「──」
揺蕩う。何も無い、暗いだけの空間をどこまでも果てしなく、流されてゆく。
ここが隠世なのだろうか。荒魂達が本来「在るべき」とされる場所。光も無く、自分が浮いているのか、沈んでいるのか、或いは立っているのかすら分からない。
本当に、何も無い場所だ。
「────────見!」
だとすればあまりにも寂しい。孤独と静寂だけが支配するこの世界を生きる荒魂達は、きっととても寂しいだろう。
他者との会話も、笑い合う事も、触れ合う事の楽しさも知らずに生きるなど、私にはとても出来ない。
「──い!──かり──見!」
それもこれも全て百重奈が教えてくれた事だ。御刀を受領出来ず腐っていただけの私の世界に、彼女が色彩を与えてくれたのだ。
一緒に食べるおでんは美味しかった。共に戦う任務は心が馳せた。悪い事も沢山あったが、同時に生きる事の楽しさを知った。
だからまだ
まだ死にたくない
「──夜見! 夜見! しっかりしろ!」
これはきっと真希さんの声だろう。誰よりも強くあろうとしているけど、優しさを捨てられない。
そんな声がどこからか響く。
「──救護班はまだですの!? もう鎮圧は済んだ筈でしょう!」
焦りの中でも気品を感じさせるこの声。きっと寿々花さんに違いない。
舞草の刀使との戦いは熾烈だった筈だが、どうやら無事だったらしい。
「──夜見おねーさん、私より先に死んじゃやだよ……」
不安気な幼い声色。
ああ。どうやら結芽さんまでこの場にいるらしい。不治の病に冒された彼女の、具合が悪そうな様子は何度も見てきた。
だから舞草に捕らえられたと聞いた時には心配したものだが、どうやら無事だったらしい。一安心だ。
「──夜見、早く戻ってきなよ」
そして、彼女の──
いつも通りの飄々とした、耳触りの良いあの声が聞こえる。
そうだ、こんな所で漂流している場合ではない。それでは約束を果たせない。私は彼女と試合をすると、そう誓ったのだ。
手を伸ばす。ここが何処でも、何でも関係無い。
戻ろう。私のいるべき──いや、私がいたい場所に。
「──ぅ、あ」
目が、覚めた。
「良かった……生きてる。生きてるぞ、夜見!」
飛び込んで来たのはボロボロと涙を流しながら喜ぶ真希さんだった。普段は仏頂面の癖にこう言う時は感情的になるのも、如何にも彼女らしい所だ。
地面に横たえていた体を少し起こし周りを見渡すと、かつての敵味方問わず皆集まっているようだった。更には切断されたと思わしき大荒魂の頭部と胴体が遠くに鎮座しているのも視界に入る。
何を言えば良いのか困り果てていると、右手を誰かに握られている事に気付く。
持ち上げて見れば、それは百重奈さんと繋がっていた。
「やっほ。生き返って良かったよ」
「……ええ。お陰様で」
「これで試合出来るね?」
そう言ってニヤリと笑った彼女は、手を離して立ち上がる。
優しい温もりが遠ざかってしまい、少し残念に感じた私の口から思わずあっと声が漏れた。
「何? 寂しいの?」
益々ニヤケ面になった彼女から顔を隠す様に手で覆う。恥ずかしい、なんて物ではない。羞恥のあまり顔から火が出そうだ。
和やかな雰囲気が場に流れる。
舞草の刀使達や緊張状態だった親衛隊の皆も気が抜けたのか、穏やかに会話をしている。
「これで、全て終わったんですね」
この状態の始末、今後の対応など前向きな話が聞こえ、私は漸く事態の終結を認識した。
私も前に進もう。先ずはゆっくり休息を取って、その後罪の清算を行うのだ。人体実験やノロを1ヶ所に集める理由と言った一連の事件の原因を知りながら見逃したのは私だ。ならばその罪はちゃんと償わなければいけない。
試合をするならそれからだ。前途多難な、けれども明るい未来を思い描く私に百重奈さんは苦い笑みで返した。
「どうしたんです?」
「──
──何が?
