無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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※今回は文量を増やそうと肉付け頑張ったら、なにやらくどくてしつこい文章になってしまいました。むぅ……。
 次回はもっとあっさり風味で、ただしシナリオはしっかり進むを目指してみます。

 加えて中途から三人称の実験も。
 しかも途中で入れたり抜いたり、直したり直さなかったりと、端的に言って滅茶苦茶です。
 つまり、全体的に試作感が非常に強いです。

 ヘボですみません……




第肆章 03 F (とてもリリカルと言えない編)

 

「嗚呼、やっちまった……」

 

 気分的にはスッキリして、握ったままだったモノを放り捨てる。

 どちゃりと音をたててくの字に曲がったものが転がり、暗い波が立った。

「ふぅ。どうすっかな、この有様」

 周囲の惨状を作り上げた自身に若干呆れながら、動くものの無い辺りを適当に見やった。

 十分ばかり前に張った逃走防止用の結界の中、地面のそこかしこは光の加減で黒く見える血に沈んで見えない有様だった。元は三十一人の人間。鍛え上げられたボディが三十一。平均80Kgとして血液量は約7~8%。

 計124Kgの血液と2,356Kgの肉片がぶちまけられた訳だ。

 

 ふむと顎先をひねり、先程から懸命に砲撃を叩き込んでいる航空艦艇をみる。26次元の魔力(※1)を使用した結界を張った側とすれば億年経とうと無駄な努力なのは一目瞭然だが、知らず重ねられる徒労を思えば頭も下がる。

 結界を縮小した。

 テントを含む周囲へと範囲を狭め、同時にいろいろ(・・・・)と汚してしまったモノも一緒に集める。

 すると面が狭くなった分、かさが増える事となった。

 粘性の高い液体がとぷりとぷりと波うち、黒の合間に脳幹、半分に裂けた肺、腸、手首や腿などが揺れて覗く。

 

「さて、――手っ取り早く聞くか」

 

 何とはなしに掬い上げた脳を崩さないようにお手玉しながら、行き場を封じられた霊体を血の酒のあてのように摘んだ。

 死者。

 彼らに血はない。もう物に成り果てた顔に黒い目隠しをし、恨み辛みをぶつぶつと呟くだけの亡者をことさらゆっくりと咀嚼し、常識やその土台となる知識、経験から記憶と読み解いていく。

 一人二人、どれもそれなりに教養レベルが高い人物ばかりだったらしく、四人目で大体の事情は把握できた。

「時空管理局ねぇ」

 無論、その組織は知識にある。どうやらここはアニメとして故国で放映された作品に極めて近しい世界らしい。時間軸としては三期放映終了後といったところか。

 

(問題は訳も分らず体制に逆らった事)

 

 この世界は一つの世界内に、次元別に分かれた多くの小世界を内包している。原典となる作品では『時空管理局』という組織が数々の世界を管理する立場に描かれていた。

 

 この組織は、まぁいろいろと問題も多く作品内で描かれた

 第三部では今もトップを勤める創始者が全ての事件の大本、黒幕として存在した。

 

 組織としては特に魔力至上主義とも取れる体制をとり、非殺傷兵器を含めたあらゆる質量兵器を、所持しているだけで逮捕という法を定めている。つまり戦闘力というステータスの基礎を完全に個人の才覚に限定する事で、むやみな戦力の拡散、武器の流出などを封じた形だ。

 

 しかし、現状としては結果として、個人の魔法の才能に依存するがゆえに治安維持などの実働に足る実力者が足りず、魔力量さえあるなら十に満たぬ子供ですら生き死にのかかった戦いに駆り出すなど、非道ともとれる所業をで茶を濁している。

 別に非道というのは、型に嵌ったように子供を戦わせるなと言っているのではない。

 実際の経験として子供は戦いに向かないと言っているのだ。

 身体、心、共に未成熟であり、純粋な性能として鍛えられた大人と比べ大きく劣る。これは誰もが頷けるだろう。

 

 以前にとある世界でこのような事があった。

 ある軍人が子供の吸収・成長力に目をつけ、幼子を徹底的に軍事的な事柄のみで囲み、子供の吸収力で"短時間でそこそこ"という戦力増強実験を試した。

 事はある意味、成功だったのだろう。

 

