無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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第参章 29 剣士と拳士 (Fate編)

 

「く、ふふ………」

 

 腕の中から消え去る重みに微かな喪失を感じる。それを惜しみながらも、こみ上げてくる感情を抑え切れなかった。

 

「は、ははは、ハハっ!」

 

 この場で霧散した魂三つを貪り喰らいながら、今息絶えた新たな魂の行く先を追跡する。

 

「見付けた」

『座標、確認しました』

 

 この世界で座と呼ばれるその魂の保存庫。時の概念が無いと言いつつ、時があるような描写ばかり知識にあるみょうちきりんな場所。魔法使いでも辿り着けないそこは、俺達にすれば歩くように行ける程度の場所でしかない。勿論住所がわかれば、だが。

 そして気苦労しいのあの女の居場所はきっちり掴んだ。

 

 持ち上げた指先から糸が伸びている。この世界の魔術師が見たら目を剥く様な莫大な魔力を秘めた糸が幾本も。離れれば掠れて消えるような極細の糸は真っ直ぐ天へと繋がり、その中途で虚空に溶ける様に消えていた。

 

「そら、そんなところに引き篭もってるんじゃねぇ!」

 

 握り込み、先にある何かを引き抜くように力をこめる動きは、強引に力尽くで引っこ抜こうという傍若無人のそれ。しかしそこらの無頼漢というには込められたモノが決定的に違う。

 そして、一際力強く糸が引かれたその時。

 何かが大きく軋るような音が響き渡り、世界が突き崩された。

 

 空間その物が、内から出ようとする何かに耐えかねるように割れ砕けた。先の異様な音は世界があげる盛大な崩壊の音色。内《外》に収めたものが引き摺り出される事に対する抵抗の叫び。

 

 虚空にあいた裂けた腹のような傷口。向こう側は人には形容しがたい空間だ。それこそ見るだけでも、発狂を通り越して魂が押し潰されるだろう。

 

 そんな中へ無造作に手を突っ込む。

 ごそごそと引っ掻き回すように探り、会心の笑みで引き抜いた手には二つの魂が。

 

 

 一つは座に固定されたメデューサの魂。

 

 もう一つはこの腕の中で死に、座に還ろうとしたメデューサの魂の複製。

 

 

 あのまま僅かに時が経てば、複製された魂である彼女は分解され、座の本体の元へと経験した出来事だけが本のような形で収められる事となる。

 まぁしかし、俺が用があるのは分解される方。消されてしまうのは些か以上に困る。

 

 だから。

 

 混ぜる。

 

 もともと世界その物が完全なコピーとして生み出した存在だ。人格経験合わせて諸々統合してしまってなんら問題は無い。と、決めた。

 

 俺にしても、魂を弄る(すべ)には慣れたもの。

 二つの粘度を混ぜるように鼻歌混じりに捏ね回す。ついでに本人がいつぞや言っていた魔眼についても無くす、のはちょっと勿体無い気がしたので、自己の意思でのみ発現するようちょちょいと細工。

 こうして工作系の作業をするのはバゼットの身体以来だ。館を改造したのはナノマシン任せだったので、ある部分で逆に鬱憤が溜まったに近かった。

 もともと設計は好きだったから、こうしていると趣味にひたっているようで気分が良い。

 

「ふふ。なぁ、夏樹。お前がここにいないのが残念だよ。プログラミングがメインだったお前ならこういう事でも得意になれたかな?」

 

 随分懐かしい感じだ。まだ人間だった頃の匂いがする。

 そう、こんな感じであいつと笑いあってた。

 

 よし、と出来上がった魂を手の平で転がし、眺める。

 

「ホントに残念だ。彼女、死なないために死ぬ行動をしたんだぜ。こんな逸材いつぶりだろうな?」

 

 わらう。

 

「本当に、旨そうだ」

 

 そして一呑みに呑み込んだ。

 

 蜘蛛の糸でしっかりと、徹底的に包みこむ。

 蜘蛛の巣は掛かった獲物は逃がさない。逃げられない。

 

「くふ。は、は」

 

 堪えるに堪えきれぬ笑みをそのままに、ずかずか歩き出した。

 背後となった空間の穴は、いつの間にやら世界の修正に上書きされて消え去っている。もう用はない。聖杯戦争とやらに用は無い。この楽しい気分に水を注されるのもごめんだ。

 

 何気なく踏み出した一歩で距離を無視する。

 

