転校生   作:帰宅部係長

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少し短いです。




第16話

 

 —雨矢上宅—

 

 土曜日の午前十一時。自室のベッドで寝ていた俺は、突然鳴ったインターホンに起こされた。

 

 ……長い眠りについていた伝説の龍が、勇者に起こされて怒る理由がちょっと分かった。

 

「ったく……誰だよこんな時間に…」

 

 自分で言っておいておかしいと思う台詞を、溜め息混じりに吐きながら、リビングへ向かう。

 廊下を歩きながら、覚めてきた頭で考える。

 多分あの人の使いの人だろうな…。

 

「はい。どちら様でしょ…う……か?」

『え?…その声は…』

 

 リビングに設置してあるハンズフリー式のインターホンは現在エントランスに来ている来訪者が映る。だが、そこ映っていたのは、あの人の使いの人でも見知らぬ人でも無かった。

 

『どうして…』

「それは俺の台詞だ…。どうして俺の目の前のモニターに雪ノ下が映っているんだ?」

『私はお父さんに言われて来たのだけれど?』

「あの人は……」

 

 頭を抱える。

 やられた。まったく……どういう意図で雪ノ下を送ったんだあの人は…。

 とにかく雪ノ下には帰ってもらおう。

 

「雪ノ下」

『なにかしら?』

「すまんが帰ってくれないか?」

『嫌よ。まだこの状況が全く把握できないのに、帰れるわけないでしょ?』

「今日の事はお互い帰って忘れよう。それでいいだろ? 俺は既に家にいるけどな」

『嫌といっているでしょう? あなたよくこの状況で帰そうとするわね。私はあなたにこの状況の説明をしてもらうまで帰らないわよ』

「説明するにもなぁ…お前俺の家に上がりたくないだろ」

『…誠に、誠に不本意ながら。本当は嫌で嫌でしょうがないけれど、仕方がなくあなたの家に上がらせてもらうわ』

「……あっそ」

 

 暫くして玄関のインターホンが鳴る。

 扉を開けると、やはり雪ノ下が立っていた。

 

「こんにちは。雨矢上君」

「よう……まぁ入れよ」

「え、えぇ」

「お邪魔します…」

「律儀だな…。あ、お前の親父に持たされた荷物はキッチンに置いてくれ」

「えぇ」

 

 雪ノ下が俺の事をじーっと見ている。

 

「なんだよ…」

「それにしても。…あなた自宅ではそんな服装なのね」

「そんなに見るなよ…」

「べっ、別に見てなんかいないわ! あなたなんて、何時だって私の視界に入れたくないもの」

 

 俺の現在の服装は、長袖の黒いヒートテックと黒のスウェットパンツという生活感丸出しで、女性に見せるにしては色々酷いものだった。……いやいや、酷くないし。ヒートテック着心地最高だぜ? 皆着てるだろ? え? 着てない…?

 

「まぁ、そこソファにでも座ってくれ。それと、飲み物は?」

「随分手慣れているのね…」

「……親に余計に教え込まれたんだよ」

「そう。では、紅茶をお願いするわ」

「そういえば、お前奉仕部では何時も紅茶飲んでいるもんな」

 

 紅茶とコーヒーを淹れ、ソファの前に置いてあるガラステーブルの上に置く。

 

「…ありがとう」

「ん…」

 

「では雨矢上君。この状況の説明をしなさい」

「いきなりだな…。状況か…」

「雪ノ下が、現在俺の家にいる?」

「そっ、そういうことではないでしょ!」

「ちゃんと説明してちょうだい」

「はぁ…分かったよ」

 

「まず、雪ノ下はお前の親父さんになんて言われて来たんだ?」

「荷物をこの家に届けるようにとしか言われてないわ」

「そうか」

「察しはついている思うが、俺の親父と雪ノ下の親父さんは知り合いなんだ」

「そして、お前の親父さんから俺に依頼が来て、それを俺は解決したんだよ」

「んで、報酬、言い方を変えればお礼を使用人に届けさせる予定だったわけだ」

「なのに。何故か私が届けに来た…と…」

「正直あの人の意図が全然分からん」

「私もよ」

「そもそも、お父さんはあなたにどんな依頼をしたの? そもそも依頼って何なのかしら?」

「俺には守秘義務があるんでな。依頼に関する事は、全部言えない」

「あなた…まともな事言えるのね」

「俺がまともじゃ無いみたいな言い方だな…」

「あなたがまともな人間なわけないじゃない」

「……」

「まぁいいわ。後でお父さんに聞けばいいもの」

「そうか…」

「そうよ」

「……」

「……」

 

