傷吐き   作:めもちょう

10 / 63
十話

 昨日あんな事件があったものだから、対応に追われている雄英は今日、休校になった。急になったからバイトは変わらず夕方から。朝からゆっくり宿題とか予習が出来る。そう思っていた。

 

 買ったばかりなのに結構連絡先の入ったスマホから着信音が鳴った。今はまだ朝の7時。一体誰だろう、こんな時間に。

 スマホの画面を見ると、そこにある名前は「爆豪勝己」だった。昨日、昼休みに交換したばかりの番号だ。

 

「はい、もしもし」

『ヘアバン、今から多古場海浜公園に来い』

「は? え? どこ?」

『最寄り駅は田等院だ。さっさと来やがれ、トレーニングすんぞ』

「えぇ!? 今日から!? 君、昨日危険な目にあってんだから、おとなしく……」

『一生トレーニング無しにすんぞ』

「うわ、分かった、行くから! でも8時集合ね!! そこは譲らないよ!」

『7時半』

「移動時間的に無理!」

『駄弁ってねぇで準備しやがれ!!』

「分かりました!」

 

 もうやけくそだ! 早く行かなきゃ電車が混んじゃう! 朝ごはん食べてて良かった!

 

「何必要? タオル、水分と……着替えか!」

 

 あと財布とスマホを持って、とっとと家から出る。近い時間に間に合え!

 

 

 

 ひどいひどいひどいひどい!! いくら今日が休校だからって、遠くに呼び出すことなんてしないでよ! 電車代思ってたより辛かったんだから!! バクゴー君のバカー!! こんなことならバクゴー君に連絡先渡さなきゃ良かった!

 急がば回れ精神でなるべくまっすぐな道を走りぬける。周りに迷惑にならないように注意しながら、道を見ながらなんてめっちゃ体力的にも精神的にも辛かった。鍛えてるって自分では思ってたけど、ヒーロー科の皆の体の出来は桁外れだった。アレはやばい。

 なんとか辿り着いた多古場海浜公園。初めて来たし広い場所だったけれど、彼の目立つボンバーヘッド(トゲトゲって意味ね)が簡単に目に入ったから、なんとか迷子にならずに済んだ。そう安心したと同時に初めての場所に来たことによる緊張が解けて、一気に疲れが来た。足がプルプルしてる……。

 

「10分で、来いだなんて……、君マジで鬼畜だ!」

 

 てか無理! やっぱバクゴー君は俺に酷いこと要求したな! この公園までの道も分からなくて地図アプリ使っちゃったよ! データ量がぁ……。こちとら節約してんだぞ!?

 

「喋るヨユーあるなら始めるぞ」

「休ませて!!」

 

 君のこと嫌いになりそう! 主に金関係で! あと走ってきたのに休ませてくれないのも嫌!

 

「疲労は個性で回復出来ねーのか」

 

 ん? “個性”の話? 思い出してみても、回復出来たような覚えはない。継続ダメージが無いだけで、初撃のダメージはあるからね。

 

「んー、出来たことは無いかな。回復出来るのは怪我と病気だけだと思う」

 

 “個性”発現以来、風邪ひとつ引いた覚えはない。バカは風邪ひかないってやつかと思ってたけど、施設でインフルエンザやその他感染症の類が蔓延した時も俺だけ無症状だった。黒キューブにもならなかったから気付くのに遅れたけど。つくづく便利な“個性”だよ。好きな時にパンデミック引き起こせないのは攻撃性足りないけどな。つまり俺は感染源にも成りえない。

 

「任意発動型か」

「ううん。常時。息してればいつのまにか直ってるよ」

「そりゃあ便利な個性だな」

 

 嘘は言ってない。息は常時してるものだから。「息」をトリガーにして傷を黒いキューブに変換する俺の“個性”、9割9分、常時発動型と言って構わないだろう。致死性が高い毒ガスが充満する環境だと流石にどうかと思うけど。あと水中戦。水の中だとロクに身体動かせないからどうせ負けるけど。

 ……暴れるのが好きそうな君のことだ。俺のことをサンドバッグだと、心の中で思っているんだろう? 意外と、思ったことを口にするタイプではないんだね?