「
突如として大荒魂の胴体がのたうち回る。大樹の幹程もある蛇の体が壁に衝突し、大きな衝突音を立てた。
パラパラと天井から端材が落ちてきて、私の頭を直撃する。
少し前までの穏やかな空気は瞬く間に雲散霧消し、皆御刀を構え直す。
一方私は、立ち上がる事すら出来ず体を起こして睨む事しか出来ない。
「ヤバ……ここ壊れるかもね……」
が、1人余裕を崩さない百重奈さんは何処か他人事の様に呟き、「それ」を肩に担ぎ上げる。
南无薬師瑠璃光如来景光
私が握っていたそれを、百重奈さんがいつの間にか手にしていた。彼女はその御刀に選ばれていないので、振るったとしても刀使としての力を発揮する事はない。
それを一体何に使うつもりなのか──
「確かさぁ、
もう一振の御刀──小竜景光も引き抜いた百重奈さんは、二刀を正面に構える。
それは紛う事なく、二天一流の構え。紫様が得意とする流派を、彼女は寸分違わず模倣していた。
──否
その状態から更に半身を引く、異様な姿勢へ百重奈は移行した。
それは凡そ一切の流派で見たことも聞いたことも無い、奇怪な構えである。
「──ッ! まさか、
姫和は驚愕のあまり、怒声に近い声でその剣技を叫んだ。
一の太刀。それは十条姫和が折神紫暗殺の為に鍛え上げた奥義であり、通常三段階が限度とされる迅移より更に高次元の迅移による突きである。
この段階に至った人間は極限の加速により、永遠に引き延ばされた「一瞬」の世界である隠世から帰還出来なくなる。
要するに百重奈は、本来姫和以外に会得した者の存在しないその技を以て大荒魂を道連れにしようとしているのだ。
「……止めて下さい、百重奈さん」
夜見は震える声で懇願した。
それは現在の夜見にはそうする以外に術が無かったからである。
もし立ち上がる事が出来るなら、いや、或いは這うことが可能でさえあったなら、夜見は百重奈に組み付いて一の太刀を妨害しただろう。
必死の懇願が届いたのか、百重奈は夜見の方へ振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫。──必ず戻ってくるよ」
「待っ──」
今度こそ振り返る事は無かった。
一瞬の内に百重奈の姿は世界から消え失せた。
同時に壁際をのたうち回っていた大荒魂が突如「く」の字に折れ曲がり、そのまま百重奈と同様に消失する。
何も無い虚空だけがその場に残り、静寂が場を支配した。
あまりに呆気ない、幕切れであった。
いやーどうにかなりましたね。
何度かダメかもしれないと思いましたが挫けずに走れて良かったです。
タァイムは……6:27:48.37です。
まあガバガバだった割には良好ではないでしょうか。
しかしそもそもラスボスがタギツヒメではないので、今回は参考記録とするしかないでしょう。
完走した感想ですが──
まだまだ未熟者だな、と言う事を痛感しました。
リカバリー策としてスルガ討伐を導入した事の弊害、分岐条件や覚醒条件のリサーチの甘さ。
そして些細な物から重大な物まで、焦りから来る操作ミスが多発していた事も課題の1つだと思います。
意図しないイベントに助けられてなんとか完走できた、と言うのが実情ですので反省して次回に活かしたいと考えています。
プレイ内容では、やはり小竜景光を引けたのが最大のアドバンテージでした。
序盤から最終戦まで隙の無い活躍をしており、これ無しでは完走も難しかったと思います。
また、「鹿島新當流」を選択した事もこのエンドへの一端を担っています。直接攻略には関係しないので説明を省いていたのですが、実は鹿島新當流を選択した場合のみ、十条姫和とは遠縁の親戚である、と言う設定が付与されます。
これによって、本来姫和ちゃんの役割である「大荒魂へのトドメ」をホモちゃんが代替する事になりました。
可能な限り死者を出したくない、と言う独り善がりな考えから組み上げてしまったこのチャートですが、やはりこれで良かったのかもしれません。
紆余曲折してきましたが、生きるべき人が生き本来死ぬ筈だった人も生きる。そうした「ご都合主義」もこのゲームの醍醐味ですから、視聴者の皆様にもこれを味わって頂けたら幸いです。
