無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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●本日のたわごと

 吸血鬼はオール電化の家に住むと死んでしまう……




第参章 15 剣の葛藤 (Fate編)

 

 闇に包まれた山林を黄金の影が駆ける。

 両の腕にそれぞれ荷物を抱え、凄まじい速度で木々を潜り抜け、道無き道を軽々と走破する。

 既に弓兵は単独行動へ入った。

 時間の余裕はない。

 

「セイバー」

「はい、此方でも捉えました」

 

 右の腕に抱えられた凛が闇を見据え声を出す。

 夜の山肌を飛ぶように駆ける、気の弱い人間でなくとも失神するような光景に全く怯んでいない。それどころか凍えるような雰囲気の下に、焼けるような怒りの気配が潜んでいる。

 少女の度胸に幾度目かの感心を抱きつつ黄金の影は応える。

 

「シロウ、アーチャーが迎撃側と戦闘に入りました」

 

 左腕に抱えられた己のマスターに知らせる。

 

「あいつの方に行ったのは?」

「一騎よ。アーチャーがライダーだって言ってるわ」

「じゃあ残ってるのは……」

「ええ、あの良く分からないヤツよ」

 

 士郎は知らず歯を噛み締め、拳を握る。

 

 未来から召喚されたと言っていた男。

 セイバーとアーチャーがそれすらも怪しいと言っていたが、止める間もなく慎二の首を切り落として殺した上に、桜を(さら)ったライダーにも協力していた。それどころか学校の時あの男がライダーを連れて行ったから、桜を攫ったのもあいつが命令したのかもしれない。

 友達が殺され、家族にも近い後輩は攫われたのだ。

 士郎は未熟ながらも『正義の味方』として、あの男に心底から怒っていた。

 

 

 

 セイバーもまた、攫われた少女を救う為に疾走しながらも未だ己の迷いを捨てられていなかった。

 八騎目として呼ばれたイレギュラーはあの軽薄な口調で言っていた。

 

 “聖杯戦争のシステムはオシャカになってる”

 

 と。

 そしてこうも言っていた。

 

 “必死に殺しあったところで、出てくるのは間違いなく碌でもないモノだろうよ”

 

 と。

 

 死後を世界に預け、たった一つ望んだ願いがまた(・・)叶わない?

 それはセイバーにとっては筆舌に尽くし難い苦しみだった。

 だがあの男がそう断ずるのも納得できるのだ。

 セイバーにも心当たりがある。

 前回の聖杯戦争、第四次聖杯戦争にてキャスターとして呼ばれたジル・ド・レェ。 今思い返せば彼はどう考えても英霊などではなかった。

 

 

 しかし、元は彼もまごうことなき英雄だった。

 フランス百年戦争にて、かの”オルレアンの戦い”を聖女ジャンヌ・ダルクと共に戦い抜き、戦争終結の功績者として『救国の英雄』とまで称えられた稀代の将軍だったのだ。

 

 しかし戦後、ジャンヌ・ダルクは(まつりごと)に利用される。

 

 その果てに罠にかけられて囚われ、異端者として宗教裁判にかけられる。

 理由は彼女が聞いたとされる天使の声の真偽と男装について。

 だがそれは建前だ。

 その裁判にて一度は宗教審理にて認められた『天使の声』を、ジャンヌ・ダルクを排除しようとする敵対派によって固められた宗教裁判にて『悪魔の声』と断じられた。

 結果魔女とされるも、神に懺悔しその御許へ帰依するとして一度は許される。

 しかしジャンヌは教会の牢ではなく、軍の牢へと入れられる。

 

 四日後、再びジャンヌは男装を身に纏っていた。

 

 敵対派の牢での性的脅威に耐えかねた彼女は男装に戻り、それによって『異端再犯』として極刑とされる。

 誰よりも信仰(あつ)かった少女は、かの宗教にて“最後の審判の際に復活すべき体がなくなる”という何よりも忌避される火刑に処される事となる。

 

 泣き叫びながら神に助けを求めていたという。

 

 更に焼き殺されたのち、その神性を失墜させる為に蒸し焼きになった裸体を民衆に晒され、しかもそこまでしてなお、灰すら土葬として土へ還る事が認められず、川へと流された。

 

 

 この彼女の結末が彼の、ジル・ド・レェの精神を病ませたという。

 己の居城にて黒魔術に耽溺するようになり、数百人の幼子を虐殺し、最後は縛り首ののち、死体を火刑に処された。

 

 

 第四次聖杯戦争にてセイバーがまみえた彼は、神に裏切られたジャンヌ・ダルクを求めるあまり完全に狂していた。その末にセイバーをジャンヌと錯覚し、子供を生贄に捧げて魔物すら招いていた。

