困った……
ライダーとダメットさんの口調が妙に似てて分けるのがむずい。
コレばっかりは配役のミスかな~。
こういう所で未熟さが浮き彫りになるけど、次に生かせればそれでオッケーと考えよう。うん。
さてはて、今現在この廃洋館は盛大な大改装を終えたところだ。
いつまでも隙間風の吹き込むあばら家では、連れてきたサクラさんの身体にも障ろうと言うもの。
どうせ昨夜の一件でナノマシンの数はかなりの規模まで膨れ上がっている。
唯でさえ追加装甲が付いてるのに、前みたく全部装甲にしてたらその内ダルマみたいになってしまう。
という訳で、だ。
遊ばせるのも何なので屋敷の改築に乗り出してみました。
当たり前だがガワは手をつけない。
目立ってしまうし、人が入った事が丸分りだ。
あちこち破れて雨風が吹き込んでいた窓も、外からは普通に見えて、内からの光を一切通さない不思議マドにはめ変える。
コレは異世界の魔術で構築した一品で、この世界の魔術に対する妨害術式が異世界の魔術理論で刻んである。使用する魔力の定義自体が全く違うので、いくらこの世界の魔術師がむにゃむにゃやっても感知は出来ない。
これをやっとかないと、電気を通した時に山ン中だから町中から見えてしまう。
そんな事になったら目立つ事この上ない。
次に建物内部。
館内はヒビを埋めて内装を薄くナノマシンで覆った。
埃すら落ちた端から分解してしまうので見た目は非常に綺麗だけど、こいつらは放って置けば壁や床などの建材を徐々に侵食して一体化する。
侵入者がいた場合は建物自体が生き物として襲い掛かるのだ。
正直言って、家一軒の土台を含めた質量を、完全に飲まれた状態から
そして最後。
最も重要な文明的な生活の基盤である、明かりや水道・火と言ったライフラインは、ナノマシンが群体として組み合わさって新たな機能を獲得、代行している。
うーむ、ナノマシン便利すぎるな。
本来は出来ない仕事も、ヌルの演算能力使って新しいモデルをデザインし、少数を書き換えれば後はそれを中心に鼠算式の自己改造であっという間に総モデルチェンジ。山中という事で資材も土中から取り放題だし、時間にして半日もあれば生活出来るだけの設備が整ってしまった。
それで今、何をしているかと言うとだ。
「ご飯出来ましたよ~」
おーう。
ま、こういった感じでとりあえずコンロとか水道の確認を兼ねて、サクラさんが昼飯を作って下さっていたのだ。生憎と病院暮らしが長かった俺は料理など覚えるはずも無く、ライダーは碌に香辛料も無かった大昔の人で、バゼットに至っては腹に入れば何でも等と言いだす始末。
バゼットは問題外にしても、四人もいて料理が出来るのが一人ってのは反省するべきだな。その内に時間を作って料理でも習うかな。
俺自身特に物を食う必要は無い。存在するだけでエネルギーを消費する生物という
けど、いつか何か生物が一緒にいた時、そんな事じゃちと困る。
あぁ、そういやバゼットに出したみたいにご飯自体を作りゃいいんじゃね?
と、思う方も当然ながら居るだろう。
ところがどっこい、あれは味が問題あり。
美味くも無く不味くも無く、計ったようにちょうど普通の味になるんだ。
俺が料理できるようになれば違うのかもだが、今の所はそれが精一杯。
さて、期待の料理ですが!
