無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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書き方、今までのでいこうかと思います。



第参章 6 殺害のち誘拐 (Fate編)

 Main Side 黒川冬理 In.

 

 

 さて、時刻は四時半、今俺はバゼットと別行動でこの町の学校に来ている。

 

 あれから数日かけてバゼットの身体能力の確認と、以前との誤差の修正に付き合った。

 驚いたことに彼女、エンジェルになった結果、仁や塊と同レベルまでその身体能力を高めていた。

 いったいぜんたい何をやっていた人なんだ、魔術師ってアンタみたいな肉体派なのか? と堪え切れずに問い詰めたら、どうも珍しい能力を持っている人を、問答無用で強制的にホルマリン漬けにして研究材料にする、そこらの通り魔より性質の悪いお仕事をしていらしたらしい。

 

 ……ほんと、この人なんで裏切られただけで憤慨してんだろう?

 

 まぁその合間に色々と魔術関係の知識を聞いていた。

 その中でサーヴァントが魔力の塊みたいなものと聞いて、すぐさま実行した魔力探査で何箇所か引っ掛かった場所の中から、碌でもない事になりそうな場所の順に回ろうとしたのだ。

 だがまあ、最初の一つ目から問題大有りで、どうしたものかと迷う有様。

 

(どこのバカたれだ、学校に捕食結界なんぞ張りやがったのは?)

 

 若い魂をごっそり纏めて取り込めるから効率が良いのは判るが、やり過ぎれば協会やら教会から刺客が来るってバゼットも言ってたぞ。俺はともかく、魔術師であるマスターなら知ってるだろうに。

 いったい何を考えてんだ?

 

 とにかくこの碌でもない結界を排除しようとする。

 幾ら俺が殺し慣れたといっても、死ななくて良い子供が”巻き添え”なんてくだらない理由で死ぬのは我慢ならん。

 しかしこの規模でサーヴァントが仕掛けただろう代物。流石に(くさび)の数が多いし、中心となる”(かなめ)”が見当たらない。大方のところサーヴァント本人がその役目を担っているのだろうが、厄介だな。

 楔を見つけ次第ちまちまと一つずつ分解していくが、気の滅入る仕事である。

 そして学校裏の雑木林にあった都合六つ目の楔を分解し終えた、その時。

 

 どくん

 

 大気が脈動し、結界内の空気が赤く染まった。

 生臭い。

 肉食動物の口腔の匂い。風が血臭を孕む。

 

「ちっ、発動しやがったか」

 

 幸いにして下校時間は過ぎている。若干ながらも校内の人間は減っているはずだ。

 

「このまま楔を分解するのは得策と言わんな。となれば……」

 

 ”要”が無かった以上、結界が発動したからにはそれを代行するサーヴァントが結界内に居るはず。

 生徒の息がある内に結界を構築したサーヴァント、もしくはそのマスターを殺害する。サーヴァントが乗り気だかは知らんが、こんなクソッタレな真似を命令するマスターは問答無用で首を跳ね飛ばしてやる。

 幸いにも、それなりに崩していたお陰で結界も万全ではない。十分かそこらは時間があるだろう。しかしそこに後遺症等も考慮すれば五分が良い所だ。急ぐに越したことは無い。

 のたのた走って探す時間が惜しい。

 

(Yetzirah)

形成(イェツラー)

 

 エイヴィヒカイトを形成位階へ。

 ビシビシと音を立てて両手足を構築している聖遺物“蜘蛛”が、その姿を禍々しく変えてゆく。

 

 

 そして、これだけでは足りない。

 今必要なのは速さ。

 何よりも速く駆け、例えこの結界内のどこに相手が隠れていようとも一瞬でその命を刈り取れるだけの速度を求める。

 

 ガチリ、と

 

 核とする魂を入れ替える。

 その魂の渇望は”この刹那を永遠に”。

 

 (タイプ)は求道型。

 

 その速度は己の感情によって左右される。

 だから強く、ひたすらに強く願え。

 この一瞬を一秒に、一秒を一分に、一分を更に長く、そして刹那を永劫としよう。

 

 

「Die Sonne toent nach alter Weise In Brudersphaeren Wettegesang. 」

 日は古より変わらず星と競い

「Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang. 」

 定められた道を雷鳴の如く疾走する

「Und schnell und begreiflich schnell 」

 そして速く 何より速く

「In ewig schnellm Sphaerenlauf. 」

 永劫の円環を駆け抜けよう

「Da flammt ein blitzendes Verheeren 」

 光となって破壊しろ

「Dem Pfade vor des Donnerschlags; 」

 その一撃で燃やしつくせ

「Da keiner dich ergruenden mag, Und alle deinen hohen Werke 」

 そは誰も知らず 届かぬ 至高の創造

「Sind herrlich wie am ersten Tag. 」

 我が渇望こそが原初の荘厳

 

