無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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麻布十番さまから戴いた感想にて令呪とパスについて指摘を戴きました。
返信にて構想三十分の思いつきで俺解釈を書きましたが、それだとどうにもこうにも都合が良すぎると考え直しました。

結果、令呪はバゼットさんの腕が切り離された状態でも令呪が消えなかった事を踏まえて、旧サクラの体に残っている事とします。加えて、言峰神父が霊媒術で令呪の移植を行っていた事から、令呪は魂に近い性質を持っていると仮定しました。

パスは慎二からの魔力供給が無かった事から、偽臣の書の持ち主である暫定マスターの冬理からは行われず、また冬理もころっとサーヴァントに必須のパスと魔力供給を忘れています。
ライダーは単独行動スキルをCとはいえ所持しており一日程度なら現界可能とあるので、現在はそれでもっているとします。


それでは、未だつたない作品ではありますが、最新話をどうぞ。



第参章 13 長き想いの果て (Fate編)

 

 サクラさんは泣き疲れて眠ってしまった。今はライダーが此方の用意した寝室へ抱いて運んでいったから、此処には居ない。

 この場にいるのは俺とヌル、バゼットの三人だ。

 そして彼女達の居ないうちにやることがある。

 

 死体の処理だ。

 

 目の前にあるのは、サクラさんが生まれた時から先程まで使っていた肉体。魂の引き抜かれたソレは、良く言えばただの抜け殻だが、悪く言えば俺が殺した人間だ。元々着ていた服はサクラさんが着るためにバゼットが剥ぎ取り、今は俺が造った身体の方に掛けていたシーツで覆っている。

 そのシーツからでた手の甲には令呪が残されている。

 マスター権の移譲で一画失い、残り二画のそれを返却された魂捕獲ハンドで剥がし、自身の手へと移殖する。

 

 これはメデューサの希望でもあった。気持ち的にも主人はサクラであるが、ライダーのマスターになるという事は否応無しに聖杯戦争の参加者に命を狙われる事となる。

 サーヴァントのマスターというのは、戦闘を行うサーヴァント本人よりも死亡率が高い。なぜなら宝具という一撃必殺級の切り札を持つが故に、サーヴァント同士の戦いはどう転ぶかが判らない。しかし、サーヴァントと人間であるマスターの力の差は絶大だ。最大で六連勝しなければならない聖杯戦争を勝ち抜く為には、堅い勝利を狙うのは当然だろう。

 

 

 メデューサとしては願いが俺によって叶えられる目がある以上、明らかに不具合の出ている聖杯を命を懸けて狙う必要は無い。

 そして、仮に狙われても勝利を得る必要がないメデューサは、己の敏捷Bランクと騎乗スキルA+をもって逃げ切れば済む話だ。降り掛かる火の粉を払うだけの力はもっている。

 だがサクラがマスターに戻ってしまえばそうはいかない。サクラ自身がサーヴァントに狙われてしまうだろう。それに既に間桐の呪縛から解き放たれたサクラが、魔術師としての戦いを望むとは思えなかった。

 

 だからライダーは令呪を保管場所として俺に預けた。

 もしも目を覚ましたサクラが、どうしてもライダーとの繋がりとして令呪がいると言うなら即座に返却する事と、ライダーの仮マスターとして他のサーヴァントに狙われる危険を引き換え条件として、願いが叶うまで一時的に俺にも仕えるという。

 

 まぁ此方としては仕えるとか言われても、やって貰う事も御茶入れてもらうくらいしか無いが。

 

 ただ一点だけメリットがある。

 偽臣の書の持ち主が聖杯システム上とはいえ正式なマスターとなった点だ。

 “マスター権の移譲”という願いが履行不可能になった為に偽臣の書は消えてしまったが、それによって低下していたメデューサの能力が本来の(あたい)に復帰したのだ。これは自衛する上で非常にありがたい事だ。

 

 メデューサ曰く。

 筋力はBランクだが、怪力スキルの使用でAランク相当。

 耐久はDと低いが、敏捷は最速のサーヴァントであるランサーと同等のAランク。

 ライダーとしてのクラススキルで対魔力Bを持つ上に、俺をマスターとした事で幸運がサクラさんのEランクから驚きのEXランクまで上がったらしいのだ。

 

 あ~、確かに俺がこの存在になって生き延びたのは、俺と夏樹の努力以上に、バーゲンで安売り出来る位に奇跡が(うずたか)く積み上がった結果だったからな。こうして生き延びている以上、生まれ持ちの障害は不幸に含まれてないのかね?

 ま、性格が変わったり行動が変わったりする訳でもないんだから、コロコロ変わるような幸運値とやらが変化した程度じゃ大した影響も無いだろ。

 

 

 何はともあれ、令呪の定着を待って改めて眼前の死体に声をかけた。

 

「―――さて。

 蟲の爺さん、防音は解いたぞ。これからアンタごとその体を処理するが、何か言い残す事はあるかい?」

 

 少しの沈黙の後、あのしゃがれ声が聞こえてくる。

 

『――やはり、儂を殺すか……』

 

 性も魂も尽きた、疲れ果てた静かな声だった。

 バゼットがこの爺さんは500年以上は生きていると言っていた。

 魔術師とは言え、エイヴィヒカイトのように他者の魂という、霊的エネルギーとしては最上級の代物を一切使わずに、それ程の延命を成功させるのは至難の業だ。それを成し遂げてしまうのだから、彼がどれ程まで優秀なのかは(おの)ずから知れる。

 

