無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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・うーむ。この話しではようやっと、メドゥーサの姉'sが出ます。
 しかーし!
 この双子、とても登場が短かったのに加えて、極度のサディストという以外の人物性が描写されていないという困ったキャラクターなのです。会話数も少なく、ほとんどが妹をいぢって楽しむばかり。
 ……ですので、ほとんどオリジナルです。
 いえ、今更なんですがね? どうせ殆んどそればかりなんですし。

 あと、少し改定があります。
 『メデューサ』なんですが、色々と考えたりなんだりした結果、これからは『メドゥーサ』と記述する事にしました。流石に全部直そうとすると手間ですので、今話から変えて書いていく事にしようと思います。まことに勝手ではありますが、どうかご容赦を。

 さて、予告より若干長くなりましたが、これにて本筋におけるFate編は終了となります。あと一話、冬木勢視点で短編を入れて章を閉じ、次章へと繋がる予定です。



 不甲斐無くも自身の書き方を忘れ、この章の中途でただ"続ける"ことだけに執心してしまった愚かしい作者でありますが、ここまで読んでくださった方々に心よりの感謝とお詫びをこの場で申し上げます。
                                   羽屯 十一より


第参章 エピローグ 終と始 (Fate編)

 

 

 しくしく……

 

 

「――オイ、この声いったい何だ?」

 

 ここは冬木で拠点としていた廃洋館。

 時計塔を片付けたのち、いくつか似たような他所を回って始末をつけた帰りだった。

 帰宅、と言っていいものなのか? まぁ戦争中に施した改造が丁度良かったんで、以後もこっそりこの世界の一時的な拠点として使っている。

 しかし今日は様子が違う。

 昨日は誰もいなかったから静かだったんだが、今は玄関の奥、廊下の向こうの方からやたら悲しげにすすり泣く声が聞こえる。このかすれ具合といい古い洋館独特の廊下の暗がりといい、有り体に言って非常に気味が悪かった。

 

「ヌル、いないのか?」

 

 ……返事はない。

 相変わらず悲しげな泣き声は聞こえている。何なんだ、いったい。

 

 仕方も無しに声へ向かって歩く。

 何ゆえ自宅(?)でこのような現象に見舞われなければならないのだろう? やはり日頃の行いだろうか、と頭をひねりつつ薄暗い廊下をすすみ――――

 

(ここか)

 

 一枚のドアの前で立ち止まった。

 泣き声はこの扉の向こうから聞こえる。玄関では良く聞き取れなかった声が、ここならはっきりと聞こえた。

 

 ――というか、これメドゥーサでない?

 

 明らかに見知った、いや聞き知った声に首をかしげる。彼女はヌルと一緒に姉二人の探索に出かけていたはず。ヌルが付いて行った以上、たしかにそろそろ戻ってきていい筈ではあったのだが。……まさか?

 嫌な想像。脳裏に妹を拒絶するメドゥーサに似た二人の女性の姿が浮かんだ。

 

 メドゥーサに巻き込まれた感がある二人の姉。長い年月を醜い化け物として追われ、呪われし不老不死ゆえに死にも逃げられない。そんな境遇を考えれば、たとえ妹だとしても恨み辛みは澱のように降り積もろう。それとて彼女も薄々はわかっているだろうが、現実として誰より大切に想う人に手を払われるのは、きっと心が壊れてしまうほど痛む。何より嬉しい事があって、だからこそより深く刃は突き刺さり、憎しみの毒は魂の底まで黒く犯してしまう。

 

 それは部外者からでは避けがたい結末。心が擦り切れ果てる苦痛と怨み、呑めるだけの器が彼女たちにあるだろうか? 澱を澱として沈めているだけの懐があるだろうか?

