結論から言えば、吾レの心は空が白み始める頃に折れた。
朦朧とする意識の中で、「自分」と言う最後の砦がボロボロと崩れ去っていくのを自覚するのが、吾レの限界だった。
「──する!大人しくする!だからもう止めてくれ!頼む!」
「本当に?」
「ああ。何でもするから、お願いだから、許してくれ……!」
あぁ、言った。遂に言ってしまった。人の形をした悪魔の甘言を受け入れてしまった。
吾レの言葉に満足したのか、悪魔はニッコリと笑みを浮かべて口からふやけた手を引き抜いた。
鎖をほどかれ、数時間振りに地上に降ろされた吾レに悪魔は手を差し伸べる。
「そっか!いやー良かった良かった!分かってくれたんだね!」
「吾レはお前に逆らわない。それで良いのだろう?」
「──違うよ?」
腕をガッシリと掴まれ、力強く引っ張られた事で吾レは勢いそのまま悪魔の胸に飛び込んでしまった。
抱き締める──と言うよりは絡めとる様な抱擁に包まれ強ばった吾レの耳元で、悪魔が囁く。
「私とキミは『トモダチ』だ。私は鎌府の奴らみたいにキミを使い捨てたりしないし、キミも私を裏切らない。ね?簡単でしょう?」
「ほ、本当か──?」
──「トモダチ」になれば吾レは1人にならない?害されもしない?
それは崩れかかった「吾レ」へのトドメの一撃に等しかった。
そんな筈は無い。コイツも鎌府の奴らと何も変わらない。そう思おうとしても「裏切らない」の一言が脳の中に突き刺さって強く主張する。
「勿論。キミが私を裏切らなければ、私は絶対にキミを裏切らないとも」
ただし、と悪魔が歪んだ笑みで此方を覗く。
吾レを嬲っていた時とはまた別の、ネットリとした湿度を持つ笑顔が視界一杯を埋め尽くす。
「もしキミが私を裏切ったら、分かるよね?」
鼻と鼻がぶつかる程の至近距離から突き刺す視線に、堪らず目を逸らして──その先に、吾レの口に突っ込まれていた手が写り込む。
「──!」
瞬間、あの悪夢としか言いようがない時間がフラッシュバックする。
幻聴だと理解していても、脳に刻まれた悪魔の哄笑が想起される。
『うーん。全然大人しくならないなぁ。それならこっちもとことん付き合っちゃうゾ!』
『あはははは!粘る粘る!ホントスゴイよキミ!』
単純な苦痛では無い、苦しみも快感も一緒くたに纏めてぶつけられ、自分から自分が欠落するおぞましい感覚が全身を走り抜ける。
アレは、アレだけは嫌だ。
またあんな目に遭うくらいなら──
「そう、そうだ。吾レとお前は『トモダチ』だ。だろう?」
あんな目に遭う位なら、「トモダチ」で良い。
いや、
それは強い自己暗示となって、吾レ自身の心を塗り替えた。「トモダチ」になる事で苦痛と孤独から解放される。そう心の底から思い込む事で、自らの安定を図ったのだ。
「うんうん! 分かってくれて嬉しい!」
吾レの返事に気を良くしたのか、トモダチは軽いステップで距離を取り、此方へ右手を差し出した。
「じゃあ改めて。私、星切 依奈!キミの名前は?」
「吾レは、スルガ。──お前のトモダチだ」
躊躇う事なく差し出した吾レの手と依奈の手が繋がれる。
もう後戻りは出来ないが、これで良いのだ。
しかし、それはそれとして面白くない事もある。
吾レは荒魂で、依奈は刀使。そして吾レが依奈に敗北した以上、折神紫への復讐はもう叶わない。
「トモダチ」の方が余程楽しいが、だからと言って怨みが消える訳でも無いのだ。
「どうしたの? 何か悩みがあるなら相談してよ」
「──良いのか」
「勿論。だって、それが『トモダチ』だから」
どうやら傷心が顔に出ていたらしい。
先程の愉快そうな表情から一転、心配する素振りを見せた依奈が吾レの頬に空いた手を添える。
『トモダチ』とは困った時に相談出来る者。即ち依奈の事に他ならない。だったら包み隠さず言ってしまおう。
「実は──」
思い返せば、苦しい時に話を出来る相手など何処にもいなかった。
常に孤独で、言葉を交わすどころか生命体として見てくれる相手すらいなかったのだ。
それに比べてトモダチがいる事の何と幸せな事か!