 ちゃんばらの棒の代わりに銃器が、パズルの代わりに爆薬が。

 そして死んだ子供の代わりに、新しい子供が。

 

 生き残りは反動の軽い狙撃銃やトラップを駆使し、それなり以上の戦果を挙げた。

 そして敵に警戒され、現れたと知られるや否や、強引と言っていい勢いで距離を詰められ制圧された。殺され、軍人が目を背けるほど凄惨な拷問の果てに衰弱死し、廃人になり、薬漬けにされて小遣い稼ぎにウリをさせられ、安酒を買うはした金の代わりに売り飛ばされた。子供ばかりが数百人、大人の玩具として社会の暗がりに横たわっていった。

 

 確かに当初の目的どおり、コストに見合う戦果は挙げた。

 だが生き死には戦場の習い、そう、済ませられない光景だったのを、まだ覚えている。

 

 だから俺は、少年兵をつくる輩が嫌いだ。

 戦場に年端もいかない子供を出すのは、目の届く限り許したくはなかった。

 

 

 

 もっともこの世界がそうとは限らない。

 むしろ違う確率の方が大きいだろう。

 まっとうな良識が幅を利かせていれば、当たり前に考える脳みそがあるなら、そういった事が起こりうる可能性は低い。

 

 

 かつ、原典作品におけるこの問題点の根本は管理できないほど多くの世界を管理しようとした、いわゆる処理能力の破綻に端を発する。

 特に治安維持などは、かつても故国日本のレベルを要求し、特にそこまで"引き上げよう"となれば、どれほど人員がいても足りないくらいだ。

 

 組織としてこの『超えられない障害と分っていて突撃し、結果挟まって出られなくなりました』的な問題を解決している、または最初から無茶に手を広げていなければ、しょうもない事態には陥ってはいないだろう。その程度の頭を期待するくらいは、まずこの世界を信じてみよう。何も定かでない最初から目くじらを立てることは無いのだ。

 

 

 さて、長くなったがもう一つ、とてもありふれている問題がある。

 組織としての腐敗が酷い点だ。

 構成員、特に上層部や技術開発陣などのバックヤードはかなり深く犯罪組織などと関わり、優秀ならば秘密裏に匿い研究の場を提供すらしているらしい。

 

 組織としての年数は若く、百年も経っていない。事実三期の段階で創始者も生き残っている。

 もっともそのトップ三人がまず作品にて『全ての次元世界を支配し、我々が導く~~~』という連中と描かれ、原典作品についてなされた考察でも、時空管理局は元々彼らが別次元へ侵略するための組織として設立し、その大義名分として正義やらの耳障りの良い言葉が立てられたのだろうという説が語られていたようだ。

 納得できる部分もある。

 少なくとも他の次元文明に穏やかに接触しようという組織が、自分達の名前に『時空管理局』などとは名付けないだろう。ふつう同じ人間相手から"お前らの次元も管理する存在だ"と言われれば、第一印象からして喧嘩を売っていると思われかねない。

 加えて所属人員の意識によろしくない影響を、具体的には自分が管理する立場なのだという自覚をもって、結果として管理相手を自然と見下すような態度となってしまうという事態を引き起こしかねない。

 

 考えすぎかもしれないだろう。だが組織運営、それも大規模になるならそれなり以上に万難を排すべきだ。事が全ての看板となる名称なら尚の事。

 そして何より経験則なのだが、『正義』を謳った武力を所有する組織は大抵そんなもんだ。というか『正義』の旗印は他者を押し潰すくらいにしか役に立たない。

 

 

 話がずれた。

 

、さて。この組織、成り立ちとトップがこうである。当然のように薄暗い事などいくらでもしただろうし、それは原典作品でも示唆されている。となれば動いたのは下の連中。自然と頂点の腐り具合が下にも伝染したと思われる。

 憶測がほとんどだが、何より今喰った連中は、主にそれなりに歳とったのは自らの組織の裏が真っ黒である事を承知していた。

 

 ……もっとも構成員の七割程度は真面目に警察業(らしきもの)に性を出しているのを考えれば、十分に社会の為になっている組織と言えなくもない、ような。

 いや、トップやら中間の頭やらの中年連中がかなりダメなら大して変わらんかな?

