無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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第参章 23 流転する状況 (Fate編)

 

 幾十、幾百の閃光が夜の闇を裂いた。

 五騎の英霊が囲む円陣の中、大気を軋ませる速度域での戦闘は続く。

 

 敵。聖杯を主として現界した漆黒のサーヴァントに魔力切れなど無く、今をもって総身に魔力を漲らせて襲い来る。

 彼らの技量はまさに天才とするに相応しい。

 二十か三十か、最高でも六十には届くまい。その短い生涯で練り上げた武術とは思えない技量。天賦の才に胡坐(あぐら)をかかず、血反吐を吐く弛まぬ鍛錬、幾度もの戦場、幾百幾千と積み上げた屍の(いさお)をもって磨き上げた末に完成した強さ。

 才あるとは間違っても言えない俺が、千年戦って辿り着く領域に踏み込み、踏破しようとしてる。

 

 くつくつと笑いが洩れる。

 

 

 思う事は多くあった。

 

 才能とはなんと忌々しいものかと、そう感じる心も勿論ある。

 

 だが、だからこそ、何よりも誰よりも速く『先』を見せてくれる。

 

 右手が豪速と力に任せて黒く染まった棒切れを打ち砕き、左手が柔らかく速く舞って機関銃のように打ち込まれる穂先を逸らし、跳ね上げた脚は魔術を粉砕した。

 

 大地は蹴立てられ、放出される魔力と錬気の陽炎で大気は歪む。

 突破を試みていたサーヴァントも、今は此方を逃がさぬよう囲んで隙を窺がっていた。

 

 右斜め後、下方の死角よりすり上がってくる刺突を、エイヴィヒカイトによって拡大化された知覚が捕捉。

 軽く踏んだステップで身を回し、黄の穂先から逃れる。

 身体の四分の一ミリ外を癒えぬ傷をもたらす刃が抉り貫いた。

 

「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 土を踏み砕き同時に襲い掛かる二条の斬撃。そのほとばしる激烈な気迫。ありえない事と知っていても、装甲を切り破られるのではないかと心が感じてしまう。左右上下にから胸と脚を狙い来る攻撃から一歩跳ねた。

 其処に本命が待ち受ける。

 魔術を打ち消す紅い長槍、その穂先が逃れた先で命を刈り取らんと待ち構えていた。

 

「ォオっ!!!」

 

 最速たる槍兵は更に踏み込む。身体ごとぶつける勢いで、全身全霊、渾身をもって突き込まれる魔消の槍。

 

 あぁ、その突き方では此方の攻撃も届くだろうに。肉を切らせて骨を絶つつもりか?

 

 ――否。

 

 あの槍が装甲を貫けると確信しているわけではないだろう。此方の攻撃が致命傷にならない等と言えるほど軽くはない事も承知だろう。

 それでも、英雄とは突き進める。塵ほどの怯懦も懐かず、己の全てを刃へ賭けて突き立ててくる。

 

「ッ」

 

 ぎりぎりでブロックに成功。滑り込ませた腕で受け止める。

 

 見えない装甲に当たりギチギチと鳴る刃、その切っ先が微かに食い込んでいた。

 長さにして毛髪一本に満たないが、確かに永劫破壊<エイヴィヒカイト>の領域を侵していた。

 

 沸き立つ高揚。

 戦場の流れの切れ目、攻守が入れ替わる。

 跳ね上げた膝が軽鎧を纏う腹へめり込んだ。衝撃が腹筋を貫通し、その先で柔らかい内蔵が弾けた。

 降りかかる血塊を尻目に膝を降ろす動作で震脚、突き出した掌が鎧のひしゃげる感覚を得る。

 甚大な損傷を受けて吹き飛び、立ち木を圧し折って転がる槍兵。

 

 追撃させまいと降り注ぐ魔力弾と、背後から踊りかかるバーサーカー。

 小さく舌打ちして反転、此方から前進しバーサーカーの突進を迎え撃つ。

 流石は伊達で最速の英霊などと呼ばれてない。手に残る手応えが若干軽い。寸前で身を捻り、即死から半歩逃れていた。

 そうそう立てぬほどの打撃は与えたが、即死(リタイア)ではない。

 視界の外ではキャスターが放つ濃密な魔力が収束し、倒れたランサーに癒しをもたらすのが感じられた。

 

 まだだ。

 

 まだ戦い続けられる。

 

 そう思った、その時。

 俺を逃がさぬよう周囲を囲んでいたライダー<イスカンダル>と二騎のアサシン<ハサン・ザッバーハ><佐々木小次郎>、四次のキャスター<ジル・ド・レェ>が動き出した。

 イスカンダルが前に出る。その後ろに、今まで動きの無かったジル・ド・レェ。

 

(何をするつもりだ?)

