無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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公言を破ってすいませんでしたー!
やべー。
一週間って言っておきながら二週間……
挙句に出来たのは序章の上下編の上編。
しかも説明重視の微シリアス系。

※この小説は生理的に受け付けないに人がいると思われます。ヤな感じがしたら、すぐに読むことを中断するのをお勧めします。



第零章 上編

 ボロのカーステレオと運転手達の歌で浅い眠りから覚める。

 

 少し痛む首をほぐし車の窓から外を見ると、外には見渡す限りの荒野が広がっていた。

 ここはアルメニア共和国の首都エレバンの南東だ。

 遠く霞むのは、かのノアの箱舟が流れ着いたとされるアララトの山々。

 国土のほぼ全てが標高1000メートル以上というこの国では、日本のように背の高い木々が生い茂っているわけではなく、遠く地平線の果てまで見渡す事ができる。

 そんな所を俺達の乗った車は走っていた。

 

 

「カナタ、あとすこし、つく」

 運転席からエレバンで雇った通訳兼ガイドのアルトゥールが歌の合間に告げてきた。

 微かなモーター音とともに、俺の両肩から伸びる二本の多肢アームが動き、目の前に地図を広げる。

 エレバンを出てからここまでの時間から大雑把に計算すると、目指す目的地まではせいぜいあと40キロメートル程度だろう。

「兄貴、体はきつくね?」

 ぼさぼさ頭に眼鏡をかけた顔が、助手席のシート越しに心配そうにこっちを見ている。

 この9年間、俺を支え続けてくれた弟の黒川夏樹(クロカワナツキ)だ。

 余裕です、とアームを振ってみせる。

 ならいんだけどよ~兄貴顔に出ねーから、と苦笑しながら首を振っている。

 むぅ、自分では分からんが、周りから見たらそうなのか?

「ま、ダイジョブならいいや」

 心配したわりにあっさり前を向いてまた楽しそうに歌を歌い始める。

 我が弟ながらさっぱりした性格だ。 

 

 さてはて。

 到着までの時間をどうするか。

 荒地を走る車の中で出来る事はほとんど無いだろう。

 めちゃくちゃ振動してるし、正直な話アルトゥールの車はもう古くてシートがガチガチだから尻が痛い。特に尾てい骨がやばい。本格的な準備は到着してから一晩かけてやる予定だし。

 

 本気でやることがないな。

 後もう少しだし、景色でも見ながら大人しく待つことにしますかね。

 

 

 

 ようやく到着した目的地周辺はやっぱり荒野の真ん中だった。

 

 右も左も、前も後ろも赤茶けた荒地である。

 やはり痛かったのだろう、尻に手を当てて車から転がり降りた夏樹が、周りを見渡してから素晴らしく疑わしそうにこっちを振り返る。

 そんな見られても俺も実際に来るのは初めてだから、こんな何の目印もない場所じゃ本当にここで良いのか判断できない。

 一応、確認の意味を含めてアルトゥールに尋ねてみる。

 

「ここ、この先、言われた所。昔からここ、伝えられてる」

 

 彼は自信ありげに頷く。

 ここから先は彼らの禁域であり、伝承に伝えられている聖地なのだと。

 GPSで確認しても、町の古老に聞いた地点とほぼ同じ位置だ。

 

「よっしゃ。じゃあここにベース作るか!」

 

 ようやく尻から手を離した夏樹がアルトゥールと一緒に車の荷台から荷物を降ろし始める。

 夏樹はだらしない格好や言動で誤解されがちだが、あれで頭の回転が早く几帳面な性格をしている。

 精密機械が入った小型コンテナを一個づつ丁寧に運んでいるようだ。

 

 さて、こっちも動きますか。

 アームの先端にある四本の機械の指が器用に車の扉を開ける。

 慎重に地面に足をつき、車体に掴まりながらゆっくり動く。

 体のそこかしこからモーターやアクチュエーターの作動音を微かに響かせ、僕は四本の足(・・・・)で立ち上がった。

 

 そう、この体はそのほとんどが機械によって補われている。

 小さな時から罹っている病気のせいだ。

 脳の異常で、時とともに脳が体の機能を放棄してゆく。

 

 神経に異常がある訳ではない。

 器官それ自体に問題がある訳でもない。

 ただ脳がその器官を認識しなくなる。

 

 目、耳、声帯、四肢、いくつかの内臓、さらには脳機能の一部まで、機械で補わなければ俺は生きることが出来ない。

 

 目と耳は、センサーからの情報を頭部に埋め込まれたチップを通して脳で理解する。

 声は、頭部チップからの情報で合成音声がスピーカーから流れる。

 左右の肩から伸びた多肢アームに、腰から伸びる二本一対の足。

 電子機器の操作は頚部の電極から有線で操作する。

 全部が既製品を元に、俺が発展させた新しい型の義体だ。

 