 たかが一歩。されど一歩。

 一歩跨いだそこは、聖杯システムの中核が納められた巨大空間の入り口だ。

 

「おや」

 

 門番が一人、待ち構えていた。

 袈裟に一太刀浴びた黒い鎧の騎士。

 血にまみれた大剣を片手に佇んでいた。

 しかし以前に見た狂気は鳴りを潜めている。大方、その『無毀なる湖光(アロンダイト)』を濡らす血が元だろう。バゼットなら此方の言葉通りに救援に向かってくれただろうが、さてはて、あの死んでも未だ王様気取りの娘に命があるやらどうやら。

 

 此方の歩みに、滴る血もそのままに剣先が持ち上がる。

 

 やる気か。気分が良い。相手をしてもいいが、それはあいつに任せよう。聖杯戦争とやらを聴いてから随分と煩いのが内に一人いる。

 

 

「ちょうど希望の相手だし。よろしく、塊」

「ああ、見てるだけってのはつまんねーからな。任せとけ、冬理」

 

 

 其処にはかつての兄弟弟子。

 白髪にラフな服装を纏い、女物のピアスを下げた痩身の青年がいた。

 バトンタッチを気取って手を打ち合わせ、さっさと洞窟へ入る。バーサーカーは一切反応しない。当たり前だ。塊相手に、己を圧倒的に技量で上回る敵を前にそんな隙を見せれば、それこそ知覚する間も無く首が飛ぶか心臓が無くなる。

 狂人は狂人なりに、そこらへんを悟るのだろう。

 

 塊はあれで天才というやつだ。一回見たら真似できる、とかそういうレベルの。真面目に努力する格闘家が知ったら、憤怒か嫉妬で悶死するかもしれない。

 それが遺伝子改変者というリアル怪物が溢れる世界中を旅し、寿命で弱って死ぬまで強いやつを片端から平らげるという一生涯ものの修行をこなしている。同じ天才でも戦いにかけた時間と密度が天と地ほど違う。

 

 

 サー・ランスロット。

 

 泉の精に育てられた事から『泉の騎士』の字で有名な騎士だ。実は赤子の時に母親から泉の精がさらった子供だったりするのを考えれば、その字は素晴らしく皮肉の利いた呼び名だが、彼は武者修行の旅でアーサーと出会い、円卓に招かれた人物である。

 戦や旅、王の命に冒険といった剣を振るう機会はそれなりにあっただろうが、基本は城暮らし。不倫する程度には暇である。

 しかも不義密通ありとされたグィネヴィアを火刑場から救う際、自分を尊敬し慕い、アーサー王に許しを求めて丸腰でいた円卓の騎士ガレスを斬り殺してしまい、戦いを厭う様になっている。

 国外へ逃れた後もグィネヴィアをキャメロットへ送り返し、アーサー王にも幾度となく和睦の使者を送った。その後はそこそこの年齢で出家している。つまり坊さん。刃物は御法度だ。

 

 かたや生涯戦い、それを糧とした青海 塊。

 かたや強かったが、人妻に靡いて四十代で剣を捨てたランスロット。

 

 まぁ土台の世界が違うから地力に差がつくのも仕方がないし、そも比べる事が間違っているのだろう。しかし、現実はああして出会う筈の無い存在でありながら向き合っている。比べるのが間違いだろうがなんだろうが、ぶつかったなら結果が出るのは当たり前だ。其処をうんぬん言ってもしょうがない。

 

 さて。さっさと行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇっ、せっかくなのに言葉が喋れねェってのはツマンネーな。まァ、いいや。やろうよ」

 

 遺伝子改変者(エンジェル)に届くだけの力量を前に、塊は陽気に言った。

 騎士が纏う禍々しいフルプレーとは対照的に、ラフな服装に包まれた身体は仁や冬理と跳ね回ってた頃のもの。一度は老いさらばえた力は全盛を取り戻している。

 

「さ、おいで」

「■■■■■■■■■――――!!!」

 

 ちょいちょいと手招かれる指先に、激昂したように狂戦士が突撃した。

 身につけたフルプレートが霞むその速度は、まさに目にも留まらぬというもの。

 

 元々英霊として最高位の能力値は、理性を代償とした狂化スキルによって幸運と魔力を除き一ランクアップ、更に宝具『無毀なる湖光(アロンダイト)』によって全能力一ランクアップと、計2ランクの上昇を経て同じ英霊でも手が付けられない高みにまで昇っている。

 しかも本来なら理性を失った事によって完全に忘れ去るはずの剣術は、『無窮の武錬』という、それもランクにしてA+というスキルが加わった事により、ある種反則的な組み合わせとして狂いながらも生前と全く変わらぬ武技を可能としていた。

 

 

 固い岩石の足場を踏み割るほどの踏み込み。

 見るものが居たなら、確実に青年は両断されたと思うだろう。振るわれる剣どころかバーサーカーの動きすら見えなくとも、そう確信できるだけの威と武が狂戦士には備わっている。

 

 しかしバーサーカーが姿を霞ませた次の瞬間、

 

 ごッ!!!!

