「………」
諦めはついていたものの、いざこうなってみると中々上手く言葉が出ない。本当ならここでジョークの一つや二つ言ってこの重たい空気を紛らわしたかったんだけどなぁ…。
「雨矢上。その包帯はなんだ」
「傷が開いただけです…」
平塚先生に問われ俺は目をそらしながら答える。
「お前の傷は完治してると聞いていたんだが?」
「あの傷がこんなに早く完治する訳ないじゃないですか。物語やゲームの中じゃ無いんですよ…」
「…そういえば、比企谷ならまだしも…先生はどうしてここに来たんですか?」
「比企谷にお前の行動が怪しいと言われたのでな」
「…そうですか」
「比企谷、お前どこで俺の傷が開いたって分かった?」
包帯を巻き終わり、応急処置に使った道具達を救急箱に仕舞い終えた所で先程から一言も喋らない比企谷問う。
どこで分かったかなんて予想はつくが…まぁお約束やつだ。
「試合の終盤、お前の動きが急に鈍くなって、試合が終わった後誰も居ないであろう部室に行こうとした所で分かった」
「はぁ…上手く誤魔化していた筈だったんだけどなぁ…」
予想以上の痛みだったが、我ながら上手く誤魔化せた筈だ。少なくともギャラリー達にはバレて無いと思う。
「あぁ、上手く誤魔化せていたぞ。少なくとも葉山とギャラリーには気付かれてなかった」
「それは良かった」
「良くねぇよ…」
「…たしかにな」
俺の傷は開くし比企谷や平塚先生にも迷惑をかけた。確かに良くない。さらにこの後医師や兄にも迷惑をかける。思ってた以上にリターンの無い結果になったな…。そもそもあの場面で俺が出るメリットなんて一つもなかった。本当、何で出ちゃったかなぁ…。
…まぁ、奉仕部の部員の一人として出るべきと考えて俺は出たんだ。リターンとかメリットなんか関係なく、あの場面で俺が出ないなんて選択肢は無かったろ。
「雨矢上」
「ん、何だ」
「何で完治してるなんて嘘付いた?」
「周りの人間達に心配されるからだよ。この傷に関しては自己責任なんだ、他人に心配される事じゃない」
「他人か…」
「……」
「…でもまぁ、これでもちゃんと心痛んでいるし反省もしている」
「ごめん」
頭を下げて、俺の事を心配してくれたであろう二人に謝る。…なんだろう…謝ったせいで嘘付いていた事の罪悪感がさらに増えたな…。
「……正直今回のテニスの試合で勝てたのはお前のおかげだと思う。だからこれ以上は言わないでおく」
「次からは…嘘付かないでくれ…」
「………」
比企谷はそう言い残し部室を出ていった。部室を出る時の比企谷の横顔は少し悲しんでいる様に見えた。と思う。
比企谷が扉を開ける数秒前廊下で足音が聞こえた気がしたが……気のせいだろう。いや、気のせいであってくれ。
「応急処置はもう終わっているのか?」
「見てのとおりです。…すいません…嘘付いて」
「謝罪言葉は後でいくらでも聞いてやる、そしてたくさん叱ってやる。今は早退して病院に行け」
「…分かりました」
「迎えの者は呼べるか? ……っとそれだと時間がかかるな…」
「雨矢上、校門で待ってろ」
「……え?」
「私が病院まで送ってやる」
「マジですか…」
「なんだ? 何か文句があるのかね?」
「無いですありがとうございます」
「ならさっさと行かんか」
「はい…」
その後、平塚先生が運転する車に初めて乗った。俺を気遣ってくれたのか思った以上に丁寧な運転だった…。先生運転慣れてるなぁ……この車でよくドライブとかしてるんだろうなぁ……一人で。 あれ? 何か目から汗が…。
× × ×
部室を出ると廊下の向こうに雪ノ下の後ろ姿が見えた。そして雪ノ下には珍しく走っている様だ。
「………」
聞かれたな…。
大方部室に忘れ物でもしてそれを取りに来たんだろう。そこで偶然俺達が部室で話をしていて、それを聞いてしまった…って感じか。
どこまで聞いていたかは分からんが、雪ノ下の事だから変な噂を流す事は無いだろう。
「あれ? ヒッキーじゃん! どうしてこんなとこいるの?」
「…トイレ行ってただけだ」
由比ヶ浜か…運がないな。
「ふーん。でもヒッキー今特別棟の方から来たよね?」
「…特別棟のトイレ使ってたんだよ」
こういう時に限ってこいつはアホの子じゃ無いんだよなぁ…。
「…なんかあった?」
「………」
「ねぇ、そういえばウッシーは? ヒッキーと一緒にいると思ってたんだけど…」
「……」
