さて。
今現在、俺は不機嫌である。
けっして御機嫌ではない。
理由?
いわずもなが、と言うやつだろう。
先の酒場襲撃事件からこっち、魔術師の襲撃が途絶えた
手段も悪辣化している。
町を歩けばすれ違う子供が笑いながら精神汚染を仕掛けてくるし、食べたり飲んだりは毎回の如く薬物が混ぜ込まれている。
勿論そのたびごとに仕掛け人には存分に人生を謳歌してもらっている。
死への準備期間こそ生である。
駆け足だからこそ、有意義に生を過ごせただろう。
だが少なくない数がいなくなったにも拘らず、彼らに諦める様子は一向に見られない。主婦の天敵しつこい油汚れ並みにしつこい。困ったものだ。
最近では聖堂教会とか名乗る宗教組織まで襲い掛かってくる。
襲撃から逆襲、捕獲の後、拷問というゴールデンパターンによって判明した所によれば、どうやら教義によって英霊である俺は認められんらしい。たしかに聖杯戦争中は不正規ながらもサーヴァントであると名乗った覚えがある。
バゼットあたりはそうでないと勘付いているだろうが、それ以外の、たとえば遠坂嬢あたりはサーヴァントだと思ったままだろう。バゼットもわざわざ魔術協会に言ったりはしないだろうし。そうなると協会から教会へ話が洩れたか、それともクサレ神父が死んだ事で教会側の調査が入ってまだ居るのがばれたか。
いつの世も宗教とは迷惑だ。益のように見える形無きものを有難そうに配り、それ以外には害を振り撒く。
何にしろ、非常に迷惑している。
そう、今も目の前に一組いるのだ。
やたらと無機質な目をした、これぞ蟲を見る目、というか、蟲の目というか。そんな失礼を通り越して無礼千万な男と老人がいる。魔術師だろうが、こっちを観察している。
「おとなしくついて来るのじゃな。でなければ周りの人間が溶ける事になる」
どうにも被害をださんよう振舞っていたのに気付いたらしい。爺が得意になるでもなく、じろじろじろじろと舐め回すように気色の悪い視線を這わせてくる。
こういった視線はほんと、されると分かっていても気持ち悪い。
俺の中で魔術師の評価は下がる所まで下がりきっている。
もはやウォール街の大暴落もかくやといった有様だ。
クシャナ殿下がここにいれば、とっくに『薙ぎ払え!!』と凛々しく叫んでおられただろう。本国にお帰りになった際は少々お手伝いさせて頂いたが、今もお元気だろうか?
とにもかくにも限界である。
爺の視線に。魔術師連中の好き放題に。宗教のくせに他者を害そうとかいう、いつぞやのクソ神のような輩共に。
とりあえず、目の前で解剖やら投薬やら待ちきれない様子の爺に呪いをかけた。当然だが相手の悪辣な仕掛けは外してある。ルービックキューブより簡単に思える辺り、どれだけ独創性のない公式を組み合わせただけのつまらない代物だったかが察せられるだろう。
「ひぎゃぁ」とか断末魔もかくやの悲鳴が聞こえたが、手を緩めるだけの同情指数がまったくもって足りていない。日頃の行いは大事である。
体液を噴き出して死ねない体に悶える枯れ木を無視し、歩き出す。
ここまで来たら、もう根こそぎやらないと駄目だと確信した。
黄色っぽい粘液を毛穴から垂れ流す爺の関係者は、今頃伝染した呪いで同じくのた打ち回っているだろう。じきに静かになる。
だが、アリ塚にはまだ同じようなのが腐るほどひしめいてるのは間違いない。
駆除は面倒だが、これも両者にとって因果応報というものだろう。
実に真理を表した言葉だと、今更ながらつくづく感じ入った。
はぁ。
「めんどくさいもんだ」
■今回の登場作品
言わずと知れた超大作映画『風の谷のナウシカ』
通称ナウシカと呼ばれる世界的ヒット作。
クシャナ殿下とは、主人公のナウシカが暮らす『風の谷』と呼ばれる場所へ侵略に来た『トルメキア王国』と呼ばれる国の王族。
王位継承権の争いで、年若い身空でありながらわざわざ航空艦隊を率いて遠い風の谷まで遠征する事になった、ある意味で可哀想な人である。
性格は気丈で男勝り。あと農民を戦車で追い回すくらい容赦がない。
軍人として非常に優秀で、自身で前線指揮を取る様子も見受けられた。兵からも絶大な信頼を寄せられている。本国での争いの影響か、他者を信頼せず荒んだ様子も見せていたが、ナウシカの優しさに触れて若干ながら丸くなった。
なお、原作と映画で行動が大きく変わっており、原作では大きく成長を遂げた後、トルメキア中興の祖と呼ばれるほどの偉大なる王(本人は王を名乗らなかった)となる。以後、トルメキアで習わしとなっていた王族の骨肉の争い(争う蛇の紋章の由来)は断ち切られた。
ちなみに蟲に襲われ片腕を失い、義手をはめているのは映画版だけです。
本作で黒川さんが訪れたのは映画版です。
映画終了のその後、遠征失敗として本国へ帰る彼女につき、腐海と蟲が世界の浄化を行っている証拠を揃えて提出、彼女の立場を守る一助となった。