 だが皮肉な事に、今はその優秀さこそが彼に絶望を知らせる。

 此方に囚われてからはそれなりに時間があった。文字通り死に物狂いになって状況の打開を図っただろう。しかしそれに失敗した事は彼に”どうあっても逃がすつもりは無い”という此方の考えを、そして逃れられない自身がどういう末路を辿るかを悟らせるに十分に過ぎる。

 

「あぁ、完全に殺す」

『……そうか』

「ほぅ? 随分と生にしがみ付いてきた人間にしては物分りが良いな?」

『ふん。どの道お主がこの身体から桜の魂を抜いた時点で、この体に寄生している儂も終わりじゃ。この蟲の体では魔術を使う事も、逃げる事も叶わぬわ』

「―――そうか」

 

 長く生きた結果がコレだというのに、その声には呪いや呪詛といったモノが薄かった。全ての足掻きが無駄に終わり、普通ならすぐ傍まで来た死への恐怖で発狂などするのだろうが、まるで逆に狂っていたのが半回転してまともになったかのように。

 

 はっ。と、どこか力の抜けた呼気が洩れた。

 

「爺さん、あんた何で其処(そこ)までしたんだい?」

 

 “其処”という言葉が何を指していたのか?

 孫ですら道具として“使った”事?

 五百年を生きて、人の姿を捨て去ってまで聖杯に求めた願いの事?

 

 死肉を通す声は尋ねない。

 

『さての……。もう儂自身、分からんわい』

「長く生き過ぎた、か―――」

 

 立ち上がり、床に横たわる死体に近付きその肩に触れる。

 

 

「アンタの孫の命を取った詫びじゃないが、一つ手向けをやるよ」

 

 小さな火が(とも)る。

 

「―――それじゃ、生の終わりだ。随分な長旅、お疲れさん―――」

 

 

 真紅の、鮮やかな炎が立ち上がる。

 人肉の焼ける匂いも立てず、煙も熱も出さない炎が体を包み、焼いてゆく。

 陽炎の代わり、立ち昇るのは枯れ果てた朽葉の色をした光の粒。

 部屋を一巡りした後、開かれた窓を通り外へと去っていった。

 

 

「トウリ、手向けとは?」

「あぁ……、あの爺さんが一番帰りたい場所へ送ったんだ。それが何処かまでは知らんがね」

「―――そうですか」

 

 バゼットもそれきり喋らなかった。

 彼女の背後、テーブルの上で極小の結界に囚われていた地下室の蟲も、主の寄生していた身体が焼け落ちると共に静かに崩れ去った。

 

 やがて炎が消え去り、そこには灰も残ってはいない。

 肉は空へと還り、魂は光となって奥底に刻まれた帰るべき場所へと去った。

 

 

 やれやれ。

 風の吹き込んできた窓を閉めなおしながら呟く。

 

「長生きってのも、考えもんだねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街の外れ、中腹にお寺の建てられた背の低い山があった。

 そこへ微かな輝きは降りていく。

 木々の間を通り、落ち葉の積もる地面をすり抜け、山の中へと落ちていく。

 

 やがて辿り着いたのは山中にある巨大な洞窟の空間、その下だった。

 そこはかつて、とある一人の女性が己の夢の為、身をなげうった場所だった。

 

 

 昔の話。

 約200年前、四人の男女がこの非情な世界から“悪”を無くそうと(こころ)みた。

 要求されるのは世界の理を変えるほどの大魔術。いや、そこまでいけば、

もはや魔法の域だろう。彼らは幾つかのプロセスを経る事で世界を騙し、全ての魔術師の目指す根源を得、それによって己が願いを叶えるつもりだった。

 

 だがそれほどのシステム、しかもそこまで都合の良い物を易々と作り出せるはずも無い。

 

 魔術師は考える。

 魔術師らしく、合理的に考えた。

 

 無いなら、有る所から引っ張れば良い。

 創る事が出来ないのなら、有る物で代用すれば良い。

 

 幸いな事に、ここにはそれ(・・)がある。

 第三魔法「魂の物質化」を成し遂げた家系の末裔が。

 

 

 その肉体に受け継がれた魔術回路と魔術刻印が。

 

 

 システムに必要不可欠な、過去の英雄の魂を降霊させるための核となりうる基盤が最も身近なところにあったのだ。

 

 魔術師は苦悩した。

 

 三百年を生きて、決して失いたくないと想った相手を、自分達の夢の犠牲としていいのかと。

 

 他の誰よりも“その後”の世界を楽しみにしていた彼女を、この手で生贄として捧げるのかと。

 

 

 

 

 だが彼女は、自ら進んで願いへと至る道の(いしずえ)となった。

 

 

 

 

 だから。

 だからこそ。

 彼は諦める訳にいかなかった。

 

 ――いや、諦める等という考え自体、一欠片すら思い浮かばなかった。

 

 それは現れた願望器を巡って、仲間だった者たちが一人残らず敵となっても。

 彼女の末が呼び出した英霊によって、彼女が世界から消したいと願った“悪”そのものに願望器が汚染されたとしても。

 合わぬ異国での生活に、魔術師が最も執着する家系としての力を全て失ったとしても。

 二百年をかけ、四度に(わた)る凄惨な殺し合いを経てもなお。

 

 そのあまりに一途な想いは、決して変わらなかった。

 

 例え長い時間に(さら)され、見る影も無く枯れ果て、醜く変質しようとも、その根底は最後まで変わる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 二百年前、最後の儀式が行われた地へと光は降りる

 

 洞窟の暗闇の中

 

 瑞々しい輝きなど何処にも見られない、朽葉の光が静かに降り注ぎ

 

 地に刻まれた回路だけが、迎えるように微かに、優しく瞬いていた

 

 

 


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