 

 と壮絶な音を立て、身体はその勢いのまま石天井にめりこんでいた。

 塊は特に何でもないと変わらぬ様子。それどころか、「へぇ、結構はやいじゃん」などと嬉しそうに瞳を輝かせている。

 

 落ち、四つ足で着地したバーサーカーは苦しげに唸った。

 狂気に墜ちながらも彼の本能は今の出来事を正確に捉えていた。突進して剣を振り下ろした一撃に、あの男は恐ろしく巧みに対応して見せた。自身に比べ明らかに見劣りする速度で動いた腕が、何故か剣をするりと避けて手甲に触れ、体勢を崩し、勢いをくるりと回転させた。

 結果として己は足場を失い、最高速のまましたたかに叩きつけられた。

 

 ふれた事さえ悟らせないほどの(やわら)

 歴史に名立たる騎士が生涯でついぞ出会わなかった東洋の武術理論、その極致が片手間のように成された。

 

 

「んじゃ、こっちからもいこうか」

 

 殺し合いに似つかわしくないのんきな言葉を吐き、風をまいて塊が駆ける。

 滑るような動きから戦車すら引き裂く蹴りが襲い掛かった。バーサーカーも瞬時に飛び退き、遅滞無く肉薄する痩身を剣をふるって迎え撃つ。

 無数の拳打と掌打が騎士に襲い掛かり、騎士もまた確かな術理に基づき荒れ狂った。

 

「■■■!」

 

 強烈な咆声とともに横一閃、胴を目掛けて剣がなぎ払われる。

 それを完璧に見切り、半ミリ空けずにかわしてみせる塊。通り過ぎた剣先が翻る、有るか無きかの隙に滑り込んだ。バーサーカーの切っ先の届く範囲に僅か半歩、踏み入れる。だがその時点で、狂戦士の卓越した技量は次撃を繰り出す。

 完全な射程内。

 塊に先のような回避は望めない。まだ体へ拳を叩きこめる距離ではなく、逆にこの距離では騎士王をして敵わないと言わしめる技量と、英霊の中でも際立った身体能力をもってすれば、逆に一重の見切りでは強引に切り伏せられてしまう。

 

 しかし彼は欠片も揺るがない。

 右手がそっと、胴ではなく振り下ろされる剣の持ち手へ触れた。

 斬撃が曲がった。

 ごく自然にずらされた斬線は、その勢いでスジと筋肉を痛めながら地を斬り割る。

 瞬時に跳ね上がる膝が鎧の腹を抉った。その細身からは信じられない重さに、剣を合わせれば百キロを越える重量が束の間浮く。追撃に放たれる三連撃。だがバーサーカーも然る者。空中にありながら身を捻り、目にも留まらぬ瞬撃に鎧を合わせて剄打をずらしてみせた。

 

 それでもバーサーカーは軽くない衝撃に宙を飛び、しかし際立った体捌きで降り立つと同時に再び剣を構える。

 塊が走り込んだ。

 狂気に狂った騎士は、己の領域に侵入した“敵”へ容赦なく剣を振るった。その剣はどこまでも正規の騎士剣術に沿っていながら、担い手の狂気を表すかの如く嵐となって吹き荒れる。

 袈裟・薙ぎ・突き・突き・脛へ払い・逆袈裟・反対の肩口へ。

 技巧を凝らし、有るか無きかの動き、気配の動きすら惑わしとする。かと思えば裂帛の気迫で剛剣が振り下ろされる。佐々木小次郎の秘剣に勝るとも劣らぬ速度で、黒刃が無数に奔った。

 

 塊はそのすべてを素手で捌く。

 生き物のように跳ね踊り、時に雷光のように突き出される切っ先。対する両の手はゆったりと、しかしいつの間にか必要な場所へ添えられる。

 狂戦士は力が虚空に吸い込まれるような、その異様な感触にひるんだ。

 剣は当たっている。

 当たっているのに、当たっていない。

 どれほど力を入れても、どれほど技量の粋を尽くしても、まるで切れない物のようにするりするりと逃げてゆく。

 理性が無いからこそ、力の一切が通じない状況は狂戦士の本能を。

 

 その心が、剣にあらわれた。

 おぼろげな一瞬。間隙に滑り込んだ一撃。

 バーサーカーがそれに気付いた時には、もう避け様がなかった。

 

 ずしん!

