無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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わりと早く更新できました。
やっぱり勢いのある場面は状況がハッキリしていて書きやすいです。

……上手いか下手かは別ですが。


※今話ではギルさんが可哀想です。彼が好きな方は読まれる前に御一考ください。





第参章 18 王 (Fate編)

 

 

 

「へぇ、こうなってんだ。にしても、また随分と中身の数があるもんだな?」

「グオォォォォォッ! 雑種ぅぅぅ、き、きさま……!」

 

 一緒に付いてきたゴミを投げ捨て、濡れた手で黄金作りの鍵を仔細に検分する。

 構成そのものを理解し、機能そのものを理解し、存在そのものを理解し尽くす。手の上で転がすたびに粘性の高い液体が糸を引き、錆び付いた香りが鼻腔をくすぐる。

 もう長い事()ぎ慣れて馴染んだ匂いだ。特に気にもならん。

 

「ヌル、格納先の亜空間の座標は確認した。内部に収納されている物の方はそっちで解析を頼む」

『イエス、マスター』

 

 鍵の本来の持ち主へ視線を向ける。

 黄金の鎧を身に纏った古代ウルクの支配者は、数歩離れた所で片手で反対の手の手首を握り締め、憤怒に身を焼き焦がしていた。

 ぽたぽたと滴り落ちる(しずく)には本来の勢いが無く、それが鎧の守護によるものなのか、それとも別の装飾品による効果なのかは分からない。だが戦闘には大いに差支えが出るだろう。それなりの出血も勿論だが、なにせ肉体が物理的に欠損しているのだから。

 

「オ、オレの腕を……!!」

 

 そう、さっき投げ捨てた先、金属音を響かせてアスファルトに転がったのは英雄王改め慢心王のおててだ。

 阿呆な事にこの男は敵の目の前で武器でもない己の宝具を晒したのだ。

 俺はてっきり鎧を着ていたから、原作のように『王の財宝』を展開済みなのだとばかり思っていた。だが初のお目見えとでも考えていたのだろうか? わざわざ「我が宝具(うんちゃらかんちゃら)」とか悠長に喋りながら鍵を空中に挿そうとした。

 

 当たり前だが―――隙だらけだ。

 

 とりあえず活動位階の身体能力に錬気強化で一瞬で接近、手ごと鍵を握り込み、そのまま(・・・・)貰ってきた。

 慢心せずして何が王か。

 知識にて彼はそう言い放ったとあるが、その結果が篭手ごと握り潰され引き千切られた右手だ。その手首から先は覆う金属ごと搾り潰され、黄金と蘇芳に濡れた歪な固まりとなって地に転がり、今も黒々と見える範囲を広げている。所々奇妙な場所から折れ曲がった指を中途半端に飛び出させていて、それが奇怪な蟲のようにも見せていた。

 

『解析が終了致しました。詳細はデータバンクに』

「ありがとう、ヌル。

 

 そら、英雄王さん。返すよ」

 

 手の平から摘み上げた鍵を投げ渡す。

 きらきらと輝きながら飛び、狙い(たが)わず王様の手に収まる。

 

「きさま、きさま……!」

 

 すぐさま『王の財宝』が展開され、秘薬霊薬の類いだろうビンを取り出す。

 同時に空間に大量の波紋が広がり、切っ先に(やじり)、穂先に金属塊と種々様々な武具の頭が覗き始める。

 それらは世界を統べる王だった彼が生前に所有した数々の宝物。

 それも宝物だからといって祭祀(さいし)用や儀礼用ばかりではない。彼の伝承にて世界の富全てを得たという表現を拡大解釈した事で、その蔵には古今東西の武器防具、その原型が所蔵される。

 その中には後世に語られる英雄達が振るった武具等も含まれており、彼らの伝承で語られる物とを”親子”の関係として表現すれば、親としてそれらを上回る力を発揮するらしい。

 

 彼単体の能力は伝承に謳われるオリジナルの英雄王と比べれば、サーヴァントのステータスとしてはバランスこそ良いものの、圧倒的に劣化していると言って良いだろう。何せ神の血を引いて生まれ、幾多の戦場を駆け抜け勝利を掴み続け、妖物を狩り、果てはエルキドゥと共に神が彼を殺す為に降臨させた神獣すらも打ち倒した存在だ。その武威は生半(なまなか)なものではなかっただろう。

 

 それに比べればこの英雄王は己の所有する綺羅星の如き数々の武具すら十全に使いこなせず、練達の武威すら失い、出来る事といったら戦闘用でも無い倉庫型宝具から武具を次々と放出してその手数の多さで攻撃するという有様。しかもそれでいながら油断までしているという。何ともはや、楽な相手である。

 

 英雄王は片手で器用にビンを開けて中身を飲み干し、万力で挟み潰されたような傷口から煙をあげつつ叫んだ。

 