「ねぇ、なんかあったんでしょ? 言って!」
「…雨矢上が体調崩してんの隠してたから、バラして早退させただけだ」
「そ、そうなんだ…」
「さっさと教室戻らないと授業始まるぞ」
「ねぇヒッキー」
「何だ」
「ウッシー…明日には元気になるよね?」
「………」
—放課後—
ん? 部活? 何それ美味しいの? …冗談だ。今日の部活は戸塚がお礼をしに来た以外何時もと同じだったから省かせてもらった。語る所なんて一箇所も無かったんだよ…。いや、一箇所も無かったとか、そういうのじゃなくてな…。
「ねぇ、比企谷君」
部活終わり、黄昏色に包まれる部室。今日は早く家に帰ろうと本を鞄に仕舞っていると雪ノ下に声を掛けられた。多分、雨矢上の件だろうな。てか、それ以外に雪ノ下が俺に声を掛ける理由なんて無いしな…。
なら、俺の取るべき行動は一つしかないな。
「あの…雨矢」
「悪い雪ノ下、俺今日早く帰らないといけねーんだ」
「え…ちょっと」
雪ノ下が答える前に部室を出て、早足で下駄箱に向かう。雪ノ下には悪いがこれは雨矢上のプライバシーだ、他人に教える訳にはいかない。それに…今は雨矢上の事で誰かと話なんてしたくないしな。
—比企谷宅—
「たでーま」
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
「小町、飯はー」
「できてるよー!」
「…お兄ちゃん。何か食べるの速くない? ちゃんと味わって食べてる?」
「ん? いつもと同じだと思うが? 今日も小町の作った飯は美味いし、ちゃんと味わって食べてるよ」
「ならいいけどー」
「ごちそーさん」
「お粗末様でした」
「ねぇお兄ちゃん、今日何かあった?」
「…何もねぇよ」
「ほんとに?」
「本当だ」
「そう、ならいいけど」
「ちょっと早いけど俺もう寝るわ」
「おやすみー。…あ、お風呂は?」
「…入ってから寝る」
サービスシーン等は無いぞ。
風呂から上がると一直線で自室に向かいベッドに身を投げる。
今日は色々あったな…。
こういう日はさっさと勉強終らせて寝るに限る。暫くは雨矢上の居ない部活になるだろうが、雪ノ下も由比ヶ浜もすぐに慣れるだろう。俺はベッドから身体を起こし、机に向かい勉強を始めた。
勉強に一段落つき、時計を見ると時針は1時を過ぎていた。自分がかなり勉強に集中していた事に気付くと、一気に眠気が出てくる。硬くなった体を伸ばしベッドに向かった。
× × ×
—某病院—
平塚先生に病院まで送ってもらい、受付済ませてから二時間後ぐらいの現在、俺は病室のベッドで横になっています。
ていうか、ここ俺の知り合いの病院何だから送ってもらうだけで良かったのに、受付から診察まで付き添われたんだが…。まぁ、平塚先生らしいって言えばそうなのかもな…。
結局診察で医師に注意と言う名のお叱りを受け。その後は開いた傷縫ってもらい、兄が来るまで病室で寝てなさいと言われ現在に至る…と。
はぁ…たかが傷が開いただけでこんなに綺麗な個室病室を使わせて……扱いが慎重過ぎるんだよな。……でも、この傷じゃ慎重にならざるを得ないのか。
病室の窓から見える景色は黄昏色で、少し上を覗くと既に星空が見え始めていた。
「今頃皆は何をしているだろうか…」
「まぁ、部活だろうな」
腐った目で黄昏る街を見下ろしながら独り言を呟いていると、不意に病室の扉がノックされる。
× × ×
「朝か…」
勉強終わりに時計を見てからの記憶が無い。どうやらベッドに入ってすぐ寝てしまったらしい。
「お兄ちゃーん、朝だよー。それと今日小町日直だから学校まで送ってねー」
寝ぼけ眼を擦っていると、部屋の外から小町に声を掛けられる。俺は欠伸をしながら声に答え、制服に着替え始める。
制服に着替え終えリビングに向かうと、いつも通り食卓には既に朝食が並んでおり、いつでも食事ができる状態だった。
食事の後は歯磨いて身支度を済ませてから玄関の扉を開ける。それから小町を中学校で下ろしてから学校に……ってこの件前にもあったような…。まぁ、学生の平日なんて毎日同じ様な事の繰り返しみたいな所あるしな…。気のせいだ。
学校に着き、教室に入ると雨矢上の姿は無く、HRの時に平塚先生から雨矢上は欠席と伝えられた。結局その日は授業も部活も何事も無く終わった。
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