 だが、これらは正確には失った部位の代替品ではない。

 それでは、同じ物では俺のポンコツ脳は認識してくれないのだ。

 だからそっくりな代替ではなく、新しい器官とする。

 

 人間の感覚器ではなく、機械の感覚器へ。

 四肢ではなく、それに替わる別の行動器官へ。

 

 人間的な形や機能から離れれば離れただけ、義体は脳と体に馴染んだ。

 

「兄貴、その足はここでもいけそう?」

 

 忙しく荷物を持って動いていた夏樹が聞いてくる。

 歩き回って確かめると、ああ、結構大丈夫みたいだ。

 

《ん~、ちっとばかし石やら何やらで地面デコボコだけど、まぁいけそうかな》

 

 歩いた感じ、大きな石を踏んだりしなけりゃ転んだりはしないな。

 足の裏はかなり柔軟にバランスを取れる様に作ってあるけど、さすがに十センチもあるような石は無理。

 走るのはやめといた方が良さそうだ。

 

「んー、分かった。今更だけどさ、その足と手ってマジで高性能だよな」

《まぁね。何てったってこれ開発して特許とったお陰で飯が食えるんだから》

「でもさ、ほんとにこれ終わったら特許の権利貰っちゃっていいの?」

 

 もう何度も確認したことだ。まぁ額が額だから気が引けるのも分かるけどね。

 

《ああ。もう俺が持ってても仕方ないもんだしね》

「……分かった。貰っとく」

 

 

 

 話したりしている間にアルトゥールが一人で頑張ってくれていた。

 大きい荷物も荷台に設置された簡易クレーンで全て降ろされ、車にくっつけるようにタープも張られている。

 二人して謝ってから、荷物が全部あるかもう一度チェックする。

 

《うん。ちゃんと全部あるみたいだし、組み立て始めようか》

 

 幸い風は緩い。

 タープとトラックに加えてシートを張り巡らし、簡易な防塵スペースを建てる。そこへアルトゥールがトランクの中から機械の部品を出し、夏樹と俺で組み立てていく。

 もともとユニット構造で設計したから組み立てるのは簡単だ。

 かなり大きい二つの歪な形をした箱状の物、四本の多関節式の足、多種の細かい部品が並べられる。

 二つの黒いボックスがクレーンで吊られ、最初に連結される。その周りに八本の足が四本一対の配置で組み込まれていく。

 部品間のラインが繋げられ、二つのボックスの内、円錐に近い形に小型化されたハイブリッドエンジンが格納される。

 最高級の超小型ハイブリッドエンジンを、蜘蛛に乗せる事を前提に静音を重視し再設計した。販売目的である以上、製作には予算との兼ね合いがある。そこをまるっと無視すればやってやれない事はない。

 音対策でサイズが予定より少々大きくなったが、蜘蛛の腹パーツ側に手を入れて目標をクリア。元々出力に余裕があったお陰で何とか強度を落とさず入った。

 

 全体のパーツが組みあがると、そこには合金と特殊樹脂で出来た全長二メートルを越す黒い蜘蛛が鎮座していた。

 金属的な光沢や質感はほとんど無く、デザインも有機的にまとまっている。ご丁寧なことに、脚部の途中には毛皮のような物まで巻かれており、より蜘蛛の足という印象を受ける。

 この場に蜘蛛が嫌いな人がいれば、おもわず逃げ出すか攻撃を加えてしまいそうなシルエットである。

 二腕四脚の義体が第二の体なら、これこそが俺の第三の体だ。

 

「うっし、これで終わりっと。次は足回りの調整?」

《そう。さっき今の足で歩いた感じだとそんなに変更は要らないと思うけど、代わりに石が一杯あるからセンサーの方をしっかり調整しとこう》

「了解、兄貴」

 

 アルトゥールが車にノートPCを取りに行ってる間に、こっちはシートの上に寝転び、夏樹に手伝ってもらって、今使っている機械の手足にスピーカーや光学カメラ、集音マイク等のデバイスを外してもらう。

 これを全部外すと、俺は外界に対して触覚と嗅覚での知覚しか出来なくなってしまう。

 見えず聞こえず言えず、四肢は無く、動くのは首くらいという有様だ。

 自分で指示しといてなんだが、もう慣れたとはいえ正直この状態にあまり長くおかれると、かなり精神的にきつい。

 何かあったとしても完全に無力なのだ。だって手足ないし。

 俎板の鯉って諺があるけど、例え俎板に乗せられた鯉でも、この状態の俺よりは抵抗できるだろう。

 