 

 こもった音と共にバーサーカーは吹き飛ばされた。宙を飛び岸壁に叩きつけられる鎧姿。咄嗟に剣身を盾に滑り込ませたのは流石だが、徹し剄によって衝撃の大半は防御をすり抜け、柔らかい内臓で炸裂している。

 よろめき立ち上がる姿に以前の力は感じられなかった。

 

 

 

 

「やっぱモノも考えられないようじゃ、こんなモンか」

 

 もしかしたら、という考えが的中して肩を落とした塊は、酷く落胆したように呟く。がっくりと脱力した様子にバーサーカーが斬りかかる前に、一転、良い事を考えたと笑顔をみせた。

 

「そうだよ。先の事も考えられないなら、考えなくていい勝負すりゃいいじゃん」

 

 まるで名案とばかりに喜ぶ。

 

「言っても判んないだろうけどさァ、次の一撃で最後にしようぜ。どうせ長くは動けないだろ?」

 

 僅かばかり皮肉めいた笑顔を浮かべ、ゆらりと錬気の陽炎をたちのぼらせた。闘気も殺気は変わらず、いや、今まで以上により強くほとばしる。

 塊は感情誘発型の発火能力者《ファイア・スターター》。

 洞窟の温度は急激に上昇し、高ぶる体から猛火が逆巻いた。

 

 バーサーカーは咆哮し、剣を振りかぶった。

 生死の分水嶺は狂っていようとわかる。次の一撃で決まる事は明白だった。

 

 

 

「――――――――!!!!」

 

 

 

 声無き絶叫とともに躍り掛かるバーサーカー。

 黒い旋風となった影は、目にも留まらぬ速さで塊の脇を駆け抜けた。

 

 

 背を向け合った両者。

 緊張の残り香が空気をただよう。

 

 ふいにくらりと兜首が背へ折れ曲がり、漆黒の騎士はその場にくずおれた。その異様な角度は、明らかに絶命を示していた。

 

 

「……今のは、良かった」

 

 最高の一瞬。それを味わった塊の顔には子供のような笑顔が輝いていた。

 

 

 

 




・後書き、のような解説

 今話では結構ランスロットがやられ役ですね。ただ、これは相性の部分が大きいです。例えばセイバーのエクスカリバーのように、攻撃自体が光速で飛んでくるものだったり、五次の真アサシンのザバーニーヤのような、接触を条件とした呪殺の類いとは非常に相性が悪いです。
 加えて、いくら無窮の武錬で技術が伴おうとも、それを組み立てて戦いの流れを掴むだけの頭が丸々欠けてます。そこらへんを考えるとこのランスロット、実質は弱体化してます。
 言うなれば格下無双で、同クラスからはお断り、みたいな? セイバーみたいに技量で劣ると詰んじゃうタイプ。

 単純な身体能力的には(遺伝子改変者は気も含めた最高出力)

 二段階アップしたランスロット ≒ 世界最高クラスのエンジェル > ヘラクレス >> 優れたサーヴァント(オールB) > 一般的な中でも優れたエンジェル = 平凡なサーヴァント(オールC)

 こんな感じで。
 見ると驚くほど遺伝子改変者の能力が高いのですが、消費するカロリーの問題で長くは戦えないし、それこそ英霊になるような人物並みでもなければ使いこなせてません。
 まぁ青海 塊は、戦っている最中に目に見える速さで上達するような非常識な存在ですので。それで一つ納得をば。ぷりーず。

 あ。あとランスロットが微妙に狂気度が低そうに見えるのは、これ原作仕様です。もともと狂化スキルのランクが低く、原作でも普通に名前とか喋ってますし、行動もアーサー王への恨みを軸に動いています。
 ちなみに狂化スキルはランクC。
 精々が大系立てた言語能力を失い、複雑な思考ができなくなる程度です。


※追記

 最後の一撃は、『シャギードッグ Ⅳ』短編集に出ていた塊の“神の一撃”をイメージしました。同じ首狙いの辺りとか。「……今のは、良かった」とか。


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