無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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タイトル、改めて見ると別の意味で脅威のセンスでした。

雪掻きで疲れてたんだよ、きっと……




第参章 22 未消化の脅威 (Fate編)

 

 

「なーんて思ってたりもした・の・だ・が」

 

 どうにも世の中とは性質(たち)の悪いほうへ転がる(ふう)がある。

 

「――――」

「――――」

「あ~~~っと、見るからにやばそうなんだが、どうしたもんかな」

 

 そう、やばそうなのだ。

 何が”やばそう”かって?

 そりゃぁ……

 

「あれ、聖杯の中身だよな?」

 

 山の中腹にあるお寺。

 その山門の()から見える黒く元気一杯にのたうつ帯状の触手。

 山門から此方へ半分飛び出して蠢動する帯状の触手。

 ひたすら(ひしめ)(うごめ)く触手。

 お寺という塀の中一杯に溢れ返った触手。

 

「――――――」

「――――――」

 

 女性陣に至っては、もはや一言の言葉すら出ない。

 あまりと言えばあんまりな光景に、絶句して棒立ちとなっている。

 

 

「さて」

 

 ともかくだ。ああして山門から溢れてるのをみるに、何か嫌な予感がひしひしとする。早急に逃げるべきだ。

 二人の肩を叩いて声を掛ける。

 

「気持ちは分かるが、正気に戻るんだ。このまま此処にいるときっと……」

 

 

 ―――――あれ、溢れてくるぞ?―――――

 

 

「「!?!?!?!?」」

 

 これはインパクトが有ったらしい。

 色の戻った目を瞬いて慌てて山道を駆け出す。

 

「いやいや、しかし何がどうなったらああ(・・)なるんだか……」

「トウリッ!! あああなた! アレが何なのか知ってるんですか!?」

「おうともよ。ありゃ俺をこの世界に引き摺り込んだ張本人、聖杯の中身様だ」

「ちょっ、アレが無色の力!? 冗談でしょう、どう見ても真っ黒です!」

「だよな。無色じゃなくて触手だよな」

 

 ゴドドドドォォォォォッ

 

 と、後ろの上の方で山門やら塀やらが豪快に突き崩される音が響く。

 ついでにザワザワという枯葉の上を何かが、何かは断じて考えたくないが、大量に高速で這っている様な音が迫ってくる。

 

「やばいぞ。分かってると思うけど、やばいぞ」

 

 どうにも拙い。

 道があるとはいえ、ここは山の中。直線で離れようとすれば森を通らねばならぬ。このままでは追いつかれる。

 アレの濁流に呑まれるのはゾッとしないが、これは仕方がないか!

 

「バゼット、ライダー! 俺が殿に入って抑える。さっさと行け!」

 

「マスター!?」

「――分かりました」

 

 うん、やっぱりバゼットはこういう状況での判断が早いな。

 

「私も残ります!」

 

 それに引き換え、メデューサは心配性である。

 マスター持ちのサーヴァントはそういうもんかも知れんがね。どっちにしろ時間は無い。

 

「ええぃ、くっそ! ライダーならいざとなりゃ宝具で離脱できるか。バゼット、先に行け!」

 

 

 疾走を中断、土を蹴立ててその場で踏み止まり、振り向きざまに『剣』を引き抜く。

 

「おおおおお!!」

 

 あの時と同じ雷霆が空を灼いて迸る。光の柱と見紛う電撃の激流が夜の闇から押し寄せる怪奇物体をなぎ払い焼き尽くし、木々諸共に塵へと還してゆく。直撃した箇所は勿論、その周囲も扇の様に広がった雷撃の網に捕らわれ、無残に焼かれている。

 

 

 だが、それでも全く足りない

 

 正面は薙いだが、かなりの範囲に雪崩打ったアレは、それ以外の横合いからあっという間に追い付き、俺とメデューサを距離を置いて囲む。

 

「ちっ。うっとおしいぞ!」

 

 ごっ!!!

 

 

 雷にとって少々の距離など無いも同じ。

 端から焼き払うが、どうにもこうにも終わりが見えない。

 

「妙だな……」

「ええ。先程から近寄ってきていません」

 

 そう。なぜかこいつらは囲むばかりで一向に襲い掛かってこないのだ。

 背中合わせに警戒する石化の魔眼を開放したメデューサも、やつらの行動には不審なものを感じるらしい。

 

「ヌル、バゼットは逃げ切れたか?」

『はい。追撃自体、行われていません』

「おいおい」

 

 俺達が目的ってか?

