黒川さんは、この世界の魔術については使えないし知識もありません。
しかし蛇さん印の魔術知識は、体系こそ全く違うものの効果を推察したりする分には十分に可能です。
それは伝説に語られた
『硬い稲光』と称えられたその名は”カラドボルグ”。
英雄フェルグスが
ウェールズの古い伝説にあるカレドヴールフと同一視され、中世中期の終わりから末期掛けて謳われた最も新しい部類の伝説、アーサー王物語に登場するエクスカリバーの原典。
古き故に新しき神々の属性に染まらず、ただただ強き剣として今なお語られる武器。
それが現代、東の果ての島国にて今蘇った。
たとえ剣としてでなく、歪に捻じられ矢としての形を得ていようとも、魔術での複製によって僅かながらも存在の力は弱くとも、それが有する性質はいささかも損なわれてはいない。
そしてそれを握るのは世界と契約を交わすに至った正真正銘の英雄。たとえその成り立ちが英雄に対する反存在としてだとしても、彼の力は真実それに相応しい。
『―――――“
真名開放。音速の壁を遠く引き離しサーヴァントですら反応できぬ閃光となる。全てを切り裂くその刃は、螺旋の捻じれに従いありとあらゆる障害を切り抉る。
確かに神秘はあの機体に打ち消されるのだろう。
しかし破る方法は幾つかある。
例えば、神秘
中でも最も単純で原始的、かつ強力な方法。
それは”出力”で上回る事。
向こうが10の神秘を0まで薄めるなら物なら、こっちは50の神秘をぶつけてやれば良い。それで駄目なら100を、100で駄目なら200を、200で駄目なら300を。
障害があるなら力で崩せばいい。
確かに正面から馬鹿正直にぶつかるのは間抜けのすることと言うかも知れない。だが横や後ろ、上や下からというのは、同時に回り道するって事だ。最も早く、最も勢い良く力を叩きつける事の出来る方法というのは、小細工と同じくらい有効な手段である。
そして、英霊という存在は幽霊でありながら生身の人間を超えるような存在。
まして時間を掛けて準備に専念できるというのなら、その結果は
螺旋剣は一瞬で巨人へ噛み付き、抉り抜き、千切った。
絶大な威力を針の先端の如く細く細く束ね纏められたそれは、巨人を回避する間もなく捉え、聖剣すら弾き返した装甲を微塵の抵抗も許さずに食い破る。
衝撃すら殆んど無く鏡のように滑らかな断面を見せる風穴を開けられ、内臓を失った巨人はふらふらと二三歩よろめいた後、腹に響く音を残して倒れこみ沈黙した。
その強大な威力に、間一髪巻き添えを避けたセイバーも驚嘆の念を隠せない。
「これほどまでの威力とは……」
セイバーに答え、背後から声がする。
「なに、前衛がいなければ出来ん事だ」
そこには歩いてくるアーチャーの姿が。
彼はセイバーに並ぶと、倒れ伏した巨人をまるで宇宙人でも見るかのように眺める。
「流石にアレは死んだだろうな?」
「そう願いたいものですが、アーチャー、その台詞は何やら嫌な予感がします」
「フ」
「……セイバー」
「ええ……」
「フハハハハハハハッ!!」
笑い声と共に倒れ伏した巨人が光の粒子となって崩れ去り、輝きながら緩やかに渦を巻いて一点へと集まってゆく。
そこは乱舞する光の中に立つ青年の手の上。
差し出された鋼色をした掌にどんどん吸い込まれてゆき、やがて一際強く瞬いた後には、深い真紅の色をしたキューブが握られていた。
「ハハッ、いやいや失礼、まさかやられるとは思わなかったよ。そうだよな、幾ら神秘が力を失うったって限度があらァな」
感心したように一人頷くその身体には、一筋の傷も見当たらない。
英霊達もこれには流石に納得がいかない。
彼が巨人の所に現れたのを考えても、あれに乗り込んでいたのは確かだろう。