洋風を中心にとっても美味そうな品ですな。
色鮮やかで、栄養も考えられている事が見て取れる。
「これまた上物が出てきたな」
「流石はサクラです」
モグモグ……
『バランスの良いメニューですね』
「いえ、そんな」
割と駄目な一人を除いた面々に、口々に褒め称えられたサクラは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
うーむ、事前にライダーから聞いていた内気というのは本当だな。
まぁ、とりあえず食いますかね。
冷めると勿体無いし。
「頂きます」
「いただきます」
ガツガツ……
『私も消化器官があれば良かったんですが』
食材と作り手に感謝をささげ、箸を伸ばす。
うん。
おいし。
普段着に着替えたライダーも口元を緩めている。
バゼットは―――言うまでも無いか。
四膳の箸が忙しく動き回り、料理は次々と口に放り込まれて姿を消してゆく。
そうやって会話も少なくのつのつと食っていき、用意された料理の粗方が無くなった頃、サクラが改まった調子で話しかけてきた。
「えっと、黒川さん。ライダーから貴方が私を間桐から助けてくださると聞いたんですが」
「あぁ、そんな敬語使わなくていいよ。
君を助けるってのはそうだね。正確に言えばメデューサ、蛇の眷属に個人的な借りがあってな。彼女に願い事は無いかって聞いたら、あんたを助けてくれって言ったのさ」
サクラさんは慌ててメデューサを振り返る。
「ライダー……」
「気にしないでください、サクラ。私も願いはありますが、それも彼が叶えてくれるそうですから」
「で、でも、そんなこと出来るの?」
「はい、彼なら出来ると思いますよ。少なくとも私はそう思います」
うむうむ。
少なくともライダーの保障で少しは信用してくれたかな?
「ま、そういう訳だ。その事で一つ聞きたいんだが、あんた今の蟲に寄生されたその身体、嫌かい? それとも、そんなになっても母親に貰った身体は大事かい?」
聞いた瞬間ビックリした。
大人しいと思ってたサクラさん、いきなり顔を上げてこっちを睨み付けたから。
「こんな身体が好きなわけないじゃないですか!!
……もう綺麗なところなんてどこにも無いだから」
あ~、まぁ環境を考えればストレスどころの話しじゃないわな。
「おっけーおっけー、了解了解。
それだけ聞ければ後は簡単さね。これからちょっとばかし眠って貰うけど、起きた時に期待しておいてくれよ?」
「え? は、はい――って、これからすぐにするんですか!?」
「そだよ。簡単簡単、至極簡単。じゃあやりますよ~」
『待てい!!』
「あん?」
とりあえず眠って貰おうと手を伸ばしたら、何か凄いしわがれ声が聞こえた。
はて、今手を伸ばしてる先から聞こえたんだが?
『儂は心の臓に巣食っておるのじゃぞ、余計な手出しをすれば桜の命は無いと思え!』
おおぅ、蟲になった爺さんか。
確かにサクラさんを解放したら容赦なく分解するつもりだったけど、それが分ってるから止めに出てきたんだろうね。
に、してもだ。
「喋れたのな、蟲なのに」
サクラさんも嫌悪で顔が歪んでらっしゃる。
よっぽど爺さんが嫌いなんだな。
「まぁ良いや。サクラさん、やるよ」
とりあえず無視する事にする。
サクラさんも、改めて自分の体から蟲爺の声が聞こえて覚悟が決まったのか、精一杯だろう覚悟を決めた顔になってる。
『やめい、やめんか!!』
ちっ、やっかましいのぅ、この蟲。
さっさとヤッちまおう。
とんっ、と首筋を叩いて意識を飛ばす。
頭とか打たないように床に寝かせ、
普通クローンを造るには、当然ながらコピー元の遺伝子データが要る。
たけど彼女の場合、状態が予想してたよりずっと酷く、元の身体自体が半分蟲と融合してしまっている。
こんなになるまで汚染されてると、正直な話し遺伝子が無事かは自信がない。魔術は家系で繋いでいくように、遺伝するのが分かる。そんで彼女を侵したのは魔術の蟲。それ以外にも当然魔術的な手が入っているだろう。
これでは遺伝子が生まれた時のままって可能性はかなり心もとない。
だが俺が行える素操作はかなりやり方が違う。