 一番致命的なのが耳が聞こえないことだ。

 聞こえなくなって痛感したけど、人間ってわりと耳で周りを知っている。

 目は正面を見るもんだが、耳は横や後ろから近づいてくる物を察知する。変わりに触覚がえらい敏感になってるけど、さすがに目や耳とは比べ物にならない。

 

 

 以前に夏樹が少し離れた所から紙飛行機なんか飛ばしてきやがった事があった。

 当然ながら飛んでる物なんか察知できるわけが無い。

 夏樹止まってるなー、なんて考えてたらいきなり脇腹にとがった先端が刺さった。

 

 まさしく狙い澄まされた悪魔的な一撃。

 鋭敏に発達した皮膚感覚。

 夏樹の接近を知る為の触覚への集中。

 そこに察知できない飛行体による一撃、それもよりによって脇腹に。

 

 

 激しいバイタルの異常を感知した医者がすっとんで来る事態になった。

 

 

 鬼の如く怒った医者に叱られ、義体を装着した俺に拳を叩き込まれた夏樹は懲りたのか、以来それ系の悪戯はしなくなったが。

 

 

 

 慣れ親しんだ軽い振動が近づいてきて、肩を二回タッチしてから体を抱えあげてくれる。

 体自体も小さく、かなり痩せ細っているとはいえ、体内には機械がいくつも埋め込まれている。決して軽いわけではない。

 大人ならいざ知らず、十五歳の夏樹にしてみればかなりの重労働だろう。

 それにもし落としたりしたら、手足の無い俺はそのまま地面に叩きつけられてしまう。地面までの距離も分からない為に受身も取れず、簡単に骨折などしてしまうだろう。

 肉体的のみならず、精神的にも重い荷物のはずだ。

 抱えられる度に、面倒をかけてるという気持ちと感謝の気持ちが胸に湧き、何かこう、ムニャムニャっとなる。

 自前の口があれば、もっとあいつに礼を言えるのに、と思うとこの病気が恨めしい。

 

 蜘蛛の背中が開いたのだろう、排出された圧縮空気が肌に吹き付ける。

 夏樹の腕でゆっくりとうつぶせに、油と樹脂の匂いのする蜘蛛の内部に下ろされる。

 内部の底はうつぶせの状態でも苦しくないように、体型にあった形の緩衝材が仕込まれ、顔の部分も工夫されている。口と鼻が当たる所には柔軟な素材で形成された多機能マスクが設置されている。酸素や飲料の補給、唾液等の処理が主な機能だ。

 

 首の電極にコネクタが接続され、蜘蛛とのリンクが確立される。

 蜘蛛のセンサーが収集する様々な情報が体内チッブで纏められ、脳で理解される。

 

 この瞬間から、俺は違う生物になる。

 

 音すら無い暗闇の中に転がっていた俺が、膨大な情報と頑強な体をえる。

 十六種の知覚センサーからのもたらされるデータによって、どんな人間よりも見え聞こえ感じることができ、モーターとシリンダーで生み出される力は、乾燥重量三百六十キロの巨体を人間以上のスピードで疾走させる。

 

 

 無論、他の人間がチップを埋め込んでこの蜘蛛にリンクしたとしても、見ることはおろか送られてくる情報を理解することも出来ないだろう。

 脳の病気によってどんどん能力を失っていく生物が、生の本能によってそれを補おうとした結果、異常発達を遂げた脳と神経。

 失った様々な機能に替わる、新たな機能の獲得への欲求。

 そして自らの体とするに足りうる義体を開発する知能と、肉体と義体との高い親和性。

 

 全てが揃ってようやく生身の人間と機械の直接接続なんていう荒業が完成する。

 

 

 三百六十度を見渡し、二人が離れたことを確認してから、大地を八本足で踏みしめ立ち上がる。

 そこらを歩いたり走ったり跳ねたりしてみた。

 

「おいこらそこ、跳ねるなー!」

 

 実際の地面とセンサーの調子は分かったけど怒られた。

 

《良いじゃん。移動に次ぐ移動で最低限の機能しか持たない義体だったんだもん。しかたなし、しかたなし》

「しかたなくねーよ。ぶっつけ本番なのに二メートルとか跳んでぶっ壊れたらどーすんだよ!」

 

 むぅ……

 いーじゃんよ、車の荷台を飛び越えるくらい。

 

《ケチ》

「こんなことで拗ねんなよ、兄貴……」

 

 はっはっは。ま、いっか。

 とりあえずセンサーと足回りの微調整ですな。

 

 

 

 

 

 いつの間にか、辺りは薄暗くなりだしている。

 周辺には車しかないから、吹きっ晒しで風もよく通る。

 

