「テキサスの天狗が、ですか」
「はい、呪い付きではないかと。確証はありませんが、信頼できる者からの情報です。行ってみる価値はあると思います」
小十郎達が佐渡に留まり既に一週間が経過した。
あの後、案内という名の警護役として紹介された、上杉家の忠臣、上杉虎子と上杉勝子の二人のおかげで、だいぶ小十郎は人の町へと慣れることができ、初めての人里での生活というものを楽しんでいた。
しかし、肝心の呪い付きの情報は見つからず、一週間がたってもこの辺には妖怪が現れたという噂すら流れなかった。
半ば諦め、次の国へと向かおう、そう思い立った時、直江愛から有力な情報を得ることが出来たのだ。
「そうか。では明朝、早速ここを出ようと思う。長らく世話になった。本当に感謝している」
「明日、ですか。随分と急な話ですね」
「元々そろそろ旅立とうとしていた所だ。………ここは暖かい。気がつけば長居をしすぎていた。だが、そのおかげで良いことを聞けたのだ、私は運がいい」
「そうですか………寂しくなりますね。特にあの子達は悲しむでしょう。よく懐いてましたから………」
「私も悲しい。だが、いずれまた会えるだろう。そなたとも、その時は楽しみにしている」
「………恥ずかしいことを言いますね」
この男は性格だけではなく、言動も真っ直ぐすぎる。
愛はあまりにも純真な小十郎の言葉に珍しく手間取っていた。
「失礼します」
「どうぞ」
襖越しから声がかかり、愛がその者を足す。
入ってきたのは勝子だった。
「小十郎殿、ここにいらしたのですね。そろそろ稽古の時間ですが、お話の方は如何でしょうか」
「問題ない。丁度終わった所だ。愛殿、それでは失礼する」
「えぇ、小十郎殿も、ご達者で」
小十郎は愛に別れを告げると部屋から出て行く。勝子は普段とは違う空気に気づき、訝しみながらも小十郎の後についていった。
部屋を出てすぐ、勝子は小十郎に聞くことにした。
「何を話されていたんですか?いつにもなく真面目そうな雰囲気でしたけど」
「どうもテキサスに呪い付きが見つかったらしくてな、明日にでも向かうという旨を伝えていた。稽古もしばらくはお預けだな。世話になったな」
「そういうことですか………」
勝子は納得する。もともとここ最近の小十郎の顔は余り浮かばれなかった。そろそろ旅立つ頃だろう。なんとなくではあるが勝子は予想出来ていた。
「………まぁ、多少は寂しくなりますが、仕方ないですね。とりあえず、剣、見せて貰えますか?」
「え?あ、あぁ」
突然の勝子の申し出に戸惑いつつも小十郎は腰にぶら下げた鞘から剣を引き抜き、勝子に渡す。一週間前には持っていなかったものだ。
ちなみにここはまだ城の中で、今現在、勝子は場内で抜き身の刀を持っている構図となっている。
そんな勝子は小十郎の渡した剣を、うんうんと唸りながら見定めていた。
「うん!ちゃんと手入れはしているようですね。感心しました。ここを出てもしっかり続けて下さいね。次に会った時にも見させてもらいますので」
「………あぁ、そうだな。これは勝子から貰った大切なものだ。大事にするさ」
「当然ですっ!」
小十郎は理解する。これは勝子なりの別れの挨拶なのだ。
先日、佐渡金山を傾国の他、虎子、勝子と共に探索した。
その時、小十郎の持つ槍が一部のモンスター、そして人間にダメージを負わせることが出来ないことが判明したのだ。
無論、小十郎本人は知っていたのだが、勝子達にとっては驚きであった。
今は戦乱の世。モンスターだけではなく、同じ人間でさえも警戒しなければいけないのだ。その点、小十郎は不用心過ぎた。そしてその時にそれを見かねた勝子が小十郎に剣をプレゼントしたのだ。
そういう経緯もあり、不慣れな剣の稽古もつけてもらっていた小十郎は勝子のことをかなり信頼していた。