遺伝子ではなく、対象がどんな存在かを読み取り、それを元に構築する。
存在情報の取得なんて言うと凄く
人間も、コレコレこういう材料を使ってこういう形でこういう能力を持った物を作ってくれって言われたら、大体の想像はつくだろう
だから今回のように新しい体を作る場合、読み取った彼女の体の存在情報から蟲や魔術に犯されたという情報の一切を無視して新たに構築すれば、出来上がるのはその事実が無かった体が出来上がる。
勿論だが、このやり方は色んな世界で能力を収集する時と同じ方法だ。
逆に考えれば、こっちの意思で新しい物を生み出したり書き換えなんかも行えるという事。この場合は、まずどういう存在かを決めてから適当に構築する。すると事前に決められた存在のものが出来上がるわけだ。
ここで重要なのは、あくまでも最初に決めた存在がベースという事。
例で言えば、皿という存在を作ろうと決めて構築したけど、ちょろっと悪戯心が出てメガネの形にしてしまったとする。
この場合、見た目は完璧にメガネで、レンズとかは付いてるから結果的にメガネとしての機能は持っている。だがしかし、確かにソレは皿なのだ。
盛り難いだろうし、大した量を盛れる訳でもない。
誰もが料理を盛られたソレを見た瞬間、”それメガネじゃん!?”と突っ込むだろう
しかしだ、それでも本質は、魂的な点から見ればれっきとしたお皿なのだ。
閑話休題。
要約すると、身体作るのなんて難しくもないって事だ。
「つーわけで、完成かな?」
端が二ミリくらい欠けたキューブを仕舞いなおす。
今まで食器が乗っていたテーブルの上には、床に寝ているサクラさんとまったく同じ、ただし素っ裸の身体が一体乗っていた。
一応確認として直接接触で存在情報を比較してみたが、問題はないようだ。
「「トウリ……?」」
『マスター?』
あー、何かね君達、その背筋の粟立つ怒気は?
俺にはやましい気持ちなぞ一欠片もないぞ。
「貴方ではなくサクラの問題です。見ないでください」
今にも眼帯を外しそうな鬼がいる。
こりゃやべぇ……
石にされてから半回転させられるのは流石に嫌だ。
すぐさま自分で背中を向ける。
というか、ヌルまでそんなおっかない声を出すなよ。
『私も女性型の人格です。そうである以上、見逃せない事もあります』
むぅ。
ハッキリ自分から意見を言うようになってきたな。
これはヌルの自意識の成長として喜ぶべきなんだよな?
今彼女の統括している超大型量子演算装置を初めて手に入れた時、それはまだ小さな小型の物でしかなかった。ヌルにしても制御をつかさどるOSとしての機能すら無く、単なるお助け用のインターフェースでしかなかった。だが、俺が次から次へと入手する技術を試用も兼ねて増設・改良を加え、中枢の一部に外世界の物質を利用し、更に数々の世界を渡った長い時間の間に自我が芽生えていった。
今のヌルは人格的に大分人間に近づき、それでも自身を使われる物、道具として認識している。酷く中途半端な道徳観を持つ人間からすれば、自意思があるにも拘らず人間と同等の扱いをされていないと憤慨するかもしれない。
しかしそれがヌルという存在の原点なのだ。
それを否定するのはその延長に生まれた意思をも否定する事になる。
彼女は彼女で成長していけば良い。
ハードはこれからも弄る予定なので、また色々と大きくなったり小さくなったり、真っ直ぐ伸びたり捻じれて縮んだりきっとする。
でもヌルのデータには一切手を加えるつもりは無い。
あくまで自身で時間と経験をもって成長して欲しいというのが、長く一緒にいて、これからも長く一緒にいるだろう俺の願いだ。
『……おぬし、今何をしおった?』
おや、蟲爺がようやくまともな事喋った。
「サクラさんの体をもう一個造っただけさ。大した手間でもない」
『どうやって造ったのかと聞いておるのじゃ!』
「うるっせーなこの爺、どうでも良いだろンなこたぁ。魔術魔術」
『見え透いた嘘を吐くでないわ!』
ほんっと
一々相手にしてられんと髭ガンダムに使った防音魔術の要領で、真空の代わりに音を通さない概念を付加して再構成した空気でぴっちりと覆う。真空のままだとこれからやる処置に