 今更俺がどうこうはできない。

 これは彼女たちが生きる生で、彼女たちが選ぶ先だ。

 

「――メドゥーサ?」

 

 軽いノック。小さな覚悟だけもって、ノブを捻った。

 居住建築用として調整したナノマシンによって一見木に見える扉は、滑らかに軋みひとつ立てず開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――あ?」

 

 絶句する。

 正直に白状するなら、その瞬間、俺ともあろう者が見た意味がわからなかった。こんな体験はここ千年近くなかったのに。いや、いやいや。状況はわかる。たぶん色々と見たまんまで、それで十分泣き声とか納得がいく。

 ただまぁ、なんと言えばいいのか……。

 

 

 言葉に詰まった先。

 

 つい二日前、永い間望み続けた願いが叶うと嬉し涙を流すのを見送ったメドゥーサが、地面に這いつくばって二人の少女のイスにされていた。

 

 

 ……いや、本当に何ぞコレ?

 

 しくしくという聞く方の心に染みてくる泣き声は、四つんばいになってる彼女の髪に隠れた顔の辺りからしてる。間違いなく泣いている。

 原因はと言えば、まぁ背に乗っている二人しかいない。たぶん彼女の姉たちだと思うのだが……おい、泣かしてるぞ。

 

 メドゥーサとお揃いのラベンダーの髪を二つに結い、双子だろうそっくりの美貌に何とも邪悪な笑みを浮かべ、メドゥーサとは似ても似つかぬ小さな体で自分たちの妹をイス扱いしている。

 

「あー、っと。……メドゥーサ?」

 

 思ったより小声になってしまった。

 情けない事に上手く言葉が出ない。いや、こんな事に慣れるのも御免だが。

 

 小さな声にぴたりと泣き声が止まった。

 ゆっくりと俯いていた顔がこちらを向いた。

 

「うっ」

 

 思わず怯む。

 美人さんは泣き顔も美人なんで眼福なんだが、目が明らかに助けを求めている。誰がどう見ても嗜虐性性癖をもってるとわかる人間二人を相手に立ち向かえと? しかも初対面だぞ? ハードルが高いべ。

 内心で言い訳を転がしながらのアイコンタクト。

 涙に潤みながら切実に訴えてくる色素の薄い宝石の瞳。

 勘弁してと必死に抵抗し、目を逸らす。

 再びうつむくメドゥーサ。先ほどより心なし大きい嘆きが心を攻め立ててきやがる。

 

 

「あら、貴方がメドゥの言っていたマスターとやらかしら?」

 

 メドゥーサが再び泣き出してしまってから一分。ひんひんとしゃくりあげるのをうっとりと堪能していた二人組みの視線がようやくこちらを向いた。

 

「私たち姉妹を神の呪いより救ってくださったこと、心より感謝いたしますわ」

 

 いや、感謝してんならその哀れなイスから立って言えや。

 つーか……本当に遠慮も容赦すらも無く尻に敷くなよ、苦労した妹を。可哀想だぞ。

 

「気になさらないでくださいな。この子はこう見えて喜んでますのよ?

 ね、ダメドゥーサ?」

「そうよ、私と私のイスになれるなんて嬉しくて泣いているに決まってますわ。

 ね、ダメドゥーサ?」

 

 しくしく……

   ひっく……しくしく……

 

「おい、すげェ泣いてんぞ?」

 

 つい自重を失念して突っ込んでしまう。

 するとまた夢見る表情になってしまった双子の内、別の片割れがくすくすと笑いながらぴしりと鋭くメドゥーサの尻を叩いた。

 

「ねぇダメドゥーサ。私たちが話してるのに喧しくするなんて……いけない子ね?」

 

 ぴたりと泣き声が止む。

 生理的反応すら握られている。もはやパブロフの犬が可愛く思える調教レベルだ。

 二人のメドゥーサを可愛らしくしたような、そんな人間離れした容貌に浮かぶ表情は、もう筆舌に尽くしがたい。虐げる妹が愛しくて愛しくて、今にも舌なめずりしそうな顔。小悪魔じゃねぇ、ありゃ悪魔だ。

