無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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う~~~む、これはとてもリリカルとは……。
それにしても皆さん、管理局嫌いですね。私もちょっと驚きました。

そして沢山の方から説明などを頂き、とてもありがたく思います。特にinaba様には大きな勘違いを指摘していただき、大変助かりました。
皆さまにはこの場を借りて、改めて御礼申し上げます。


さて。
今話はまた出所の怪しい数値が出てきます。戦艦の長さとか。――まぁ、いいですよね? いやこのアニメって詳細な設定がほとんど無いんですよ。『魔道師ランク』にしても最初と後で言ってる基準がぜんぜん違いますし。あばーうと。





第肆章 02 とある局員の不幸 (とてもリリカルと言えない編)

 

 

 時空管理局所属次元航行部隊、通称『海』所属、航空武装隊員ベスティ・アグリフ空曹は今不幸の絶頂にあった。

 

 

 

 始まりはちょっとした事故からだった。

 戦闘部隊である武装隊の中でも適正が必要な空戦を主として鍛えられた戦隊、航空武装隊。その一種準エリート的な集団に功績を認められて抜擢され、喜び勇んで赴いた初任務でまったくの偶発的に起こった事故。最悪だったのは自分がそれに巻き込まれたという事だ。

 

 結果として建築物三棟にそれなりの被害が及ぶ事態となる。事が不幸な偶然で起こった事故とはいえ、だからお咎め無しとはいかないのが軍隊の常。半分無理やり捻くりだした様な責任追及が行われ、降格されるような尉官も無く配属直後だった事も併せ、幾つかの軽い罰則と三ヶ月の哨戒任務に回される処分となった。

 

 『海』の哨戒任務といえば暇と面倒の代名詞。

 哨戒とか言っておきながら哨戒艇一隻の担当範囲が管理外世界の惑星一個とか普通にある辺り、どれだけ時間を使うかが分かるだろう。実際やってみてうんざりした。次元航行艦に搭載された哨戒艇で宇宙からざっと探査すりゃいいんだが、それにしたって長時間かかって大抵は何も無い。

 こういった管理外世界の無人惑星は犯罪者からすれば隠れ家に絶好だから(もちろん次元航行手段を持つ大組織などだが)、一応の警戒とアピールの為にパトロールがいるってのはベスティにも分かる。だがそれでも『次元世界を管理するっつーお題目は結構だけど、いい加減お上には現場の無茶振りを本当に何とかしてほしい』とか、ついついそう腐ってしまっていた。

 

 この任務に着いて一月が過ぎる頃になると僅かばかりはあった緊張感など賭博場帰りの財布並みに軽くなり、哨戒専任の(ようは"武装隊として使い物にならない"厄介者)隊員と持ち込んだ娯楽に励むようになっていた。任務? 艇の機械が自動でやってくれる。頑張ってきたのに運が無かったなんてうそぶいて、訓練も半端に本を読んだりカードゲームに興じたり。

 そんな気持ち的にドロップアウトしかけていたある日、最悪の事件の幕は上がった。

 

 

 

「あ、なんか鳴ってますよ?」

「めんどくっせぇなぁ。どうせ今回もハズレだろうに」

 

 扉の向こう側にある操縦室から聞こえてきたアラームにベスティはカードから顔を上げ、ゲームの相手へ声をかける。五月蝿そうに眉を顰めながらも聞こえないふりしていた壮年の専任は、それでようやく重たげに腰を上げた。

 いかにも面倒くさそうにノロノロと歩いていく。一応とベスティも操縦席へついていった。

 

「――オイオイ、何の冗談だこれ」

 

 と、先に席について計器を覗いていた専任が引きつった声を上げた。

 ここ一月で聞いた事も無い声に驚き、ベスティも慌てて計器を注視した。

 そこに示されていたのは、仮にも武装隊を数年勤め修羅場も経験した事があるベスティをして度肝を抜かれるモノだった。

 

「なん、だよ……この数値……!」

 

 魔力反応を示す計器。上空へ転移させたサーチャーと呼ばれる子機が拾った大量の情報、その中にあった一つの高魔力反応。茫然自失から数瞬置いて抜け出したベスティが幾つかのサーチャーを更に介して情報を収集し、解析する。

 魔力反応の値は広大な森の中から発生していた。普通なら魔力を持つ野性生物だろう。リンカーコアを持つ生き物は次元世界のそこかしこに腐るほどいる。が、そういった生物とは魔力量の桁が大きく違った。