防音機能付きの空気カプセルが出来た途端、それまで何をしただの答えんかだのと上から目線で途切れる事無く喋ってた声がピタリと止まる。
これでうるさい思いをしなくてすむ。
何? 聞きたそうにしてる眼帯女に心まで男装した女だと? 知らん知らん。
「テレレレッテレー! たましい捕獲ハンド~~~」
割と面倒くさくなりそうなんで、さっさと次の処置に入る事に。
しんっ、と静まり返る食堂。深海の底のような耳が痛くなるような静寂。食堂の誰もが固まっていた。
すべった? まぁ気にするな。
ポケットから取り出し、高々と掲げたるはごく普通の青い手袋。
懐から手を抜く瞬間に構築したそれは、どこからどう見ても普通のゴム手袋。スーパーの清掃用具コーナーに必ず置いてあるだろう定番のアイテムだった。
「しかーし! これは魂を弄くれる魔法の手袋なのだ! つー訳で、はいライダー」
「えっと、これで何をすれば良いのですか?」
「俺そっち見れないからな。やり方は簡単、手袋をはめてサクラさんの胸か頭に手を突っこんで、何か掴む仕草をしたまま手を抜いて。サクラさんの魂出てくるから」
「名前からもしかしたらと思っていましたけど、この掃除用具のような手袋は魂を掴む道具なのですか……」
「トウリはそう言っていますが、幾らなんでも疑わしいですね」
完全に達観した口調でゴム手袋を明かりに
隣にいたバゼットも、光を薄っすら通すただのゴム製手袋へ疑惑の視線を投げかけている。
そこまで疑わなくてもいいのに。
今度はびよびよと引っ張ったり弛ませたりされているのを横目に見る。
しかし確かにアレをつければ魂なんて怪しいものが触れるなんて聞かされたら、人間だった頃の俺も”お前頭は大丈夫か?”と疑ってしまっただろう。
今更外見を手袋としか考えずに構築したのが失敗だっだと後悔しても、時既に遅し。仕方が無いからひらひら手を振りながら説明する。
「大丈夫だよ。確かに見た目は掃除道具だけど、中身はまったくの別物だから。何て言ったっけ? バゼットの教えてくれた”概念武装(?)”とかいうのと同じ様な物だから」
「「これがですか?」」
そんな声を揃えて言わなくても。
「とにかく、頼んだ。取り出した魂は同じ風に新しい体に入れてくれ」
話が進まんではないか。
(さむい……)
どれくらいこうしてたんだろう? 体が芯まで冷え切っていた。
堪えかねて寝る時はいつも着ているパジャマを掻き抱き、上掛けを巻きつけて丸まろうとして気付く。
(ぱじゃま、きてない? それにふとんでもない?)
背中に当たる堅く冷たい、何かの台のような感触。諦観に満たされた日常で、夢という逃げ場所だった温かな布団の感触ではない。
上に掛けてある物もいつもの毛布とは違う薄手のタオルケットのようだった。
頭に浮かんだのは、またお爺様の実験か何かかという事。
どちらにしてもこのままでは
「サクラ、目が覚めましたか?」
ライダーの声がした。それだけじゃない、聞き馴れていない、でも聞き覚えのある男の人と女の人の声も聞こえる。
それで一気に気を失う前の出来事を思い出す。
そうだ、兄さんを殺して、でもライダーと私を助けてくれるって言った男の人。私の料理を美味しいって言ってくれて、でも人殺しで、でも楽しそうにライダーと話してた、黒川冬理という人。
彼がこれからすぐに始めると言って、それで気絶させられた。なら今は?
「わたしっ! ……ぁ……身体、が?」
何も感じなかった。もう慣れ過ぎて違和感さえ覚えなくなっていた蟲が体の中で蠢く感覚。蟲蔵に
それが無かった。
まるで生まれ変わったように体が軽い。
私をずっと支配していた諦めと諦観。あれほど暗く冷たく、地の底に沈んだ氷塊のように思っていたそれが溶けていく。
「サクラ」
優しく、慈しむ様に呼んでくれたライダーの胸に飛び込んだ。嬉しくて嬉しくて、もう何が嬉しいのかさえ分からないくらい嬉しくて、溢れる涙が止まらなかった。
ただ、「良かった」と言って優しく抱き締めてくれるライダーの腕の中で、私があの絶望から解放された事だけは鮮明に理解できた。