『水』を内部で理想的な液体燃料に変換、燃焼させて強力な推進力を得る。

 

 

 

(これで出来上がり、だな)

 

 体を包むように、既に義体を装着した状態で生成が完了した。

 打ち出されたばかりの義体とリンクが確立し、泳ぐための新しい体が生まれる。

 

(ん。さすがに蜘蛛をモデルにしただけあってシックリくる)

 

 尾鰭(びれ)を一打ち、体をくねらせると流れの先に向けて泳ぎだした。

 稼動したエンジンの調子もすこぶる良好。

 暗い水の中を素晴らしい加速を見せて進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までとは比べ物にならない速度で泳ぐ。

 泳いで泳いで、泳ぎ続け、とうとう流れの終点へと辿り着いた。

 

(根の先端、とでも表現すればいいのか?)

 

 流れが次第に小さな(みち)へと別れて行き、此処が最も太く、最後まで残った流れの終端だった。

 先細りになり、流れも感じられなくなり、もはや進む事が出来なくなった暗闇の中に俺はいた。

 

 

(終点といっても、別に何があるわけでも無し、か)

 

 別に何か変わった物があると思って期待していたわけではないが、実際にそうなるとやはり落胆の気持ちが大きい。

 しかしまぁ目標は達成し、流れの終端を見ることは出来た。

 となると、次にやるべき事は決まっている。

 

 

(ここから出る事・・・・・・)

 

 そうだ。

 もともと俺は別の世界を探そうとしていた。

 水路の側からは、他の世界は一つも確認出来なかった。

 だったら此処から出て、”外側”から探してみるしかない。

 

 

(さて、やってみるか)

 

 水中用の義体を一度分解し、改めての手足の部分義体を構築する。

 これはそれぞれが独立した義体で、やはり『水』を利用したダイレクトリンクを採用。

 以前なら人間の手足の形をした義手・義足は、病気と脳の異常のせいで体に殆んど馴染まない代物だったが、やはり体自体が完全に別の物になったお陰で、以前のような認識出来ないといった問題は解決しているようだ。

 

(しっかり認識できるな。動作に異常も無し。幻痛症の類いも無し。人間型の義体は久しぶりだな)

 

 指や足首の細かい動きを軽く調べ、義体の出来に満足する。

 リンクも以前より格段に向上し、まるで生の手足と見紛わんばかりの出来だ。

 もっとも俺の体も義体も同じ『水』製だから、当然といえば当然なのだが。

 

 

 さて。ここから出るには穴を開けるのが手っ取り早いのだろうが、無闇に傷をつけるのは問題かもしれない。とりあえずこの壁面を調べるべきだろう。その上でどうするかを考えるのだ。

 最悪は折角の身体を崩して透過かな~、と悩みながら手足を伸ばす。体を思い切り伸ばせる程ここは広くは無いが、水を掻いて壁に精一杯寄り、まず両足を突っ張り体を固定しようとした。

 

(よっと、ほっ! ぇって、ぉわっ!?)

 

 ところがどっこい。

 しっかりと踏ん張ろうとした両義足が、壁に触れたと思ったらスルリとそのままの速度で潜り込んでしまった。

 

(やべやべやべ、ちょと!?)

 

 まったく抵抗無く沈んでいく両足に焦る。

 幾らなんでも予想外だった。今までの常識で考えれば痛い目見ると理解していたが、これはトラップ染みている。

 足はあっという間に(かかと)から膝、(もも)と壁の向こうへ消えていき、全く留まる様子がない。

 

(何とか止めないと)

 

 向こう側の足が動く事に気付いてバタ足をしてみるが、肝心の水が無いのか虚しく空を掻いて一向に手ごたえが無い。

 そうこうしている内にも、どんどん体は沈んでいく。

 

 とうとう腹まで埋まってしまい、咄嗟(とっさ)に押さえようと突き出した両手が、足と同じく意味を成さずに沈んだ所で、ようやく諦めがついた。

 義足より上の腹の部分が向こう側へ行っても痛みは無い様だし、水の感触が無いくらいで特別に熱いとか寒いとか言う訳でもないらしい。だったら、どうせ壁を破って出ようとしていたのだから、手間が省けた程度に開き直ると気分的に楽だ。

 

 

 するすると壁を通っていく。

 胸、肩、顎と来て、目が沈む時にふっと思い当たった。

 

 

 

(そうだった。ここは木の中で、俺の体は水だった。そりゃ吸い込まれるわ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、俺が義体をつけて立っているここは、実に不思議な空間だ。

 

 

 ここはさんざっぱら運ばれた、あの水の流れの中ではない。

 四方八方が黒い空間だった。

 真っ暗じゃない。光が無いから暗いのではなく、色が無いから黒い。

 見れば分かる。理屈じゃなくて、一目見てその印象でそう確信させてしまう空間だ。

 

 そこに俺と薄っすら光る一本の樹だけがある。

 

(あれは―――生命の樹?)