 あれを見て彼を英霊と思うものなどいないだろう。

 誰がどう見ても悪霊の類いとしか思えない。

 そんな存在が英霊として召喚される事自体、この聖杯降臨の儀式が破綻している証拠となる。

 

 かと言ってセイバーも、しょうがないと言ってすっぱりと諦め切れるような軽い願いではない。

 もとより求めるものは過去すら変えることの出来る秘宝。

 その荒野から針一本を探すような可能性に比べれば、使えるか使えないか分からないというなどという程度では諦めるに及ばない。手の届くところにあるのなら剣にて勝ち取り、それから確かめれば良い。

 聖杯システムも、こうしてサーヴァントという規格外の神秘の降霊に成功しているのだ。その全てが狂っているというわけでもあるまい。

 可能性が全く無いわけではない以上、諦めるつもりは毛頭ない。

 

 事実、昨夜は積極的な攻勢を否定したシロウに黙って単独で出撃までした。

 結果としてサクラを攫ったライダーを発見できた事は僥倖(ぎょうこう)だったが、本来の目的は果たせていない。

 

 端的に言って、セイバーは焦れていた。

 戦わなければ願いを叶える可能性すら手に入らない。

 だがあらゆる状況が彼女に、敵を打ち倒して勝ち取る、騎士としての戦いを許さない。

 

 まるで前回の聖杯戦争のようだ。

 

 そういう考えが脳裏をよぎる。

 切継の指揮下で剣を振るった時と同じ。

 

 頭を振って無駄な思考を振り払う。

 シロウは切継とは、私を裏切ったあの男とは違う。

 

 再び余計なことが浮かぶのを嫌うように、黄金の影はその足を心持ち早めた。

 

 

 

 

 

 

 ザッ!

 

 振動すら殆んどなく山を走る足が止まる。

 抱えた二人を降ろし、油断無く抜き放った不可視の剣を構える剣の英霊。

 その鋭く見据える先、夜の暗がりから男の声が響く。

 

「昨日の今日、それもこんな夜分の訪問とはな。忙しい奴らだ」

 

 月光も当たらぬ暗闇から滲み出たのは昨夜剣を交えたイレギュラー。

 恐ろしい事に、こうして目の前にしても気配が感じ取れない。それどころか信じ難いが、乾いた落ち葉の上を移動しているにも拘らず一切の音を立てていない。ここまでの隠蔽はアサシンの気配遮断スキルにも匹敵するだろう。

 

 脅威なのはこれだけの技がスキルではないという事。

 気配遮断スキルなら攻撃に移れば大きく隠蔽のランクが下がるという欠点があり、サーヴァントであるならそれで十分に察知・対処が可能だ。

 だが純粋に己が技量でそれを成し得るこの男にそのような弱点があるだろうか?

 最悪、サーヴァントでも気付かぬ内に死んでいるやもしれない。

 そしてこの男は騎士のように正々堂々とした戦い方とは無縁だ。

 

(眼前に居る今ここで仕留めねば。(ひそ)まれたら手が付けられなくなる)

 

 改めてこの男の危険性が身にしみる。

 その時、後ろに庇った主が常に無い険しすぎる声を出す。

 

「何で桜を攫った!! 桜は無事なのか!?」

「………」

 

 男は応えない。

 それどころか問い掛けすら無かったかのように一切反応せず、セイバーにのみ意識を集中している。

 

「くっ」

 

 士郎は血が出そうなほど固く握り締められた拳が振るえている。

 だがここで彼に出来ることは無い。

 

「シロウ、凛」

「――あぁ、分かった……。セイバーも無理をするなよ」

「衛宮君の事はまかせて。セイバーも気をつけなさいよ?」

 

 一拍迷い、しかし事前の打ち合わせ通りに駆け出す二人。

 手を出すかとも思ったイレギュラーだが、その気配は微かなりとも動かない。

 

「―――――」

「―――――」

 

 二人が森へと消えてからも両者はすぐには動かない。

 

 否。

 動けない。

 

 不可視の剣を突きつけたセイバーは、眼前の青年がわざわざ剣士である自分の前に無策で出る訳が無いと警戒するが故に。

 

 青年は目の前のサーヴァントをどうするか決めかねて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしたものか…?)

