『魔王と覇王』   作:にゃあたいぷ。

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日刊ランキング上位50位に入っただと……
評価バーがまた赤くなっただと……
やっばい嬉しい、また頑張らなきゃ。


6.人事を尽くして天命を待つ

 数々の異民族を打倒することで涼州と并州の平定を成し遂げた董卓の名は猛将という言葉と共に知られている。

 侵略してきた異民族と戦った回数は、小競り合いを含めると百回以上になる。初陣では四桁近くにもなる捕虜を取ったこともあり、戦上手との評判を受けて今や洛陽の北壁と称される程になっている。私が知っている噂では、駿馬と共に平原を駆けては敵陣に突っ込んではばったばったと斬り伏せる。その血飛沫を浴びた巨躯の佇む姿は見る者全てを震え上がらせ、その獲物を見つめる凶悪な眼光は目を合わせるだけで異民族が尻尾を巻いて逃げ出すのだと云う。赤子が泣けば「董卓が来るぞ!」と躾けるのは并州、司隷における子育ての常套手段だ。

 そんな感じの噂が流れているせいか、実物の私を見ても董卓本人だと気づく者は少なかった。

 

 それが先の食堂の悲劇になる。

 戦場での私は基本的に役立たずなので、食堂のお手伝いをすることは構わない。

 でも、ちょっと釈然としない。

 

 私が食堂に連行されている間、河東軍から運んできた物資は詠の指揮で下ろしておいてくれた。

 この辺りは手慣れたもので今となっては指示を出さずとも、みんな各自で動き出してくれる。その統率の取れた動きは大陸きっての精鋭部隊のようであり、てきぱきと熟される作業に積荷は次々に倉庫の中へと放り込まれていった。積荷の中身を確認する部隊長級の者達はみんな腰に佩いた剣を持つよりも、筆や竹簡を手にする姿の方がよく似合っていた。責任者を呼びつけて物資の確認作業を行う光景は軍隊というよりも最早、商隊に雰囲気が近い。輸送任務ばかりで実戦経験を積ませて来られなかった弊害だろうか。

 ちなみに河東郡の軍で最も優れた部隊は輸送隊だったりする。輸送速度だけなら他の何処にも負ける気がしない、とは詠の言葉だ。

 

「あとは任せても大丈夫そうだね」

 

 物資搬入の監督を務めていた詠が近場にいた部隊長に告げて「それじゃあ行こうか」と私に向けて手を差し伸べる。

 私達は并州刺史代理の張遼、つまり文遠から呼び出しを受けている。なんでも陣地内で最も大きな天幕で会議を開くという話であり、今回、并州軍の総大将である私の出席も求められていた。私は詠の手を握り、すぐ横で退屈そうに欠伸をする恋歌の手を取って、三人仲良く並んで軍議に出席する為に文遠が待つ天幕へと足を運んだ。

 野外に設置された天幕の中には大きな机が置かれてあり、その上には周辺地域の地図が広げられていた。

 机を囲むように椅子に座るのは三人の女性、内二人は知った仲だ。

 

 ひとりは張遼、字は文遠。豊満な胸を晒で隠し、下半身には袴を穿いている体格の良い少女だ。

 戦場では青紫色の外套を羽織っており、偃月刀を振り回す猛将の一人。河東郡の将では誰一人、彼女の武勇に敵う者がいないほどの優れた腕前を持っている。また将としての能力も優れており、まだ若さが目立つが、いずれ漢軍の名将と謳われる皇甫嵩や朱儁をも上回るだけの可能性が彼女にはあった。

 人当たりが良く、自制心も強い。病に伏せる丁原が、彼女に并州を任せたのは人柄の良さもあったのだと思う。

 

 もうひとりは呂布、字は奉先。赤い短髪にぴょこんと跳ねた二本の癖毛が特徴的な少女だ。

 普段は物静かな雰囲気を持つ彼女ではあるが、いざ戦場に立つと方天画戟を軽々と振り回して、眼前に立つ敵を文字通りにひと払いで一掃してしまう戦闘力の持ち主。彼女個人の武だけで戦術級の価値がある、とは詠の言葉。天下無双とは正しく彼女の為にある言葉だと私は認識している。

 対して将としての資質は劣り、部隊を率いることはできても指揮を執ることは苦手としていた。

 

 そして、最後のひとりは私の知らない幼子だった。

 その出で立ちは文官のように見えるが、小柄な私や詠よりも更に小さな体をしていた。

 幼い恋歌よりも幼い体躯の少女。どういう訳か、私達のこと睨みつけてくる。

 

「よお来てくれたなあ! さっきは挨拶できんですまんなあ」

 

 文遠が満面の笑顔で出迎えてくれた横で、チッと幼子が露骨に舌打ちを鳴らした。

 

「こ〜ら、陳宮。まだ不貞腐れとるんかいな!」

「だって文遠殿、何処から来たのかわからない馬の骨なんかに頼らなくても奉先殿と文遠殿の武勇があれば異民族なんていちころですよ!」

「仲穎は馬の骨やない。丁原の前任者で并州を平定したえら〜い人や、何度も言ってるやろ!」

 

 どうやら幼子の名前は陳宮というようだ。

「この生意気でちんまい奴、誰?」と詠がとても不機嫌そうに呟いたので、まあまあ、と宥めておいた。

 陳宮の方を見ると「めっ」と奉先に叱られているところで、詠の失言は聞こえていなかったようだ。

 