 

「こいつがメニューだ」

 

 そう言ってバクゴー君が渡してきたのは、発声練習のメニューが書かれた紙。こんな感じだ。

 

・深呼吸(20秒吐き、5秒吸い)×2

・“あ”ロングトーン(最低30秒)×2[声がかすれ始めた時点で終了]

・“あ”スタッカート(1セット10回)×2

・七十五音(a,e,i,u,e,o,a,o)×2

・早口言葉(その時々で)1セット3回×3

・“あ”ロングトーン×2

 

 マイク先生との発声練習よりも優しい練習内容だなぁ。マイク先生のとこだと、外郎売りだったり割り箸咥えて五十音とか、もう少しラインナップがある。あと空のペットボトル咥えて吸って潰す、膨らますを繰り返したりとか。それらが無いだけすごく楽だ。バクゴー君にはマイク先生のこと言ってないから、こうなっても仕方ないのかもしれないけどね。

 なんて、その時は思っていた。

 

「こっちが筋トレメニューだ」

「筋トレ!?」

 

 俺は筋トレを頼んだ覚えはないんだけど! もっかい渡された紙には次のメニューが……。

 

・腕立て伏せ ×100

・フロントブリッジ 30秒×3セット

・腹筋 ×100

・懸垂 ×20

・スクワット ×100

・ランニング 3km

 

 な、なんだこれ!? 腕立て伏せ、腹筋、スクワットは各々100回を目標にしてる!? 無理! いや、鍛えてくれるのはありがたいけれど! 

 

「数えっぐっ!?」

「初回だから、これでも少なくしてやったんだぞ。てめぇがどれくらい出来るか分からねぇからな」

 

 俺が想定してたより、この『笑顔満点計画』にノリノリでびっくりだ。

 

「うわぁ……ありがとう」

「嫌ならやめんぞ」

「誠心誠意、やらせていただきます!」

 

 こんなチャンス、逃しちゃいけない!

 

 

 バクゴー監督による訓練は、発声練習も筋トレもスパルタだった。ちゃんと指導してくれる辺り優しいけど、溜め息吐かれて数を減らされたときはプライドへし折られた。次からは数は減るけど、テンポをゆっくりにして負荷を多くするって。上級者向けじゃんと言ったら、「反動つけるのは効果がなくなる」と、正論らしいものを叩きつけられた。てかさー! 公園のど真ん中とは言え、大声出すのって恥ずかしくね!? 腹から声出せって言われても恥ずかしさで勝手にブレーキかかっちゃうよ! えーん!

 

 最後に行うのはランニング3km。この公園の外周一周分だって。広いね。そう考えてたら、横でバクゴー君もアップを始めた。

 

「あれ? 一緒に走るの?」

「やんなきゃ体が鈍る。てめェは呼吸を意識して一周して帰れ」

「え、いいの!?」

「体壊したきゃ、もっと走ればいい」

「やっぱバクゴー君やっさしー!」

 

 バクゴー君は無言で行ってしまった。待ってと呼んでも止まってくれない。疲れてる俺とバクゴー君では、走るペースから違ってしまった。

 終わりだからと流していたら、俺の一周が終わる頃に二週目を走るバクゴー君に追いつかれて、「痛めたくなきゃクールダウン忘れんじゃねぇぞ」と声をかけられた。

 

「ありがとうございました!」

 

 練習の成果を見せたくて大声出したけど、思った以上に声に疲れが乗ってしまった。ちょっと、恥ずかしい。

 

 クールダウンって、ゆっくり柔軟すればいいんだよね? ぐっぐっ、と足を伸ばして、腕を伸ばして、背筋を伸ばして、深呼吸。

 まだ走っているバクゴー君をふと見ると、彼は誰かと走っていた。この距離じゃ分からないけれど、でも、一緒に走ってるってことは、バクゴー君の知ってる人ってことかな。……あ、昨日の今日だ。あの人、雄英の人かもな。は、はははっ、急な俺の移動にも対応して監視が出来るなんて、はは、よっぽど雄英は暇なんだなぁ!? なんで俺ばっかり!!

 落ち着け、落ち着け。この動揺はバクゴー君にも悟られちゃダメなやつだから。大きく吸って、長く吐け。心拍数を抑えろ。気付かなかったフリをしろ。

 

 3kmの3周、9kmを走ってるんだから、きっと疲れるはず。スポドリ買って渡そう。こればコーチ料ってことで。それを持って公園の入口で待ち伏せる。帰ってきたバクゴー君はいきなり俺に「何見てんだゴラァ」とガン飛ばしてきた。別に怖くない。

 

「だってバクゴー君、知らないおじさんに絡まれてなかった? 知ってる人だったら、ごめん」

「……知らねぇってワケじゃねぇ」

「よかった。不審者じゃないんだね」

 

 ……なんで目ェ逸らすの。え、こっわ。さっきのアレ、俺の早とちりだった? どっちに転んでも怖いんだけど。

 この話はやめようと、俺は「コーチ料」と言って、1本のスポドリを渡した。この辺りの自販機、値段高くて、このスポドリ1本160円もした。辛い。安いと言われたから2本目、自分用に買っていたのを渡そうとしたら断られた。何を払えば……。そもそもこんな遠いところに呼び出さないでよ!

