無と無限の落とし子(にじファンより移転)   作:羽屯 十一

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第伍章 02 世界の分岐点 (Muv-Luv編)

 

 

 1999.08.08

 

 明星(みょうじょう)作戦。8月05日より始まった世界初のハイヴ攻略が期待される作戦は、開始三日現在、大過なく推移していた。

 予想されていた中でもっとも厄介な、BETA側の地中からの奇襲侵攻も無く、包囲網を縮めるように迫る人類側は中規模程度の集団を野戦で殲滅し、ついに横浜ハイヴを包囲するに至った。

 残るは最難関、ハイヴ地下構造体への突入のみ。

 

 

 ハイヴは蟻の巣に似ている。

 地表に落ちた降着ユニットの直下へ巨大な縦坑(シャフト)があり、最深部はドーム状の大広間(ホール)で、此処にBETAのエネルギー供給を行う反応炉と呼ばれる青く輝く巨大な物体が鎮座する。そして地上にはもっとも特徴的な、多角形の板を角度をずらしながら積み上げたような「モニュメント」と呼ばれるタワーがそびえ、ハイヴの成長と共に天へと高さを増してゆく。

 蟻の巣と似ているのは、この縦坑の中途から無数に形成されている周辺地表への通路だ。

 横坑(ドリフト)と呼ばれるそれは網の目のように広がり、交差する場所はちょっとした広場(ホール)と呼称される部屋となっている。このつくりが蟻の一般的な巣の造りと非常に似通っていた。

 

 そして、中でも人類側の最重要目標となるのが最深部に位置する大広間(ホール)、そこに設置された反応炉だ。

 "炉"とは言っても、人間のそれとは違う。見た目は若干縦長の磨りガラスの巨大な球で、表面を白い網状の物が走り、内部から発光している。未知の物質で構成されており、おそらくこれがBETAへのエネルギー供給を賄っているものと考えられていた。

 

 また、それを裏付ける情報もあった。

 ハイヴ攻略は前例が無いが、実は前段階となる降着ユニット排除の成功例があるのだ。BETA大戦初期に人類圏近くへ撃ちこまれた降着ユニットに対し、戦略核の集中運用が行われてた。この際、降着ユニットの完全破壊と同時に周辺のBETAの撤退が確認されている。

 この後、破壊された降着ユニットを調べたところ、未発見の物質が発見された。

 「G元素」と名付けられたこの物質はその後のハイヴ攻略戦で、ハイヴ最下層のホールにて完全な形を確認され、予想以上の強度により破壊には至らなかったが、以後BETA側の最重要施設として攻略の目標となっている。

 

 

 さて、人類勢力がハイヴへ突入し反応炉を目指す場合、二つのルートしかない。

 網の目のようなドリフトを踏破して侵入する。

 ハイヴ直上からシャフト目掛けて降下する。

 

 どちらも危険度は大きい。

 前者は細い通路でBETAの数の暴力が襲い掛かり、加えて地中をかなりの速度で掘り進むBETAは、トンネルを進むに従い伸びる戦力の横腹へいきなり襲い掛かってくる。途中が堕ちれば先頭を進む者達は逃げ場の無い空間で前後を挟まれ、なす術無く全滅するしかない。

 評価するに、時間が掛かり戦力も多く必要とする。だが本格的にマズイとなれば引く事が出来る作戦となる。

 

 後者は、こちらは電撃戦。

 衛星軌道上から突入殻に包まれた戦術機を投下するだけで時間も掛からない。しかしBETA側も当然それを警戒しており、シャフト内に多数の光線級を待機させている。上空から無防備に真っ直ぐ落ちてくる物体なぞ、BETA側からすれば単なる的でしかない。光線級・重光線級の射程100km・マッハ2を撃墜できる狙撃能力の前では回避は望み薄であり、降下でどれほどの損害が出るかはシャフト内の光線級数の予想に掛かっている。

 また、この作戦は前者に比べ小数を敵中枢へダイレクトに放り込むという前提上、必然的に突入部隊の被害は極めて大きいものとなり、過去行われた作戦では、軍事用語の『全滅』ではない、文字通りの全滅に近い損害を出している。生き残りはデータを持ち帰るために友軍合流へ向けて、接敵後早期に離脱した少部隊、その更に欠片だけだった。

 こちらも批評するに、物量のBETAに対して電撃戦というのは理に適った作戦といえる。しかし光線級の数が予想を上回れば、それだけで貴重な最精鋭戦力が無為に全滅しかねない危険が大きい。

 

 

 1999年現在、ハイヴ攻略には両作戦の併用が有効と考えられている。

 地上部隊が反応炉を目指し侵攻、ハイヴ内の戦力を引き付けると共に敵戦力を確認し、機を見て降下部隊を突入させる。

 だが戦線の後退によって肉薄できるハイヴが減少し、実際に実行されたのは1992年のインド領マッディヤ・プラデーシュ州ボパールに建造されたボパールハイヴ攻略戦、スワラージ作戦のみである。この作戦は宇宙軍がハイヴ攻略に本格的に参加した初の作戦としても名高い。