 

 

「大組織に付き物の問題点の何がまずいかと言えば、そういう連中にとって俺は素晴しい宝物か、忌々しい邪魔者か、どちらかにしか映らないって点なんだろうな~」

 どちらにしろちょっかいをかけてくるのは白熊が白いのと同じくらいだ。前者は身柄を手に入れる、最低でも技術を盗むくらいはしようとするだろう。後者は、こっちは盛大に逆らってきた罪人として、徹底的に叩こうとしてくるか。

 ――難儀で溜息が出る。

「現時点としては、逮捕権と裁判権を持った軍事組織に顔写真つきで目をつけられた、ってところか?」

 軍事組織?

 自分達の許しを得なければ武器の携帯を許しません。ただし我々は別。こういう組織は良い悪いはともかく、軍事組織も兼ねると言って構わないかと。軍隊式の階級を使っているようだし。

 

 判明した原因が(自分的には)些細な行き違いだったとはいえ、大人しく捕まれば確実に碌でもない事をしようとしてくるのは予測できる。……先に碌でもない事をしたのでは、という問いは耳に痛い。

 あの結界の張り方とか、強度を知ったからには間違いなく求めてくるだろうし、それ以外にも有益な物、情報、魔法を持っていると考えるのは当たり前だ。国家とかだと、それこそ国の利益を『秘匿』していた、けしからんヤツだと声高に叫びそうだ。

 むぅ、捕まったら原典作品に登場したスカリエッティなる狂人の実験室へ送られるかもしれない。この身体に実害を加えるのは無理だろうが、きっと気分は宜しくないだろう。

 

 

 

 

 

「あ~~~、どうしたもんか」

 頭を抱えようとして握ったままの脳みそに気づいたりしているが、別にそこまで深く悩んでるわけではない。解決するだけ、それこそ波風無用と思うなら時間を巻き戻せばいい。それが出来るだけの能力を有しているのが現状だ。問題は無い。が……、

「そのクラスの世界干渉になるとなー」

 そう。本来ならともかく、現時点の分体ではちょっとばかり難儀なのだ。

 元々一つの世界に入りきるように調整した分離存在、世界そのものの操作、それも根本的な運営システムで不可逆と設定されている『時間』を退行させるとなると、少しばかり無理をしなければ出来ない。

 具体的には、あの過去の楽園であった事と同じ。

 世界そのものへ同化し、意識を世界へ上書きして動かすのだ。

 だが問題だってある。

 今の分体は当然この世界に破棄だし、世界と同化したら分離するまで運営として働かなきゃならない。休みに来て何故に働かねばならん。

 

 

 もっとも煽りを食って殺してしまった彼らをこのままちゃぷちゃぷ言わせたまま、ってのはかなり気が咎める。特に三十一人ほぼ全員が、一般的に"善人"と称されるようなモラルを持っていたのが後ろ髪を引いた。

 ――いっそ変なのが過半数を超えてたら後腐れなかったのに。

 

 

 

 

「いいか、ここで考えてばかりでは仕方もない。案ずるより生むが易し」

 ようはさっさと休暇を終えてこの世界から出てしまえばいいのだが、折角の休みを切り上げるのは何か妙なプライドの様なものが邪魔していた。彼の弟である夏樹が知れば、ここら辺の変な意地は生前、というか人間だった頃と変わっていないとでも評しただろうか?

 結局、一時間ほども散々頭を捻った割りにどうするかも決めないまま、量ゆえに乾くことのない血溜まりを掻き分け、結界の外へと出た。どうやら騒いでいた航空艇は悩んでいる間に撤退したらしく、既に夜空には影も形も見えない。

 黒川はくるりと振り返り、片手を振る。

 すると森にたつ巨大で不透明な箱は、中に三十一人分を閉じ込めたまま、ぱたりぱたりと音を立て結界の構成魔力の存在次元である26次元の法則で折り畳まれていった。

 

 ぱたり、ぱたり、ぱたり……

 

