『魔王と覇王』   作:にゃあたいぷ。

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本日二度目の投稿。


間幕:覇王之宝剣

 私の名は徐栄、真名は(こよみ)。幽州玄菟郡の生まれになる。

 私の実家は豪農と呼ばれる存在であり、十数人の奴婢を養いながら田畑を耕していた。その暮らしは裕福と呼べるほどではなかったが、貧困に窮することがない程度には不自由のない生活を送っていたように思える。少なくとも同年代の子供達が親の手伝いの為に田畑へと駆り出される中、読み書き算盤を覚える為に学問所に通い続けることができた程度には経済的に余裕があったと云える。

 学問所で基礎的な知識を学んだ私であったが数字に関することには弱かった。簡単な足し引き程度はできるのだが、数字を読み込むことで経済の良し悪しを測るといったことが私には合っていなかったのだ。

 それに私は書類と格闘するよりも体を動かしている方が性根に合っていた。剣術の嗜みを持っていた先生に型を教えてもらった後は、ただひたすらに木剣を振るい続ける毎日を送る。そのついでに用兵術を学ぶようにもなり、戦術とは何か、戦略とは何か、ということも出来の悪い頭に叩き込んだ。

 謀略は苦手だった、搦め手というのは今でもよく分かっていない。どうにも私は物事を難しく考えることが苦手なようで、難しいことを簡略化して考えようとする癖があった。

 そんな私が辺境の地とはいえ、官僚の一人になれたことは奇跡と呼ぶ他にない。

 

 私は主に警邏を担当することが多かった。

 積荷確認を逃れようとする豪商を牢の中へと突っ込んで、門限が過ぎているのに強引に街へ入ろうとする地元の名家を縄で縛り上げる。賄賂を渡そうとしてきた奴らには規定通りに打擲三回の刑に処し、賄賂を寄越せと言ってきた上司に対しても打擲三回の刑に処した。それで何故か私を捕らえようとしてきたので、職務怠慢として全員、牢獄にて三日間の謹慎処分に下した。翌日から人手不足になってしまったので休日を返上して、三日三晩、門の前に張り付き警備を全うする。暇があれば都市を歩き回り、罪人を平等に牢へと放り込んでいたある日のことだ、私は罷免されてしまった。

 お前はやり過ぎだ、とか言われたけども意味がわからない。

 でもまあ仕事を辞めろという話であれば仕方ない。私には最初から警邏は向いてなかったんだろうと思って旅に出る。西へ西へと歩いている内に路銀が尽きてしまったので、また働かないといけないな、という軽い気持ちで武官の募集をしていた董卓に仕官する。面接時、私は今までの経緯を語ると董卓の隣に控えていた賈駆がひと言、「融通の利かないやつ」と呆れた顔でぽつりと零した。

 今、河東郡にある兵は私が纏めている。私の主な役目は賊の討伐だ。

 河東郡にある兵の総数は三千程度、その内の千名が輸送隊に所属しており、更に千名が河東郡各地にある要所を防衛する為に配置されている。そんな訳で実際に私が運用できるのは千名だけだ。その千名も全てを賊討伐に駆り出しては、いざという時の対処ができなくなる為、賊討伐に連れて行けるのは多くても五百名程度と制限が多かったりする。

 都市にいる時は基本的に兵の調練を行なっていることが多く、他には簡単な書類仕事がある程度。最近は董白殿に剣術を指導することも仕事に入っていた。

 

 とまあ、ここまでが私個人の話になる。

 ここから先は河東太守の董卓殿が并州へと出立した数日後に起きた事件の話だ。

 

 調練を早めに切り上げたとある日、

 街の喧騒を耳にしながら悠々と歩いていると三人の男が私の横を駆け抜けていった。

 デブとヒゲとチビの三人組、その必死な形相から少し気になって振り返ると「徐栄様、盗人でございます!」と背後から大きな声が聞こえてきた。状況はよく分からない。でもまあ、とりあえず捕まえてから詳しい話を聞けば良いか、と軽い気持ちで小さくなった背中を目掛けて全力で駆け出した。盗人の三人組が商店街の人混みに紛れようとすれば、私は屋台の屋根へと飛び乗り、そのまま家屋の屋根へと飛び移って、頭上から彼らの姿を確認しながら屋根伝いに追いかけた。

 彼らは逃げるのは巧みで意外とすばしっこい。手馴れているな、思いながら門まで繋がる直線経路に辿り着いた。

 私は屋根から飛び降りると、そのまま身を屈めて地面を強く踏み締める。直剣の柄に手を添えて、かっ飛べ! と極端な前傾姿勢から地面を這うように駆け出した。風が吹き抜けるように、景色を突き破るように、全力疾走から盗人三人組を背後から体当たりをぶちかます。勢い余って、三人組が門の外まで吹っ飛んでいった。やり過ぎたかな、と思いながらも、そのまま逃げられないように地面で倒れたまま項垂れる三人組を駆け足で追いかける。

「徐栄様、何があったのですか?」そんな門番の質問に「盗人らしいですよ?」と軽い調子で答えた。

 門を潜り抜ける。三人組は私が近くまで唸り続けており、間合いに入る少し前にヒゲの男だけが立ち上がり、私のことを睨みつけた。

 