 

  (Briah――)

  「創造(ブリア)

 

 

  (Eine Faust ouvertüre)

  「美麗刹那・序曲(アイン・ファウスト・オーベルテューレ)

 

 

 

  「時よ止まれ、お前は美しい」

 

 

 軋みと共に聖遺物がその形をより鋭角に、奔る蘇芳は鮮血の真紅へと。

 そして、世界の全てが減速してゆく。

 いや、これは己の意識の加速。

 渇望が深ければ深いほどに時は切り刻まれ、俺はその刹那を駆け抜ける。

 

 踏み出した一歩が大地を割る。

 

 

 そうだ、これを言わねばなるまい。

 

 

 ――血が欲しい――

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、外じゃねぇな」

 

 校舎裏から山裾へ広がる森林を探し尽くし校舎へと向かう。

 こういうバカをする奴は昔から高い所が好きという。

 一階から探すより上から探す方が“当たり”が居る確率が高い気がした。

 

 林から飛び出し着地しざまに足元の地面を宙へと足で抉り飛ばす。

 大きく吹き飛んだ土砂がすぐさま減速し、空中で停滞した。

 俺はそれ(・・)を足場に空へ駆け上る。

 最後は跳躍して屋上に着地。

 

 見回すが、敵影は発見できず。

 扉を粉砕して校舎内へ突入する。

 

 そして四階から三階へ降り直線廊下へ出た時、その先についに標的を発見した。

 

 人数は六人。

 制服を着た男二人に女一人、サーヴァントらしき男一人に女二人。

 制服姿の赤毛の男が紫の髪をした女のサーヴァントに押さえ付けられ、その隣に制服姿のもう一人の男がイヤらしい笑みを浮かべて立っている。

 人質に取られたのだろう、制服の女と鎧を着た男女のサーヴァントは隙を(うか)がっている。

 

 ああ、判り易くていいな。

 

 突進。

 加速した世界で廊下の端から一気に駆け抜け接敵する。

 此方に背を向けていた蒼いドレスに銀の鎧を纏った女のサーヴァントが、刹那で背後まで接近する気配に反射的だろう、その手に握った見えない何かで斬りつけてくる。

 だが、鈍い。

 ノロい。

 それに標的はアンタじゃない。

 横殴りに斬り込んできた斬撃。

 加速した意識で見えないそれの軌道を慎重に見極め、身を低くし確実に下を擦り抜ける。

 このサーヴァント以外は知覚すら出来ていない。

 もはや標的は目前。

 気付いていないのだろう、顔には変わらず嫌悪を(もよお)す表情が張り付いている。

 

 容赦はせず。

 ”穴”から剣の聖遺物を抜きざま、その細首を斬り飛ばした。

 

 

 

 

 創造を切る。

 

 駆け抜けた背後、どすっ、と頭が落ちる音が響く。

 突然の事態に人間二人と女のサーヴァント二人は呆気に取られ、唯一赤い軽鎧を着込んだ男のサーヴァントだけが即座に此方へ攻撃の態勢を取る。

 静寂の一拍。

 そして血が、噴き出した。

 

「う、うわあぁぁぁぁぁ!? 慎二、慎二!!!」

 

 首の血管にある弁が振動する、いやに心に残る音。

 狭い空間を染めるほどの血霧。

 立ったままの体と、濡れそぼるほど顔に血を浴びて正気に返ったのか、それとも逆に錯乱したのか、人質に取られていた男が(わめ)き出す。

 それを無視し、聞くべき事を優先する。

 

「紫の髪の女、お前はそこの元人間のサーヴァントだろう。この結界はお前の意思か?」

「い、いえ。ちがいます」

 

 眼帯をした女は、狼狽した様子ながらも答えた。

 ふと覚えのある匂い、いや、何か曖昧なものを感じたが――まぁいい。

 

「なら、マスターはもういない。さっさとこの捕食結界を解け。

 ああ、理解してるとは思うが――逃げられるなんて思うなよ?」

「………」

 

 すっ、と結界特有の閉塞感が無くなり、漂っていた赤いもやが消え去る。

 これで良いだろう。

 この短時間なら始めから重傷でも負っていなければ死にはしないはず。

 と、そこでさっきからぎゃあぎゃあと(うるさ)い男が、何故かこちらに殴り掛かってきた。「シロウ!?」とか言って、咄嗟に先程の鎧を着たサーヴァントが抑えたが、どういう事か敵意に染まった表情で睨みつけてきた。

 

「なんで慎二を殺した!!」

 

 

 ……は?