 

 力任せにバーサーカーを弾き、様子を窺がう。

 アサシンを含め、円陣を構成していた彼らでは俺を傷付ける手段が無い。宝具だろうと単品では貫けず、可能性があるとすれば、それは原作であったような宝具の重ね掛けだ。 だが、ここにいるサーヴァントの宝具は同時攻撃に適さないものが多い。乖離剣やエクスカリバーに代表される、放出系の宝具使いが揃う事が最も簡単なのだが。

 

(イスカンダルにジル・ド・レェ? どうやってもエイヴィヒカイトは破れんぞ。あの二人の宝具は……、

 

 ―――しまっ!?)

 

 

 

 気付くのが、遅かった。

 

 両者のサーヴァントの宝具に共通するのは、他者を圧倒する物量を展開できる事。

 

 イスカンダルが所持する宝具は二つ。

 一つはライダー<騎兵>の象徴たる騎馬、戦車とそれを引く神の雄牛。

 二つ目は、イスカンダルへ忠誠を誓った在りし日の臣下を呼び出す、世界を侵す心象風景。

 

 ジル・ド・レェが所持する宝具は一つ。

 それ単体で魔力を生み出す強力な魔力炉を備えた魔道書。その内に秘めた秘術は『召喚』。対価と引き換えに異界に潜む魔物の無制限召喚を行う事が可能となる。

 

 

 

 

 

 戦場は新たなる局面を迎える。

 別に全てを焼き尽くす劫火が天より降りたった訳ではない。

 勿論、全天を覆う神の雷が万雷となり、降り注いだのでもない。

 命が奪われたの訳でもなく、命が生まれた訳でもない。

 

 

 ただ、ここにある“世界”が塗り潰された。

 

 

 燦然と天に輝く黄金の太陽。

 頬を撫で髪を嬲る、焼けるように熱く砂漠のように乾いた強き風。

 熱砂を孕んだ風に霞み、陽炎揺らめく地平の彼方まで続く荒野。

 

 

 『固有結界』

 

 奇跡『魔法』に最も近い魔術。術者の心象風景をもって世界を書き換える結界を作り出す大禁呪。

 

 熱き風にマントを靡かせる、威風堂々たる王。

 時すら超越した英霊の『座』より王の下へ馳せ参じた、数百を数える勇壮なる強兵。

 全てが英霊という前代未聞の軍団が、轡を並べ天突く槍を揃え、死してなお忠誠を尽くす己が王の前に現れる。

 

 例えその全てが漆黒に染まっていようとも、この光景は強烈に魂を揺さぶる何かをもっていた。

 

 

 だが、其処に水を差すものがいる。

 兵の前、即席の壁とするつもりだろうか? 四次のキャスター、ジル・ド・レェの召喚する海魔が続々と召喚されてくる。

 

 宝具《螺湮城教本》(プレラーティ・スペルブック)

 かの名高き魔道書《ルルイエ異本》の原書である、中国は夏王朝時代の怪書・螺湮城教本そのもの…、ではなく、ジル・ド・レェの友とされたフランソワ・プレラーティが螺湮城教本の極一部をイタリア語に翻訳したルルイエ異本の同類。

 

 知識に検索を掛けてみれば、なるほどと頷ける部分もある。

 ルルイエ異本は螺湮城教本のもたらす狂気の知識を、その一部だけとは言えイタリア語にて書き記した物。

 対してこの宝具《螺湮城教本》は、知識をもたらす魔道書としての機能を破棄して、これその物に魔力炉を搭載する事により、単体での完全な召喚器として仕上げられた物だ。

 魔術師ではなく悪魔崇拝者(サタニスト)であり、悪魔を召喚するために数百人もの子供の命を捧げ、その血肉に油、皮膚に骨までも使って悪魔召喚の祭具を作り続けたジル・ド・レェには正に相応しい一品だった。