 しかも、「さて、お話しの続きをしましょ?」なんて微笑んで言うさまは、それはそれで性悪と知ってなお感動するぐらい綺麗っていうからタチが悪ぃ……。

 

 

「さて」

 

 ようやっと緩んだ表情を引き締め、話を仕切り直してきた。

 

「貴方はこれから、助けた私たちをどうされるおつもりでしょう?」

「どうもせんさ。無責任なようだがね」

 

 にこやかな二対の目の奥、冷徹な気配がわずかに揺れた。

 

「ではメドゥが言ったように、真実損得無しに私たち姉妹を助けてくださったのですか?」

「あえて言うなら、別人への“借り”を返すという自己満足が得と言えるか」

「ならメドゥとの『契約』も破棄なさる?」

「生きている君たちとは違い彼女はもう死んでいる。肉体はとうに朽ち果て、この身の内に取り込んだ魂でしか存在しないが……本人が望むのなら魂を開放し、肉の身体も用意しよう」

「――非常識で、都合が良すぎで、とても信じられませんわ」

 

 

 

 

 

 

 双子は悩む。

 このクロカワと名乗る異人にそれが出来る、本当だなどとは到底信じられない事ばかりだった。しかし事実として彼女たち自身を遥か未来へと連れ去り、世に名だたる戦神の呪いから解き放った。前者はともかく、後者は魔法使いとて不可能な特大の奇跡。いや、奇跡でなく純粋な実力か。

 しかし信用はできなかった。

 相手は『男』。美しく、そして小柄な女性という存在が異性からどう見られるかなど、うんざりするほど知っている。

 あれでメドゥーサも、自分たちとタイプこそ違えど凄い美人だというのはよくわかっている。この男がそういう目的があって妹に取り入った可能性だってあるのだ。

 

 でも……疑いだしたらきりがない。

 それに神の力をはねのけ、神すら抗えない時を自在に渡り歩く存在が、自分たちのような美しいだけの人間相手にわざわざ手間をかけるなど無駄でしかない。手に入れようと思うなら、力ずくでどうとでも出来るのだ。

 そう、この未来では違うかもしれないけれど、少なくともつい昨日まで過ごしていた場所ではそれが当たり前だったのだから。

 

(あぁ、昔と同じ。力のない私たちに選択する権利なんてないか)

 

 つまりなるようにしかならないという事なのだが、そう思ったら、少しだけ気が抜けた。これから先はともかく、今は何もされていないし妹も気を許している。

 『なら、いいか』と生来の面倒くさがりが顔を出し、問題を放り投げた。本当に信じられるかなんて、いくら考えたって完璧な答えが出るわけない。だったら深く悩むだけ無駄だ。少なくとも姉妹合わせて二回は助けて貰ってるのだし?

 

 会話を交わさずとも半身とは意思が通じる。他者にはわからず、ひとつ頷きあった。

 

「「――ひとまずは信じましょう」」

 

 とりあえずの結論を告げた。

 自分たちをどうもしないとは言っていたけれど、身一つで放り出すような真似はさすがにしないだろう。なら最低限、貰う物くらいは貰っておこう。どうせあの懐きようならメドゥーサは彼から離れないと思うし、そうなれば必然的に自分たちとも付き合う事になるのだ、きっと。

 にやりと嗤う。

 眼前の男の顔が引きつった。どうやら思ったとおり、強引にどうこうするような性格ではないらしい。つまり……遠慮はいらない。

 

「ねぇ、(エウリュアレ)

「えぇ、(ステンノー)

 

 冷や汗を垂らしているのを尻目にくすくすと笑いあう。案外これで良かったのかもしれない。さぁ、せいぜい困らせてあげましょう。

 長い付き合いになるかもしれないし、ね?