 淡々と規則正しく立つ音。

 ただ、先を見れば言葉を失っただろう。

 音を聞けば折りたたまれているとわかる。

 しかし理解できない、見ても分らない。

 人は三次元に生息する生命体だ。

 26次元などという世界を覗くのは、生身で深海五千メートルや宇宙空間で物を見ようとするようなもの。分らないで済めばありふれた幸運で、まともに見えたなら……それはとても運の悪い結末になるだろう。より複雑な次元というのはそれ程に異質なのだ。

 

 ぱたん。

 

 最後の一折り、転がったのは手の平に乗る小さな、曇りガラスで出来たような立方体だった。

 

 黒川の鋼で出来た、今は人に偽装する機械の蜘蛛の指がそれを拾い上げる。

 気も無さそうにくるりと指先で回転させ、虚空に開けた"穴"に放り込もうとして……、

 

「ライオットザンバー」

『Yes,sir』

 

 飛び込んできた黄金の閃光から飛びのいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局と呼ばれる組織は、けして無能の集団ではなかった。

 些か以上に積極的にオーパーツを数々の次元から収集し、それを分析、利用可能な技術があらば取り込むだけの柔軟性を持ち合わせている。それらの恩恵は非常に大きく、しかし出土した次元世界に還元される事はほとんどない。

 穿った見方をするなら、管理局の一方的な成長ととれもするだろう。次元世界の下に降りるのは、企業でも精々民間レベルのもの。とても各々の世界が自衛を行える水準ではなく、たとえ業腹だろうと最終的には少なからず管理局の手を借りねばならない領分は多い。

 

 

 そんなある次元世界の軍港に、時空管理局より近辺の次元世界管理のために派遣された艦隊は停泊していた。

 白亜の巨艦がその威容を水上に横たえる中でも、一際大きな艦があった。

 艦隊旗艦、XV級次元航行艦<エレンティア>。

 時空管理局の最新鋭戦闘艦として建造され、数ヶ月前に就航したばかりの新造艦だ。

 その艦内は傷らしい傷も無く、清掃も行き届き、一部の趣味人が狂喜しそうな造りも新品のように光っていた。

 

 だが艦内でも運行に関わる重要な議題を話し合う会議室では、艦隊指令を始め、各艦の艦長から参謀が残らず揃って険しい顔をつき合わせていた。

 

「……やはり艦隊を動かすべきかと。最大戦力で当たらなければ先遣隊の二の前になるばかりです」

「だが相手はLS級の艦砲を苦も無く防ぎきる生体ロストロギア候補だぞ? デカぶつが揃って行ったところで、まさかアルカンシェル(※2)で吹き飛ばすわけにもいくまい」

「私もそう思います。加えてもしあの巨大な魔力が制御を失った場合、発生した次元断層に止める間もなく至近で飲まれる可能性が高いかと。我々一個艦隊が全滅してしまえば、その後を収める者もいなくなってしまう」

「とは言うものの……、アレを見た上で陸士に突っ込めというのか? 正気か?」

 

 喧々諤々の議題は、先遣隊が接触したアンノウンに対するアプローチだ。

 この場にいる全員が先遣隊壊滅の映像を見ている。途中で切れてしまった映像だが、できうる事ならさっさとアルカンシェルでも何でも使って吹き飛ばしたいと思っていた。しかし発見段階で一報を入れておいた本局上層部からの『何が何でも手に入れろ』との命が、全力での武力行使に待ったをかけていた。

 殺されたと思しき武装隊の面々を思えば業腹だが、言いたい事はわかる。

 あれだけの魔力を完璧に、これ以上ないくらい完全に制御する生き物がいるのだ。もしも一端でも解明できるのなら、その技術的恩恵は計り知れないものがあるだろう。

 

 しかし、と司令は苦々しい。

 そもそも人間サイズで巨大戦艦をも上回る魔力を保有する存在を、しかも敵対行動をとった相手をいったいどうやって確保しろというのか?