 

 始めは一匹。

 その一匹が騎兵によって八つ裂きに引き裂かれ、ひび割れた大地にぶちまけられた汚濁から沸き立つように更なる魔性が招かれる。

 聖杯に溜め込まれた数十年分にも及ぶ地脈から汲み上げられた魔力を背景に、二倍三倍、それどころか鼠算式に増え続ける深き海の魔物達。

 

 起伏無く、乾いた風の吹き抜けるまま何処までも広がる地平線。

 それが瞬く間に、奇怪なイカとタコを合わせて悪魔がこねくり回したような化物に埋め尽くされていった。

 

 その後方、数百の英霊による騎兵を率い、漆黒に染まった征服王が高々と上げる腕。

 

 

 ――それが今、振り下ろされた。

 

 

 ズンッッッッッッッッ!!!!!

 

 

 天を揺らさんばかりの地響きをたて、最初の一歩が踏み出される。

 幾千を超え、幾万を超え、地平の果てまでも呑み尽くさんと膨れ上がった軍勢が、たった一人の敵を踏み潰さんと暴走(スタンピード)を開始した。

 

 

 

 

 

 

 固有結界。

 世界を結界で区切り、内側の世界を書き換える大魔術。

 

 そう、世界を隔てる結界(・・)だ。

 

(ちっ! ヌル!?)

『完全に取り込まれました。通常の手段では準世界跳躍クラスでなければ脱出できません』

(外の観測は可能か? 他のサーヴァントは?)

『可能です。メディアの空間跳躍魔術を確認、二手に別れ、一方はメデューサ様の追撃に入った模様です』

(もう片方は……、セイバーとアーチャーの所か)

『推察の通りです。バーサーカーを先頭に、アサシン二騎が追従しています』

(メデューサの追撃はディルムッド・オディナとメディアか)

 

 まずい。

 聖杯側が現状の戦力で俺を倒せないと判断したらどうするか――それを見過ごした。

 やるとしたら、戦力強化。

 向こうにしたらサーヴァントは絶好の戦力になるエサ。残りのメデューサや他のサーヴァントを先に狙うのは当たり前だ。

 

 時間が無い。

 聖杯と繋がっている以上、メディア程の大魔術師にはメデューサの位置はトレース出来ていると考えた方が良い。空間跳躍で追った事がそれを裏付けている。

 あれはこの世界の魔術において、非常に難易度が高いらしい。たとえ潤沢な魔力が有ろうと、そうそう連続して使うような類いではない。ヌルの調査では、魔法に近い魔術に分類され、現代では使える者が一人も居ないというのだから。

 

 つまり、今この瞬間にもメデューサと交戦状態に突入しているかもしれない。

 すぐさま援護に向かいたいが、土煙を立てて驀進して来る異形と英霊の混成軍が迫っている。

 

(これ以上、余計な事はしてられんな)

 

 意識の切り替えをスムーズに行う。

 今までの、いつもの意識のありようから、勝利する為の条件を満たす戦闘者としての意識へ。

 

 

  イエツラー

「 Yetzirah――《形成》」

 

 

 ビキリ、と。

 

 ぎしぎしと、軋む音が響く。

 

 脳が拒絶し、自分で切除を決めた、もう無い両の手足。

 その代わりとなるよう、唯一人の家族、夏樹と共に造り上げた『機械仕掛けの蜘蛛』が目を覚ます。

 黒鋼に鈍く輝く装甲(ひふ)、その隙間を血流のように走る蘇芳の灯り、金属が成長する(・・・・)異様な音をたてて伸びる鋭利な幾本の角。

 腕が、脚が、一回り二回りも大きな異形の正体をさらけ出す。

 

 

 そして、これだけでは、足りない。

 

 押し包むように迫る肉の濁流。

 百人千人だろうと、ただ走り抜けただけで微塵になる数の暴力が、目の前にある。

 それ全てを今すぐ排除し、この塗り潰された一つの世界を脱出しなければならない。

 

 思考する。

 現状、最も優先すべきはメデューサへの援護。

 時間が惜しい。

 