だが人が乗り込むとなると胴体の真ん中より少し下、腹部だろう。
元々が漫画の宇宙で戦うロボットほど大きくは無いのだ、操縦する物と言うより着込んで戦うSFのパワードスーツの様な物と、聖杯から与えられた今一必要とは思えなかった常識・現代知識のアニメに関わる部分から推察する。
だがあの巨人はアーチャーの真名解放で、腹部に頭が入りそうな貫通創を与えたはず。例え胸に入っていたとしても、よほど変わった体勢で入っていない限り身体のどこかが欠けそうなものだが――
「「もう、いい(です)や……」」
アーチャーは、セイバーは追求するのを諦めた。
ああも不思議な現象を次々に起こされると、下手に説明されるよりも出来る限り距離を置いてそっとしておきたくなる。
何より聞けば未来に希望が持てなくなりそうだった。
「さて、やられちまったし十分時間も稼いだ。夜も遅いし、俺は帰らせてもらうぜ」
ひとしきり笑ったり頷いたりした黒川は、そう言って一歩二歩と距離を開ける。
その動きに反応して雰囲気が変わる。
今まで何処と無く気が削がれた様だった気配が冷たく重くなり、二人の英雄が身を低くして獲物を構える。
その敵意の嵐を受けて、堪えた風も無く彼は飄々と嗤った。
「そんな睨むなよ。ライダー目当てだったんだろうが、まぁ運が悪かったとでも思いな」
「貴方は考え違いをしている」
彼の言葉をセイバーが即座に否定する。
「確かにライダーを討ち取れれば
「んん?」
黒川はここでようやく双方のすれ違いに気付く。
確かに知識をもう一度軽く漁ってみれば、セイバーのマスターとライダーのマスターは非常に親密(?)な仲とある。
(これは、浅い所の原作知識を
成程、これならライダーが彼女のサーヴァントと知らず、勘違いして助ける為に襲って来るのは当たり前だな)
戦いながらもどこかライダーを気にしていたセイバーとアーチャーの様子に、彼もようやく納得がいったのか、うむうむと頷いている。
「なら安心して良いよ。彼女をどうこうしようってのは確かだけど、悪くするんじゃなくて良い方にしようって話しだから」
「信じられるわけが無いでしょう!」
「保証も無く信じられる話ではないな」
あっさりと否定される。
それはそうだろう。彼らからすれば、あくまで誘拐犯の言葉なのだから。
はいはいと完全に信じるほうがどうかしている。
ま、それならそれで別に良いけどね、なんて呟いた黒川さん。
気色ばむサーヴァントに警戒も無く背を向け、何かを撫でる仕草をしたと思ったら、まるで水面をつついた様に空間に波が広がる。
その中に躊躇無く差し込んだ手が、明らかに此処ではないどこかへと沈む。
目を疑う光景に慌てて駆け寄ろうとするサーヴァント。
しかしその時、一台のチャリンコが戦場に滑り込んで来た。
粉砕されたアスファルトに車輪を取られ、スピードもあいあまって今にも転びそうにぐらついた自転車。
その後ろから飛び出したのは学校にいた赤い女の子、遠坂凛。
必死にバランスを取る自転車を蹴り飛ばして止めを刺し、運転手の悲鳴を背に宙へ飛び出した彼女は、空中で空間に半分沈んだ黒川目掛けて黒い呪いの魔力弾・ガンドをばら撒きながら叫んだ。
「待ちなさい! 桜を返しなさいよ!!」
もちろんガンドなんて低位魔術が、幾ら物理攻撃力まで持たせた”フィンの一撃”と呼ばれるほどに昇華していようとも、エイヴィヒカイトの鎧を打ち抜ける筈も無く。
わざわざ彼がサクラを返してやる義理もない。
「じゃァな」
少女達との敵対を何の脅威とも思っていない軽い口調を残し、彼は至極当然のように”空間跳躍”なんて、魔術師にとって”魔法”レベルの事をしでかして消え去った。