「こ、小十郎!勝子!た、助けてー!」
そうこうしている内に、稽古場の中庭についたらしく、突然虎子がやってきて、そして小十郎達の背に隠れた。
「………またからかって遊んでたのか?程々にしておけよ?」
「からかうだなんて人聞きが悪いわ。その子が私を払おうとするんですもの。お仕置きをしていただけよ。まぁ、この子にそんな力はないのだけれど」
「悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散………」
傾国が笑顔で小十郎の言葉を訂正し、虎子は小十郎の背で目を回しながら、必死に唸っていた。
虎子にとっては冗談ではないのだが、小十郎にとっては、これもここ最近では既に見慣れた光景であった。
「という訳でな。明日の朝に旅立つことにした。よろしく頼むぞ傾国。………虎子にも世話になったな。本当に感謝している。ありがとう」
「あまり長居しても仕方ないしね。了解したわ」
「ふ、ふん!別にお前らがどこに行こうが私には関係ないねっ!特に傾国!あんたにはいつか、ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「期待してるわ。おチビさん」
「なんだとぉ!?」
「素直に寂しいって言えばいいのに。ほんと可愛くないんだから………」
「うるさい、ブス」
「なんですってぇ!?」
「賑やかだな、どうしたのだ?」
特に別れを惜しむこともなく、彼女達はいつも通りであった。
そして、そんな騒がしいところに彼女たちの崇拝する謙信が吸い寄せられてきた。
「謙信さま!!なんでもございません!勝子が一人で喚いているだけです。病気でしょうか?恐ろしいですね、近寄ってはいけませんよ!」
「なんてこと吹き込んでんのよあんたは!!け、謙信さま。虎子の言ったことは全て虚言です。信じてはいけません!」
「う、うむ?」
彼女には何がなんだかわからなかった。
そろそろ説明しよう。そう思い小十郎は口を開く。
「丁度良かった。謙信殿にも伝えておかねばな。私達は明日、ここを旅立つことにした。一週間もの間、大変世話になった」
「うむ、そうか。寂しくなるな………だが頑張ってくれ。私も出来る限り協力したい。何かあればいつでも言いに来てくれ」
「はい。その時は是非」
こうして小十郎の謙信達の元での生活が終わり、新たな旅立ちが始まった。
家族と傾国を除く、初めての協力者であり、仲間。
小十郎はこれからの新たな出会いに期待しつつ、傾国とともにテキサスへと歩を進めるのであった。
「がははー!あれが雪姫ちゃんのいる朝倉義景の城かー。うむ、今からもう楽しみになってきた。早く会いたいものだ」
「まさか、本当に一人の女のために戦を起こすとは………」
「す、すみません、光秀さん………皆さんも………」
「お気になさるなシィル殿!いずれは通る道。今更悩んでいても仕方ないでござる。我らが信長様ためにも共に戦おうぞ!のう、乱丸」
「勝家がそういうなら、私は何も言わん」
ここはテキサスと京の国境の境い目。
そこには大軍を引き連れた織田の面々が集合していた。
それを指揮するは噂の織田の異人、ランス。
JAPAN統一を目指すも、全ては女の子のために。
一人の少女を巡る戦いが、今始まろうとしていた。
浅井朝倉。
朝倉義景の城に一人の修験者がやってきた。
その顔には天狗の面。
小十郎達の探す呪い付きの者であった。
「儂の名は、発禁堕山。昔、朝倉家に世話になったことがある。聞けば、朝倉の窮地………我が技が手助けになればと思い、はせ参じた」
「………おお………それはそれは。感謝いたします」
「ただ………条件がある」
「条件ですか………?」
「儂は、嫁が欲しい………とびきり美人の、だ」
