無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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●今回、ちょっとしたオリジナルの宝具の使い方を出しました。

 作者がFate本編で疑問に思い、アタラクシアをプレイして考え付いた、本来なら在り得ない効果です。この話しでは雰囲気的に種明かしをし辛いので、次話辺りにしようかな、と。
 予想で当てられたら凄いです。ええ、それはもう。




第参章 28 彼女の答え (Fate編) ※人によってグロかも。注意喚起!

 

 両腕を捕られた。

 

 いかにサーヴァントが剛力だろうと、俺からみれば高が知れている。にも拘らずこうなったのは、まぁ、ひとえに此方のミスなのだろう。事が大きくなってきたから、下手な横槍が入って来る前にサーヴァントを片手間に蹴散らしつつ、さっさと聖杯を始末してしまおうと考えていた。

 確かに俺が警戒するほどの力は無いだろう。

 しかし、こうして見事に俺を押さえチャンスを作り出し、最大の攻撃を叩き込もうとしている。重積してゆく魔力の源を見れば、そこには第五次キャスターとライダーの姿。半日と経たぬが、蒼白の肌、血を吸わせたようなどす黒い髪を妖蛇の蠢かせるその姿は、間桐桜に笑い掛けていた姿からは想像もできない。

 

 その目が。

 髪の間から熾火(おきび)のようにチロチロと覗く目が、激情を湛えて見詰めていた。

 

「■■■■■■■ー――――――!!」

 

 びりびりと夜気を震わす絶叫。

 もはや怪物の性に捕らわれ人の言葉も忘れたのか。

 

 異形の叫びを境に、世界が変容した。

 空気は血色の霧を含み、無機物の表面は内臓にも似たぬめりを帯びる。

 以前にメデューサから告げられた結界宝具『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)』と思われる。だが、これは悪手ではないか? 今更この程度の干渉で効果があるとは思ってもいまいに。そう疑問が掠める。

 

 しかし、それは続く変異にかき消された。

 溶解結界内の全てが、確たる存在を崩したのだ。見ればビルもアスファルトもある。ただ現実感が無く、触れているのに質感が捉えられない。

 

 何やら予想していない事態が起きている事は、良ーく分かった。こういう予想外ってのは大抵ロクな事ではない。崩れた体勢のまま抑え付けようとするサーヴァントを引き摺り、無理繰りにでも足を踏み出す。

 

「ぐぁっ」

「ぬ、ぅ」

 

 瀕死の苦鳴が上がる。精神力などでどうこうなる損傷ではない。彼らとて、限界などとうに超えているだろう。

 それに彼らを殺すのは、こんな弱った末の死ではない。俺だ。俺と戦い、俺が殺す。

 

「おおおお!」

 

 膝を落とす。

 地に接点を増やす事で強引にバランスを取り、両腕を振り上げ、叩き付けた。

 

「――!」

「――っ」

 

 ランクにしてAを軽く凌駕する怪力での一撃に、ランサーとアサシンは音無き声を上げて血を吐く。限界を超えた身体が一気に砕け、高純度の魔力粒子となって大気へほどけた。

 

 

「    」

 

 

 ふいに高等魔術言語による起動鍵が聞こえた。

 同時にライダーと並んで積層魔術陣を敷いていたキャスターから、強烈な魔力がほとばしる。此方を中心にランサーとアサシンの体を構成していた魔力を取り込み、光る陣が爆発的な勢いで地に展開した。

 

 複雑ながら全てに意味がある。知らぬ者では見てると頭が痛くなるような、もしくは単純に綺麗としか思わない難解な陣は、螺旋を描きながら巨大化し、此方を囲むように光壁が四方で立ち上がった。

 明らかに此方を閉じ込める為の結界。

 

 突進から強烈な拳打を叩き込んだ。

 

「ん?」

 

 アフリカゾウどころか、シロナガスクジラでも爆砕する豪打が止められた。しかし感触が全くない。たとえキャスターの全魔力で構築した障壁結界だとしても、容易く貫ける程度には力は篭めたはずだが。

 まさかこれは、空間の位相をずらす型の隔離結界か?

 

『そのようです。この世界の魔術師に成せるとは思いませんでした』

 

 大方聖杯からの大量の魔力と、死した英霊の身体という神秘と魔力の塊を掛け合わせたのだろう。術式構成をざっと走査してみれば、中核はともかく外延部に甘い部分が散見できる。扱いきれる限界以上を行使した証だ。

 

『直上です』

「ちっ」

 

 結界の天井辺りに魔力が幾つも渦巻いている。キャスターの攻撃系魔術。だが結界《コレ》を維持しながらで、果たして可能なのか?