 今まで定期哨戒で何の異常もなかった無人世界で発見した事から、彼個人が次元間転移魔法を使用できる可能性が高い。時間を置けば見失う可能性が高まるのは自明の理。かと言って、あの化物のような魔力に真っ当な戦力で当たっては、それこそアルカンシェルクラスでもなければ効果が期待できない公算が大きい。しかも局側の被害を考慮せずで、だ。

 にっちもさっちもいかぬ状況に、この場の全員が困り果てていた。

「返す返すも、先に手を出したのが悔やまれるな」

 限りなく戦死に近い扱いのMIA(戦時行方不明)の彼らに責を被せるわけではない。が、それでも思わずそのような呟きがこぼれた時、特例で会議室の末席に座っていた一人の女性が立ち上がった。美しいとしか言いようの無い容姿に熱を帯びてきていた声がぴたりと収まる。

 

 時空管理局で最も有名な人物の一人である彼女の名は、フェイト・T・ハラオウン。

 

 若くして執務官の地位と魔道師ランクS+と破格の力量を持ち、管理局史上最悪と名高いJS事件解決の立役者の一人。

 以前はその秀でた魔道師としての能力と美貌で局員の噂に上る程度だったが、JS事件以来、民間で大きくイメージダウンした管理局の広告塔として、また事件の真相について局内でまことしやかに流れる『噂』から局員の目を逸らすため、こうして"英雄"に祀り上げられた女性だった。

 

「私が先遣隊の救助に向かいます」

 

 堂々とした態度に気を呑まれていた者達は、その毅然とした"宣告"を一度聞き流し、正気に返って脳内で反芻し慌てふためいた。

 彼らからすれば宣伝目的でこの次元世界へ短期派遣されたVIPのようなものである。たとえ小娘とて(侮るわけではない。実力も事件で知っている)粗末に扱うなんてとんでもないと気を使う相手なのに、よりにもよって本人が断固として危険な場所へ行くといったのだ。

 生死不明の先遣隊を助けたいというのはありがたい。

 それこそろくでなしの上官に比べれば、涙が出るほどありがたい。ついでに美人だし。

 だがそれとこれとは話が別だ。

 個人としての戦力は、それこそ艦隊全ての人員で最も優れているかもしれない。しかし、相手はあの化物だ。人間レベルの実力がどうこうなど意味があるとは思えない。ありていに言って、死にに行くようなものとしか思えなかった。

 

 会議室の全員が似たような事を考えたのだろう、口々に思い直すよう必死に進だす。

 一方の司令官も頭を抱えていた。

 厄介な事は言ってる事がアンノウンの捕縛ではなく、あくまで人命救助という点だ。上位指揮権で言下に切り捨ててもいいが、きつく言えば飛び出しかねない危うさがある。修羅場を経験しすぎたゆえ、そして全て何とかなってしまったための無茶とでも言おうか……、自身の安全を二の次に回す真っ直ぐな若者には、今彼女の友人の手綱が掛かっていないと改めて理解してしまう。

 ――そして、おそらく局の上層部もこの提案には賛同するはず。

 何故ならそれが局の"利"になるから。

 たとえ死という最悪の事態になろうと、それは命を捨てて救助に赴いた英雄といえる。救助されたと名乗る局員もセットでつければ、さぞ涙と感動を誘う美談に仕立てあがるだろう。今の管理局にはどれだけありがたいか。

 しかも都合がいい事に『英雄』は一人ではない。見目麗しい女性ばかり何人もいるのだ。代わり(・・・)は沢山いるのだ。

 

 司令はもう初老の域に至った年齢だった。

 若者を、己がいつの間にか慣れてしまっていた組織の大きな思惑から遠ざけたいとも思うが、彼女らは望んで近づいてくる。それが痛みで済めばいい。擦れきってしまった年寄りには青臭く感じるほどの思いがあれば、身を切る痛みは次の成長への切っ掛けとなる。しかし組織という大きな存在に押しつぶされてしまえば……それは進んだ先が崖のようなもの。傷はまだまだ盛りの命へ届いてしまうかもしれない。

 怖さを知るからこそ、勇敢に進もうとする若者を止めたかった。彼女はまだ二十歳にならぬ未婚の女性なのだから。

 

 ……だが、情を捨てて決断せねばならないのが今の彼の立場。

 あえて冷徹を装った思考で様々な断片を整理する。

 中継された武装隊が蹂躙される映像、生存者の可能性、執務官のスペック、アンノウン接触時に即時戦端が開かれる可能性、その場合における執務官の生存可能性、本局からの指示、艦隊の戦力、アンノウンの予想戦力……。

 司令は感情を切り捨て、重々しく口を開いた。

 

「執務官殿、許可しよう」

 