 

「「私たち、欲しい物が……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとに、遠慮容赦なく毟られた……」

「すみません。すみません。すみません」

 

 あの双子の悪魔が嬉々として去ってから数分、俺はMS一機構築するより削れたキューブを手にして天井を仰いでいた。

 

 あの悪魔どもが礼儀正しかったのなぞ最初の内。

 あっというまに遠慮がなくなり、口調は横柄になり、要求に自重が消えた。間違いない。あれがやつらの本性だ。

 

 最初の幾つかの『お願い』でどれくらいまで出来るか測っていたらしい。その後は次から次へと、いわゆる嗜好品の類いまでねだられた。「それ必要なのか?」などと洩らそうものなら、すぐさまあの性悪どもは迫真の泣き真似をして良心を追い詰めに掛かってくる。『強請(ねだ)る』と書いて『強請(ゆす)る』と読む。俺はまさしく双子に強請られた。

 けっこう出した中にはそれこそ自衛用とはいえ、この世界基準では宝具クラスの概念武装に分類されるだろう物品も含まれている。……いや、泣き真似とわかっても抵抗しづらいのが男なのだ。

 

 結局、出て行った後にこうやって二人で頭を抱える仕儀となった。

 

「本当に、その、姉さんたちがすみません」

「なあ、途中からすっごい無理言うのが楽しそうだったよな?」

「え、ええ。えっと……姉さんたちは少し変わった感性をしてて……」

少し(・・)?」

「うっ……」

 

 はぁ。

 

「ま、いいや。今すぐかはともかく、必要な物ってのはわかるし。次にいこう」

 

 部屋には今ふたりだけ。

 姉'sは最終的な要求が部屋の改装にまで及んだので、メドゥーサが懐に収めていたヌルをつけて送り出した。生贄とも言う。怨嗟のテレパシーがゆんゆん送られてくるが、なに、人型端末でないキューブ状態ではあの嗜虐性も発揮しづらいに違いない、きっと。うん。

 

「体の調子はどうだい? 意思総体は『君』の方に合わせたから、慣れない内は差異の違和感がキツイだろうが」

 

 目の前の彼女はずいぶん様変わりしている。

 額の(マーク)は消え、眼帯も無く、その瞳は真っ直ぐ此方をみつめている。

 一回り小柄になった身体に生成りの厚手の上着、膝下まであるスカートをはいた姿は、背中でひとつに結った髪もあわせて、ヨーロッパの田舎の農家の娘さんといった風情だ。いろいろ小さく(と言ってもようやく標準といったところだが)なったせいか、妖艶な雰囲気もずいぶんやわらかくなった。もっとも本人にとって一番重要だった変化は、十五センチばかり低くなった身長の方らしいけど。どうやらトラウマというか、自分的な身体のネックだったらしい。いや、改善できん部分でそこまで悩むなよ。

 とにもかくにも、頭を引っかき気分を変えながら問うのに、彼女は小さく、楽しそうに微笑んで答えた。

 

「ええ、やはり手足の長さは違和感がありますね。ですがこれは慣れるしかありませんし、逆にそれが新鮮で面白くもあります」

「そうか」

 

 うむ。いつぞや彼女に笑顔が良くなったと言ったが、今のはもっと良い。

 あれを向けられると年甲斐も無く面映い思いがする。

 

「それで、どうする? 俺もそろそろこの世界からお(いとま)しようと思うが、やはり身体の方を用意しようか?」

 

 メドゥーサにはエイヴィヒカイトの『形成』によって魂を元に今の身体を形成した際、こちらの事情は最低限話してある。問題は先程の話し合いで言った言葉だ。『彼女が望むなら、この身の内に呑んだ彼女の魂を開放し、ひとりの人間として生きられる身体を用意する』と。

 

「――それについては悩んでいます。貴方に付いていきたい気持ちはあります。助けられたのは貴方の事情ですが、それに恩を感じて貴方の役に立ちたいのは私の想いですから。ですが姉さんを放っては行けません。姉さん家事の類いは一切できませんし、なにより離れたくない」

「ふむん……どうしたもんか。やっぱりそこら辺は一度姉さん方と話あっ『その心配はイタッ! ゥ、うぅ……その心配は要らないわ!!』――おや、もう終わったんかい?」

 