「オレをなめた事、後悔して死ね! 雑種ぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 

 激昂した王の号令に応え、即座に百を超える宝具が弾雨となって降り注ぐ。

 後に数々の伝説を打ち立てた英雄達の握った武器、その前身である原形が王の御意に従い敵とその周囲へと降り注ぎ、諸共(もろとも)に吹き飛ばす。数回も掃射すれば山すら崩すのではないかという、英霊というカテゴリにおいても屈指の破壊力が炸裂し、大気を破裂させる爆音と共に地鳴りが響く。

 鋼の雨は大地すら捲くり上げ穿(うが)ち抜いたのだろう、もうもうと上がる土煙で破壊の痕は隠されている。

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……

 

 クッ、クハハハハハ!! 見たか雑種よ! 王に手をかけた事、死んで後悔するがいい!! ハァ――ハッハッハッハ!!!」

 

 

 

「ふむ、その台詞はちと拙速(せっそく)だな」

 

 響き渡っていた天に届けと言わんばかりの高笑いがパタリとやむ。

 比類ない膨大な出力を誇りながらナノサイズの操作が得意という”鳴神仁”の反則臭いサイコキネシスが巻き起こす暴風が、辺りを覆う土煙を一瞬で蹴散らし、現れるのは四肢を異形の鋼鉄と化した黒川冬理。

 その体には傷一つ、いや、それどころか身に纏う服すら破れていない。

 

「ば、ばかな……。我が『王の財宝』に身を晒して無傷だと…!?」

 

 ぱんぱんと軽くはたいて埃を落とし、顔を引き攣らせる英雄王へ見据える。

 

「さてと。

 それじゃァ、お前の魂、貰おうか」

 

「くっ!」

 

 ゴンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!!!!

 

 まるで速射砲の重囲にでもいるかのように聖剣魔剣呪斧聖槍、ありとあらゆる武具の原典が雨霰と降り注ぐ。―――が、

 

「おいおい、ムキになるなって。相手が悪かったと思って諦めてくれよ」

 

 破壊の嵐の只中にあってその姿は微塵も揺るがない。

 それどころかリラックスさえしている雰囲気だ。何事も無いかのように歩きで英雄王へ向かってゆく。

 英雄王が壮絶な歯軋りの末に舌打ちした。

 

「雑種、貴様どのような手妻(奇術)を使っている?」

「特別な事は何も? アンタの攻撃が効かないのは、強いて言うなら軽すぎるって言さ」

「よりにもよって我が財宝が“軽い”だとッ!?」

 

 自分で聞いて来たんだろうが。本当に怒りっぽいヤツ。

 まぁ、英雄王さんの性格なんざどうでも良い事の最上位だが。

 

「あぁそうだ。アンタの財宝は確かに古今東西の伝説の武器の原典。確かにそりゃ強力だろうよ。

 だが俺の魔術は魂の強度で防御する。

 さっきから飛んでくる武器は原典だ。だからこそ、俺に取っちゃ単なる“年の浅い、碌に血も積み重ねていない唯の武器”なんだよ」

 

 金ぴかは再度の舌打ち。

 それはそうだろう。納得など出来はしないが、その理論でいくなら『王の財宝』の中身は射出弾体として全くの役立たずになり果てるからだ。

 だが、まだ英雄王には蔵から引き抜かれたばかりの至高の剣がある。

 

『乖離剣』

 激烈な風を操って大気の断層を作り出し、擬似的な時空断層まで生み出す円柱状の奇怪な剣。その威力は強大無比であり、擬似的とはいえ時空断層まで発展した一撃は周りの空間ごと断裂する為、この世界の盾の類いではまず防御する事は適わない。

 避けるにしろ、その攻撃範囲も“風”という特性上、目視による回避は望めず、またその殺傷範囲も剣と呼ぶに相応しくないほど広い。

 正しくこの世界で最強『威力』の剣だろう。

 

 ちなみに知識には伝承にある混沌とした世界から天地を分けた究極の一撃とあり、ギルガメッシュが「生命の原初の記憶」とか「この星の最古の姿」とか自慢げに語っている場面があるが、勿論のこと、眉唾物である。

 そもそもギルガメッシュが生きたのは星が生まれて数十億年たった後だ。もし知っていたとしても、それが本当ならこの慢心王は単細胞生物だった時の記憶があり、その単細胞生物は生意気にも世界を知る術を持っていて、海すら発生していない灼熱の溶岩塊だった惑星誕生初期に生きていた事になる。

 まぁ、都合の良い魔術かなんか(魔法の領域に食い込みそうだし、英雄王の伝承にそこまでの魔術師がいたとは寡聞にして聞かないが)で知ったのかもしれない。剣自体がお話しして教えてくれました、とかいうのもロマンチックだが、生憎と俺はそういうファンタジーなのは夢の中だけにして欲しい側だ。

 