 気でも狂ったかとぎょっと振り返った参謀たちが、これは決定だと言外に伝える鋼の気配に怯んだ。

「ありがとうございます!」

 フェイトも今の自分の立場はよく分っている。なのにまさかこうすんなり艦隊指令から許可が降りるとは思っていなかった。驚きを頭を下げる事で隠す。そこへ厳しい問いが掛けられた。

「執務官殿、貴官の最も得意とする魔道戦におけるスタイルは何か?」

 歳経た者が出しうる、重く、厚みのある声。

 様々な威圧感を経験しているフェイトをして、反射的に答えさせる何かがあった。

「高速飛翔魔法を使用した高機動戦闘です」

「よろしい。貴官に許可するのは先遣隊の人命救助だ。そのスピードを生かし、一人でも二人でも目に付いた者を抱えて離脱しろ。アンノウンとの交戦は許可できない」

「了解いたしました」

 フェイトはすぐさま会議室から飛び出してゆく。

 扉が閉じる刹那、金の髪が眩しく光を反射したのに司令は目を細めた。

 執務官がこの命令に従うかどうかは半々。しかし、もし戦闘になったとしても、それは時空管理局で指折りの魔道師とアンノウンの戦闘データが採れるという事。命令無視で結果として彼女が命を落としても、得られた物は後の多くを救う助けとなるだろう。感情を廃し、冷徹ともとれる論理的判断をしたゆえに、司令はフェイトの『死』を計算に含めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込みざまに横殴りに叩きつけられた黄金の大剣を、身を捻るようにかわす。

 ととっと距離をとって見てみれば、先程居た場所には金髪赤眼の美人、いや美人と美少女の中間か、がパリパリと雷光を散らす身の丈より大きな剣を構えていた。

 鋭い眼差し。

 高速移動で発生した風が、遅れて金糸のような髪を翻した。

「さっきの連中の仲間か」

 服が似通っている。こちらはどうにも戦闘服に見えない、言ってしまえば黒のレオタードにベルトのような行き過ぎたビジュアル重視といった服装だが、先程の男共のと同じように魔力で作成された擬似物質による防護服かと、黒川は解析の結果に中りをつける。同時に悩んだ。さっきは思わずヤッてしまったが、ここでまた敵対する必要は無い。まだ、まだラブ・アンド・ピースが通じるはず。通じるといいな、と。

「は」

 なしを、と続く前に、近接戦にしてはアホのような速度で金髪女が斬りかかって来た。

「ぬ!」

 掬い上げるように腕を切り飛ばそうとしてきた剣先から一歩引いて避け、瞬時に二刀に分裂してこちらの残った蹴り足を挟み切ろうとしてきたのを、手の甲で剣の横腹を押すようにいなす。振るう方向を少しずつ曲げながら逸らされた双剣は、結果として膝と足の甲を掠めて空を切った。

 完全に泳いだ身体に、反射的に腹に一発ねじ込もうとして、スカぶった。ぶち抜かれたのは罪無き森の新鮮な空気のみ。

「ぁん?」

 たしかに金髪女の状態は泳ぎ、まさに隙の塊といった体だった。まともなら避けられんのだが……まともでない手段、魔法を使って避けたんだろう。抉れた地面の先ではあの金髪女が、再び一本に戻した大剣を肩に担ぎ、再び魔力によるアシストありで切りかかって来るところだった。

 常人が目で追えない程の高速移動が目の前で止まり、次の瞬間にはその速度エネルギーをそっくり受けた大剣が振り下ろされた。

 黒川の手は一見して圧倒的にゆっくり動いているが、フェイトからすれば不気味なくらい攻撃が当たらない。高機動型の戦闘機人でも圧倒した自分の攻撃が、身体強化魔法を使用したように見えない素手の相手に当たらない。キリッと歯が鳴った。

 諦めを知らないように次から次へと繰り出される剣閃。

 黒川は感心していた。あくまで人間の範疇でではあるが、ちょっと信じられないくらいの精度の斬撃と、要所要所で上手に使用される加速魔法が、目の前の若い金髪女の戦闘経験を物語っていた。

 