 と、いうよりもだ。この状況で相手が聖杯となりゃ、目的は俺に決まったようなもんかな。ははは……はぁ。

 

 それにしても、これは単なるシステムのやる事じゃないだろう? 明らかに聖杯降臨の儀式以外を目的に動いてるだろ、コレ。

 第一だ、溜め込んでる聖杯の中身を吐き出した時点でおかしい。

 まさかとは思うが、自我でも持ったか?

 原作の続編で似た様な現象があったらしいが。そう考えれば、俺を鍵におかしな具合にこじれたか?

 

 だが何の為にわざわざ中身を放出した?

 俺がギルガメッシュの魂を横取りしたからか?

 

 チッ、幾つか予測は立つがハッキリしないな。

 そもそも、この蛇を悪趣味にカリカチュアしたようなものは矢鱈と気色が悪いが、俺にとっては別に害という程のものでもない。サーヴァントであるメデューサや、ぎりぎり人間のバゼットは拙いだろう。特にサーヴァントにとっては属性を強制的に反転させられ、支配下に置かれてしまう天敵といえる。

 

 だが、それがどんな呪いだろうと”重さ”で勝らない限り、エイヴィヒカイトも俺の魂自体もどうにも出来ん。最悪アレの中を泳いで帰っても大丈夫なレベルと言ってもいい。

 直に見て分かった。この世全ての悪に汚染されたとか言ってるが、ありゃあくまで属性というか、性質の話であって、別にそれ単体で凶悪な訳では決してない。霊的な抵抗の無い肉の体を持つ人間や、サーヴァントのようなエーテルで構成された存在は、聖杯の中身に比べて下位の物質である為に、触れればあっという間に侵食されてしまう。

 

 だが、比べるのも馬鹿らしいほどに圧倒的上位の構成体であるこの体に限っては、そんなもの幾ら数を揃えたところで文字通り”物の数にも入らん”。もしもアンリマユによる汚染の影響がおかしな具合に捻じれ、自我っぽいもんが生まれて俺というイレギュラーの極みを排除しようとしていた場合、それすら分からんというのは考えづらいが……?

 

 などと考えていたら、どうも答えがやってきたらしい。

 

 

『レーダーに感! サーヴァントと思しき反応が()、聖杯方面より高速で此方に向かっています』

 

「おいおい……冗談にしたいような報告だな」

 

 いきなりヌルから信じ難い報告を受ける。

 というか、七ってのはいったいどういう事だ。そも数が合わんだろうに!

 

「マスター、今のはどういう?」

「分からんが、ヌルが言うからには来るんだろう。七騎もサーヴァントが。

 ――俺はどうとでもなる。メデューサ、いつでも離脱できるようにしておけ。聖杯がこうなった以上使えるかは分からんが、令呪も使っておく」

 

 

 剣を左に持ち替え、メデューサに向かって右手を掲げる。

 

「我が名、黒川冬理において命を発す。この局面、必ず生き延びよ」

 

 宣言を受け、甲に刻まれた令呪二画の一画が消える。

 ともない一瞬だけ聖杯より魔力が流れ込む気配がしたが、それはすぐに何かに堰き止められたように途絶えてしまった。ならば、と自前の魔力を流し込み、メデューサに正規の令呪と同じくブーストを掛ける。

 これで少しはマシだろうが、最悪俺が止めを刺して魂を喰い、それだけでも保護する必要があるかも知れん。そういう意味では欠片も油断が出来んな。

 

 

「――――来た」

 

 

 ざわめく触手を割り、七つの人影が姿を現す。

 どれも黒く染まった色調の鎧やローブを身に付け、死者の如く蒼褪めた肌が酷く目に付いた。体躯も様々で、身長こそ平均以上と纏まっているが、体格は巨人と見まごう筋骨隆々の偉丈夫から痩せ細った奇怪なシルエットまでばらばらだった。

 

 その多くが兜やフードなどで顔を隠しているが、特徴的な長短の二槍を携えたサーヴァントと、身長ほどもある長大な日本刀を背負ったサーヴァントの正体は一目で知れる。

 他のサーヴァントもそう思って見て見れば、鎧や服飾が変わってイメージが変化しているが、以前に知識で閲覧したサーヴァントと特徴が一致する。

 

(第四次のランサー・ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカーに、今回のキャスターとアサシンの計七騎。

 キャスターとアサシンは寺の襲撃で取り込まれたか…。山門から離れられんアサシンはともかく、キャスターまで飲まれるとはな)

 

 

 稀代の魔術師たるキャスターが人間一人を抱えてとは言え、離脱出来ないほどに厄介だったか。

 それとも、あの顔色の悪い連中に襲われて、マスターを逃がす為の陽動でも引き受けたか――

 