「そうですか………わかりました。ではすぐに手配を」
義景は発禁堕山の要求を飲むことにした。
しかし発禁堕山はそれだけでは満足しない。
「はっきり言おう。そなたの娘、北陸一の美姫、雪姫を、我が嫁にしたい」
「なっ………」
「どうじゃ?この条件………」
義景にとって雪は自分の命より、国よりも大切な存在だった。
嫁ぎ先は雪が好いている男に、願わくばJAPAN一の花嫁として嫁いで貰うのが彼の夢であった。
この条件、義景にとって考えるにも値しないものだった。
「あなたに………本当に、織田を追い返すことが出来るのですか?」
「無論だ」
「………それは、呪いの力で、ですか」
「貴様っ………何故それを………」
「その反応………彼らが言っていたことは真であったか。………発禁堕山殿、呪い付きの者に我が愛娘、雪は差し上げることは出来ない。その代わり、雪以外の女性を嫁に差し上げ、テキサスでの平穏な生活を保証しよう。これではいかがですかな?」
義景は本来ならば手にすることのなかった切り札を持っていた。
それは、テキサスの森に住まうという天狗の面をつけた者が呪い付きの可能性があるということ。
彼はそれを利用し、発禁堕山との交渉に有利に立とうとしていた。
「………」
発禁堕山は考える。なぜこの者は己を呪い付きと知っているのか。
人里から離れ、世捨て人として生きてきた発禁堕山には噂が流れるほど、人の交流がない。いささか不自然だとかんじた。
朝倉義景の出した条件は悪くない。しかし、彼は気に食わなかった。本来自分が立つべき立場を、呪い付きというだけで覆されたのだ。
人としての矜恃が、受け入れなかった。
「断る。雪姫を寄越さないというのであれば、この話は無しだ。好きにしろ。織田に国も、自分の愛娘も奪われるとよい。儂は帰らせてもらう」
そう残して発禁堕山は立ち去ろうとする。
「その呪い………解くことが出来たとしても、ですか?」
「………なんだと?」
発禁堕山は足を止め、再び振り向く。
義景にはまだ秘策があった。
「先日、このテキサスに訪れた旅人。その者は特殊な能力を持っており、呪い付きの呪いを解くことが出来ます。織田の軍勢を引かせることが出来るなら、その者にそなたの呪いを解かせてさしあげましょう」
「………その話を信じろと?」
「はい。不可能であった時は、あなたの条件通り………雪を差し上げましょう………」
「………いいだろう。取引は成立だ。わかっているとは思うが、反故に出来ようと思うなよ。その時は儂が直々にお主の大切な物、全て奪ってやろう」
そして発禁堕山は出ていった。
「ふぅ………」
「父上、よろしかったのですか………?」
義景が一息ついたところに、彼の息子である一郎が話かけてきた。
一郎は先ほどから全て義景の隣で話を聞きながらもずっと黙っていた。それが父の命であったからだ。
「これが上手くいけば、これ以上戦をすることなく、犠牲を出さずに戦争を終えることが出来る。あとはこちらの得意分野で勝負するのみよ」
義景は今まで、殆ど戦うことなく領地を拡げてきた。それは単に平和的な解決を願ってのことだったのだが、今回はそうもいかなかった。
尾張の異人、ランスには交渉などという小手先の政治では相手にならなかったのだ。
だからこそ義景にとって今この時は巻き返しのチャンスであった。
「しかし、父上らしくありません。このような賭けに出るなど………そもそもあの者達は信用出来るのですか?雪の将来まで掛けてしまって………」
「そうだな………私らしくないかもしれん。だがな、先ほどの私にはあれが最善の策と思えたのだ。後悔はない。………いざという時は、雪だけでも守ろう。力を貸してくれるな?」
「勿論です。父上………」
「では、彼らをここに呼んでくれ。全て、彼らにかかっている………」