 内心逆ギレしている俺に背を向けて、バクゴー君は東屋的な屋根付きベンチに向かった。そこには俺達の貴重品以外の荷物を置いてある。

 向かいながら、バクゴー君は聞いてきた。

 

「お前……ヒーローにはならねぇのかよ」

 

 脈略の無い話題に、ドキリとした。

 突然、何の話だ。

 

「へ? 確かに災害救助専門のヒーローもいるけど、そんなヒーローだって時にはヴィランと戦わないといけないだろ? 俺やるとしたら個性関係なく肉弾戦しかないし、それが嫌だからならないつもりだよ」

「俺らの担任はバリバリの肉弾戦だぞ」

「あの人は個性消して相手も肉弾戦に持ち込めるからでしょ」

 

 つい、言い訳の癖で饒舌になってしまった。でも、不審に思われては無いようで安心した。

 ……焦る必要はないぞ、俺。

 座ったバクゴー君の隣に座る。

 

「それにな、俺、なるべくヴィランに関わりたくないんだ」

 

 昨日思ったことと全く同じことを口に出す。

 

「ヴィランになりたくないから」

 

 ザワザワ、ザワザワザワ。ザワザワザワザワザワ。

 

 思っていたことを口にするだけで、どうして体の内側がこうもザワザワするんだ。

 ぐるぐると、気持ち悪いものが胸を、腹をのたうち回っている。スポドリを飲んでも、それは一向に治らない。神様からのお告げか? この、気持ち悪さは。

 

「ごめんね!」

 

 ようやく出した意味ある言葉は、謝罪だった。バクゴー君は怪訝な顔して俺を見ていた。

 

「何がだよ」

「ヒーローを、それも最高のヒーローを目指しているバクゴー君に稽古つけてもらってるのに、ヒーローを目指さないなんて、そんな半端な奴だからさ、俺」

 

 おこがましかったんだよ。正直なことも言えない、言いたくない俺じゃ、バクゴー君のそばにいるのは、おこがましかったんだよ。

 

「ありがとう! 稽古つけてもらって、助かったよ!」

 

 終わらせよう。C組の皆は、そりゃ聖人のように優しく受け入れてくれたさ。でも、バクゴー君もそうとは限らない。

 嫌だ。バクゴー君に、命の恩人に、ヴィラン呼ばわりされたくない!!

 

「話、終わってねーだろ」

「え?」

 

 稽古は終わり。お礼も言った。これ以上、この変な空気に居させないでくれよ。逃がしてくれ!

 

「ヴィランになりたくない理由はなんだ」

 

 逃がしてよぉ!!

 もうダメだ。もう、バクゴー君の顔が見れない。でも、説明、しなきゃ。

 

「……誰だって、最初からなりたいと思っていないだろ」

 

 そういう選択肢しかない人だけが、誰にも手を差し伸べられなかった、伸ばした手を払いのけられた人が、最初からヴィランになる道を行くんだよ。自分の力に酔ってる奴らのことは知らねぇ。

 

「きっかけぐらい、あんだろ」

「……まあ、ね」

 

 引かないな。……腹をくくろう。どうせ、どうせ先生から聞いてるだろ。だから、大丈夫。復讐心がバレてたとして、どうでもいい。

 

「バクゴー君。俺はね。母親がヴィランだ」

 

 その事実は、初めて聞いたなら驚くべきものだ。なのにバクゴー君は黙って頷いた。ああ、やっぱり雄英教師の誰かから、俺の話を聞いてるんだな。あんまりにも予想通り過ぎる。あんまりだ。

 

 

 入学初日にC組で話したことに母親が優しかったこと、水商売をやっていたことを付け加えて話した。それから、ヴィランと呼ばれる犯罪者の中には、自分の快楽の為ではなく、救われようとあがいて、それでも見捨てられた人々もいるのだとも話した。だから、そんな哀れな人間になりたくない、ヴィランになりたくない。それがきっかけだと伝えた。バクゴー君も、理解を示してくれる。示してくれたのに、さらに求められた。

 

「今はどうなんだよ。同級生からリンチを喰らうようなお前が、ヴィランになりたくないと、本気で思う理由を話せ」

 

 くそ! くそ! くそ! くそ!! さっきの話で満足してくれよ!

 

「誤魔化されてくれよ、バクゴー君」

「生憎、お前の呪詛を聞いたんでな」

 

 バクゴー君のその一言で、ドクンッと、心臓が痛くなるほど跳ねた。

 

 あの時の、あの時の恨みの言葉を聞かれていた!!?? ああ、最初から近づくべきじゃなかったのか!! おこがましいなんて謙虚な立場じゃない。俺はこの男を、要注意人物として扱わないといけなかったんだ!!

 血の気が引いていくのを自覚しながら、俺は諦めて、自棄になった。いっそ、どこまでも近くなって、同情をどこまでも誘ってやる。ほとんど立ってなかったような計画だけど、それを潰したんだ。君には、君達には、情報源になってもらおうじゃないか。

 

 ヒーロー科編入の、踏み台にさせてもらうよ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。