 ちなみに彼に緊張はゼロだ。

 攻撃は精度が良い分読みやすいし、二十歳かそこらの小娘ではいくら戦闘経験を積んだといっても高が知れている。しかも戦闘スタイルに先達からの教えが読み取れない。年月を掛けて使い手達から練りこまれた"老獪さ"のない剣など、恐れるにはあまりに未熟。

 加えて観察すれば『近接格闘』というジャンルではまだ素人に毛が生えたようなモノらしい。高速戦闘で余裕が無いのもあるのだろうが、視線がかなり攻撃する箇所へ行っている。

 加速魔法にしても先のセイバーの魔力噴射に比べれば、自由度が低いのが目に見えて分る。特に曲がれないのは致命的だ。加速、止め、加速で曲がっているが、それでは無駄だらけだ。――というか手に持った機械っぽい剣の柄、アレに何か魔力ラインが繋がってるが、もしかして機械の方に加速と停止の調整を任せてないか? さっきから高速移動から止まる位置があまりにも正確すぎるのだが……自分で制御できてない?

 と、並列思考でなく考え事するくらい余裕だった。

 

 しばらくそんな緊張感があるんだか無いんだかな殺伐やり取りが続くと、堪え切れない様に噛み締められた唇から怒りが搾り出された。

「あなたは……、あなたは武装隊の人達をどうしたんですか!?」

「すまんな。殺した」

「――――ッ!」

 渾身の一撃が空を切った。

「予想してたろう。さっき周りを探査して痕跡を見つけられなかったから可能性があると思っていたか?」

「黙れっ!!」

 黒川は先程まで考えていたラブ・アンド・ピースとか寝言は何処へ行ったのか、態と挑発するような言動で逃げ回る。そのくせ攻撃は一切していない。

「くっ、何で……、何で当たらない!」

「それじゃあダメだなぁ」

 戦闘は激しさを増してゆく。

 剣戟だけでなく、雷撃が地を抉り、空間埋設式の捕縛トラップ<バインド>が巧妙にばら撒かれ、魔力誘導弾が群れを成して襲い掛かった。

 しかしそれらが、一つとして効果をなさない。

 一閃は当然のごとくいなされ、雷撃は黒川の保有魔力の煽りだけで標的を逸れ、目に見えぬはずのバインドは知っているかの様にかわされ、無数の誘導弾はほんの数発放り込まれた魔力塊で全て連鎖誘爆させられた。

「いやあああぁぁぁ!」

 フェイトは爆煙を突き破って奇襲する。

「おっと、奇襲に声を上げたら意味が無いだろう」

 初手からフルドライブで切り込んだのに完全に遊ばれていた。もし相手が攻撃に転じたら、きっと逃げられない。無駄と薄々分って手を休められない。体力と魔力ばかりが心もとなくなってゆく。

 すると敵のほうから足を止め、手で制止してきた。

 フェイトも足を止めた。消費した体力以上に、過去最大の敵『闇の書』以上に底が見えない存在に悪寒と嫌な汗が流れた。

 

「さて、結局あんたは何処の誰さんで、何しに来たんだ?」

「ハッ、フッ……、時空管理局執務官フェイト・T・ハラオウンです。先遣隊の救出に来ました!」

「――そりゃ残念だ」

 

 一瞬大剣<ライオットザンバー>の輝きが劇的に高まり、しかし抑えこまれる様に輝きは落ち、代償のようにつっと口の端を血が一筋伝った。

「そら」

 黒川からフェイトへキューブが投げられる。

 瞬時にフェイトのデバイスである<バルディッシュ・アサルト>が爆発物などのスキャンを掛け、解析出来ないとなると受け取らずに一歩横へずれてやり過ごした。

 そんな彼女の用心を面白がるように声がかけられる。

「"先遣隊"とやらだ」

 指差された先は背後。

 フェイトは思わず視線を切り、背後へと振り返ってしまった。しかし予期した攻撃は来ない。どういうつもりかは知らないが都合はいい。ザンバーを油断無く向けながら摺足で後退りし、土の上に転がる灰色の立方体を片手で拾い上げた。その間もバルディッシュのAIは対象が危険かどうか、僅かでも逃さぬよう解析を続ける。

「手出しはせんよ」

「信じられません」

 にべも無く切捨て、キューブを持ったまま飛行魔法で距離をとる。もちろん決して背中は見せない。

 