 どちらにせよ、かなり拙いものがある。出し惜しみをしている場合ではない。

 即座にライダーに念話を送る。

 

《ライダー、こいつら聖杯戦争に敗退して聖杯に呑まれたサーヴァントだ。第四次からセイバーとアーチャー以外の五人、今回の第五次からキャスターとアサシンの二人》

 

《それは本当ですか? 確かにサーヴァントに見えますが、あれはまともでは…》

 

《あぁ、魂の核が汚染されるとああなる。

 今からヌルを通じてそっちに各サーヴァントのステータスと宝具のデータを流す。何故知っているか、とは聞くなよ? 切羽詰ってるからな》

 

《なっ!? ――いえ、分かりました》

 

《話が通じる連中じゃない、隙を見て全力で逃げろ。俺はどうとでも出来る》

 

《くっ、すみません。結局足を引っ張りました》

 

《気にするな。劣悪なコピー程度かと思いきや…、これは確かに予想外もいい所だ》

 

 

 思考に近いスピードで交わされる念話。その僅かな時間にも、汚染された英霊達はじりじりと距離を狭めてきている。

 槍を構え、腰に佩いた剣を抜き放ち、暗殺用の短剣(ダーク)を掌に滑り込ませ、杖を掲げ、高まる気配の限界を(うか)がっている。

 

 鉛のように重く、溶岩のように煮え滾る闘気。それを最初に破ったのは、他に比しても一際に黒い、もはや闇夜ですらそれと判るほど漆黒の鎧を纏った騎士だった。

 ヘルメットの面当は降ろされ、その面貌は窺がえず。だが細く開いたスリットの奥に、恐ろしく暗く(よど)んだ激情を想起させる輝きが、ほの暗く灯っている。

 

 まるで死霊の騎士とでも表すべき騎士が、幽鬼の如くゆらりと脚甲に包まれた足を踏み出す。

 

(先陣はこの男か)

 

 メデューサを庇うために前に出て相対する。

 だがその宝具の力か、無手の鎧姿は注視するほどにその輪郭をぼやけさせる。即座に視線を外し、全身を視界へ一度に収めるよう見る。

 なるほど、正体を隠す宝具は伊達ではないらしい。

 

「……ar()…………」

 

 微かな声がヘルムの下から響く。暗い、奈落とも深淵ともつかぬ冥府の底で亡者が上げる呻きに似た唸り。

 底無し沼へと道連れを誘うが如き怨念。

 

「……Ar(アァ)……er()……ッ!!」

 

 恨みに辛み。死した後も知らしめんとする激情が泥濘(でいねい)となって吹き零れた。

 甲冑を纏ったまま爆発的な跳躍で舞い上がる騎士。その人間ではありえない異様な光景は、見る者を呆けさせるに十分なインパクトを持つ。だが、既に状況は戦闘へと突入している。慣れぬ者ならいざ知らず、そのような事を気にする暇はどこにも無い。

 

 舞い上がった長身が宙で腕を伸ばし、張り出した生木の枝をいとも容易く圧し折る。篭手に包まれた手に握られた一メートル程のそれは、極自然な、まるでその動きが当たり前であるかのように軽く振りかぶられる。

 

 頭上から襲い掛かる木の棒。

 英霊の力で振るえば、いかに頑強なセルロース構造をもつ樹木と言えども、簡単に砕け散ってしまうだろう。しかし、今此方の頭蓋を砕かんと襲い来る枝は例外だ。漆黒の手甲から侵食するように、いや、まさしく侵食なのだろう、闇が枝を染め上げていた。

 

 

(ナイト・オブ・オーナー)

 『騎士は徒手にて死せず』

 

 手にした物を己が武装として宝具化する特殊型宝具。

 ランクにしてA++と評価される厄介な宝具だ。

 だが、この宝具は彼の類い稀なる武技と合わさる事で、その危険度を跳ね上げる。

 最初に持つのは小枝でも小石でも良い。それを手足の如く操り敵と打ち合い、神技とも思える技巧をもって敵の武器を奪い取ってしまうのだ。

 敵は愛用の武器を失い、自身はより強い武装を手に入れる。こうなっては最後だ。

 

 その技量と相余り、戦士の天敵とも思えるこのサーヴァント。だが、こと俺にとっては相性が良い。

 俺の本業は格闘家。

 種々様々の武装も使いこなせるが、最も最初に体に覚え込ませ、魂に刻み込んだ業は、己の肉体でもって打ち払い捻り破壊する格闘の技だ。時に敵の力すらも利用して敵を壊す技術にとり、武器などは不要である。己が腕、積み重ねた業、武器に怯まぬ強靭な戦意。これを備えた格闘家にとって、無手こそが最上の武具武装だ。