 案の定、見やった先ではキャスターがその姿を薄れさせていた。

 

 加えて、非常に嫌な事なんだが、新しい問題が見つけてしまった。

 先程、謎の宝具行使を行ったメデューサだ。先ほども十分変わってしまっていたが、今は光壁を通して見えるシルエットそのものが、完全に人型から逸脱していた。何と言えばよいのやら・・・・・・かなり、でかい。

 目算だが、全高四メートル程度か。

 はっきりと分かる部分と言えば、大きく動いた翼らしきシルエット。何やら、もうそれだけで悟ってしまった。だが認めたくないというささやかな思いが、口を開かせる。

 

「ヌル。あれって、もしかして?」

『ご想像の通りかと』

「――おいおい、どうしてそうなる」

 

 碌でもない予感ってのは、得てして碌でもない現実となって現れる。

 

「■■■■」

 

 明らかに肉食動物系の低い唸り声が聞こえた。そんな声を出す心当たりは、あの明らかに人の声帯が無さそうなのしかいない。おかしいな。あんな物騒な声を出すような女性じゃなかったんだが。

 あ。あ。凄い勢いで突っ込んでくる。

 それに合わせて、頭上から破壊的な光線が雨あられと降り注ぎ、御丁寧にも結界に突進してくるのを招き入れる一方通行の侵入口が現れた。くそったれ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 大音量の雄叫び。

 距離が縮まりようやくはっきり見えた姿は、予想通りと言おうか何と言おうか、完全に伝承にある異形のものだった。

 

 

 髪は全て蛇。

 

 目は人とも獣とも違う、狂気を煮詰めて底を浚った様な丸く大きな真紅の宝石。

 

 口には鋭い猪の牙。

 

 腕は青銅の鱗に鎧われる。

 

 背には大きな黄金の翼。

 

 下半身は猪。

 

 脚は馬。

 

 

 子供が遊ぶように。あるいは憎しみに狂い、より苦痛を与えるために試行錯誤した末のように。その姿は元が人間とするには、あまりにも冒涜的だった。神に対してではない。人間という種族に、そしてこの肉体に捕らわれた精神と魂に対して。

 

 メデューサの目を見た者は石になる。

 その伝承が、目に石化の魔力があると捻じ曲がる前。恐怖のあまり石のように動けなくなるという本来の伝説のままの、動物を継ぎ接ぎして作られた人造人形(フランケンシュタイン)。それは神に虐げられた人間の、成れの果てだった。

 

「――哀れだな」

 

 ぽつりと呟く。

 破壊を撒き散らす光線を幾重にも浴びながら、突撃を正面から受け止めた。歴然とした速度と質量の差を、単純で純粋な膂力で押さえ込む。

 

 無数の蛇が絡み付き、骨も砕けよと締め上げ、牙を突き立てる。

 英雄をも殺す猪の牙が、敵を引き裂かんと突き出され、

 青銅の腕が、憎しみをぶつけるように幾度も振り下ろされた。

 全てを踏みしめる蹄が、肉も骨も砕かんと叩きつけられる。

 

 その全てを無抵抗に受ける。多少邪魔といった程度だ。

 

「なぁ」

 

 返事は無い。有効かどうかも分かっていないかのように、気が狂ったように攻撃し続けている。ひたすら加えられる打撃。半ば棒立ちでそれを受けた。

 

「よ」

 

 気の抜けた声と供に、馬の膝を蹴り砕いた。

 

「■■■!?」

 

 初めての反撃と思いもしないダメージに、僅かに殴打の勢いが弱まった。

 完全に圧し折れた前脚は用を成さず、巨体はぐらりと前に倒れこむ。だがそれ幸いと両の鉤爪を広げ、押さえつけて喰らいつこうとしてきた。鈍く青銅の鱗が光る腕を両手で受け止める。

 

「少し、背が高いな」

 

 おもむろに片腕を引き千切る。

 悲鳴が長く尾を引いた。

 吹き出す血を浴びながら、肩から先、鱗の生え際から毟り取った腕を投げ捨てた。巨人か竜のものと言っても信じられそうな金属のそれは、微かな地響きを立てて転がった。

 

 危険。そう理解したのか、メデューサは必死に逃れようとしている。しかし万力のように握り締められる手に離れる事ができない。それでもまともな理性が無いなりに、いや、無いからこそ半狂乱になって身を捻り、少しでも離れようと仰け反りった。

 しかし、俺が放す訳も無い。

 やがて今度は、死に物狂いになって己を拘束する腕に噛み付きだした。

 

 まるで繋がれた野生動物の仕草。作品内に登場したバーサーカーとは、似ても似つかない動物染みた行動。

 それも仕方ないのか。勇猛な戦士でもなく、生前に理性を失って他者を襲ったわけでもなく、化け物としての身体と、地の果てまで逃げても殺そうと襲ってくる人間に狂わされた彼女が、同じように今理性を剥ぎ取られたら。

 敵を前に死ぬまで戦うでもなく、こんな怯える動物じみた行動をとるのも納得できた。

 

 手は離さない。

 そのまま空いた手を薙ぎ払う。今度は胴が弾けた。さっと吹き上がる血霧。獣の下半身が横倒しに倒れ伏した。

 