義景はなぜ自分があの者達を信じたのかがわからない。
だが不思議と、この選択が間違っていないと心から思えた
「………………」
「呪い付きと契約、ね。随分と思い切ったことをするのね、ここの主は」
「それだけこの国は追い詰められているのだろう。それにしても発禁堕山か………やはり普通の人間としての生活を求めているのだな………」
「奥さんを欲しがるくらいですものね。少し興味が湧いてきたわ」
小十郎達は義景から話を聞いた後、城の一室を与えて貰い、そこで今後のことについて話し合っていた。
どうやら協力するにあたり、衣食住を保障してくれるとのことだった。
「あの、少し、お時間よろしいでしょうか………?」
「客人か、構わない。入ってくれ」
「失礼します………」
入ってきたのは身なりの綺麗な若い少女だった。
予想外の人物に小十郎は驚くも、すぐにこの少女が天狗の求める姫だとわかった。
「そなたが………」
「朝倉 雪、と申します。此度は浅井朝倉のために力を貸してくれるそうで………まずはお礼をさせてください。本当にありがとうございます」
雪と名乗る姫は小十郎達に向かって、床に手をつき丁寧にお辞儀をした。
「………自分の力を否定する訳ではないが、礼にはまだ早い。それに、私達が守るのは国ではない。そなたの身だ。
顔を上げてくれ」
小十郎の言葉に、雪姫はゆっくりと顔を上げる。改めて見ると、綺麗なはずのその顔は、酷く青ざめて歪んでいた。
「………不安か?」
「………父上は、貴方達に全てを掛けると仰っていました。貴方達を信頼すると………。どうか父を裏切らないで頂きたいのです」
「あら、随分と勝手なことを言ってくれる小娘ね。そもそもこれは、本来私達には関係のないことなの。さっさと発禁堕山とやらの呪いを解いて、国を出てもよろしいのよ?」
傾国の言葉に雪姫は睨みを返す。しかし、その睨みも長く続かず、その顔は徐々に驚きの表情へと変化した。
「浮いてる………本当に、幽霊………?」
「あら、今頃気づくだなんて鈍い子ね」
「傾国………あまり喧嘩腰になるな」
鈍い、というよりも、そこまで気が回るほどこの少女には余裕がないのだろう。
それだけ目の前の少女からは焦りを感じた。
「この者は傾国といってな、かつては呪い付きの女だった。私が呪いを解いたのだが、その呪いが不老不死の呪いで、寿命が既に尽きていたため死んでしまったのだ。………まあ、今は訳あって幽体となっているが」
「貴方がこの人の呪いを………」
「もう一つ証拠を見せよう」
そういって小十郎は立ち上がり、槍を手にする。
そして刃を自信に向け、雪に見せつけるように、その胸に突き刺した。
「なっ!?なにをしているんですか!!だ、だれか人を………」
「慌てなくていい、私は無事だ」
そういって小十郎は胸から槍を引き抜く。そこには血も、傷跡すらも残っていなかった。
「ど、どういうことですか………?」
「この槍には特殊な力がある。妖怪や鬼を殺し、呪いを解く力が。………だが人を傷つけることは出来ない。なぜこのようなものが存在するかは知らないが、私にはこれを使いこなす力がある。………これで少しは不安は解けたかな?」
「あっ………」
雪は理解する。なぜこの男は突然、このような行動をしたのか。
彼は自分の最初の言いがかりを真摯に受け止め、わざわざ応えてくれたのだ。
「すみません。私、失礼なことを………」
「気にするな。国と自身の一大事、不安で当たり前だ」
「………でももっとやり方があるでしょうに。それに女の過去を人に話すのもどうかと思うわ」
「む………それはすまないことをした」
「ふふっ、そうですね。………でも、ありがとうございます。少し、元気が出ました」
この時、初めて雪は小十郎達に笑みを見せた。