 

「ッ!」

 

 叩きつけられる一撃。応じて突き上げた拳が迎え撃ち、轟音を立てて双方を弾いた。

 此方を包囲するように散開する黒いサーヴァントが視界に映る。

 同時に背後の従者が離脱する気配。その動きは令呪の補助を得て劇的な速度を叩き出す。遠ざかる気配を背に、七騎のサーヴァントに対して遅延戦闘を展開する。

 

「ちぃ、邪魔臭い!」

 

 ローブを纏ったキャスター、第五次に召喚されたメディアが放つ魔力弾が、破壊の雨となって釣瓶打ちに降り注ぐ。

 いつの間にか両手に構えられた二本の枝を掻い潜り、雷光の速度で突き込まれる槍を払い除け続ける最中に降り注ぐそれは、打撃力こそ通りはしないものの、此方の視界を遮り足場を荒らし、衝撃波と轟音でもって気配の察知を容易でなくする。

 

「行かせるか!」

 

 二度の斬撃と四度の刺突。代償をエイヴィヒカイトの装甲に受けながら強引に粉塵から抜け出し、メデューサを追撃しようとする二体のアサシンとライダーへ雷撃を放つ。

 稲光と共に空を裂いて電撃が追跡者の足を灼く。

 エイヴィヒカイト、活動位階での能力行使。所持する聖遺物の特性を発現できる。

 『炎の剣』は文字通りの剣だが、その本質は武具としての斬撃ではなく、(いかずち)を行使し、所持者の定めた領域を守護する事に最も力を発揮する神具であり、祭器である。

 

 半ば炭化した足に躓く三騎。息の根を断つには後一手。追撃に踏み切ろうとするその瞬間、神速の踏み込みによって粉塵を断ち割り斬りかかって来る二人の騎士。

 剣に見立てた漆黒の枝と二本の魔槍が纏わりつき、その間に魔術師が治癒の魔術にて負傷を癒していく。

 

(千日手か)

 

 そう思う。

 サーヴァントでは此方の装甲を抜けず、此方も現状の打撃力では止めまで届かない。

 

 メデューサの事を抜きにしても、ここにいるサーヴァント共は打倒する必要がある。早急に形成位階なり創造位階なりへシフトアップ、又は他の技能を使用し、さっさと半亡霊共を皆殺しにすべきだった。

 

 だが……

 

 

『楽しそうですね』

 

「あぁ、楽しいねぇ」

 

 

 楽しくって仕方が無いのだ。まさにまさに、心躍る戦いと言うヤツだ。

 英雄が本来の一部とは言え七騎も揃い、前衛と後衛で組んで此方に相対してくる。連携によって生まれる単騎とは比較にならない戦力。その連携も超絶の技巧が織り成す神技の大盤振る舞いだ。戦闘者でなく戦士として、これに興奮せずして何に心躍らせれば良い?

 事実、活動位階ですら俺の身体能力はサーヴァントを一顧(いっこ)だにしない。やろうと思えば魔人の集団、黒円卓の大隊長の如く空気だって蹴れるだろう。雷撃を放てば容易く鎧を貫き身体を灼く。それでも奴等は喰らい付いてくる。

 

 慢心と言われれば、そうだろう。

 油断と言われれば、そうなのだろう。

 

 否定は出来ない。未だ鬼札である真名開放が行使されていない前哨戦だ。やろうと思えば即座に圧殺できる。そこでこんな遊びを入れるなど、言語道断と呆れられても仕方が無い。

 でも、楽しいのだ。

 こいつらは俺についてくる。例えエイヴィヒカイトの駆動率が最下級の活動位階とはいえ、魂の量と質で表して数十倍の差がある俺に。言語に絶する武芸をもって喰い付いて来るのだ。

 

「はっ」

 

 楽しい。

 

「っはは」

 

 楽しいねぇ。

 

「あっはははははは!」

 

 実に、楽しい。

 

 

 唯の枝が凄まじい剛力でもって縦横無人と振るわれる。

 歴史に名を知られる呪いの魔槍が手足を射抜き肺腑を抉らんと奔る。

 (ひるがえ)る杖から途切れる事無く打ち出される魔術は、クレーターを作るような破壊力もさる事ながら、常人どころか一流の魔術師ですら即死しかねない呪詛が込められている。

 

 それ全部を、俺が独り占めしている。

 

 心底愉快だった。

 

 

 


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