 

 困った。

 目の前に14・5歳くらいの女の子にしか見えないセイバーがいる。

 それだけだったら何も問題は無い。

 なんだが…、今の彼女はこっちに剣を突き付け、明らかに昨夜とはモノが違う気配を放っている。

 

 簡潔に言えばだ、これ以上ないほど殺気立っている。

 

 あれは完全に殺す気になってる。

 鬼気迫るとでも言えばいいか、そんなある種の追い詰められた人間が放つ気配だ。

 別に向こうがそういうつもりなら受けてたつのも(やぶさ)かではない。

 此方を殺そうとしてんだ、きっちり殺してから魂喰って死体も分解する。

 

 相手が張り詰めた顔をした小娘でなければ、だ。

 

 

「ヤりづれェ……」

 

 ぼそっと本音が零れる。

 

 ホントに。

 せっかく手加減する必要が無くなったっていうのに、その相手がこれってどうよ?

 しかもあの表情。

 知識の中にあった宝具『エクスカリバー』の使用も辞さないって表情だ。

 幾つも不具合を抱えてんのに、そんな無理をしたら魔力切れでぽっくり死にかねない。

 

 その挙句に『無念』とか言って死なれでもしたら……

 いくら俺でも後味が悪すぎるだろう。

 

《適当に相手をしてから撤退するのはどうでしょう?》

(仮にも英雄だ、あの様子を見るに絶対食らい付いて来るぞ? 見ろよあの顔、状況的に足止めできればクリアだってのに、何が何でも首を取るって顔してやがる)

《やっかいですね》

(ほんとーにな。仕方がない、行動不能まで叩いてからあいつらに持って帰らせよう)

 

 

(イェツラー)

形成(Yetzirah)

 

 ギシギシと軋みを立てて義手義足がその姿を変える。

 (そで)を破き、(すそ)を裂き、聖遺物・”機械仕掛けの蜘蛛”がその漆黒の鋭利な棘を顕す。

 蘇芳が鼓動に合わせて脈動し、禍々しい瘴気を吹き上がる。

 

 ついでにこっそりと求道型『創造』の要領で体を異界化、体内にて1st-G(ファースト・ギア)の概念核を生み出す。

 

『文字には力を与える能がある』

 

 体の中から聞こえる声に、準備が全て整った事を知る。

 

「わざわざ待っててくれるとは、騎士道だか知らんが余裕だな?」

 

 鋼鉄の甲殻と化した手足の調子を確かめつつ挑発的に(あざけ)る。

 だがセイバーは挑発には乗らず、

 

「クラス・セイバー。

 貴方の名は?」

 

 言葉少なに問うてくる。

 

「あぁ、まだ名乗っていなかったか?」

「ええ」

「そりゃ失礼を。黒川だ。黒川 冬理。

 クラスで呼びたかったら、……そうだな、シーカー(探求者)とでも呼んでくれ、嬢ちゃん」

「いいだろうシーカー。だがその呼び方はやめろ、私を侮っているのか!」

「ハッ、そんな言葉が出てくる時点で嬢ちゃんさ」

「……我が剣を受けてまだそのような戯言が出るか、試してみるか?」

「あのガキ二人どうだか知らんが、嬢ちゃんは最初からヤる気だろうに」

 

「―――いくぞ、シーカー」

 

 これ以上は問答無用と、セイバーの殺気が一気に膨れ上がる。

 

(やれやれ)

 

 知識では彼女は本来、見た目通りの少女並みの力しか持たないらしい。だが魔力放出というスキルによって保有魔力を噴射、スラスターとして利用する事でサーヴァントとしての高膂力(りょりょく)・高機動を実現している。

 

 だが今の彼女は致命的な問題を抱えている。

 正式な主従制約でなかった為にマスターからの魔力供給がほとんど働かず、彼女の戦闘法の要である魔力が十分に確保出来ないのだ。

 

 瞬間出力は何とかなるだろうが、エネルギー総量が致命的なまでに低い。

 昨夜から間をおかず二度目の戦闘行動は、勝ち抜く事が目的のサーヴァントとして致命的な失策に近い。此方としては、逃がさないように適当に遊んでれば勝手に力尽きるレベルだが、それは下手したら最後の一撃とかやる可能性がある。

 さっさと行動不能にしてしまうのが彼女にとっても後々の利になるか。

 

 爆音にも聞こえる踏切から刹那で距離を詰めて来る。

 上段に振りかぶられた剣はその剣身こそ隠されているが、敵を切り裂く烈気に満ちている。

 

 一歩前進しつつ迎撃のストレート、正面から剣を迎え撃つ。見えない剣といえど、二回目の戦闘に加えて小細工無しの振り下ろしならば予想は簡単極まる。

 

 衝撃波すら撒き散らして剣と拳があらぬ方向へ逸れる。

 だがお互いそれは予想済み。即座に剣先が、逆の腕が翻り、返しの刃が敵の命を食い破ろうと疾走する。

 