小十郎はその事に安堵する。しかし、彼にはもう一つの懸念があった。
「………そなたは、国を思うばかりで、自分の身を案ずることはしないのだな………」
小十郎はそれを一番に心配していた。
彼女がこの部屋に来て話したことは、国の事と、家族の心配ばかりだ。
そこに自分自身が入っていなかった。
「私に、出来ることは限られていますから………女で鍛えてもいない私では戦に出ることも出来ませんし、誰かのもとに嫁ぎ、政治的解決も、父上と兄上達の意向によって出来なくなりました。………私にはもう、あなた方を頼る他、出来ることがありません。そんな私が自分の身ばかり気にしていては、戦っているものに失礼です」
雪は力強い眼で小十郎に訴える。
彼女にとって、それはしてはいけないことなのだ。
「そなたは………この国が好きか?」
「も、勿論です。………父上と、兄上達と暮らすこの国が、大好きです」
「そうだろうな………だがそれはそなたの家族も同じだ。そなたと暮らす、この国が、彼らは好きなのだ。だから今こうしてそなたと国を守るために懸命になっている。守るものの一つにそなたが入っているのに、貴方がそれを放棄するのか?」
小十郎は犠牲を否定しない。犠牲なしの解決など夢に見てはいけない。それは、更なる犠牲を生むことだと理解しているから。
だが、目の前の少女は自己犠牲の精神など持ってはいない。ただの自分の命の価値も知らない、愚か者でしかなかった。
「私に………死にゆく者たちを黙って見ていろ、と仰るのですか?」
「そうだ。それが貴方の責務だ。死者を悼み、慈しみ、労われ。それで彼らは満足だろう。それほど、貴方は愛されている」
「………貴方に、おわかりになるのですか?彼らの気持ちが………」
「わかるとも、私もそなたを守りたいと思う者の一人だ」
「貴方も………私を?………なぜ?」
雪はわからない。何故この男はこうも強く、優しい言葉を掛けてくれるのか。
兄上達には散々似たようなことを言われた雪だが、そのような気遣いはいらないと、いつも振り払ってきた。
しかし、今日初めて会ったこの男の言葉を、雪は振り払うことが出来ない。それが何故か、わからない。
「………そなたは美しい」
「なっ………!?」
「家族を、国を思い、そのように考えることのできる貴方は美しい。………私には、血の繋がりを持った家族というものがいない。だが捨てられた私を拾い、家族となってくれた方達がいる。その方達は私にとっての宝物だ。………それでも、やはり血の繋がりというものが少し羨ましい。だから、私にそなた達家族の温もりを感じさせてくれ。そのために、そなたを私に守らせてくれないだろうか」
「………っ!」
雪は顔が真っ赤になる。
生まれてから彼女は、周りの人からたくさんの褒め言葉を貰って生きてきた。彼女にその気がなくとも、その言葉は絶えない。今までにも似たような言葉は数多く言われてきたが、そのことに思うことはこれまで特になかった。
しかし、この男の言葉は違った。
雪の内面を、雪が大切にしていることを理解してくれ、それを綺麗だと言ってくれた。
初めての言葉に、雪は急に恥ずかしくなり、顔を伏せることしか出来なかった。
「あらあら、まるでプロポーズね」
「っ!!………失礼しますっ」
傾国の言葉がさらに雪へと追い打ちをかけ、彼女は居心地が悪くなり部屋を出て行った。
「行ってしまったか………だがまぁ、大丈夫だろう」
「小十郎はああいうのが好みなのね、以外だわ」
「家族を大切にする素敵な人だ。………あまりからかってくれるな」
「貴方………薄々は感じてたけど、実は鈍感とかじゃなくて、さてはただのロマンチストね?」
「自覚はないが………恐らく、母達のせいだな」
小十郎の真っ直ぐな物言い、恥ずかしい言動。