 エウリュアレ、じつに漢らしく扉を蹴り開け登場しようとして、足裏でなく爪先で蹴って扉に負けるという非常にかっこ悪い渾身のミステイク。無かった事にしようとしているが、サンダル履きのつま先は弱そうな皮膚が真っ赤になって、折れそうな細脚は小鹿のように震えている。顔も赤いし口元も歪んでるし、大きな瞳からは涙が零れそうな、ようは痛さで泣きそうになっていた。

 ここは大人として心優しく流してやるべきかね、うん。

 

「ええ、終わったわ。この子凄いのね? 私が欲しいくらい」

「ヌルか。やらんぞ」

「ケチね」

 

 ステンノーは猫でも抱えるように黒いキューブを抱え、その艶やかな表面を撫で繰り回しながら柔らかそうな唇をツンと尖らせた。

 今話したのは痛そうなのの代わりに前に出た方なんだが、外見どころか仕草ですら見分けられないという双子の申し子みたいなこの連中。俺はそれこそ魂やら精神あたりで判断するのだが、それができない人間には判別が付かないのではなかろうか? 俺も魂を見ず、精神だけだったら間違うかもしれないほどに似通っているくらいなんだから。

 

「ヌルもお疲れ様」

『……白々しい』

 

 イメージで吹雪が舞った。

 おおう、完全にひねてらっしゃる。

 

「そう言わんでくれ。すまなかったと思うが、メドゥーサに用があるってのもあったんだ。それにひどい扱いはされなかっただろ?」

『されてません。が、私を差し出したのが気に入らないと言っているのです』

 

 う、む。いつもより冷たいお言葉。普通の会話が透き通った氷片なら、今は厳冬期のオホーツクに降りる霜ですな。これは時間をおきますか。……あれ、ヌルってAIだから時間じゃ解決しなくないか?

 やはり謝り倒すのが一番か。土下座なら覚悟の上だ。娘に近い相手に今更保つプライドなどあるものか。

 

「ねえ、せっかく私が登場したっていうのに無視するとはいい度胸ね」

 

 ようやっと痛みが引いたのだろう、腕を組んだエウリュアレが仁王立ちになっている。不機嫌そうに目を細めた彼女は実に物騒な感じだ。

 

「ンな事言ったってな、エウリュアレは大変そうだったし」

「そんなわけないでしょ!? 私があの程度で泣くわけないじゃない!」

 

 図星というのはいつの世も人を傷付けるものだった。怒り狂っている。

 というより、自分で申告してりゃ世話がない。せっかく気を使ったのに。

 

「いいこと? 私たちみたいな超絶美女がいるのにまったく気にしてないってのが……」「待って、エウリュアレ」「――どうしたのステンノー?」

 

 いいところで切られた事は気にしないらしい。片割れだからだろうか? 怒りを納め、袖を掴んで止めた片割れを問う。

 

「この人、見分けた(・・・・)

「えっ? ――――あ」

 

 じっとこちらを見詰めるステンノーに、はっと気付いて振り返るエウリュアレ。

 戸惑い、というより困惑? はじめて見た謎の生き物へ向ける視線だ。少なくとも負の類いではない。

 

「お母様でもわからなかったのに」

「お父様でもわからなかったのに」

 

 こんな時までシンクロするのは、やはり根っこからそっくりだからだろうか?