 

 しかし今回の明星作戦において、衛星軌道からの降下は組み込まれていない。

 アメリカが虎の子を出し渋ったのではなく、単純に、未だフェイズ2でしかないハイブでは、モニュメントにまだシャフトから直通の穴が開いてないのだ。なので降下してもシャフトへ突入できないだけである。

 

 

 

 さて、日本海・太平洋、両海からの艦砲が、西日本全土へと進撃するBETAの後方を断った事で始まった明星作戦。

 もっとも近いドリフト、ハイヴから遠い入り口は、フェイズ2という事もありモニュメントからたったの2km地点。予想されるシャフト深度は300m前後。

 これが地球最大のフェイズ6では、モニュメントは高度1000mを越え、シャフト深度は4000m、ドリフトに至っては遥か100kmの彼方まで拡大する。

 既に艦砲射撃を筆頭に豊富な打撃力が集中運用され、最初のドリフトを発見した2km地点を通過し、ハイヴまであと1kmまで迫っていた。

 

 

 

 断続的に瞬くマズルフラッシュが夕刻の薄闇を押しのける。

 掘り返された大地を戦術機が進んでいた。

 ハイヴを中心としたBETA勢力下は平坦に均された大地が続く。そこかしこに蠢くのは醜悪な化物だ。中でも、小さいながら最も多く見受けられるのが赤い異形。

 『戦車級』

 小さいと言ってもそれは戦術機から見ればであり、全高2.8mにもなるBETA群中最大の個体数を誇る多足歩行種。

 対人探知能力は極めて高く、機動力も最大約80㎞/hと高い。加えて飛び道具こそ持たないが、胴体に備える大きな口は第一世代戦術機の重装甲すら噛み砕き、常に数十、数百を越える群れで行動するためにBETAの中でも危険度の高い種とされていた。

 だがBETA種全体に言える事だが、突撃級以外は甲殻といった防御能力は殆ど無く、F-15J「陽炎」の放つ36mm機関砲の弾丸を受け、脆くも肉片となって飛散していた。

 

『クソ、もう三日目の夜になるってのにまだ湧いてきやがる』

『タンゴ1よりタンゴ2。無駄口叩くな』

『タンゴ2了解。……はぁ、はらへったなぁ』

 

 ガリガリと弾薬は減るが全ての化物を殺し尽くすには足りない。

 彼らが此処まで詰め寄るのに、流石にかなりの犠牲が出ていた。機体もそうだが、特に武器弾薬の消耗はかなりの物で、既に各部隊に配備されたミサイルや対小型種用の炸裂弾は粗方使い尽くされていた。しかも次の補給はまったくもって回ってくる気配がない。それでも幸い後方に下がれば36mmと120mm、それと推進剤は少し余裕がある。

 突入は明日の朝。日の出と共に日本帝国、国連の精鋭部隊がドリフトへ侵入する。それまでなんとか戦線をもたせなければならなかった。

 

『―――ランディ、またチョコレートバー持ち込んでないだろうな? 食うなよ?』

『むぐっ!?』

『こちらタンゴ3。ダンゴ2、アンタまた持ち込んでたのかい? 訓練校で教官にえらく叱られたじゃないか、ちっとは懲りなよ。フェン、アンタももっときつく言わなきゃ』

『タンゴ1よりタンゴ3。そうは言うがな……』

 

 小康状態の前線を警戒しながらにしては冗談交じりだ。だがそんな言葉は、ストレスを僅かながらも和らげる。

 もっともこんな余裕があるのは他より随分楽だから。

 モニュメントまでは繰り返されたありったけの砲撃で肉片の海のような有様になっており、BETAの先鋒たる突撃級はもう視界には入らず、戦術機サイズのサソリのような要撃級がそこそこ。それも主戦場となっているドリフト入り口付近ばかりであった。

 何より、もっとも警戒しつつ、かつ人類が対応出来ない地中進行からの奇襲が、ない。

 

『突入はウチからも出るんだろ? どこの隊か知ってる?』

『第二大隊らしい』

『大隊一つか? 少ないな……』

 

 小隊の足が止まる。

 腰にマウントされている36mmの予備マガジンが尽きていた。

 ここまで相当数を駆逐しており、ようやっと戦車級の赤い影が途切れた。おりしもタンゴ1のコクピットに電子音が鳴る。

 

『タンゴ1より司令部。ポイント9の制圧を完了。繰り返す。ポイント9の制圧を完了した』

『こちら司令部。………ポイント9の制圧を確認。タンゴ小隊は補給ポイントまで後退、補給の後、0200まで待機していてください』

『タンゴ1了解。これよりタンゴ小隊は補給ポイントまで後退する』

 

 

『タンゴ1より各機へ。帰投命令だ、補給ポイントまで下がるぞ』

『タンゴ2了解。やっと飯にありつける』

『タンゴ3了解。やれやれ、BETAの相手は楽じゃないね』

『タンゴ4了解。そう腐るな』

『――よし、行くぞ』

 

 

 地響きが遠ざかる。

 

