キュッ!
「…フッ」
パコーン!
いい調子だ。 壁打ちが…。
今月の体育はサッカーとテニスだ。
自称俺の相棒だった材木座は、ジャンケンの末サッカーに振り分けられたので、今日から俺のパートナーはこの壁だ。
雨矢上は材木座と同じくサッカーに振り分けられている。
…まぁ、あいつは先生に運動は控えた方がいいと言われてるから、何時も通り暇そうに授業風景を眺めている筈だ。
「うおーっ 今のやばいわー」
「絶対取れないわー 激アツだわー!!」
…うっせーな○ねよ。
必ず居るよなクラスにうっせー奴。どうしてそこまで騒げるのか教えて欲しいわ。 いや、教えて欲しくないけどさ。てか、話したくない。
「やっべー葉山君曲がった? 曲がったくね? 今の」
「いや打球が偶然スライスしただけだよ。悪いミスった」
「ごっめーん。えっと……ひ? ヒキタニ君ボールとってくんない?」
誰だよヒキタニ君。
俺は無言で名前の知らないクラスメイトにボールを投げる。
「サンキュー!」
「ありがとねーヒキタニ君」
「うす」
……なんで俺会釈とかしてるのん。本能的に葉山が上と判断してしまったらしい…。我ながら卑屈だ。
× × ×
昼休み。何時もの昼食スポットで飯を食う。
場所は説明しなくてもいいよな? どうせ皆知っているだろうし。
「…!」
風の向きが変わった。
臨海部に位置するこの学校は、お昼を境に風向きが変わる。
朝方は海から吹き付ける潮風がまるで元いた場所へ帰るように陸側から吹く。
その風を肌で感じながら一人で過ごす時間が俺は嫌いじゃない。
「あれー? ヒッキーじゃん。どうしてこんなとこいんの?」
ウェーブのかかった髪、着崩した制服、アホの子由比ヶ浜とエンカウントした。
「普段ここで飯食ってんだよ」
「へー…なんで? 教室で食べればよくない?」
察しろよ。
「それよかお前はなんでここにいんの?」
「それっ! 実はね、ゆきのんとゲームでジャン負けして…。罰ゲームってやつ?」
「罰ゲーム…」
「?」
「俺と話す事がですか…」
「ち、違う違う! 負けた人がジュースを買ってくるってだけだよ!」
なんだーよかった、うっかり死んじゃうところだったわ。
「ゆきのん最初は渋ってたんだけどね」
「まぁ、あいつらしいな」
「うん。けど『自信無いんだ?』って言ったら乗ってきた」
「…あいつらしいな」
「でさ。勝った瞬間無言で小さくガッツポーズしてて…」
「もうすっごい可愛かった…」
「なんか、今までもみんなでやっていたけど。この罰ゲーム初めて楽しいと思った」
「そんな罰ゲームで内輪で盛り上がっていたわけだ」
「感じ悪。そういうの嫌いなわけ?」
「内輪ノリとか内輪ウケとか嫌いに決まってんだろ」
「なぜなら俺は内輪にいないからなっ!!」
「悲しい理由だ!?」
「でも、ヒッキーにはウッシーいるじゃん」
「確かに内輪たが、あいつも俺もお互いを内輪だと認めていないんだよ」
「なんで?」
「あいつも内輪ノリとか内輪ウケが嫌いだからだよ」
「あー…確かにウッシーあまりクラスの皆と絡まないもんねー」
「そもそも二人だけじゃ輪なんて作れねぇよ…」
「またそんな…」
「……」
「…ところでヒッキーさ。入学式の日のこと覚えてる?」
「……え?」
「…あー、いや。俺当日に交通事故に遭ってるからなー」
「事故…」
「あぁ。その日は一時間くらい早く家をでたんだけど」
「途中、自転車を漕いでたらアホな奴が犬のリード放してな」
「ワンちゃんが車道に飛び出しちまって車にはねられそうになったんだよ」
「それを俺が身を挺して守ったの」
「アホな奴のおかげで入学早々三週間の連休貰えたが、入学ボッチも確定した」
「あ、アホな奴って…。ひ、ヒッキーはその子の事覚えてたりしないの?」
「痛くてそれどころじゃなかったしな——」
「昼間っからなに二人で重たい話してんだよ…」
「「!?」」
由比ヶ浜と二人で声のした方に顔を向けると、いつにも増して腐った目をした雨矢上がマッ缶片手に立っていた。
「…そんな驚かなくてもよくない?」
「う、ウッシー?」
「なんだ雨矢上か。盗み聞きなんてお前いい趣味してんのな」
「偶然聞こえただけだ。それと」
「あ?」
「お前、どんな車に轢かれたか覚えているか?」
「……確か黒塗りの車だったような」
「……なるほどな」
手を顎にあて少し考える様な仕草をすると。そう言って何かを理解した様子。
「あれ?」
「由比ヶ浜さんに比企谷くんと雨矢上くん?」
「あっ、さいちゃんだ。よっす!」
…誰だ?
「…誰だ?」
…シンクロした。
「よっす。三人はここで何してるの?」
「別になにもー? さいちゃんは練習?」
「うん。うちの部すっごい弱いからお昼も練習しないと…」
「さいちゃん授業でもテニスやっているのに昼練もしてるんだ。大変だねー」
「ううん。好きでやっている事だし…」
「あ! 授業のテニスといえば」
「ん?」
「比企谷くんテニス上手いよね」
「え?」
…っていうか何で俺の事知ってんの?
「比企谷お前昔テニスでもやってたのか?」
「やってねーよ。言わなくても分かるだろ」
「まぁそうだな」
「さいちゃん、ヒッキー上手いの?」
「うん。フォームがすごく綺麗なんだよ」
「てれるなーはっはっは」
「なぁ…こいつ誰?」
俺は由比ヶ浜に小声で目の前にいる人物について聞いた。すると隣で何故か雨矢上が耳を塞いだ。…なんで耳塞いでいるのん?