全ては方位御天の母達による英才教育の賜物である。
政宗のような男に、それが母達の願いであった。
そして翌日、発禁堕山は見事織田の軍勢を追い出し、浅井朝倉に少しの平穏が訪れた。
「では、約束を守って貰おうか」
現在、この部屋には義景、雪、一郎、小十郎、傾国、そして発禁堕山がいた。
呪いを解く。それが彼の望みだった。
「うむ、勿論だ。小十郎殿、よろしく頼む」
「了解した。………義景殿、少し彼と話したい。よろしいだろうか」
「………わかりました。どうぞ隣の部屋を使って下さい」
「かたじけない」
小十郎は部屋を出ていき、発禁堕山もその後に続く。そして彼らは空き部屋の中で対峙した。
「………これはどういうつもりだ?」
「どういうつもり、とは?」
「………貴様のような小僧に我が呪いが解けると申すのかっ!!」
発禁堕山は怒鳴る。やはり裏切られた。その思いが彼の溜め込んだ怒りを触発していた。
「その通りだ」
「戯言を。やはり人間など信じるべきではなかったか……して、その長物で儂を殺すか?」
「殺す気はない。この槍でそなたは殺せない。あくまで呪いを解くのみだ」
「口の減らない小僧だ、まずは貴様から殺そう。だが楽に死ねると思うなよ。四肢をもぎ取り、我が使いの餌としてくれるわ」
「………では、私の力を見せよう」
「なに?」
そう言うと小十郎は槍に巻いた布を取り、それを発禁堕山に向ける。
殺る気か?そう思い、戦闘体制にはいる発禁堕山だが、突如、目の前の男に異変が起き、身体が震える。
驚くほど長い髪、獣のように伸びた爪と牙。
それは異形の人間であった。
「妖怪………貴様、何が目的だ」
「言っただろう。そなたの呪いを解くことだ。………この槍で、そなたを呪いから解き放つ」
「まだいうかっ!!」
発禁堕山は目の前の妖怪に不意を打つため、懐に潜り込んだ。一度撤退し、自身の動物を使役する能力をつかい、浅井朝倉もろとも潰してやるために。
しかし、その不意打ちは届くことなく避けられ、彼は胴に一閃、槍で斬られた。
力なく膝が崩れ落ちれ、その振動で天狗の面が外れる。
発禁堕山はすぐさま手で顔を覆い隠すが、その時、あることに気づいた。
「っ!まさか………そんな、馬鹿な………!!」
面の下に隠れていた、複眼で、歪んだ異形の顔。手の感触に、それがなかった。
まさかと思い、部屋の隅にあった姿見の鏡に這い蹲り、不恰好に駆け寄る。
そこには忌み嫌い、嫌われたものではなく、昔彼が持っていた、かつての人の顔が写しだされていた。
「おお………おおおおおおおお………!!」
涙を零す。そして彼は大声で泣いた。
諦めていた。人と触れ合いたかった。普通に生きること、それを彼はようやく手に入れることができた。
「これからは、人として、普通の余生を暮らすがよい」
声のする方にゆっくりと振り向く。そこには妖怪の姿ではなく、普通の人間に戻った先ほどの男がいた。
「お主は、一体………」
「私にもわからない………だがこの力は人を救える。こうしていれば、いずれわかる気がする。なんとなくだがな」
「おお………感謝します。本当に………本当に………」
そして発禁堕山と名乗ったかつての呪い人は、人間となり、一生の涙を流した。
「お待たせした」
「………」
「………呪いの方は解けた、のか………?」
「はい。何も問題ありません」
一郎の問いに小十郎は答える。すると、一郎は深く安堵の息をつき、よかったと、小さく呟いた。
「義景殿………」
不意に発禁堕山が小十郎の前に出て、床に手をつき深く頭を下げた。
「これまでの数多くの無礼………申し訳ありません。処罰は如何様にも受け入れます」
「………貴方も、呪いに苦しんだ浅井朝倉の民、それを今まで救えなかったのは私の責任です。………どうか顔を上げて下さい」