 

「いや、悪い。余りにも予想外の言葉に驚いただけだ」

「予想外だって!?」

 

 訳がわからん。名前を呼んでるあたり知り合いだったんだろうけど、コイツはともかく、あっちはこの赤毛の事を大事にしていた様に思えん。人質にしてにやけてたし。

 

「殺すのが悪いっつーが、じゃあお前どうしろって?」

「話し合って止めさせれば……あいつだって!」

「ふーん。で、その話し合いって何分かかんの? 会話って時間掛かるよ~?」

 

 赤毛の少年改めシロウ君は、ぐっ、と言葉に詰まった様子。

 

「状況が見えてないみたいだから言っとくぞ。お前の言う話し合いってのに使われる時間はな、そこら中に転がってるガキ共の血肉で払われてんだ。他人の命で勝手に賭け事なんかすんじゃねぇよ」

「それでも! 何も殺す事はなかっただろう!」

 

 うむ。理屈ではない、という理屈なのだろう。

 困った事にこの手の輩は、往々にして己の中で完結してしまっている。

 それが幼い考えか大人の結論かはさておいて、彼らは容易に変わらない価値観を持つから、それに反する価値観を容認できない。容認しようとすら思えない。

 そして、理解しようとすら考え付かない。

 こういうの相手は、真っ当話すべきじゃない。

 ここは人に押し付けるか?

 

「うるせぇな、人質に取られて時間を無駄にしたっぽい奴が文句つけんな。そういう戦いの状況判断は自分のサーヴァントに教えて貰え。せっかくの英雄だ、戦場は腐るほど見てきてるだろうよ。特にそこの赤い男、そいつにでも教えて貰え」

 

 浅黒い肌に白髪のサーヴァント。こいつが一番血脂の匂いがする。雰囲気もそうだ。

 こういうタイプはやりあうと厄介だ。気付いたら嵌められてました、とかなりかねん。今も油断など欠片もなく此方を窺がっている。隙があれば躊躇無く殺しに来そうだ。

 

「さて、そこの。聞きたい事があるから付いて来い」

 

 そう、結界を構築していたサーヴァントを招く。

 こうしょうもない事で英雄英傑の一柱が脱落したなど、面白くないにも程があろう。

 それに――先の感覚は気になる。

 物にならともかく、人物に覚えのある感覚を抱くなど、(いささ)かならず興味深い。

 

 しかし彼女は困惑したような、決めかねるような態度だ。

 ここに残れば、他二人のサーヴァントに襲われるのは目に見えていよう。わざわざサーヴァント(下僕)の身に落ちてまで望むものが何か、俺は知らない。だがここで消えても、という様子とは違うように見受けられるが?

 だが、首を捻ったのは僅かだった。

 彼女の魔力供給の経路(パス)とやらが、転がった死体に繋がったままだと気付いた。

 

(これは――死んだら契約解消って話なんじゃ?)

 

 何か仕掛けでもあるのかと倒れ伏した身体に近付こうとすると、赤と蒼のサーヴァントが身構え、その後ろで黒髪ツインテールの少女が指に宝石を挟んで此方へ向けた。おそらくあれが魔術の触媒なのだろう。目の前で首が飛び、血が噴き出したというのに気丈なものだ。

 

「調べたい事があるだけだ。死体をどうこうする趣味はないから渡してくれないか?」

 

 此方の言葉に少女のサーヴァント、シロウとかいう赤毛にセイバーと呼ばれていたな。となると見えない武器は剣か? とにかく彼女がツインテールに窺うようにチラリと視線を送る。

 

「駄目よ」

「駄目だ」

 

 少年少女がにべも無く答える。

 

「そもそも貴方は何? サーヴァントかと思ったけどステータスが見えないわよ?」

「こっちの要求は通さずに自分達だけ質問するとはね。いやはや、魔術師が聞いて呆れる」

 

 バゼット曰く、魔術師は等価交換が基本だそうな。

 

「うぐっ、じゃあ答えてくれたら調べるだけなら良いわ」

「遠坂!?」

 

 シロウくんが何やら言ってるが無視しよう。彼とは交渉が成り立たん。

 そして彼女はトオサカ、多分、遠坂というのかな?

 苗字だろうが、呼び方が分かったのはありがたい。

 

「ふむん、人間が出来てるね、遠坂さん。取り引き成立だ」

「ただし! ここで調べたらすぐに遺体は引き渡しなさい」

 

 本当に人間出来てるね。

 君、その年で苦労人かい?