 

 最新鋭の超大型次元航行艦にしてこの哨戒艇とベスティ達の家である艦隊旗艦、XV級次元航行艦<エレンティア>。前に機関部の連中が酒の席で自慢げに吹聴したそのエンジンの最大出力がベスティには霞んで見えた。

 

 余談だが、時空管理局ではそこら辺の情報規制がかなり緩い。

 エンジンである魔導炉の製造を握るのは管理局の本部があるクラナガンに本社を置く会社ばかり。局に逆らうような輩に設計図が漏れれば、それだけでどの会社かがばれる。何より大衆や一般職員の名目には正義の組織とあるから、時空航行艦のような目立つ大物では暗黙の裏取引で~~~なんて黙認も通じない。

 加えて製造に必要な希少金属なども、鉱床が惑星ごとまるまる管理世界に指定されている。採掘も販売も、局の許可無しでは一切認められていない。

 これだけの条件があり、かつアンダーグラウンドに潜む非合法組織を除き、表立って管理局に楯突けるだけの規模の組織が無い事も原因だ。非合法組織は次元航行艦のような超大物を建造するだけの土台を用意するのは難しく、隠し通すことは更なる困難である。それに一隻二隻では火に脂を注ぐようなもの。正義の名の下に容赦なく駆逐されるだろう。

 よって、艦を運用する人員などがスペックを少々漏らす事に目くじらを立てるような空気は、今の管理局では無いのだ。

 

 

 

「ありえない、これ、なんでこんな」

 

 ベスティがいくら否定しようと次々に解析結果は上がってくる。そのどれもこれも信じられないものばかり。中でも驚愕したのはこれだけの反応を、次元を跨いでとはいえ、駐留艦隊が察知できなかった理由だ。

 反応の規模が異様なまでに小さく、そして完璧に整っている。

 これだけの魔力量を持つならどう考えても相応に巨大な存在でしかるべきだ。次元航行艦なり竜なり、見合った大きさを持つのが当たり前で常識だ。

 

 問題の反応はサーチャーの走査結果、魔力が一点にまるで凝縮されたように固まっていた。これが危険度がS級などの超危険大型生物なら、魔力で巨体を支える関係上、リンカーコアを中心に体全体から高魔力反応が検知される。一目瞭然だ。

 それに何より莫大な魔力はそれだけで周囲の魔力を少なからず引き寄せ、またかき乱して広大な範囲に魔力の乱れを生み出す。本来ならそういった現象があるはずなのだ。だがこの謎の魔力反応は一切それが無い。

 無作為に開放しただけで次元の壁を突き崩し近隣の次元世界も纏めて滅ぼしそうなエネルギーが、少なくとも計測した限りでは完璧に制御されている。

 

「となると、これは……」

 

 そう。

 ベスティも専任もこんな現象を、人知を超えた空恐ろしい規模の現象を起こしかねない存在を知っていた。

 

 

 

「――ロストロギア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 送られた報告は次元を隔てた管理世界に停泊する駐留艦隊へと届けられた。

 

 報告に添付されていたデータを見た艦隊提督は、そこに示された過去の次元崩壊事件の原因ロストロギアをも大きく凌ぐ魔力数値に絶句した。その後すぐさま一刻の猶予も無いと判断を下し、本局へデータを送信し過去にロストロギアとして登録された遺物かどうか照会を要請するのと同時に、もし記録が無ければ特一級ロストロギアとしての登録申請を行った。

 一方ですぐさま戦力が召集された。即応体制にあった部隊の中で、艦隊所属の武装隊の中でもストライカー級と呼ばれるエース率いる部隊が先行として急ぎ現場へ送り出された。

 

 

 LS級次元航行艦<トリスト>。艦隊所属の戦艦で全長163mと旗艦<エレンティア>の340mより遥かに小さいが、その大きさでありながら大気圏内でも高い機動性と躁艦性を併せ持つことから、優秀な戦闘艇として危険な現場へのアプローチに使われることが多い。今回もその例に漏れず、腹に完全装備の武装隊31名を抱えて惑星へと降下した。

 

「反応はこの先か」

 

 この星での時刻は夕刻を回っている。

 とうに日が落ちた視界は夜の闇に塗り潰され、眼下に広がる大樹林も武装隊の隊長には碌に視認出来なかった。

 今のところ唯一の目印は一報を送ってきた哨戒艇が出したサーチャーからの情報のみ。物が未知の遺物と予想されるだけに、下手な影響を与えかねないアクティブな探査は全て許可されず、パッシブな魔力感知だけを元に問題の地点へと向かう。