 どことなく愉快な気分だ。

 

「外見で見てないからさ。外見だったら仕草まで同じな二人を見分けられんだろうけど、俺が見てるのは魂だからな。悪い言い様だが、『包装』で間違う事はないよ」

 

「「おどろいたわね」」

 

 またひとつ明らかになった非常識に呆気にとられる双子。

 いくらなんでもそんな方法で見分けるなんて、と予想外な判別法に驚きを隠せない。

 

「「ふ~ん」」

 

 何やら観察されている。

 針のむしろってのとはまた違うが、どちらにせよ居心地はよくない。

 

「ね、姉さん? すこし、すこしだけ失礼な気が、しないでも、ない……ような……」

 

 メドゥーサよ、言うならしゃっきり言わんかい。どれだけ姉が苦手なんだ。先細りになって消えてるし。まぁ小さい頃からあれだけ刷り込まれてたんだとしたら、こうなるのも当然か。

 

「メドゥーサ、いいよ。たしかにお世辞にも一般的な特技とは言えないからな」

「ごめんなさいな、悪かったわね。でも、本当にメドゥーサが言うように"人"じゃないのね?」

「ああ、聞いてたか。ま、そういうことだ。もっとも今は人間じゃないが、元が人間だった事に変わりはない。出来ることが違うだけで精神性は大して変わらんよ」

「……そ。少しは安心したわ」

「そりゃ重畳。で、話が戻るが、なぜ『心配要らない』んだ?」

「決まってるわ。私も貴方たちに付いていくから」「だから離れる心配は要らないの」

 

 驚きの事実。実は悩んでいた事は解決済みだった。

 しかし、たしかにそれなら問題を両取り出来るのだが……

 

「一緒に来ようってのは構わんが、もうこの世界にはこんぞ?」

「そうです、本気なんですか姉さん!?」

「「別に構わないわ」」

「未練なんてこれっぽっちもないもの。ね、エウリュアレ」

「未練なんてあるわけないわ。ね、ステンノー」

「おい、まさか本気で言ってるわけじゃあるまいな?」

 

 思いもかけず厳しい声音が出た。

 執着という感情。それは何も人との間だけに働くものではない。お気に入りの道具、大切な相手との思い出、心に残る場面、俗なものでは自身の立場。様々なものに人は執着を覚える。

 中でも最も多くの人間が得る執着、それが"故郷"への執着だ。

 人は生まれ育つ過程で多くの経験をし、それを糧として肉体や人格に知識といった自身を構築してゆく。ゆえにその土壌となって己を育んだ場所に、多くの人間は自然と親しみと愛着を持つようになる。

 

 だが、彼女たちはその執着がないと言っているのだ。

 もう名残は欠片も残っていまいが、それでも遠い異国の故郷には父母が眠っているだろう。幼い頃に駆けた地、暑い日に泳いだ川や海、遠い夕暮れに見た感動、それらは今も残っているかもしれない。『未練が全くない』など、聞くほうが辛かった。

 たとえそれが妹と永遠に別れ、魔術師や教会に追わる危険と隣り合わせの未来を避けるために必要な"切捨て"だとしても。

 

 

 

『――ありがとう』

 

 小さな、繊細なガラス細工めいた二重唱。

 謳うような囁きが連なってゆく。

 

「会ったばかりの私を心配してくれて、ありがとう」

「でも気にしないで。私の一番は優しくて不器用な、たった一人の妹」

「その子が私と悩むほどの願いを持つのなら、叶えてあげるのが姉の喜び」

「何もできない私は重荷になりたくはない。でも、望んでくれるなら」

「望んでくれるなら、私も共に」

 

 

「……そうか」

 

 息を吐く。

 

「なら俺からは何も言わん。話しが纏まり次第出る。ヌルの成果はこっちで持っていくから、わだかまりは残さんように」

 

 それだけ言い置いて、ヌルを掴み部屋を出る。

 最後に見たのは、涙をぽろぽろ溢して震えているメドゥーサだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌々日。

 ぼろぼろの洋館の前に、四人の人影が揃っていた。

 

 あれから姉妹は、話し合いに一昼夜をかけた。

 話して、泣いて、怒って、笑って、悲しんで。

 メドゥーサの恋から始まった出来事に、彼女たちなりのケリをつけたらしい。

 腹の底まで晒して、結局喧嘩までしたようで、その後は一日目の充血が取れなかったり筋肉痛だったりと、本人たちには災難だったようだ。

 

 