「はあああああ!!!!」

「ふっ、っ!!!」

 

 いつぞやのランサーとの戦いの焼き直しか、振るわれる剣を掌で流し、拳で弾く。

 夜の闇に眩しく火花が飛び散り、甲殻と刃が(しのぎ)を削る。

 首を刈り取ろうとする刃を下から突き上げ弾く。同時に潜り抜けて胴を打とうとすると、瞬時に一歩足を引きながらの切り下ろしが頭を狙ってくる。逆の手で払い除け泳いだ手を破壊せんと追撃すれば、手を強引に引っ込めながら強烈なショルダーチャージで骨を砕こうとする。

 豪腕と言って良い力を持っていながら妙に駆け引きが上手い。というより、退く場所を間違えないのが強みか? 搦め手や凄まじい技量に裏打ちされた類いの一撃が見られず、純粋に打ち合うタイプの剣技しか使ってこない。

 純粋な技量そのものは目を剥くといったレベルじゃないな。桂師匠のが何ぼかおっかない。逆に言えば、この戦い方は魔力噴射によって得られる単純な力を最も効率よく扱う戦い方だ。

 最速で最大威力を。

 下手に技量に頼るより、よほど彼女の強みと合致するだろう。

 東洋武術の使い手と戦った事なぞないと思うのだが、それでも十二分に食いついてくる。

 

 エイヴィヒカイトの装甲へ更に硬気による防御を展開、剣自体の破壊を狙ってみるが、呆れた事に刃が(こぼ)れる様子が欠片も見られない。

 いくらなんでも物質として存在する以上、構成物の耐久を超える衝撃を受ければ壊れるはずなんだが……?

 

 理不尽な事に此方の拳とぶつかる(たび)に『火花』という剣の欠片が飛んでいるにも拘らず、一向に剣に変化がない。

 一応ながら火花は飛んでいるのだから、完全に不壊ではないだろうが…。

 

 あの理不尽が分子単位での再生か補填(ほてん)か知らぬが、あれを折りたければどうにも一撃で圧し折らねばならんらしい。

 それは少々面倒だ。

 

 戦闘の方向を変える。

 

 

 先手こそセイバーが取ったが、所詮万全とは程遠い刃。

 俺からすれば当たった所でなんて事も無い。

 少々強引に剣閃の間に割り込み、体で()じ開けるように距離を無理矢理縮めていく。

 

 セイバーは剣士だ。

 クロスレンジ(ショートレンジとミドルレンジの中間)でこそ”剣”という武装はその真価を発揮する。それは”剣”という武器の形そのものが、そうあるように造られているからだ。

 逆に言えば無手での格闘戦距離となるショートレンジは、”剣”が本来の性能を発揮できる距離では決してない。代わりに使い手が剣の柄で打つなどの戦法でカバーする領域となる。

 だがサーヴァントレベルの戦場でそこまで踏み込まれたら、それはそれなりの痛手を覚悟しなければならないという事だ。

 

 歴戦の剣士たるセイバーもそれを重々承知しているはず。

 縦横無尽と剣を(はし)らせ、間合いを詰める此方を押し返そうとしてくる。

 

 

(付き合う必要も無いな)

 

 捌きながら冷静に判断する。

 

 そもこの剣撃は俺に負傷をもたらすか?

 否。

 真名開放ならいざ知らず、この程度でエイヴィヒカイトを超える事は叶わぬ。

 ならば…?

 

 

 一際(ひときわ)大きく火花が咲く。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するセイバーに、その表情を観察する余裕すらある俺。

 無理も無い。

 一際力強く、昨夜とは違い確とした体勢から放った全力の攻撃。袈裟(けさ)に切り込んだ己の聖剣が、服にほつれ(・・・)すら作る事無く止まっているのだ。当然俺も衝撃など無かったかのように後退すらしていない。

 自分と獲物に自信を持つ者ほど精神的な衝撃は大きい。

 

 ぐっ

 

 それでもセイバーが気を取られた時間などほんの数瞬。

 だがそれで十分だ。

 確かに肩口で止まっている剣身を風の結界ごと握り締め、結界を力尽くで握り潰す。

 

 どがぁ!!!

 

 至近で、というより密着してコンクリを粉砕するような圧縮空気が炸裂するが、剣本体に耐える装甲がこの程度で揺らぐはずもない。

 

 我に返ったセイバーが剣を取り戻そうと渾身の力を込めるが……、

 

「剣を捨てられんか?」

 

 力を込めるのに握り締めたのを幸いとして剣ごと引き寄せる。

 ようこそ、格闘距離(ショートレンジ)へ。

 

「っく!?」

 

 直感か?