 

 総員が改めて魔法を使うための生命線<デバイス>の点検を終えた頃、通信が入った。

 

『ポイントへ到着。魔力反応は未だ極めて安定した状態を維持。……やはりこちらの計器では原因は判明しません』

「そうか。付近に何か変わった物は?」

『森に隠れて確認できませんが、少なくとも建築物の類はありません。地下は分かりませんが――――ん?』

「どうした? 何かあったか?」

『ええ。どうやら人のようですね、ちょっとした空き地のところにテントが張ってあります。反応も中心点のようですし、まず間違いないかと』

「了解した。無人世界に居るとなると魔道師だろう、逃げられたら敵わん。すぐ出るぞ」

『了解しました。転送陣起動します』

 

 武装隊の前に光り輝く魔方陣が現れた。

 瞬間移動(テレポート)の転送陣だ。

 

「何が起こるかわからん、最大限警戒しろ。いくぞ!」

 

 改めてぐだぐだ言わなければ弛むほど部下は青二才ではない。訓示もそこそこに飛び込む。

 次の瞬間には問題のテントのある空き地の端に出た。

 部下たちも全員無事転送されたようだ。互いが射線を避けるように最適なフォーメーションで油断無くデバイスを構えている。同時に上空から一気に<トリスト>も降下し、艦下方に据え付けられた銃座が狙いを定めた。

 

 全ての戦闘配置が整い、<トリスト>の投光機でテントが照らされる。

 

『こちらは時空管理局 第83哨戒分隊です。そちらからロストロギア級の魔力反応を確認しました、同行願います』

 

 台本どおりの声掛け。だが武装隊の面々も<トリスト>の乗員もテントの中の人物が大人しく両手を挙げて出てくるとはこれっぽっちも考えていない。こんな所で次元世界が数個消し飛ぶような魔力を励起させているのだ、碌でもない目的があってやっているはずと確信している。なにせここは無人惑星。そもそも薄暗い目的を持った犯罪者でもなければ寄り付かないような次元世界だ。次の瞬間にもテントを突き破って魔力弾が飛んできてもおかしくはない。

 

「「「「…………」」」」

 

 しばし沈黙が流れた。

 と、隊長の目の前、テントの入り口が揺れ、ジッパーが降りていかにも私寝てましたといった寝癖だらけで眠そうな男が眩しそうに両手を翳し、盛大に顔を顰めて出てきた。

 

「――意外だな」

 

 意外にもあっさり出てきた対象に、隊長は思わずボソリとこぼした。

 犯罪者の類にしてはあまりにもアレだ。いつ先制攻撃が飛んでくるかと警戒していたのが馬鹿らしくなる格好である。しかしここで油断するような迂闊な真似はしない。油断無くデバイスを突きつけながら瞬時に思考をめぐらせる。

 

(こいつ一人か? いや、テントの前の靴は一つ、油断は出来んが一人の可能性が高い。転移用にデバイスは持ってるはず。戦力は? 身体つきはミッド系だが……)

 

 そこへ彼のデバイス、AIで補助的な会話も可能なインテリジェント・デバイスから魔力を介したリンクで報告が入った。

 

《―――――――――――――》

 

 隊長の表情が更に厳しくしかめられた。

 一瞬これからの事を考えて頭痛がする思いをし、だが今やるべき事は変わらないと思い直す。

 そして彼はテントから出てきた男へ声をかける事無く、即座に念話で隊員へ『捕縛せよ』と命令した。

 

 次の瞬間色とりどりの魔力光のバインドが男へ投げかけられ、僅かな身動きすらも出来ないよう雁字搦めに空間へ縛り付けていく。

 

 とにかく捕まえねばならない。

 早急に無力化して管理下に置かなければ、何の拍子に世界が吹き飛ぶか分かったものではない。次元世界数個の滅ぶリスクに比べれば、彼個人の意思など在って無い様な物だ。

 それに、意思を尊重すべき存在かも分らない。

 なにせ相手は聞いた事も無い程に強力な"生体ロストロギア"候補なのだから。

 