「ふふ。なぁんだ。そんな事かぁ」
「そんな事とは何だ。吾レの生きる理由だったのだぞ」
一通り話し終えると、依奈は何故かうんうんと頷きながら吾レの肩をバシバシと叩いてきた。
──何だか、バカにされてるみたいで不愉快だ。
「じゃあ、一緒にやろっか」
「──へ?」
ハイ。と言う訳で工事完了です……。
殆ど洗脳と言っても過言では無い程の過酷な交渉によって、スルガを仲間にする事が出来ました。
以後彼女は従順な戦力としてあちこちで活躍してくれます。滅多な事では離反したりはしませんが、過度なストレスを受けたり再度拷問に掛けたりすると正気に戻って裏切ってしまうので、基本的にはスルガの言う事やする事は全肯定してあげましょう。血気に逸って折神邸に突撃したりしなければ問題はありませんが、稀にとんでもない事をやらかすのでそこは注意が必要です。
「ね、ね。ちょっとノロ分けてくれない?」
「別に良いが、何故だ」
「好きな相手の一部を取り込むってステキだと思うなぁ。分からない?」
「そうか?いや、吾レには分からん……」
さて、折角スルガを仲間に出来たので、彼女から少量のノロを注入してもらいます。お前精神状態おかしいよ……。
彼女もドン引いていますが、必要な事なので多少無理矢理でもお願いしましょう。
と言うのも、スルガのノロを接種すると両者の間でテレパシー的な物が可能になり、一々端末で連絡を取る必要が無くなります。美濃関に戻らなければいけない時も遠隔で指示が出せるので大変有用です。
少量であれば他の刀使にバレる事も無いので、やらないと言う手はありません。
それが終わり次第、今度は鎌府女学院を襲撃してS装備を1セット奪取します。いくらリディア・ニューフィールドが優秀な科学者だからと言って、無から有を作り出す事は出来ません。なので彼女を
まぁ実際に襲撃するのはスルガが生み出した荒魂で、ほよは防衛網に「穴」を作って手引きをするだけです。
確かにほよ単独で実行する方がタァイム的には正しいのですが、万が一ヘマをしてバレてしまった時に再走が確定してしまうので、より安全な選択肢を選んでしまいました。(18敗)
ビビりスギィ! と思われる方もいるかもしれませんが、ここでガバると後が全部ガバガバになるので石橋を叩いて砕く位の心持ちで挑むしかありません。
では張り切って、イクゾー!(デッデッデデデデ)
今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。
誰もいない学舎を、1人の少女が駆け抜ける。
『正門前は押し返しています!このまま大型を抑え続けて下さい!』
『専科の安全確保はまだ終わらないんですか!もう保ちませんよ!?』
『先行している刀使は1階から撤退して下さい。2階に防衛線を張り直します』
「──」
耳に装着したインカムから聞こえる戦況は一進一退の様相を呈していて、それが少女の足を一層早めさせた。
窓の外から覗く中等部の学舎は所々から火の手が上がっており、伍箇伝の一校としての誉れ高い姿は黒煙に霞んでいる。
少女の名は伊南栖羽。鎌府女学院中等部の2年生である。
(速く──もっと速く!)
事態の発生から1時間と30分が経過しても、未だ学院内に侵入した荒魂の掃討は為されていない。
突如出現し学舎を我が物顔で荒らし回る異形に対して、高津学長は折神紫親衛隊の投入で決着を図ったが、荒魂の津波とも形容出来る程の物量に苦戦を余儀なくされている。
そんな中、比較的被害が少ないと思われた研究棟に荒魂が侵入したとの情報が仮設司令部に舞い込んだ。
先端技術が集中する研究棟が破壊された場合、損失と世間からの批判は厳しい物となる。
しかし、やや外れた位置に存在する研究棟に構っている余裕も無い。
司令部が出した結論は、遊撃手として奔走する栖羽を態々呼び戻し、たった1人の救援として差し向ける事だった。
昨年の沖縄での一件から実力を見込まれた──と言われれば聞こえは良いが、実際に期待されているのは時間稼ぎである。
栖羽自身も勿論それを承知しており、故にこそ必死になって走っているのだ。
何だかんだ言って困っている人を助けてしまう、彼女らしい一面の発露でもある。
(──でも)
しかし、栖羽はどうしても1つの疑問を解消出来ずにいた。
(ホントに、
星切依奈。
その名前を今の鎌府で知らない者は1人としていないだろう。
半月程前から鎌府に出向し、恐ろしいまでのペースで荒魂を狩り尽くすその少女。
曰く「鬼神」。曰く「機械刀使」。
荒魂を倒す事以外に何の興味も示さない、戦闘マシーンの様な「問題児」がこの学院には存在している。
そして任務において幾度か行動を共にした事もあって、栖羽は依奈の実力もそれなりに理解しているつもりなのだ。
だからこそ、そんな彼女が
どちらも依奈らしくない、何か意図があるのではないかと言う疑念が栖羽の中に渦巻いている。
それとも彼女の手に余る程の強敵──即ち大荒魂が出現したか。
(……それは無いよね)
質の悪い冗談に、普通に考えて有り得ないと栖羽は思い直す。
(兎に角、確かめないと始まらないかな。うん、変な事考えるのは止めよう)
悩んでいても仕方ない、と頭を振った栖羽はようやく視界に捉えた灰色の建物──研究棟へと走り続けた。
・ほよ
サイコテロリスト。コイツ精神状態おかしいよ…。
・スルガ
めでたく「トモダチ」が出来た。
・伊南栖羽
琉球剣風録の主人公の1人。実力は平均以下らしいけどガッツがやべーやつ。
既に剣風録から半年以上しており人間的にも実力的にも成長。
だからこそほよを疑う事もする。