 結果として、姉妹は揃って付いてくるようだ。

 まぁこの世界に残っていても、姉妹の存在自体が碌でもない連中を招きかねない。ああいった連中はどうやってか、どこからともなく嗅ぎ付けては、ゴキブリのように湧き出してくるものだ。

 といっても別に俺に協力するとか、そういった訳ではない。

 単純に避難先として移住するだけだ。

 幸い、あの場所の土地は無限。主観者たる自身の思うままという地だ。二三人増えたといって、どうという事はない。

 

「では、行こうか」

 

 目の前には人一人が入れるだけの亀裂がある。空間そのもの、いや、世界その物にはいった亀裂だ。本来ならこのようなものは開けずに済むのだが、ここにはその方法が適応できない人物もいる。

 勿論、星の自浄作用を止めるために交渉は済ませてある。システムに端末として交渉役を求め、現れた全権代理人に外来の"素"を持たせた。世界外から持ち込まれた"素"は、この世界にとって完全なプラス存在である。より大きく、強く、世界その物を滅びから遠ざける栄養。それは危険な来訪者を数人の人間をつけて厄介払いできる事と足せば、僅かな時間小さな亀裂一つ引き換えにする価値が、世界にはあった。

 

 境界をまたぐ。

 これより先は世界の外。法則(ルール)が無い、あるがままの場所。

 『世界』の木から零れたやわらかな日差しが、青々とした下草に揺らめく陰影を映す。ここは丘の上。眼下には心を写した外世界が地平の彼方まで広がっていた。

 

 原初のままの、美しく、豊かな自然。

 

 しかし、これから訪れようとする彼女たちにとっては見知らぬ異邦の地だ。

 ほんの一つ、お節介をやく。後ろを振り返る必要は無い。

 先に館でやった"御霊送り"、今起こすのは"御霊降ろし"。望み望まれ、御霊の同意があるならば、英霊と同じように招くに労はいらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三姉妹は世界に走った亀裂へと歩みを進めた。

 

 言葉はなく、後ろを振り返る事もない。

 生まれた世界に別れを告げるのだ。

 未練がましい真似は己の矜持が許さない。

 まして故郷は遠く時代の彼方。想いは馳せても、目を向けようとは思わない。

 

 ――――――. ――

 

 もうあの男は先へ渡っている。

 なのに、声が、風の音より(かす)かな"声"がした。

 

 ―――――。

 

 音ともいえない音。でも、聞き覚えがあった。

 毎日聞いていた、慈愛に満ちていた、声。

 

 ――――――、――――。

 

 とん、と背中を押される。

 思いもかけず、足をもつれさせて境界を越えた。末妹が姉を支える。心を縛っていた何もかも、全てを忘れ、言葉にならぬ"何か"を求めて振り返った。

 

 閉じゆく亀裂、その向こうに朧にかすれた二つの人影が見えた。

 向こうの景色が透けて見える、顔も判別できない影。

 でも、誰だかわかる。

 見ればわかる。

 わからないなど、ありえなかった。

 朧な影に記憶が重なる。

 

 大きな影は、土仕事で日に焼けた肌をした柔和な男性。軽々と自分たちを抱えていた腕をまっすぐ伸ばしていた。

 

 小さな影は、優しげな微笑の女性。親子だからよく似てると、嬉しそうに笑っていた口元が語り掛けていた。

 

 もう声は届かない。しかし、何と言ったかはわかる。

 いつも、どこかへ出かける時にかけてくれた言葉。顔が見えなくても、台所から届いた声。すぐ近くなら、笑って、でも少し心配そうに頭を撫でながらいってくれた言葉。

 

 

 ――――いってらっしゃい――――

 

 

 何か言おうとして。

 言葉が出なくて。

 必死に手を伸ばして。

 でも、影も、亀裂も消えて。

 

 

 哀しくて、切なくて、心から嬉しくて。

 三人は、あたらしい世界で産声をあげた。

 

 

 

 


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