 

 磨りガラスで出来たような美しい樹。仄かな蒼と翠の光。

 見間違えるはずも無い、その樹は”生命の樹”だった。

 しかし、断言は出来ない。なぜなら……

 

(これは、この形は知恵の樹か?)

 

 あの楽園の朽ち果てた小屋の中に生えていた”生命の樹”。あの樹は心を奪われるほどに美しかったが、一方で華奢で弱弱しい外見をしていた。

 

 しかし、今目の前にある木は様子が違った。

 果てしなく長い時を感じさせる太く(いかめ)しい幹に、天を覆わんばかりに広がり茂った枝葉。そして、縦横に走り、それら全てを軽々と支えてしまいそうな節くれ立った頑強な根。

 その姿はまるで、楽園のどの木よりも大きかったあの”知恵の樹”を髣髴(ほうふつ)とさせる。

 

 この樹はまるで”生命の樹”と”知恵の樹”を併せた姿をしていた。

 

(だがこれが”知恵の樹”にしろ”生命の樹”にしろだ、あの世界の()にあるのはおかしい。あれらは育った世界の影響を受けた結果。と、なると……)

 

 考えられる事は一つ。

 

オレ(・・)か?)

 

 あの木は俺の影響を受けている可能性がある。”知恵の実”と”生命の実”を見て、手に取り、食べたこの俺の影響を。

 根拠はあの外見だ。

 その結果、あそこに見える木はその本質がどうあれ、俺の『生命と知恵の木の大本』という考えによってあの二つの樹を併せた様な姿で存在しているのだろう。

 何よりだ、俺が今まで散々に流された木の外に出たとなれば、目の前にあるあの木の中に居たという事になる。それは幾らなんでも大きさが違いすぎる。

 

(そうするとだ、この周りが何も、色すら無いのは、俺が以前持っていた”外”のイメージが世界から出てすぐに流された時に完全に破壊されて、以後まったくあて(・・)を付けていなかったからか………)

 

 実際に俺自身の体は、薄っすらと光を放つ大樹の輝きを受けなくても、細部まで詳細に見て取る事が出来た。かといって、別に俺の体が矢鱈(やたら)と発光している訳でもない。

 やはり俺の精神が、自分の宿る体は此処に確かにある、としっかりと認識しているからだろう。

 

 精神はそれ単体では上手く存在できない。

 有形無形であれ、拠り所となる存在と対になって初めて、(かく)たる自己を形成できる。

 

 

(ふむ。ここは一つ試してみるか)

 

 

 目を閉じ、上を仰いで『想像』する。

 全ての世界を宿した大樹を取り巻く”新しい世界”を。

 積み重ねられた年月も、それに育まれた進化の可能性とその結果も、延々と降り積もった重みも、全てが欠片も無い。

 心が即興で奏でた旋律で編み込まれた、心の中にだけ存在する実体の無い陽炎の世界を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さわり

 

 頬を緩やかに風がなでる。

 

 

 目を開く。

 

 蒼い、どこまでも蒼い空と、白いレンガの壁。そして蒼穹に浮かぶ二つの真昼の月。

 

 

 ぁ

   と。

 

 喉から声が漏れた。

 

 古い記憶。

 いつかの昔に夢に見た、夢なのに心に刻み込まれた光景がそこにあった。

 

 

 空を仰いでいた視線を下ろす。

 

 

 そこはなだらかな丘の上。

 白い一枚の壁を背に、シンプルな木の椅子に座っていた。

 

 

 眼下には柔らかな春の世界。

 

 広い草原に広葉樹と針葉樹の森。

 清流に濁流。澄んだ湖に濁った沼地。

 遠く霞む雪の冠を頂く山々。

 高く、空の果てを流れる雲々。

 

 

 一つの世界が、そこに生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とも表現出来ない、心が震える感動が過ぎると思わず呟きが漏れる。

 