《こんなもんでいいでしょ。そろそろ野営の準備しよう》

 

 この国は気温の寒暖の差が激しい。

 首都でもマイナス二十五度から四十度まで変化するのだ。

 日が落ちれば一気に気温は下がる。

 ただでさえ野宿をしようというのだ、しっかり準備しないと簡単に凍死してしまう。

 

 アルトゥールも頷き、二重構造になった保温テント引きずり出す。

 夏樹が一緒にテントを立てている間、元の義体に換装した俺は、石で作った(かまど)で固形燃料を使って料理を温め始める。

 

 ちなみに夕食は日本製レトルトカレーと飯盒炊飯です。

 辛いもんって食うと温まるよね。

 

「夜は、とてもさむい。エレバンでも、いまくらい、寒くなる」

「まーじか。首都なのにマイナス二十度とかになるんかよ」

《首都は関係ないし。でも寒いのは苦手だな》

 

 ご飯が炊けたら、飯盒を火からおろし皿に盛る。この時、飯盒の底のおこげも美味いので忘れずにこそげとる。

 後はカレーをかけて出来上がり。スプーンを握って食うのみである。

 

「いただきまーす」

《いただきます》

 

 アルトゥールは食べる前のお祈りをしてから、皆で食べた。

 意外やアルトゥールにも好評でした。

 

 

 

 

 テントの中、シュラフに潜り込んでしばらくしてから、夏樹が声をかけてきた。

 

「なぁ、兄貴」

《ん》

 

 それは少し話し辛そうな、躊躇いのにじんだ声だった。

 

「……明日だけどさ。俺、ここに残って兄貴を待つよ」

 

 そうだ。優しいこいつなら、きっとそう言い出すと思ってた。

 

《だめだよ》

 

 けど、答えは決まってる。

 

「いいだろ」

 

 だって、残ったとしても……

 

《きっと俺は戻って来れない》

 

 戻れないんだから。

 

「……兄貴自身がンな事言うんじゃねぇよ」

 

 俺だから、今言う。

 

《お前が絡む場合なら別だよ。確かにこんな方法(・・・・・)を考えたのは俺だ。だからこそはっきり言う。帰ってこない奴を待つ必要は無いんだ》

 

 俺はこの計画に俺自身の命を賭けた。

 人類誕生以来、最高の奇跡を引き当てなければ、俺は死ぬ。

 そもそも成功する確率自体が有るのかどうかも分からない。

 妄想に縋って当たりの無いゲームにこの命をベットしたような物だから。

 

「でも、兄貴が選んだ選択肢なんだ……それが間違ってたことなんて、無い」

 

 口元に苦笑が浮かぶ。

 ろくでもない賭けだと分かっていて、それでも俺を信じれる。

 ばかばかしい言葉だけれど、それが切なくて、うれしい。

 

《まぁ、待ってても良いけど、日本人にこの国の気候はきついよ?》

 

 と、冗談めかしてみた。

 ここで暗くなるとの夏樹の場合、後々まで気に病んだりするだろうからな。

 

 

「あー。メシとか設備とか風習も日本とはだーいぶ違うみたいだらなー」

《だろ? やっぱ慣れた場所が住みやすい所だって》

「でもでもよ、そういうのも面白そうじゃね? やっぱ駄目だーって思ったら帰りゃ良いんだし」

《確かに。それは面白いだろうな。なにせ目にする物の、ほとんど全てが珍しい物なんだから》

「どんなものでも始めはみんな面白いってヤツかなー」

《それだと、目新しい物が無くなったら別の所に行くってことにならない?》

「お~。新しい物に惹かれて行動してればそうなるかな」

《ま、金もそれなりにかかるし、飽きたらすぐってのはな。どこのブルジョワだよって話になる》

「兄貴はあんま気にしてねーかもだけどよ、俺ら実際かなりの成金だぜ?」

《そーいえばそうだったな。使ってばかりで残高は最近見てないや》

「ちゃんと見ておかないと後で泣くよ?」

《俺はいいんだ、きっと! それよか、珍しいって言ったら、昼間なんか変なトカゲ見たなー》

「ほうほう。なに、とがってるとかカラフルとか裂けてるとか?」

《裂けてたら変じゃなくて怖いよ。とがってはいたけど》

 

 

 つらつらと思いつくままに会話する。

 二転三転する話題。

 相手に気兼ねすることの無い、リラックスしたコミュニケーション。

 

 ――そんな風に、最後の夜はふけていった。

 




序章、上編の終了です。
次話は後編と弟主観の短話を書く予定。

次こそ予定通りに上げたいなー。
筆者はノリの良い場面になると筆が進むので、それまでは根性で何とかかんとかやっていこうと思う今日この頃。

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