それではそろそろエンディングも終わりそうなので、私はここで失礼します。
ですが、この後のムービーをどうか見逃さないで下さい。一流の悲劇を三流のハッピーエンドに変えてしまう、そんな物かもしれませんがそれでも彼女に笑って欲しい。
これだけはハッキリと真実を伝えたかった。
8年が経った。
「カーネーション、アイリス、キンセンカ、アネモネ。ご注文のお花、これで全部です」
「……ありがとうございます」
花屋の店員から受け取った花束をバケツに入れ、桜並木を1人歩く。
あの頃の桜も、同じ位綺麗に咲いていたのだろうか。記憶と言うのは思ったよりずっとナマモノらしく、8年も経てば百重奈さんと見たあの日の桜の色もすっかり薄れてしまった。
そう、8年だ。
今となってはあの場にいた人間で刀使として活動しているのは私だけだ。舞草の研究者であるリチャード・フリードマンによれば、私の身体の37%を構成するノロによって刀使としての能力が維持されているらしいが、詳しい事はよく分からない。タギツヒメに寄生された折神紫と同じ理屈なのだろう。
皆、各々の道を進んでいる。
真希さんと寿々花さんは荒魂対策の更なる一手として政界への進出を決め、結芽さんの治療も未だ続いている。
特に結芽さんは当初宣告された寿命など当の昔に過ぎているのに、むしろあの頃より生き生きとしているのだから驚きだ。
他では、益子さんが刀剣類管理局の局長を継ぐ事になったと言えば百重奈さんは驚くだろうか。仕事に追われてんてこ舞いだとぼやいていたが、彼女にはそれくらいが丁度良いだろう。糸見さんも敏腕補佐として活躍している。
そうやって1人物思いに耽っていると、目的地に辿り着いた。
様々な墓石が並ぶ霊園の中で、「星家ノ墓」と刻まれた石と相対する。
「──結局、あなたとの繋がりもここ以外に失くなりましたね」
何の温かみも持たない、眼前の墓石だけが「星 百重奈」と言う人間が存在した唯一の証拠だ。
両親を早くに亡くし、天涯孤独の身として生きてきた彼女は殆ど何の私物も持っていない。鎌府の寮にもあるのは精々布団程度で、生活感を感じさせる家具類は一切持っていなかった。
事件終結以後紫様の計らいで部屋はそのままにしてもらっていたが、入寮者の増加に伴って昨年遂に撤去されてしまい、百重奈さんは帰る場所を失ったのだ。
「──」
私は百重奈さんが約束を守ると信じている。だからこうして待ち続ける事だって苦ではない。
だが、だが──
「……止めましょう」
後悔していたって何も始まらない。
3ヶ月振りの墓参りなので、墓石は相応に汚れている。
早く綺麗にしてやろう、そう思ってバケツを置いた瞬間、私の視界に「何か」が映った。
「──?」
墓石の裏から、何か細長い物がはみ出している。「それ」を手に取ってみれば、鞘に納められた刀だった。
引き抜く。
「──────ふふっ」
思わず笑ってしまった。
刀の根元、ハバキに彫られた倶利伽羅龍は、この御刀が小竜景光である事を如実に示している。
ああ、なんだ。帰ってきたのか。
途端に気分が軽くなった。
今は、彼女に繋いでもらった手を他の誰かに繋ぐ。それが私のやるべき事──やりたい事だ。
同じ空の下で生きているならいつか、どこかで会える。試合はその時にすれば良い。
人生何が起こるか分からない。それが醍醐味なのだから。
「──そうでしょう? 百重奈さん」
見上げる青い空に、桜の花びらが舞った。
・模倣芸(イベント専用)
ホモはエピローグや特定のイベントで「模倣芸」技能を使用している。それは柊の縁者だからか、それとも他の理由があるのか、考察班の議論の対象になっている。
無事完結しました。
最後は劇場版仮面ライダーキバの主題歌流せば良い感じに終わる気がします。
それはさておき、ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
現在「タギツヒメ最速暗殺RTA」を検討していますが、如何せん形になるか分からないので一先ずこの作品は完結したものとして考えて頂けるとありがたいです。