無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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感想にて魔眼に対抗するには、以前書いた『対魔力』ではなく、『魔力』が必要と指摘を受けました。
いやはや、調べてみたら確かに……

という事で、魔眼の対抗は最低で魔力・対魔力のどちらかがBランク必要としました。

え? やっぱり対魔力も入れんの? と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。
ですが、やはり”魔力に対する”と書かれ、スキルAランクに至っては現代の魔術師ではどうやっても傷つけられないと表現されながら、相手の体に直接かける類いの魔術には全く抵抗できないというのは、正直作者は納得出来なかったですので。




第参章 19 主従 (Fate編)

 

 血振るいした切っ先から鮮血が飛ぶ。

 力を失い足元に転がった死体から青白く虚ろな輝きが立ち昇り、苦鳴をあげながら男の体へと飲み込まれてゆく。

 

「―――兵士に比べて概算五万人といったところか」

 

 噴き出し夜風に舞う血霧に紛れた小さな呟き。

 そこには少なからず喜びがあった。そう、まるで望外の幸運にでも恵まれたかのような。

 

『マスター』

 

 噎せ返る程の香りに、僅かに高揚した精神を打つ言葉。

 冷え切り霜が降りた金属。

 それを連想させる女性の声が一言、体内に響く。

 

「――あぁ、分かっている。すぐに向かうさ」

 

 その前にする事がある。

 そう告げて伏した骸を整えた。

 斬首された首を拾い上げ、仰向けに寝かされた骸の傷口へ添える。

 

「魂の欠片も残っていない遺体だがな」

 

 いつぞやの老人にしたように軽く触れ、炎をかけた。

 激しい火勢に遺体は見る間に焼き尽くされ、身に着けていた黄金の鎧も、遺灰すら残らず燃え尽きる。

 生憎と彼の時代に主流だった土葬はやめておく。

 仮にも受肉した英霊の肉体。魂が残っておらずとも、この世界の魔術機関が放って置くわけも無いだろう。碌に日も経たぬ内に墓を暴かれ、遺体は盗まれて実験に掛けられる事になる。

 殺し、その魂を喰った俺が言うのも何だが、それは愉快じゃあない。

 上前を撥ねるやつは嫌いだ。

 

 

 

 痕跡が完全に、塵一つも残っていないのを確認し、(きびす)を返す。

 百メートルと離れていない教会へさっさと駆けるが、既に援護が必要かと考えていたメデューサが光源に乏しい入り口で待っていた。肩にメデューサ本人と同じか、それ以上の大きさの石像を軽々と担いでいるのは色々とシュールな光景だな。

 

 今は眼帯をしているが、ランサーにはゴルゴンの魔眼を使ったのだろう。

 ランサーはステータスでは魔力・対魔力、共にCランクだ。

 対してメデューサが保有する魔眼は、朱い月が死滅している現在で最高位に位置される石化の魔眼だ。流石は遥か太古、起源は石器時代まで(さかのぼ)れる昔より崇められて来た大地母神キュベレーの魔眼。アテネの盾はこの魔眼の力をもって、天上の戦神達の間で『最強の盾』の称号を得るのだから。

 

 相手が例え高密度の魔力塊である英霊であろうとも、この魔眼は神々ですら避ける物。ライダーというクラスの枷によって劣化していようとも、魔力・対魔力がBランク以上に達していなければ問答無用で石にされる。これに加えてアーチャーとの戦闘時と違い、今回の戦場は障害物の無い開けた土地だ。いくら彼が最速のサーヴァントと謳われるランサークラスとて、視認すら許さないというのは不可能事だ。

 

 まぁ、相性が悪いと言うのはこういう事を指すのだろう。

 ランサーが弱いわけではない。それどころか、彼は正面からの戦闘なら最優と謳われるセイバーをすら屠るだろう至高の武人だ。

 化物は民を(おびや)かし、英雄は化物を打ち倒し、国は英雄を粛清する。

 英雄の天敵は強大無比の力を持つ怪物ではなく、力を持たない人間の集団なのだ。

 英雄とは”数”に弱い。当たり前だ。彼らもまた、人間なのだから。

 例え一本一本は弱い剣だろうと、幾千幾万と揃えられたそれには、英雄も疲労に蝕まれ刻まれる小さな傷に血を流し、やがては力尽きる。

 

 しかし、彼の武人は数少ない例外だ。

 敵国の計略によって己以外の騎士団員全てが戦えない。着々と一国の軍勢が長蛇を作って故国を滅ぼさんと進軍してくる。そんな中、影の国にて師であるスカアハより託された魔槍ゲイ・ボルグを(たずさ)え、たった一人でゲリラ戦を繰り返し知略を(ふる)って計略に(おとしい)れ、万を超える敵軍を相手に遂には故国を守り抜いて勝利した英傑が彼だ。

 その武力は、馬鹿正直に戦えば到底メデューサの及ぶところではない。

 

 それに元々戦人(いくさびと)ではないメデューサは、戦士としての技量を備えていない。

 当たり前だ。

 そもそもが美しさで海神ポセイドンに見初められた(ただ)の少女なのだ。ポセイドンとの交わりによって神性こそ得たものの、それだけの少女でしかないのだ。

 神殿に篭ってからは怪物退治の名声を求める侵入者から、同じく神に怪物へと変えられた二人の姉を守る為に戦いはしたが、それとて決して戦闘と呼べるものでなく、一方的に魔眼で石化させるだけの作業(・・)