 百メートルは後退し、ようやくキューブへ視線を落とした。

 握り込めるほど小さくはなく、だが待機状態のデバイスにしては大きかった。材質も磨りガラスか何かに見えるけどバルディッシュが解析できない、つまり時空管理局の公式データベースに存在しない物質。しかし『コレが先遣隊』という言葉は……、予想するならこれがデバイスのような存在で、格納領域内にデータ化した先遣隊の人達の遺体が収納されているという最悪の想像しか……

 フェイトは涙が零れそうになる。

 あくまで広告塔として派遣されたが、武装隊の人達は良くしてくれた。男の人達というのは大抵女の人に向ける視線を向けてくるけど、それ以前に仕事の出来る同僚と見てくれた。なのに……

 涙を堪える。まだ決まったわけではない。あの男が出鱈目を言ったって可能性もあるのだ。確かめるまでは決まっていない。

 そう縋る様に首を振り、キューブの中を良く見ようと覗き込んだ(・・・・・)

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 運が悪かった。

 

 

「ぃや」

 

 

 黒川も原典作品を詳細に閲覧しておけば、このようなミスを犯さなかっただろう。

 

 

「いやぁ……」

 

 

 彼女の生まれを知っていれば。そして幼少から刷り込まれた魔法知識、それがどれほど彼女の『情報』に対する才覚を類稀な物にしてきたかを。

 

 

「――――いやああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 




 最後のところですが、フェイトがクローン製造されたのは赤ん坊からでなく、それなりに成長した(おそらくクローン元のアリシアと同年代)身体で外界へ出てきたと思われます。
 その後プレシアが彼女に見切りをつけて、それからアニメ一期の九歳だかまでの短期間に執務官へ迫る実力をつけたと考えますと、それはもう尋常ならざる適正に常軌を逸した教育を叩き込んだかと。

(※1)26次元の魔力
 スニーカー文庫出版『お・り・が・み』シリーズ登場の魔力。通常の魔力ではなく、世界を作る神や天使が操る真性の魔力。超スゴイ。
今回の登場設定としては、通常の魔力が"素"による世界運営の際の残りカスという世界設定ですので、極めて純度が"素"に近い魔力という扱いで。

(※2)アルカンシェル
 時空管理局の戦艦の中でも特に大きな出力を持つ艦に搭載される魔道砲。直径百数十キロメートルに亘って物質を完全に消滅させるという広域殲滅兵器であり、治安維持を謳う組織が所持するには、どこをどう考えても必要無い物である。

 ちなみに作中で『地表へは絶対に撃つな』と部外者が制止する場面があるが、もし撃った場合、直径百数十キロメートルという球形の完全な真空状態が出現してしまい……、まぁ間違いなく非常に碌でもない事態になるでしょう。何せ地表から上にも下にも7,80キロとか穴が開くんですから。
 スーパーボルケーノどころではない勢いで噴出するマントル、火山灰が真空空間に殺到した周囲の大気に巻かれて上空へ昇り、降り注いで超広範囲の植生に壊滅的ダメージを与える。
 大気・オゾン層が消滅したそこへ、宇宙から様々な放射線を始めとした有害物質が降り注ぐ。これらは火山灰に付着して更なる危険物となる。

 とかなんとか、妄想的な適当よそうですね。お恥ずかしい。
 人間の生活できる環境は非常に、ひじょーにデリケートなバランスでなりたっていますので、たぶんやばいです。地球を大事に。ラーヴ・アンド・ピーーース!!!

 余談ですが、原作では宇宙空間へ露出させた敵コアを転送し撃ちましたが、もし露出や転送に失敗していたら……まぁ彼らは地上へ撃ってたんじゃないかなー、と。地球は尊い犠牲となったのだ。対外的には悪逆強大な管理局の敵の謎魔法による被害という事で……。

 更なる余談です。
 アルカンシェルって空間を歪ませて百数十キロメートル内部の物質を完全に消滅させるって説明ですが、地上で使った場合、発生した後の空間の歪みはわざわざこっちに合わせて移動しないでしょうから、地球は自転に合わせて凄い速度で、およそ時速1,700kmで抉られ続けるって事に……?


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