 もう悲鳴は声になっていない。臓物と背骨を垂らし、びくりびくりと痙攣する上半身を捧げ持つ。脇の下に手を入れてぶら下げるその様は、子供をあやす親のよう。

 

 更に猪の牙は砕かれ、残った片腕も、そして背の翼も剥ぎ取られた。皮膚を剥がれた赤黒い肉に、白い肋骨が規則正しく並ぶその様は、吐き気を催すグロテスクの中に狂人にしか解らない美を秘めていた。

 

 

 

 

「色々と疲れたろう」

 

 いつの間にか止んだ魔術の雨。噎せ返るような血の霧に包まれて、小さな肉の塊を抱く。

 滴る血も今は少ない。汚染された影響で蒼白だった肌は生き物としての活力すら奪われ、その様はもはや死体となんら変わらず、血の海に潜ったかと思うほど浴びた鮮血だけが彩を添えていた。

 

「随分永く頑張ってきな。でも、そろそろお前は休んだっていいはずだ」

 

 あやすように頭を撫ぜ、背中を叩く。

 願うのは他人の事ばかりだ。

 自分と同じように化け物へ傾いているから。自分のために呪いを受けたから。言ってる事は分かるし、納得も出来る。でも死んだ先で時間軸から外れ、時すら止まった永劫の世界に囚われてなお、自分の願いでなく他者の救いを願う。俺という望外のラッキーを他者に譲り渡す。

 ここら辺は知識にある衛宮士郎と随分似ているようだが、考えるにぞっとしない話だ。俺にしてもマスターだのなんだの。サーヴァントだからしょうがないが、こっちはヌルで手一杯だ。

 それに、言ったろう?

 俺が、あいつの代わりにお前へ、恩を返すのだと。

 

 

「お前は頑張りすぎだ。もう眠って良い。望むなら俺がお前を座から殺し、姉の魂を救いもしよう」

 

 赤子を抱くように。眠りに誘うように。

 

「――いつかの問い、もう一度尋ねよう。

 さぁ、望みは何だ?」

 

 

 例え結果として、彼女がどうなろうとも。

 “死”へと安息を見出し、この手で彼女の存在を完全に消し去る事になろうとも、望むところ。本音を言えば、いっそすぐさま座にある魂ごと消してやりたかった。

 

『死は救い』

 

 時に生の苦痛は自己の喪失への恐怖と痛みを越える。俺の生きた時代、俺の見てきた世界では随分と少なくなっていたが、それでも死ぬより辛い事も死が救いとなる事も、少し薄暗い所へ入れば幾らでも転がっていた。

 いっそ慈悲とでも言えば聞こえはいいのかもしれない。

 だが、今はまだ押し付けに過ぎない。

 

 

 

 そして、答えなぞ返ってこない。

 

 死に体の身体に応える余力は無く、

 神の呪いと狂気に引き摺られ、答えを出す理性すらも無い。

 

 

 仮に理性があったとて、抗いがたい誘惑。それは眠りに落ちようとする瞬間に、自分の意思だけで眠りを振り払うようなもの。自分が頑張らなくても、つらい思いをしなくとも、代わりにやってくれる誰かがいる。自分も他の人のようになりたい。せめて人並みに。

 つらさ苦しさが深ければ深いほど、願いは黒い澱の底で大きくなってゆく。

 それを振り払うというのは、大げさなようだが、生物としての本質に逆らう事とも思う。

 

 さぁ、己の業罪ゆえの呪いでないのなら、そろそろ楽になってもいいはずだ。あと僅か、息絶えるまでそのまま休んでいればいい。

 

 だがしかし、もしもまだ拷問のような存続を望むなら。命が終わるこの瞬間、安らかな死の臥所に背を向け、誰よりも苦しい生の苦痛を容認し、それでも生きたいと示したなら・・・・・・。

 

「答えを」

 

 さぁ。

 答えを。答えを。俺の、お前の望む答えを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんのかすかな動き。

 

 歯で噛む。

 

 最も原始的な抗いの行動。

 

 

 抱える胸元の肉でもない。服でもない。その一ミリに満たない繊維すら、満足に噛み締める事ができていない。

 それもそうだ。もう流す血を失った心臓が、動いていないのだから。

 いくらサーヴァントが魔力体で出血などでは死なぬとは言え、流れ出る血もまた身体と同じく魔力で構成された物。大出血がおのずから魔力切れへ行き着くのは自明の理。そして聖杯が傷一つ与えられず敗北した駒へ、いつまでも大量の魔力供給を行うはずも無い。

 サーヴァントはその在り方ゆえに、何をするにも、ただ存在するだけで大量の魔力を消費してゆく。

 

 その最後の一滴。

 

 仮初の命を支える最後の柱を自ら崩し、意思とも呼べぬ何かが下した答えを表して、

 

 

 ―――そして、死んだ。

 

 

 

 




・うーむ……。急ぐあまりの急激過ぎる場面転換に、雰囲気の変化。僅かなりとも面白いと感じる人はいるだろうか? 作者自身が疑問に感じるような文を掲載する事を許してください。

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