 障害は二つ。

 一つ。あの群れ集う深海の異形と、英霊が数百騎、それと大本の英霊二騎。

 二つ。この世界そのもの。

 

 二手を費やすのは時間の関係上、勧められず。

 一手にて、障害全てを排除するのが得策か。

 

「ヌル」

『何なりと』

「メデューサの地点への空間跳躍術式を構築。掃除(・・)が片付き次第、飛べ」

『拝命しました』

 

 

 “(ホール)”から一本の杖を引き抜く。

 特に装飾も無い、ただ頑丈であれと作られたと知れる、古びた杖。

 

 名を『アロンの杖』という。

 

 自身が所持する聖遺物の一つ。

 それを持つ者は世界を支配すると言われる運命の槍。それと対を成す究極の一、『聖櫃(Ark)』。

 この杖は『聖櫃』に収められし三つの宝物(ほうもつ)の一つ。

 

 かつてモーセとその兄・アロンが携え、神がこれを通じて様々な奇跡を発揮したという杖だ。神はこの杖を通し、エジプトに十の災いをもたらして多くの命を奪い、モーセ達を助ける為に海を割る力を発露した。

 

 聖遺物としての機能は変性。

 他の聖遺物のように所持者に大きな力を与えるのではなく、所有者の力を杖を通す事によって様々な現象に変えて発現させる。もしくは他者へと貸し、己の力を振るう端末とする、おおよそ戦闘には向かない力。

 変化する、何かにしてしまうという、自己主張の無い性質。

 

 だがそれは、あらゆる書物で性格や行動、モーセとの関係や善悪すら食い違い、果てはその存在そのものまでが疑われるアロンの名を冠するに相応しい。

 

 その機能上、所有者自身の力以上を振るうことが出来ない欠陥品とも思えるが、逆に持て余すような俺の場合は重宝する。

 

 さて……

 

 

Denn der Go"tter Ende;(神々の黄昏)

 

 

 一つ踵を打ち鳴らす。

 絶えぬ劫火を望むどこまでも苛烈な魂を、ここに。

 

 

「 treuer als er hielt keiner Vertra"ge; 」

  彼ほど誠実に契約を守った者もなく

 

「 lautrer als er liebte kein andrer: 」

  彼ほど純粋に人を愛した者はいない

 

 

 想起する。

 記憶より、蛇から譲り受けた知識より『創造』を想起する。

 

 

「 und doch, alle Eide,

           alle Vertra"ge,

                die treueste Liebe trog keiner er 」

  だが彼ほど総べての誓いと

           総べての契約

                総べての愛を裏切った者もまたいない

 

「 Wiβt inr, wie das ward? 」

  汝ら それが理解できるか

 

 

 かの永劫破壊(エイヴィヒカイト)を使う魔人の集団、黒円卓が大隊長、赤騎士の全てを焼き尽くす紅蓮の炎を。

 

 

「 Das Feuer, das mich verbrennt, rein'ge vom Fluche den Ring! 」

  我を焦がすこの炎が 総べての穢れと総べての不浄を祓い清める

 

「 Ihr in der Flut lo"set auf, und lauter bewahrt das lichte Gold, 」

  祓いを及ぼし穢れを流し熔かし解放して尊きものへ

 

 

 それを変性する。

 それを弄繰り回す。

 

 

「 das euch zum Unheil geraubt. 」

  至高の黄金として輝かせよう

 

 

 この場に相応しい形に。

 目的を達する為の形へ。

 

 

「 Denn der Go"tter Ende da"mmert nun auf. 」

  すでに神々の黄昏は始まったゆえに

 

 

 大きく。

 広く。

 全てを。

 世界一つを巻き込めるように。

 

 

「 So - werf' ich den Brand in Walhalls prangende Burg.―― 」

  我はこの荘厳なるヴァルハラを燃やし尽くす者となる――

 

 

 

 

 

 ブリア

「 Briah――《創造》」

 

 

 ―――全てを灼く―――

 

 

 ムスペルヘイム・レーヴァテイン

「 Muspellzheimr Laevateinn 」

  焦熱世界・激痛の剣

 

 

 

 世界が燃え上がった。

 

 

 

 

 

 





赤騎士の創造ですが、実は『狩りの魔王』とどちらを使うか迷いました。
まぁ今回は派手なほうで。


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