「先に紹介しとく、こいつは陳宮で字は公台。口は悪いが知識は凄いんやで、いわゆる知恵袋っちゅーやつやな」

「ね……私は奉先殿の参謀です! 知恵袋とかお婆ちゃんみたいで嫌です〜!」

「ついでに計算も早い。兵糧管理や行軍速度の計算はお手の物や、随分と助けられとる」

 

 文遠がくしゃっと陳宮の頭を撫でると「当然です!」と拗ねるように幼子が顔を背けた。膨らませた頰が仄かに赤みが増しているのが分かったから、きっと彼女は照れ隠しが下手なのだと思った。

 

「陳宮ちゃん、頼りにしてるね」

 

 笑顔を浮かべながら話しかけると「と、特別にねねの知恵を貸してやるのです!」と陳宮は顔を真っ赤にして答えた。

 真名が漏れてしまっていることは指摘しない方が良さそうだ。

 詠はいまいち釈然としない様子で私を見つめた後、小さく溜息を零して一歩前に出る。

 

「ボクは仲穎の参謀を務める賈駆文和。それで彼女は――」

「――私が河東太守を務めさせていただいている董卓仲穎です」

 

 彼女の自己紹介を引き継ぐ形で私は口を開いた。それから一緒に天幕まで連れて来ていた恋歌を私の前に立たせる。

 

「この子は董白、私が新しく養子として受け入れました」

 

 ああ、この子が。と呟く文遠に恋歌がぺこりと礼儀正しく頭を下げた。

 

「……いつも物資をありがとう、です」

 

 私達の自己紹介が終わった頃合いで、口先を尖らせた陳宮が呟くように告げる。

 可愛くないなあ、と肩を竦めてみせるのは詠だ。素直じゃない子も可愛いんだよ、と口には出さずに詠を見つめれば、本当にぃ? と怪訝な目で苦笑いを浮かべてみせる。

 目の前に立つ素直じゃないところがまた可愛い子から視線を外すと、文遠が困った様子で私達のことを見守っていた。

 

「相変わらず仲がええなあ。……そろそろ始めてもええか?」

 

 詠がいまいち釈然としていない様子を傍目に「構いません」と文遠を見つめる

「これが夫婦漫才……」と恋が呟く隣で「違いますぞ、奉先殿〜」と若干、疲れた様子の陳宮が声を上げた。

 

 いざ本格的に軍議が始まると私の喋ることは少なくなる。

 戦略と謀略を考えるのは詠の役目であり、それを戦術的見地から煮詰めるのは文遠となる。今回に限って云えば、陳宮も話に加わっており、彼女は主に兵站の側面から物事を語ることが多い。詠と文遠が行軍進路の候補を絞れば、陳宮は作戦に必要な日数と時間を割り出し、おおまかな行軍速度の計算を弾き出した。坂道や獣道、隘路、そういった障害も計算に含めているようで「此処から此処までは大体、これくらいの時間で……」と細かく速度を指定し、それを文遠が頷きながら耳を傾ける。

 文遠は別働隊による敵後方の撹乱。奉先は敵拠点の正面を担当することになっており、その背後にある本陣で詠が全体指揮を執る。私は本陣の中心で椅子に座るだけの簡単な仕事だ。

 

「陳宮は何処にいるの?」

「私は奉先殿の参謀、奉先殿が安心して暴れられるように兵達を纏め上げているのですよ!」

 

 そう言って胸を張る陳宮を私は微笑ましく見つめる。

 河東郡から持ち寄った物資の確認が終わり次第、作戦を開始するようだ。

 つまり、明日か明後日には戦が始まる。

 

 実際に矛を交えるのは、もっと後になるだろうけど、侵攻が遂に始まる。

 

 

 髭面の男、極端に太った男、細身で小柄な男。

 揃いも揃って人相の悪い男達が、青痣に顔を腫らして地面に倒れていた。

 塵を見るような視線で、その三人組を見下す女性が一人。日焼けした肌にしなやかな肢体を持つ女は、背後に控えていた仲間達に手振りだけで指示を送る。チベット系の色彩豊かな民族衣装を着込んだ者達が三人組を縄で縛り上げるのを見やり、それから戦利品の剣を鞘から引き抜いた。空気に晒された剣身は、まるで水に濡れているように透き通った輝きを放った。

 薄く青い剣身を女はうっとりとした目で見つめる、思わず唇を這わせたくなるほどに魅力的だった。

 つぅっと刃に指先を這わせると指先から数滴の血が流れ落ちる。

 

爰剣(えんけん)様、侵入者を縛り終えました」

 

 自身に仕える男の言葉に女は名残惜しむように鞘へと剣身を収める。

 爰剣と呼ばれた女は剣を腰に差すと仲間達の他、捕らえた三人組と共に森の奥深くに姿を消した。

 漢との戦争準備を始めなくてはならない、拠点構築は漢を攻め込む為の橋頭堡だ。

 

 人事は尽くしてある。後は上手くいくことを祈るだけだ。

 

 武帝の時代より服従を強いられてきた祖先から今代まで続く屈辱を、払うべき時が来た。

 我が名は爰剣。今ある羌族の礎を築き、我らの胸に誇りの灯火を与えた英雄の名を継ぐ者である。

 丁原が何する者ぞ、董卓が何する者ぞ。我は漢を滅ぼし、再び羌の誇りを取り戻す者也。

 

 

 

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