 遅まきながら剣を手放し距離をとろうとするが、今更だ。

 

 (やわ)過ぎる地面に代わり、大気中のマナを別世界の理論で直接操作して構築した頑強極まる足場を蹴る。セイバーが跳躍した瞬間にはもう目の前。

 咄嗟(とっさ)の後退と渾身の踏み込み、速さが違う。

 

 一撃で終わらせる。

 

 

 豪打一閃。

 

 力を足から腰、基点たる腰の回転で肩から撃つ。

 錬気によって跳ね上がった身体能力から鋼鉄の義腕が放たれる。

 陽炎揺らめく下の甲殻には何時(いつ)の間にか光を放つ『すごい』の殴り書き。

 

 

 直撃、轟音

 

 少女の纏った甲冑を紙一枚、いや濡れた障子紙一枚の抵抗もなくぶち抜き華奢(きゃしゃ)な肉体へなんか『すごい』一撃が突き刺さる。刹那の抵抗も叶わず砕け散った肋骨の向こうで、内臓が幾つも弾ける感触を味わう。

 

「――か、ごぼっ」

 

 ごぼりと大量に吐き出された血塊が腕を濡らす。

 力を失った身体が腹に食い込んだ腕に凭れ掛かり、そのまま完全に意識を失う。まるで吐き出した血の分だけ軽くなったとでも言うかのような、酷く軽い体だった。

 少し押せばそのまま仰向けに倒れこむ。

 

 片手で握りこんだままだった黄金の剣を一瞥、詳細に解析するが、あまり有用とは思えずそのままデータバンク行きへ。

 意識不明のサーヴァントとの繋がりを一時的に切断し、ため息とともに剣を無造作に“ホール”の中へ放り投げる。目が覚めて暴れられたら敵わんし、捕虜の武装解除は常識だ。

 

 それにしても、やはり剣を放さなかったか。

 まあその選択も仕方ない。セイバーにしてみれば、あの一撃で傷を与えられなければ後は宝具での攻撃しか残されていない。その宝具たる剣を失う事は確実な敗北が訪れるという事だ。

 剣を一時手放して、隙を見て取り返せば良い?

 剣を握って対等の相手に獲物を失った状態で太刀打ちできるのなら、それもいいだろう。

 それどころか彼女が第四次聖杯戦争で争ったバーサーカーのように、己の宝具そのものが奪われて自分に牙を剥く可能性すらある。

 あくまで勝とうとするなら、どれ程可能性が低くともあの時剣は手放せなかった。

 

「そもそも最初から防御に徹して時間稼ぎしてればいいものを…。昨日の戦闘で一人では勝率が低いのは分かっていたろうに、無理に勝とうとするから歪みが生まれる」

 

 だがまぁそれよりも、だ。

 

「ちっ、思ったより弱ってたか?」

 

 口元を鮮血に染め上げ蒼白でピクリともしないその姿は、どうにも少年達の用事が済むまで放って置くとそのまま死にそうな気がする。

 何というか、見た感じでもう虫の息だ。

 

「仕方ないか……」

 

 実験も兼ねて概念による治療を試みる事にする。

 体内から概念核を放出する。

 

『文字には力を与える能がある』

 

 再びの声。今度は何処とも知れぬ空間中から聞こえる。

 まずへしゃげて腹を圧迫したままの鎧を(むし)り取り、下に着ている蒼い服の腹の部分を裂く。今あの少年達が戻ってきたら俺は酷く不名誉な称号を得かねないが、この概念で治療するとなると患部に触れなければならない。

 また塗料を構成するのも面倒だと、とりあえず乾きかけの血を口元から指先へ拾い、どす黒く染まり若干裂けた腹部へと()り付ける。

 

『ちゆ』『かいふく』

 

 これで後は放って置けば直るだろう。

 1st-Gの概念下ではあの言葉の示す通り、書かれた文字がその意味のままの力を持つ。しかもそれは間接的にも作用する。ジュースの入った容器に『毒の入れ物』と書けばジュースが毒になるのだ。

 あの二つの言葉を書いておけば、魔力は回復せずとも負傷は綺麗に治るだろう。

 

 

 ふぅ、とため息を吐きつく。

 迎撃に出たライダーと屋敷で少年達を待ち受けるバゼットは大丈夫だろうか?

 

「やれやれ、だな」

『お疲れ様です』

 

 耳に涼やかな労いの言葉。

 ヌルの冷たく硬質な声が、今はとても心地よかった。

 

 

 

 


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