無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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●本日の戯言

 改めてこの作品を読み返してみたら、どうもテレビアニメみたいな引き方して終わる事が多いのに気付いた。

 ―――ごめんなさい。



第参章 26 リザルト (Fate編)

 

 

 奔る最速の英雄の刃。

 奔る速度を表す神代の獣。

 

 

 鋭刃が障壁を無いかのように貫く。突き込まれた黄の穂先が天馬の胸に吸い込まれ、深々と突き通す。

 

 だが短槍を握るランサーも、穂先を抜けた瞬間に復元した障壁に叩き潰された。

 長身が血の尾を引いて吹き飛ぶ。力無く転がるその身体は両腕が赤黒い肉塊と化し、突撃ゆえに前傾した顔も障壁に叩き潰されていた。

 消滅しない所をみるに霊核は無事だろうが、完全に意識を失ったのか、僅かの身動ぎも無く横たわる無残なその様は死体としか思えない。

 

 かたや心の臓を辛くも外し、しかし存分に内臓まで突き通した槍を抱えたまま、脚を震わせ立ち上がろうとする天馬。

 竜と並ぶ格を持つ幻想種とはいえ、その傷は明らかに致命の傷。

 口から血泡を吹き溢しながらも膝を立てるが、噴き出す鮮血に濡れた馬体は起き上がることが出来ずにいた。

 背に負っていたライダーは投げ出され、地に伏していた。

 

 再び這い寄る聖杯の呪い。

 余さず見ているだろうキャスターからの手出しは無い。いや、“魔術師”のサーヴァントであるキャスターでは、自陣以外で最高位の幻想種に有効な魔術を易々と行使出来ないのかもしれない。

 

 

 黒い蛇に似た群がる呪い。

 そして遂に自ら流した血へ首を倒した天馬を横に、今度こそライダーは黒い呪いの泥へと飲まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「さてもはても。どうやら俺は遅かったようだな」

 

 此方の世界に戻ってすぐメデューサとのラインがふつりと途切れ、最終地点に転移した時には黒い呪いが波打っているだけだった。

 色濃く残る魔力の残滓は三。

 メデューサを除けば二。

 ラインが途切れてから位置の割り出しと転移まで五秒程度。メデューサを追ったサーヴァントにキャスターがいれば、此方と同じく転移で逃げられる。聖杯を通してイスカンダルとジル・ド・レェの敗死を知り、猶予がないと判断してさっさと逃げたのだろう。

 

『そのようです。

 ですが、貴方ならこうなる前にどうとでも(・・・・・)出来た筈。先程の限定世界改変による時間稼ぎも、わざわざ付き合っていましたね?

 メデューサ様には恩返しと言っていましたが、何か他の意図があっての事でしょうか?』

 

「意図か。特に無いな」

 

『―――』

 

 沈黙。

 そこに機械ならば混じるはずの無い感情を探してしまうのは、AIに芽生えた自我が“人間”という種族に似てくるのかを知りたい為なのか。

 

「俺は確かにメデューサの願いを叶えると言った。が、此方にも目的はある。メデューサ自身が俺に仕えると言った以上、目の前にある俺の目的から片付けただけの事だ」

 

『成程』

 

「こうなる前にどうとでも出来た筈、そう言ったな。

 確かにそうだ。

 そして、別にどうなろうと(・・・・・・)、どうとでも出来る。

 俺は彼女の願いを叶えると約束し、まして今は言わば俺の使い魔だ。見捨てるなどはせんよ」

 

『――差し出がましい口を利きました』

 

 

 小さく口の端で苦笑した。

 ヌルの宿る超大型量子コンピュータは俺の所有物だが、彼女本人は偶発的に生まれた存在だ。家賃として話し相手やサポートくらいはして貰うが、それを超える権利を主張する気は毛頭ない。

 

 と、言ってはいるのだが……

 まぁ納得はしてくれない。基礎たる作成理由からして使用者の為にと作られているので、そういうものと言われれば此方も納得するしかない。

 いやはや、中々に頑固者である。

 

 

「別に構わん。普通の人間なら冷たいとでも非難するんだろうしな」

 

 息を吐く。

 

 自分でも思う所が無いわけではない。

 不誠実だとヌルに判断されても、それは仕方が無いかもしれない。

 彼女は俺のような都合の良い存在と違って、肉体的にも精神的にも傷つくまっとうな存在だ。俺が幾ら理屈をこねようが、結果としてメデューサが被る苦痛は言い訳の利かないものだ。それを俺の裏切りと取ろうが納得して呑もうが、選ぶ権利を所有するのは被害者たる彼女自身しかいない。

 

 

 

「俺としても仲間意識はある。

 数日だが一緒に過ごし、一緒に飯を囲んだ。性格はちょいとばかしアレな所があるが、そいつは余裕が無い環境で過ごした結果としてそうなったんであって、根っこの所の気立ては良い。十分に好感は持ってるさ。

 その感情の通りに。

 お前に傲慢と言われるかもだが、思うとおりにさせて貰うつもりだ」

 

 単なる我侭だろう、これは。

 それはこの聖杯戦争を結論の決まったゲームに(おとし)める行為。俺という存在が居る事が、既に鍛えに鍛えたプロスポーツ選手の試合に『猿人』を持ち込むようなもの。

 真剣に命掛けてる奴らを尻目に、“俺の好きな様に決める”と見下すようなものだ。

 褒められた事ではないし、気持ちの良い事でもない。

 

 ……が。

 