 

「オーケーオーケー。

 俺はサーヴァント紛いの人間モドキだよ。八騎目のサーヴァントとして呼ばれたが、まだ生きてるのに強制的に召還されたって訳だ。召還主は聖杯自体なんでマスターなし、俺も願い事なんて無し」

 

 俺の言葉を聞いて遠坂さんが頭を抱えている。

 あ、あの時のバゼットと同じリアクションだな。

 

「ま、そういうこった。今ので分かったと思うが、聖杯戦争のシステムはオシャカになってる。必死に殺しあったところで、出てくるのは間違いなく碌でもないモノだろうよ」

 

 かりっ

 

 遠坂さんがその整えられた爪を噛む。

 セイバーの少女も何かに絶望したような表情をしている。が、同じサーヴァントである赤い男はまったく表情が変わっていない。あれは予想がついていたからか? それとも俺と同じように願いが無いのか?

 だが英霊は叶えたい願いがあるからこそ、わざわざ召還に応じて現界している。願いが無いとは考え難いが……さて?

 

「じゃ、調べさせて貰うぜ」

 

 相手方のサーヴァントが退く。

 とりあえずうつ伏せなのをひっくり返し、両の手の甲をみた。

 

「やはり令呪とやらは無いか」

 

 手の甲は両腕共に傷一つ無い。ましてや変な形の痣は影も形も無し。

 魔術で隠蔽ってのはあるが、死んでからも効く様な強力なヤツはコイツに使えるとは思えん。

 だとすると――ここか?

 

 制服の前を開き懐へ手を突っ込む。

 探すまでも無く固い物に指が触れた。

 引っ張り出してみると、ああ、これで当たりの様だ。

 ブツは黒い装丁の一冊の本。持った瞬間から紫髪のサーヴァントとのパスが、目の前の死体から俺に移った。

 これがマスター代わりになるんだろう。彼女がここを離れられなかった原因だな。

 

「用事は終わったぞ」

 

 本を持ったまま死体から離れる。

 しかし案の定、手の本を見咎められた。 

 

「ちょっと、その本はなんなのよ?」

「気にすんな」

「気にするわよ! それ、置いていきなさい」

 

 こいつは気が強いな。戦力差が計れないとは思えんが、それでも啖呵を切るとは。

 だが残念だ。

 いつもだったら譲るんだが、ちと、あのサーヴァントに話を聞いてみないとこのモヤモヤが晴れないのだよ。それでは安眠できんからな、俺の睡眠のために涙を呑んでくれ、フハハハ!

 

 ゲフンゲフンッ。

 

 シリアスばかりだと拒絶反応が起きてイカン。

 何にしろ、この本は渡せんな。

 

「馬鹿言うな。これはこのロクデナシを仕留めた俺の戦利品だ。勝ったら奪い、負けたら奪われる。世の中の基本だろう?」

 

 おーおー、またシロウとやらが怖い目でこっちを見ちゃって。

 他の連中も一気に殺気だったな。

 ま、良い。

 あのサーヴァント達とやりあうのも楽しそうだけど、今はこちらが優先だ。

 

「行くぞ」

 

 紫髪に一言声を掛け、ひょいと抱き上げた。

 ん、大丈夫だな。

 身長が高い分抱え辛いが、すらりとした体躯は見た目ほど重量を感じさせない。

 

「はい!? ちょ、ちょっと待ってください!? 走れますから降ろして下さい!」

「問答無用!」

 

 猫か何かのように無造作に抱えられ、慌てる女。

 それを両手を使ってガッチリと拘束、もとい抱えなおす。

 

「じゃあな、おさらば、アディオス!」

「……はっ! 待ちなさいよアンタ!?」

 

 ちっ、この女との寸劇で呆けてたのに再起動しやがったか。

 仕方ない、おまけをくれてやるか。

 

 窓から背中から飛び降りざま、声をかける。

 

「俺の事を聞かせろって言ったろ?

 おまけをやるよ、俺はあの白髭のパイロットさ!」

 

 

 

 

 

 

「貴方はずいぶんと意地が悪いのですね」

 

 いやはや、あの顔は見ものだったな。

 何て考えながら走っていれば、諦め顔で抱かれていた女が呆れて零した。

 

「いやいや、年寄りが若者をからかうのは世の常ってヤツさ。これも若者の成長の糧ってね」

 

 諦めに呆れが足されたため息をバックに、くつくつと笑いが漏れる。

 

 

 いやはや、聖杯戦争というが、マスターにも面白いのが沢山いるもんだ。

 なおさら楽しみになってきた……

 

 

 

 Main Side 黒川冬理 Out.

 

 

 

 


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