 暫くの沈黙の後、雪ノ下がもう一度部屋を見回す…。と、雪ノ下の視線があるところで止まった。

 その視線の先を見てみると、そこにあったのは12年ほど前、俺が4歳か5歳ぐらいの時に、母に買ってもらったパンさんの限定ぬいぐるみが置いてあった。

 

 ……こいつ、もしかしてパンさん好きなのか? 目とかすごい輝かせてるし…。

 

「パンさんがどうかしたのか?」

「どうしてあなたがパンさんのぬいぐるみなんかを…?」

「なんだよ、俺がパンさんのぬいぐるみを持ってちゃダメなのかよ」

「以外だったのよ…」

「小さい頃はパンさん好きだったんだよ…」

「…そう」

「………」

 

「てゆーか…帰らねぇの? 用はもう済んだろ」

「……」

「…欲しいのか?」

「!? べっ、別にそんな事……無いわよ」

「言葉尻がすごく弱くなってるぞ…」

「………」

「欲しいならやるよ」

「…えっ?」

「……」

「いいの? これ限定品なのよ? それに、随分前から大事にしているのではないの?」

「俺より雪ノ下の方が、大事にしそうだからな。その方が、コイツの為になるだろ」

「本当にいいの?」

「いいと言っているだろ…」

 

 パンさんのぬいぐるみを雪ノ下に渡す。

 雪ノ下は目を輝かせながらぬいぐるみを受け取った。……こんな雪ノ下を見るのは初めてだ。

 

「……ありがとう」

 

 雪ノ下は緩んだ口をパンさんで隠して、上目遣いでお礼の言葉を口にした。なるほど、これは…やばいな。

 

「ん、大切にしてくれよ」

「言われなくても大切にするわ」

「それじゃ、そろそろ…」

「えぇ、帰るわね」

「エントランスまで送るぞ」

「別に、そんな事しなくても…」

「…親からそう教わってるんだよ」

 

 

       ×     ×     ×

 

 

「……今日は荷物届けてくれてありがとな」

「え…?」

「あ?」

「あなたって普通に感謝の言葉を言えるのね」

「なに以外そうな顔してんだ。普通に感謝の言葉ぐらい言えるわ」

「まぁ、あなたに感謝されても気分は全然良くないし、何も感じないのだけれどね」

 

 こいつ…人が珍しく感謝してるというのに…。本当いい性格してんなこの女は…。

 

「そんな事いいから、早く帰れよ」

「そうね。…これ、本当にもらってもいいの?」

「くどいぞ。俺がいいって言ってんだ、さっさと持って帰れよ」

「…それじゃ、また学校でね」

「ん。じゃあな」

 

 何時もと変わらず雪ノ下の足取りは、悠然としていて近寄りがたい雰囲気を纏っているのだが…。 

 

 …いや、パンさんのぬいぐるみを抱えたま帰るんですね…。見た目と抱えている物とのギャップで凄い不自然なんですけど…。

 

 

       ×     ×     ×

 

 

 部屋に戻ると、携帯電話に一通のメールが来ていた。送り主は雪ノ下父だった。内容は『今君のお父さんと会っている。そっちはどうだったかな?』と、いうものだった。

 

「………」

 

 疲れていた俺は、今回の出来事の意図を問いただす様な内容のメールをうち、送信し終えると、携帯電話をソファに放り投げ、……寝ることにした。

 目上の者に対しては多少失礼なメールを送ってしまった。…まぁ、あの人の事だ、笑って許してくれるだろう。多分

 

 翌日、俺の部屋の扉の前に紫の芍薬が一輪 置いてあった。

 

 


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