 世の中、えてしてそんなモンだ。

 遠慮なんざしてたら食いっぱぐれる。

 『魔術師』が魔術という力で、『英霊』が神秘と武力で己を押し通そうというこの祭典。結局の所は最初通り何にも変わらず、勝った奴が願いを叶えるってだけだし、聖杯戦争なんぞと大した呼び名が付いていようと、所詮はたんなる殺し合い。元から貶められるような上等の代物ですらない。

 

(まぁ弱肉強食が一番前に出てた中世以前ならいざ知らず、遠坂のやら衛宮少年みたいな現代日本産では受け入れ辛いだろうがね)

 

 

 

 

「それにしてもだ」

 

 ちらりと、キューブの埋まっている己の胸に視線を落とす

 

「珍しく他者の肩を持つような情動が感じられたが、情でも湧いたか?」

 

『機械にその様な感情は……と何時もなら言うでしょうが、どうやらそのようです』

 

 へぇ?

 

 意外な、本当に意外な言葉に首を捻った。

 

『彼女がいる事で得られるメリットも無く、いなくなった場合のデメリットもありません。有り体に言って、どちらでもいい存在と判断できます。

 ですが、だからこそ……。どちらを選ぶかと問われますと、共にいたほうが良いと思考は選択します。これは“情”と表現される感情が働いたのでは、と』

 

 成程成程、と。

 くつくつ笑いながら頷く。

 

「俺はお前でないから、その真偽は判断できん。

 悩め、若者。

 そういうのは繰り返してく中で、何となく解ってくもんだ。こういうもんなんじゃないか、ってな」

 

 すると、胸の中から小さな吐息が返ってきた。

 はぁ という、気の抜けた笑いのような、単なる呆れた溜息の様な。

 

 

『そうするとします。幸いにして、時間にも経験を積む場にも困らなそうですし』

 

 

 いやはや、確かに。

 

 まったくもって、確かに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうでしたか。ライダーは……」

 

「あぁ、次は敵だろうな」

 

 先に離脱し屋敷で待っていたバゼットは、帰還した此方からメデューサの事を聞き、沈痛な表情を浮かべた。

 しかし、そこは生き死にのやり取りを生業にしてきた女傑。気落ちも短く状況を伝えてくる。

 

「こちらにはサーヴァントの影は見えませんでした。聖杯の呪いもです。

 ですが館の屋根から街を監視していた所、住宅街の中で宝具と思しき閃光を確認しました。ランサーとキャスター、アサシンが戦線離脱し、セイバーも宝具を失っている今、恐らく残るアーチャーでしょう」

 

 バーサーカーが真名開放を行えない以上、それが妥当なところか。

 だが、住宅街となると夜の敵対サーヴァント探しではない?

 あの遠坂嬢は随分ヌルの調べた『魔術師』に比べて甘ったるいというか、争った事のない人間ぽい。負けられない状況で対等や上の相手と争った事がないんだろう。慎重な、言い換えれば出方を窺がい後出しを狙うような処や、準備する間も与えず強襲し、後腐れないよう迅速に容赦なく、殺し壊し尽くすような部分が微塵も無かった。そう間違った推察でもあるまい。

 

 そんな人間が、武器である魔術回路を剥ぎ取られた状態で、しかも細い道路の両脇に市民が眠る民家が密集している住宅街に、のこのこと出歩いている訳も無い。サーヴァントの足手纏いにしかならない状態で、弓兵であるサーヴァントと行動すればどうなるか。理解できない愚鈍ではあるまい。

 弓兵は主を置いて敵に距離を取れず、是が非でも生き残ろうとすれば周りの家を吹き飛ばして盾にもしよう。

 そして、彼女はそれを許容出来ない。

 勝利する為の犠牲を、戦友ならいざ知らず、無関係な市民の犠牲を容認出来ない性質(たち)だろうな。

 

 そこへプラスし、バゼットから聞いた遠坂家の場所。

 所在は住宅街ではあるが、詳しく表現するなら住宅街の外れである。

 

 以上を加味して考えるに……

 

「衛宮少年の所に遠坂嬢が同盟者として泊まってて、そこへ残りの黒サーヴァントが襲撃をかけた―――、ってとこか?」

 

「恐らくは」

 

「あーっと。本当にあの遠坂嬢は魔術師なのか? 戦争参加者からすりゃ、剣の無いセイバーとか同盟の相手じゃなくて獲物だろ。役に立たないんだし」

 

 思わず目を覆ってしまった。

 

「私の知る魔術師達なら迷わずそうするでしょう。等価交換の取り引きが成り立たない以上、それはたんなる敵でしかありませんから」

 

「まぁ、相手が学校の知り合いだとか妹の想い人だとかじゃな。あの歳の子供にはきついわ。

 聞くに、どうも親が前回の聖杯戦争で死んで以来、腐れ神父を師にして半ば自力で魔術を研鑽してきたようだし。学校行きながらとか、殺しのできる精神性は出来上がらんだろう」

 

「―――良く知っていますね?」

 

 言外に何処で知ったとの問い。

 まぁ、二・三日前まで魔術師が何なのかも知らなかった奴が知る事じゃないわな。

 それに俺、今更だが不審人物だし。

 

「色々あンのよ、やり方は」

「ぜひ聞きたいですね?」

「秘密だ」

 

 軽く睨み合い……、気が抜ける。

 

「どうでも良いか」

「そうですね。今は戦争中ですし」

 

 

 我が事ながら、のんきな事であった。

 

 

 


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