「考えが当たっていたのは良いが、こう、やり過ぎた感が……」

 

 

 

 新しい世界の最初の言葉は、わりと台無しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 とりもあえず、風景をいい加減眺めた後、丘を降りていく。

 麓には蔦が這い、年月を感じさせるような外見のログハウスが建っている。

 その先。離れた場所に大樹はその威容を示していた。

 

 あの何も無い空間では地面すら無かったため、上から下まで見えていたが、今では根は地面へ潜りがっしりと大地を掴み、柔らかな磨りガラスとも表現するべき葉が、陽を浴びて朧な木漏れ日を落としていた。

 さすがに落ち葉は無い。その事に感心し、同時に情緒という面で残念に思う。

 

 ログハウスの前に辿り着いた。

 見上げれば壁から屋根まで細蔦が覆い、所々へ小さな花を咲かせていた。ほとんど緑に馴染んだそれは放置された結果の汚さではなく、この木造建築がそういった周りの環境に溶け込んでいる象徴に感じられた。それほど違和感が無いのだ。

 性に合う、とでも言えば良いのか。

 まるで長く住んだ自分の家のように慣れた心地がする。

 

 

 まだ中には入らず、そのまま大樹の元へ歩いていく。

 

 

 

 

(やっぱり素晴らしくでかいな)

 

 下から眺めて、改めてその大きさに感嘆の言葉が出る。

 形自体は”知恵の樹”と殆んど変わらないが、大きさ自体は輪をかけて巨大になっていた。

 

(さてと。まずはどんな他世界があるのか見てみよう)

 

 再び目を(つむ)り、『想像』する。

 

 目を開くと、そこには頭上の梢まで頑丈な作りの螺旋階段が伸びていた。

 

 

 ゆっくりと歩いて登っていく。

 どんどん枝葉が近づき、やがて手の届く距離まで来た。

 顔を近づけて、葉の一枚一枚をよく観察してみる。

 

(んー。それぞれ模様やら透明度やらが違うのは分かるんだが、それでどういう風に中の世界が違うのかが分からん。これは参ったな)

 

 違いが分からない。

 これは致命的だ。

 解決するには実際に世界を覗いてみて、それぞれの違いに法則性を見出す方法が順当だが、元の世界のように、もしそれが原因で世界が崩壊した等と言ったら冗談にもならない。

 加えて今の俺は、あの世界の素たる『水』をひたすらに吸収し続け、人から見れば無限と表現した方が良いほどの、平行存在の『俺』を全て食い尽くしている。

 かなり控えめに見ても、世界を出る前とは存在の次元が違いすぎる。

 

 これでは迂闊に触る事も出来ない。

 

(俺は阿呆か? こうなる事も予想できただろうに)

 

 

 

 

 

 あれからしばらく、対処に困って階段に座り込んで腕を組み、どうしようかと唸っていた。

 困りに困り、しようが無いから何処(どこ)かに桁外れに頑丈そうな葉がないか探してみようか、等ととりあえず動こうとする。

 そんな矢先のこと。

 

 視線を巡らせた先に、一枚の変わった世界が目に付いた。

 

 

 その葉は他に比べて酷く色の薄い葉だったが、それ以外は形も模様もそう変わらなかった。

 しかし一点だけ、明確に他の世界と違う点があった。

 『蛇』

 一匹の白い、双頭という異形の蛇が葉の中に、一つの世界を包むように絡み付いていた。

 

「これは・・・・・・。見たところ異形とは言え蛇だが、俺は動物は『想像』していない。となればこいつはこの世界に元から居たのか」

 

 ざっと見渡しても、他にそのような葉は一枚も見当たらない。

 非常に興味深かった。

 この世界は見たところ、自身より大きな蛇を支えているにも関わらず破綻が見られない。

 もしや、この世界はそういう(・・・・)世界なのか?

 この世界なら俺は受け入れられるのか?

 

 そう考えた時には、既にその葉に向けて手を伸ばしていた。

 

 もし違ったら。

 触れた瞬間にも、この葉は内包した世界ごと砕けて散るだろう。この世界の一切合財が消えてしまう。

 頭の隅にあるそんな恐ろしい可能性でも、いったん願いの元に動き出した手は止められなかった。

 

 

 震えながら伸ばされた指先が、葉に、その世界に触れようとし――

 

『あぁ、触れるのは止めてくれたまえ』

 

 などと、俺は当の蛇本人から声をかけられたのだった。

 

 

 


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