 しかもだ、

 そも言ってるのがあの派手好きな慢心王なのだ。

 あまつさえ敵対者の兵器宣伝を鵜呑みにする方がおかしい。

 

 そして重要だが、それで世界が発生したのは伝承の中だけのお話だ。他の伝説や神話や創世記では別の世界の成り立ちが語られるように、実際に世界をどうこうした物ではない。

 ついでに時空断層は世界を天と地に分けたりはしない。当たり前だが右と左や上と下に裂けるだけである。更に言えばこのような世界に対する考え方は、世界が真っ平らだとする考え方が根底だ。星という球体を時空断層なんかで丸々()り抜いたら、内側の星本体はどこへともなく時空を超えて飛んでいきそうである。

 

 む、最後辺りは夢もクソも無い完全に与太話になってたな……

 いやはや、どうにも俺はにわか科学者って出が出なのか屁理屈臭いところがある。そこらへんが鼻につくって人も多いだろうから気をつけるか?

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 ついに血管が千切れるほどに頭へ血を上らせた英雄王が乖離剣を振り上げる。

 濁流の如き魔力の流れが螺旋を描く円柱へと雪崩れ込み、螺旋剣はその名に相応しく螺旋を描いて回転を始める。その石臼の様な音を立てながら回転する螺旋より猛烈な風が吹きすさび、豪風と荒れ狂う。

 

「これぞ我が最強の剣・乖離剣エア!」

 

 止まらぬ歩みはちゃくちゃくと距離を縮め、もはや二人の距離は五メートルも無い。

 やろうと思うのなら慢心王のお喋りの間に十回は心の臓を掴み出せただろう。

 だが、あの剣の威力はこの目で見たい。

 例え全く同じものが容易く作り出せようと、今ここにあるのは紛れも無い唯一無二のオリジナルなのだから。

 

 もはや始めの余裕などかなぐり捨てた英雄王は、『王の財宝』を完全に乖離剣へのバックアップに回し、全身全霊をかけた渾身の一撃を放つ。

 

「王の裁きを受けて死ね、雑種!!」

 

 風はもう空恐ろしいと表現しなくちゃならない程にその密度を高め、乖離剣から轟然と噴出する真紅の魔力と相余って目視すら出来そうだ。

 

 

  『天地乖離す(エヌマ)

 

 

 大上段の螺旋剣は既に超圧縮した大型台風と言って差し支えない。

 漏れ出すだけで竜巻に匹敵する豪風が逆巻き、まともな人間なら近くにいるだけで千切れ吹き飛ぶ。いや、それどころか石臼で麦を引くように、単なる空気に磨り潰されるやもしれない。(はた)から見て本人が吹き飛ばないのが不思議なくらいだ。

 

 そして、

 

 

    『開闢の星(エリシュッ)!!!!!!』

 

 

 英雄王、全身全霊を込めた最高の一撃が世界を裂いた。

 

 

 (Briah――)

 『創造(ブリア)

 

 そして、

 

 

  (Miðgarðr Völsunga Saga )

  『人世界・終焉変生 (ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)

 

 一瞬で打ち砕かれた。

 

 

 

 

 空間に擬似的に発生した断層は薄氷の如く割れ砕け、霧散したエネルギーが微かな光となってはらはらと粉雪のように降る。

 断層に突き込まれたのは黒い義腕。

 世界に刻まれた裂傷を、微塵の抵抗も許さず一撃の下に打ち砕いた。

 

「ば…馬鹿な……」

 

 己の出せる全力すら歯牙にも掛けずに粉砕された。

 その信じられぬ事実に愕然となり、茫然自失する英雄王。

 言語道断。

 やはり戦闘者ではない。まぁ「オレは王だ!」とか言うんだろうが。

 

 刹那で背後へ、ホールから“炎の剣”を抜き膝裏へ当てる。回り込んだ動きのまま再び王の目の前へ。その動きで滑らせた刃は黄金の鎧の隙間へ静かに滑り込み、皮を切って脂肪を裂き、筋肉を割って腱を切断した。

 

 血の滴る剣を片手に王の前に立った時、彼はゆっくりと膝を着き、そのまま前のめりに倒れ伏そうとしていた。

 だが流石、己を世界の“王”と自負する気概は見上げたもの。

 

 

 王たる者が地に手を着き(ひざまず)くなど出来るものか!!

 

 

 焼け付くような思考が叫びとなってESPの一、テレパシーを通じて此方の心へ響き渡る。

 だが腱を失った足は主の鋼の意思に反して屈し、体は星に引かれて地へと倒れゆく。

 

 その時。

 虚空から奔った幾条もの鎖が()の王の体を縛り上げ、地へと倒れ行く体を支えた。

 

「エルキドゥ……」

 

 王は己の体へ巻きつく鉄鎖を見下ろし、呟いた。

 

「――やはり(オレ)を支えるのはお前か、友よ――」

 

 

 その首を、無情に振り下ろされた剣が断ち切った。

 

 

 

 


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