「ついてねえ、なんで徐栄がいるんだよ。調練していたんじゃなかったのかよ!」

「今日は早めに切り上げたのです、申し訳ありません」

「真面目か、クソがッ! 本当についてねえな……」

 

 髭面の男は背後にいるチビとデブの二人を見やり、意を決したように宝剣に手をかける。

 

「それが盗品? できれば使用は控えて欲しいのですが……」

「うるせえよ、ここで捕まりたくねえんでな!」

「ほら、剣なら門番に貸し出させますよ。それ、値打ちものみたいですから止めときましょう?」

 

「ねっ?」と問いかけると「誰が信用できるか!」と怒鳴られた。双方にとって不利益のない提案だと思ったのに残念だ。

 

「この宝剣を傷付けたくなければ、全て躱してみせるんだなあっ!!」

 

 鞘から抜き放たれる宝剣は美しい青色の刀身をしていた。

 それは思わず見惚れてしまうほどで、晴天の空のように澄んだ色をしている。しかし、その感動も束の間、髭面の男は急に頭を抱え込むと魘されるようにうめき声を上げ始めた。

 ぶつくさとひとり言を呟いており、その様子は傍から見て尋常ではない。

 

「……ああ、分かった! 分かったよ、その女のところに連れてってやるから力を貸しやがれッ!!」

 

 そう叫んだ次の瞬間、僅かに地面が揺れた。

 男が立っていた場所が弾けたように砂煙が舞い上がり、首筋に剣閃が煌めいた。ほぼ直感、抜いた直剣で受け止める――が、そのまま力任せに体が吹き飛ばされた。浮いた体、なんとか両足で着地して、体勢を立て直す。なんだ、今の動きは――思考する暇は与えられず、眼前まで迫ってきた髭面に私は一歩、飛び退いた。吸い付くように間合いを詰められる。乱雑で、乱暴な野性味に溢れた連撃に私は効率を追求した動きで受けて立つ。しかし捌き切れず、防御に専念する。肩から血が噴き出した、頰が切り裂かれて、腕から血が流れ落ちる。堪え切れない。一撃が重くて鋭く、それでいて速い。剣筋を見切れない。早過ぎる剣閃はまるで光が襲いかかってくるようで、途切れることのない怒涛の連撃は暴風雨の中に晒されているようだった。無傷では捌き切れず、必要最低限。急所だけは避けるように防ぎ切る。血飛沫が上がっている、皮膚を切り裂き削り取られる。

 それでも、どうにか反撃の隙を探ろうと剣の動きに注視する――次の瞬間、意識外から鳩尾を抉られる。男の足先が私の腹筋に突き刺さっていた。

 

「ゥ……ぐっ……あ、がァッ!!」

 

 喉奥から血が溢れた。

 思わず身を屈めながらも視線だけは相手から切らさないように髭面を睨みつける。その時、視界が青空を映してた。困惑する、理解が追いつかない。遅れて痛みが身を襲った。顎が痛い、体全身が痺れて動かない。両足が再び地面に着いた感触、しかし足に力が入らず、膝から地面に崩れ落ちようとした時、首筋に強い衝撃が叩きつけられた。ぐるんと視界が回る、横っ面が地面に埋まる。勢いのまま体が一度、宙を舞って、俯せに倒れ伏した。

 何が起きたのか分からない。最後のは蹴りか、全身が激痛に苛まれる。動かない、体に力が入らない。目が霞む、ちかちかと視界を拒んだ。殺される、立ち上がらなくては、しかし体が言うことを聞いてくれなかった。

 キンッという音が聞こえた。目だけで相手を見上げると男が手荷物青い刀身の剣が鞘に収められている。

 

「いぎッ! ……あ、ぎゃッ! ぐああああッ!?」

 

 髭面の男が悲鳴を上げた、全身を抱きしめながらのたうち回っている。

 なにが起きているのか、分からない。しかし立ち上がるなら今か、ゆっくりと呼吸を整える。全身の感覚を確かめるように動かしながら立ち上がる。呼吸が苦しい、空を仰ぎながら少しでも酸素を取り込もうとした。

「徐栄様、助太刀します!」と遅れて、門番達が駆けつけてくる。

 

「に、逃げるんだな!」

「おい、デブ! アニキを抱えるんだよおっ!」

 

 いつの間に起き上がっていたのか。デブの男が髭面を抱えると三人組は森を目掛けて、北の方へと駆け出していった。

 私を気遣おうとする門番に「盗人を追いかけろ!」と叱咤して、彼らを追わせる。捕らえきれなかったか、と私は周りに誰もいなくなったのを確認してから城壁を背に腰を下ろした。あれはなんだったのだろうか。度重なる疑問に、とりえあず賈駆殿に連絡を、と思いながら瞼を閉じる。

 次に目覚めたのは三日後の医療所の寝台の上で、包帯で全身をぐるぐる巻きにされていた。

 

 三人組が盗みに入ったのは董卓殿の屋敷だった。

 

 

 

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