 座に招かれてより幾度かの戦いの機会を経てはいるが、その戦闘法の基本は怪物となって得た怪力に依存している。そこに戦士として血と汗にて磨き上げ、敵の骸と魂を積み重ねて築き上げた(わざ)は無い。

 

 故に、彼女が振るうのは業(スキル)ではなく特性(アビリティ)。

 怪物としての体が備えた”性能”を振るう。

 魔眼然り、蛇の持つ猛毒然り、猪の牙然り、青銅の手然り、黄金の翼然り。

 生憎とサーヴァントとしてクラスに縛られて召喚された事で魔眼以外の特性を(ことごと)く失っており、その魔眼すらも魔力あるとはいえ神霊に届かぬサーヴァントにも抵抗を許すと随分劣化してはいるが、それでも十二分に強力だ。

 加えて特性(アビリティ)は使用に様々な制約が掛けられている場合が多いが、その条件さえクリアしてしまえば絶大な効力を発揮する。

 

 そして姉妹の神殿に攻め入った幾多の戦士達と同じように、戦士であるランサーには魔眼に対する備えが無い。

 文字通り、”致命的”に相性が悪いとしか言えなかった。

 

 

 

「早かったな?」

「ええ。あのように期待されては、応えずにはいられません」

 

 彼女が常に纏っていた硬質な雰囲気がほぐれ、笑みを滲ませて柔らかにそう言われる。何というか、千と百を超えようという年齢で今更だが、こういう表情を向けられると面映(おもはゆ)いものが在る。

 いやはや、二十歳にもならぬ子供でもあるまいし。

 

幾分(いくぶん)角が取れたようだな。綺麗だぞ」

「ご冗談を。それよりバゼットは?」

 

 うん、流せる余裕まで出てきたか。怪我も無いようだし、重畳重畳。

 バゼットによって破壊された扉の外、雨よけの下に立って柱に寄りかかる。

 

「バゼットとは教会の中で別れたが、ふむ? あぁ、少し離れた所にいるな。まだ戦闘中のようだ」

「あなたの方は、もう一騎のサーヴァントはどうしたのです?」

「しっかり倒したさ。まともにやり合えば厄介だったかもしれんが、油断慢心と隙だらけだったからな。予想外に簡単に片が付いた」

 

 ふぅ、と一つ息をつく

 

「――何にしろ、互いに怪我が無くてよかったよ」

「ぁ、…はい」

 

 彼女は本当に柔らかくなった。

 さて、バゼットの戦いが終わるまではここで待つとするか。

 負けはせんと思うが、あくまでアレは彼女の戦い。露払いはするが手出しはしない。勝利し相手の命を奪おうとも、返り討ちにあって己の命を失おうとも、その結果はバゼットの物だ。

 

『マスター』

 

 ヌルの声が響く。

 メデューサもいるからか、体外に聞こえるよう空間を書き換えて大気に音を通している。

 

「どうした?」

『反応が四、かなりの速度にてこの教会へと近づいております』

「四か。となると?」

『イエス。セイバー・アーチャーのペアです』

「やれやれ、昨今(さっこん)の子供は元気が良すぎる」

 

 仕方が無い。

 出迎えるために歩き出す。

 あまり教会の近くで戦って、バゼット達の邪魔にでもなったら元も子もない。

 その後ろへ石像ランサーを教会の中へ放り込んだメデューサも続く。

 うん、扱いが凄く雑だ。

 あの状態で意識が有るかは酷く怪しいところだけど、もしあったとしたら砕けそうで砕けない体に心身を削る羽目になっていたな。

 

 それにしても……

 ふむ、知識にあった第四次聖杯戦争といい今回の第五次聖杯戦争といい、ランサーというクラスにはデフォルトで呪いか何かが掛かっているのだろうか?

 

 第四次に招かれたディルムッド・オディナも第五次のクー・フーリンも、その願いは詰まる所、聖杯とは全く関係が無い。彼らの願いは”生前貫けなかった忠義の道を貫きたい”と、”己と同等の相手と全力で戦いたい”というものだからだ。

 勝ち負けも、この儀式戦争の最終目的である聖杯すらも願いには入っていない。

 

 叶える事はこれ以上ないほどに、至極簡単なはずだ。

 何故ならそれは聖杯戦争として正しい方向性であり、また彼らの主人たるマスターにとっても都合が良いものだから。

 

 しかし、現実には両者共に”マスター”という令呪による絶対支配権を持つ存在によって妨げられている。主にその性格と性根によって。

 何と言うべきか、クラス・ランサーは幸運値とは別に運命的な部分で酷く運が悪いと思ってしまう。というか、実際に悪いのだろう。うん。

 

 

「セイバーに関しては武装解除してある。余程の事が無ければ戦闘には参加出来んだろうし、待っていても構わんが?」

「ここにいてもする事がありません。それに…」

 

 私は貴方のサーヴァント(使い魔)ですよ?

 

 なんて言われてはね。

 薄く笑った彼女の顔前二十センチ、手を伸ばして飛来した強弓を掴み止め、苦笑して降参を示す。

 

「挨拶も貰ったし、やろうか」

「ええ」

 

 矢を遠い人影に投げ返し、主従は走り出した。

 

 

 

 


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