 彼らには余裕があった。

 ハイヴ間近まで進撃し、圧倒的な数で襲い来るBETAの新たな増援が湧いてこなかったために。

 だから彼らだけではなく、全軍が考えていた。

 フェイズ2のハイヴなのだから、西日本全土への侵攻とここまでの激戦で、流石のBETAも数が尽きてきたのだろう、と。

 それは人類がこれまでの死闘で学んだBETAの行動、それに則した判断。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運が悪い。

 

 よく聞く言葉だ。

 物事とは流動的であり、同時に決まった範囲内でそれは起こる。

 なにかが大きくなれば別のなにかが小さくなり、せわしなく動くものがあれば、それに押されて動くものがある。

 

 昨今、この世界にとある変化があった。

 外部からの来訪者があった事だ。

 いや、彼等がこの世界にへ手を出したこと。

 

 二回行われた"放送"は、その実人間だけを対象としていなかった。

 つまり“面倒くさい”と地球範囲で無差別に流されたそれは、人間がまったく予想しなかった事に、同じ地球上に居た宇宙からの侵略者にまで聞こえていたのだ。

 『理解』という概念を乗せて広がったそれは、当然、理解された。

 人類が、単なる宇宙産化物と考えている、BETAに。

 

 たしかに億に届こうかというそれらに自我はない。思考という思考もない。

 だがそれらを指揮するトップは違う。

 その個体は(作成者にそう定められた範囲でとはいえ)モノを考える頭を持っていた。

 

 BETAと地球人が呼ぶその炭素生命体は、その実、宇宙の彼方で生まれた別種の生命体が作り上げた、たんなる惑星開発用の作業機械である。しかし炭素ベースのBETAを作業機械とするように、BETAとその創造主にとって、炭素生命体はそも、彼等にとっての『生命体』という枠に含まれていないのだ。

 もちろん、それが知性の有無に関係があるかどうかと問えば、関係はしないだろう。

 しかしあまりに大きすぎる種族の垣根は、生半では相手を覗き見ること叶わない。否、壁の向こうを想像することも思いつかない。

 

 だがたった一回の放送が、その可能性の切っ掛けとなった。

 皮肉にも、BETA側にとっての。

 

 

 地の奥底深く―――『それ』は六つの目をぐるりと巡らす。

 明らかに先程の“通信”は自分達の扱う言語であった。

 だが同時に間違いなく、上位存在(己)でも存在(BETA)でも、ましてや創造主でもなかった。

 “知的生命体が存在する可能性が高い”

 これは彼等にとって見逃せない重要な発見だ。

 すぐさま上位存在間のネットワークにこの報告がなされる。

 宇宙のほぼ全域へ広がる上位存在にとって、リアルタイムのネットワークは当然搭載されている機能であった。

 同時に指揮下の存在に対し、この星の『自然災害』に対し、拠点の防衛に重点を置くよう、そして知的生命体と思しき存在の慎重な探索を指示した。

 

 『それ』の作成された目的は、惑星開発と情報の収集。

 『それ』は淡々と成すべきことを実行し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運が悪い。

 

 よく聞く言葉だ。

 物事とは流動的であり、同時に決まった範囲内でそれは起こる。

 なにかが大きくなれば別のなにかが小さくなり、せわしなく動くものがあれば、それに押されて動くものがある。

 

 

 黒川の行為に人が大きな影響を受けたように、BETAもまた影響を受けた。

 人類は存続の障害となる十万人を大雑把に切り捨てる事により、前線の補給線の洗浄に成功し、BETA側には明確に“警戒”という行動を与えた。

 

 明星作戦では国の垣根を乗り越え、原典作品の歴史を超えた戦力が集中された。

 戦術機とは高価な装備だ。

 端的に言って、一機億単位の戦闘機より高い。

 戦闘機を原型としながらも、それを大きく超える質量をもつ。それは当然ながら相応の技術と金、資材を持って建造され、かつ巨大な二足歩行型の陸戦兵器という、非常に負担の掛かる構造と運用をされる。必然的に機体の疲労も大きなものになるだろう。それをなだめるメンテナンスと補修もまた、ものの大きさ故に負担となる。たとえ国とは言えど、こうした現場の事情とカネの事情がある限り、そう易々とは数を運用出来はしない。

 現に日本帝国では一箇大隊36機揃える基地は珍しいし、国際連合軍ですら大規模作戦で一翼を表す連隊で、108機でしかない。それを考えればこの明星作戦にどれだけ限界に迫った戦力が用意されたか、おのずから分かるだろう。

 『未成熟な敵に、最大の戦力を叩きつける』

 始まる前に勝利を得る、必勝をもってあたるという、人類史において最も有効な戦略が、初めてBETAに対してとられたのだ。

 

 同時に、BETAも初めての行動をとった。

 BETA指揮官は異存在よりなされた放送より、惑星開発を一時的に縮小、補給拠点の防衛を指示。急遽、人間が鉄原ハイヴと呼ぶ補給拠点より、建造したばかりの前線拠点へ増援を送っていた。

 

 

 

 

 何の気なしに行われた行為で、時は、未知を踏む。

 

 

 

 

 

 


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