「………そなたの家族にも、心苦しい思いをさせた。責任を取らせて欲しい………」
義景はあまりにも誠実となった目の前の男に驚く。そして、呪いが如何にこの者を苦しめていたのかも、痛いほど理解できた。
だからこそ、見捨てる気にはならなかった。
「結果的に貴方の活躍で国も娘も助かりました。これで手打ちとしましょう。………それでも満足頂けないというのであれば、今後は、浅井朝倉のために働いてください。
織田を抑えたとはいえ、それはまだ一時的なもの。これからが勝負なのです。………どうか力をお貸し下さい」
そして義景も頭を下げた。
「なにを………身に余る光栄であります。一生をかけて、この国に尽くさせて頂きます」
「ありがとうございます。………では今後の話をしましょう。問題は山積みです。是非、貴方も参加してください。………小十郎殿、傾国殿。貴方達には世話になった。どうかごゆっくりお過ごしください」
「小十郎、といったか。本当に感謝する。この恩はいずれ………そちらの方も」
「私は何もしていませんわ。気にしなくて結構よ」
「私も同じだ。自分のためにしたこと………恩を売りたくてしたわけではありません。では、失礼します」
「それで、これからどうするのかしら?」
「今一度、ここで情報を集めようと思う。申し訳ないが、義景殿の好意に甘えることとしよう」
「妥当なところね。それじゃあとりあえず町に向かいましょうか」
「お待ちくださいっ!」
城の外へ足を向けると先ほどの部屋から一人追いかけてきた。
「雪姫殿?」
「小十郎様、町に行くのであれば、是非私に案内をさせてくれませんか?」
「しかし、話し合いの方はよろしいのか?」
雪姫はよほど急いできたのか、少しだけ息が上がっていた。顔も少し逆上せているようだった。
「私がいても、邪魔にしかなりませんから………」
「だが、そなたは朝倉の姫、他にも人が………」
「私ではいけませんか………?」
「そんなことは………」
「小十郎、あまり女に恥をかかせるものではないわ。黙って受け取ったら?」
「………では、よろしく頼む雪姫殿」
「はいっ!それと、私のことは雪、と呼んでください。では行きましょう」
そういうと雪姫はさっさと城の外へと向かってしまった。
小十郎は今さっきの雪姫の顔を思い出す。
それにつられて、小十郎は微笑む。
さっきの雪姫は、年相応の少女が見せる、満面の笑顔だったから。
そして数日後、浅井朝倉は織田との対等の同盟を結ぶことに成功した。
尾張。信長の城。
ランスはとてつもなく不機嫌であった
「ぐぬぬぬ、なぜ同盟など結んだのだー!もう一度攻め込めば勝てたかもしれんだろうがー!!」
「ランス殿、気持ちはわかるでござるが、あのパンダの大群で軍はボロボロでござる」
「部下の士気も下がる一方です。そもそもが今回の戦の理由が原因かと」
「なんだとぉ!?生意気だな光秀、斬ってやろうか」
「やめんか! バカもの!! そもそも、浅井朝倉は平和主義の国 義景殿は出来るお方じゃ! 同盟を結んで貰えただけありがたいと思えっ!」
「じ、爺、抑えてくださいっ」
「うぬぬぬ………だが同盟ならまだ雪姫ちゃんと仲良く出来るかもしれんな………がははー!よし!シィル!今から雪姫の元へと向かうぞ!」
「ラ、ランス様………同盟の中身には雪姫さんへの不干渉も入っていて、破るわけには………」
「なにぃぃぃ!?なんだそれは!!おい、3G!どういうことだ!!」
「戦の原因はお主が雪姫を求めたが故 義景殿が同盟に組み込むのも当然 儂等も当然了承した お前が面倒臭いからと儂等に全て任せたのが悪い」
「うがあああああああああ!!もういい!シィル!!ついて来い!」
「ま、まってくださいっランス様ー!」
ランスと小十郎。彼らが出会う日は近い。