 三十のバインドにあっという間に縫い付けられて呆気にとられた様子の男を若干気の毒に眺め、隊長は自身も出来うる限り強靭なバインドを投げかけた。

 彼のデバイスが言った。『魔力の発生源はテント内ではありません。この男性です』と。これほどのエネルギーを生体が保有するとなれば、まず間違いなく封印にはなるまい。徹底して無力化された挙句、あらゆる管理局の研究所で"魔法技術の発展"に協力させられる事になるだろう。

 

 彼にしても長いことこうして局で働いていれば、そういった後ろ暗い話なぞ腐るほど聞こえてくる。やれこの前踏み込んだ人体実験場は管理局がスポンサーだとか、あの犯罪組織には局のお偉方も噛んでるとか、挙句は自分たちの捜査の対象も"本当に重要な施設"から外されているとか。

 そして馬鹿馬鹿しいと吐き捨てていても、やがて歳をとればそれなりに本当のところが見えてくる。隊長職も長くやってれば上の圧力で捜査が邪魔されたり誘導されるなんてザラにある事だ。

 

 ふと、自分は何をやっているんだろうと思ってしまうことも、ある。

 だが時空管理局が治安維持を担っている事に変わりはない。

 綺麗事ばかりですまないのも、人間が清廉潔白でいられないのもよく分かる。

 なら『仕方ない』。

 そう飲み込むのが大人ってもんだ。

 

 

 

 なんて彼個人の葛藤を他所に、事態は急変する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱんっ

 

 魔道師ランクB以上で三十一人。竜でさえも地に伏す程に何重にもかけられたバインドが弾け飛んだ音だった。

 

 

 

 ごり……ミチィ……ッ

 

 隊員の一人の頭が半回転(・・・)し、肩と頭頂部をつかんだ両手の間で首がネジれながら伸びていく音だった。

 

 

 

 ブチッ、ゴぎ、ぴちっびちちっ

 

 首がだんだん伸びて、細くなっていって、()で何かが千切れていく音がして、頭よりも長く伸びた首の先で目と鼻と口と耳から血を吹いて……

 

 

 

 どさり

 

 とうにバリアジャケットが霧散した体が局の制服を血に染めて倒れこみ、だが大きく伸びた首はまだ掴まれたままの頭に繋がっていて、

 

 

 

 フォゥ

 

 振り上げられた頭に遅れて身体も空を舞い……

 

 

 

 

 絶叫した。

 

「よけろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 グシャリ

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅっぷ……ぅおぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ」

 

 生理的な嫌悪に猛烈な吐き気が込み上げ、何とかコンソールを避けて床にぶちまける。すっぱい匂いが鼻をつき、胃液が喉の粘膜を焼いて苦しさが増す。それでも、吐く物が無くなっても胃が痙攣してえずいた。

 だがベスティはそれでも構わなかった。むしろもっと苦しくなればとも思っていた。それで今も瞼の裏にチラつくあの光景を塗り潰してくれるなら、こんな苦しさだっ大歓迎だった。

 

 サーチャーが拾った武装隊の様子を<エレンティア>へ中継していた哨戒艇の中で、ベスティは見なければと後悔していた。

 

 自分が原隊復帰した先、ずっと目指してきたストライカー達の活躍を目に出来ると不謹慎にも喜んで、結果として恐ろしく残虐なスプラッタを大画面で詳細に見てしまった。目を逸らせば良かったんだろうが、首が異様に伸びた人体が咄嗟に人間とは判断できないほど異形で、これは何だとしげしげ見てしまったのが過ちだった。

 

 今もスピーカーで生肉を何かに叩きつける音が鳴り響いている。

 叱声。

 悲鳴。

 泣き声。

 少し前まで激しく鳴り響いていた攻撃魔法の爆音は、もうほとんどしない。

 

『早くっ! 早く転送してくれぇ!』

『馬鹿そっちは!』

『いギャッ、カッ……』

『転送は無理だ、さっきから魔力が濃すぎてまともな魔方陣が形成できない! そこから離れてくれ!』

『無理だ、無理だ無理だ無理だ……なんで出れねェんだよぉ!? あ、あああああああやめぇ』

『クリフはもう駄目だ諦めろ! ガンマ小隊は何としても壁を破壊しろ、空へ上がれん! <トリスト>、そっちでこの結界を破れないのか!?』

『駄目です! 艦砲でもひび一つ入りません!』

『泣き言言ってんじゃ……ぁ』

『――――たい、ちょう?』

 

 

 そこからはもう……聴いてられなかった。

 

 

 

 


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