「はぁ!? 同じクラスじゃん!! なんで覚えてないの!? 信じらんない!」
「っ…」
……普段もそこそこの声量だが、ここまで声出るのか…。アホの子…恐るべし。
「…あ、あはは。同じクラスの戸塚彩加です。よろしく」
「しょうがないだろ。俺女子とは関わりないからな。男子もそうだけど」
「はぁ!?」
「えっと…僕、男なんだけどなぁ…」
「えっ!?」
「マジか」
× × ×
—放課後—
「…神とは残酷なものだな。比企谷」
「まったくだ」
俺と雨矢上は、放課後部室で昼休みに出会った男子について話していた。
「ゆきのーん。あの二人が気持ち悪いよぉー」
「あの二人が気持ち悪いのは何時もの事なのだから、放っておきましょう。事が起きる前に止めれば大丈夫でしょうから」
「まーそうなんだけどー」
「って、ゆきのん今日何か機嫌良くない? 昼休みも携帯電話の画面見てニコニコしてたし」
「なに見てたの? あたしにも見せて!」
由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつく。何時ものゆるゆりだ。眼福眼福。
「は、離れなさい由比ヶ浜さん。私は別になにも見てないわ…」
由比ヶ浜の抱きつきは雪ノ下に効果は抜群だ!
「ゆきのん…ダメェ?」
由比ヶ浜は上目遣いを放った。効果は抜群だ!
「うっ…しょ、しょうがないわね。私が見ていたのはこれよ…」
雪ノ下は恥ずかしながら携帯電話の画面を由比ヶ浜に見せる。
「パンさんだっ!! かわいいー!」
「声が大きいわ由比ヶ浜さん…」
「これどうしたの? 買ったの?」
「いえ、これは貰い物なの」
「へー誰から?」
「それは…言えないわ」
「そっかぁ…」
その後部活は依頼者も来ず何時も通り何事もなく終わった。
「なぁ雨矢上。今日晩飯うちで食ってかね? 小町もお前に会いたいって言ってるし。俺も全然かまわねえし」
「すまん。今日この後用事があってな、悪いけどいけねえわ」
そう言って胸の前で手を合わせて俺の誘いを断る。こいつの事だ、それなりに大事な用事だろう。なら無理にとは言えない。
「そうか…。用事なら仕方ねぇな」
「じゃあな」
「おう」
× × ×
—とあるラーメン屋—
「美味い…」
「だろう? ここは私の行きつけの店なんだ」
テーブルの向かい側でドヤ顔をしている女性。平塚静。奉仕部の顧問である。
すらっと伸びた綺麗な脚に由比ヶ浜に負けず劣らずの……まぁスタイルがいいといえばそれだけのことなんだが…。とてもアラサーには見えない。
「すいません、奢ってもらって」
「生徒に金を払わせるわけにはいかないからな」
麺を食い終わり、ひと息ついたあたりで平塚先生が話を切り出した。
「それで、話はなんだ? 君が私をわざわざ二人きりで食事に誘うなんて、何か聞きたい事でもあるのか?」
「ここで俺が『ただ先生と二人きりで食事をしたかっただけ』って言ったらどうするんですかね?」
「おもちかえr—」
「なんて言うわけないですけどね」
「そうか…」
そんなしょんぼりしないでくださいよ…可愛いですけど…。さっきから周りの視線が痛いんですよ。…主に店主からのが…。
「それで、なんの話なんだ?」
「比企谷の事故についてで」
「それは言えない」
「即答ですか」
「当たり前だ。個人情報だ」
「まぁ、俺は答えの確認をしたいだけなんで詳しく話さなくても大丈夫です」
「答えの確認?」
「まず事故の当事者は由比ヶ浜と雪ノ下と比企谷です。詳しくはあと車の運転手と犬一匹ですけど」
「……ほう。何故そう思うんだ?」
…俺は姿勢を正す。
「まず、犬の飼い主は由比ヶ浜で間違いない。昼の話を聞いていたら誰だって分かる」
「そもそも、俺が知らない話なのに由比ヶ浜は事故を詳しく知っている様な態度をとっていた。その時点で俺は当事者だと察しはついた」
「そして、比企谷を轢いた車に乗っていたのが雪ノ下だ。俺が事故の話を知らないのは、雪ノ下家の働きがあったんだろうな」
「君はよくそこまで分かったな…」
平塚先生は驚いたような少し悲しそうなよくわからない表情で言葉を続けた。
「君は答え合わせと言ったな? なら、君の答えは正解だよ」
「…そうですか」
「それと、その事は本人達には言ったのか?」
「言ってませんよ。言っちゃいけない気がしたので」
「ならこのまま言わないでおいてほしい」
「…本人達がまだ気付いて無いからですか?」
「そこまで…。私には君が一人だけ別次元の存在の様にみえるよ」
「……」
先生は以前に俺と同じような人間に会った事があるのか? それとも教え子の中にいたのだろうか? 彼女の目に複雑な光が揺れるのが見えた。
「そろそろ出ますか」
「あ、あぁ、そうだな」
「家まで送ってやるが? どうする?」
「大丈夫です、駅近いんで」
「そうか、では気を付けて帰るんだぞ」
「言われなくても気を付けて帰りますよ」
「ん、一つ言い忘れていた事があった」
「なんですか?」
車に乗った先生は何かを思い出した様で、車のエンジン音にかき消されないよう少し大きな声で俺に言った。
「以前は殴ってすまなかった!」
そう言い残し、先生の車は夜の街に消えていった。
先生…遅くない? 謝るの。