傷吐き   作:めもちょう

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二十一話

 体育祭の後、雄英は二日間休校にしてくれた。だから俺は、少し、勇気を出すことにした。

 

 

 

 とあるコンクリート造りの建物を見上げる。それは刑務所だ。ここには、俺の母親が収監されている。

 

 受付の職員さんに案内された部屋は、刑事ドラマなんかでよく見る、アクリル板で仕切られた部屋だった。

 

「少々お待ちください」

 

 案内してくれた職員に対して、緊張している俺は声が出ず、ただ頷いた。

 

 パイプ椅子に座り、左手の薬指の付け根をマッサージする。昔、施設の洗井さんから教わった緊張緩和の方法だ。ここが一番心臓に近い指だから、マッサージすると落ち着くんだと。血行が少しでも良くなるのか、確かに落ち着く方法だった。

 この部屋には扉が二つある。そのうちの、俺が使っていない方の扉が開いた。扉を開けたのは刑務官。その奥にいるのは女性。俺の女性版と言ってもいいような、ヴィラン顔の女性。

 

「かあ、さん」

 

 俺の記憶よりずっとやつれてしまった、それでもきれいな母親だった。

 

「久しぶりね、正。12年ぶり、かしら」

「干支一周分だね」

「ふふ、そうね……」

 

 長い。長い時間だった。俺の心が落ち着くまで、会いたいと思えるまで、こんなに時間がかかった。かかってしまった。

 

「お母さん」

「正……そうだわ、正。昨日の体育祭見たわよ! 大活躍だったじゃない! ヒーロー志望だったのね。格好良かったわよ」

「……立派とは言えない内容だとは思うよ」

「何言ってるの! あそこに立つ人は皆、一番を目指す子達よ。泥臭くたって、勝てばいいのよ!」

「……ありがとう」

 

 涙が出てきた。お母さんが俺を認めてくれた。

 

「正、直接会えて嬉しいわ。体育祭お疲れ様。ベスト8おめでとう」

「うん!」

 

 お母さんって、たくさん誉めてくれる人だったんだな。

 

「お母さん。今まで会いに来なくてごめんなさい」

「いいのよ。正が会いたいと思ってくれた今が、とても嬉しいから。それに……卑怯だけど、私は施設からあなたの様子を手紙で教えてもらっていたしね」

「え……?」

 

 知らなかった。……つまり、苛められていたことも、お母さんには伝わっていたのか。……知られたく、なかったな。

 

「ごめんなさい。私のせいで、あなたに大きな負担を与えてしまった」

 

 目を伏せてお母さんは言った。そんなことはない。俺は慌てて、必死で首を振った。

 

「お母さんのせいじゃない。犯罪者どもがバカだっただけだ」

「……通報したっていうのは、本当なのね」

「この世に虐めはない。あるのは、暴行罪、名誉毀損罪、脅迫罪、その他の罪だ。逮捕されるべき人間が逮捕されただけだよ」

「“個性”のせいで、なかなか証拠が残せなくて、苦労したって聞いたわ。通報出来るまで、よくやり返さなかったわ。……私と同じにならなくて、本当に良かった」

「お母さん……」

 

 お母さんは悪くない。悪いのは、レイプした政治家のボンボンだよ。殺して良かったんだよ。他の犠牲者が出る前に。あれ以上被害が広がる前に。お母さんはお母さん以前の被害者の恨みを晴らして、未来の被害者を救ったヒーローだ。

 でも、そんなこと言えなかった。命は、命だから。冷徹に物事を考える自分が嫌になる。家族のことなんだから、もっと感情的になればいいのに。意図的に心と体を乖離させ続けてきた弊害が、こんなところに。だから俺は自分が嫌いだ。

 

 話を変えよう。

 

「お母さん。もう分かってると思うけどさ、俺、ヒーローになりたいんだ。ヒーローになれくても、特別救助隊や、消防隊員もいいかなって思ってる。そこでなら“個性”を活かせるから」

「正は人助けをしたいのね。ヴィランを倒すというよりかは」

「うん……。お母さん、目指していい?」

「ええ?」

 

 俺の種となった男はロシア人ヒーローであることが分かっている。回復系の個性を持っていることも。そんな奴に危害を加えられたお母さん。お母さんが認めてくれないのなら、“個性”を使わない職につくことも視野に入れている。お母さんの負担になりたくないんだ。

 そんな思いでやった許可取りに、お母さんは驚いた顔をしていた。

 

「何言ってるの、正。目指していいに決まってるじゃない!」

「!」

「全力で応援するわ! だって、あなたの夢は多くの人を救うんだから。応援させて?」

「お母さん……」

「あ、でも一つ、約束してくれる?」

「何?」

「体育祭でのような、危ない戦い方をしないで。いくら傷をキューブに変換出来るからって、痛みはあるでしょう?」

「俺の“個性”、知ってたんだ」

「だってあなたのおじいちゃんと同じなんだもの、傷の治り方。すぐ分かったわ。複合なのねぇ」

「そっか」

「だからって、人に心配かけてちゃヒーローとは言えないわよ。慌てなくていいけど、絶対、ヒーローになる頃にはそのスタイル直すのよ」

「はい」

 

 お母さんは、お母さんだった。優しい人だった。強い人だった。

 嫌だと言わなかった。すごいことだよ。だって、自分に危害を加えた人間と同じ世界に行こうとしてるのに、応援してくれるんだよ? どこまで懐深いんだよ、お母さん。

 

「今まで迷惑しかかけてなかったんだもの。応援くらい、させてね?」

「ありがとう」

 

 その言葉が何よりもの、力になります。

 

「お母さん、いつ出てこれるの?」

「本当は15年だから、あと3年ね……でも、お母さん態度良かったから、あなたが2年生になる頃には出れるはずよ」

「そうなんだ! じゃあ、一緒に暮らそうね」

「いいの?」

「当たり前じゃん! それまではさ、手紙出すね」

「楽しみにしてるわ」

「うん。俺ね、お母さん、今、友達たくさん出来たんだよ。手紙で紹介するね。皆、いい人たちなんだよ!」

「うん、あなたの顔を見れば、分かるわ」

「そうでしょ? だって、幸せなんだもん」

 

 アクリル板に反射する自分の顔。お母さん譲りだとしてもやっぱりブサイク。でも、自分でもいい笑顔するようになったなって思えるようになってきた。

 俺をここまで変化させてくれるような、すごくいい人たちなんだよ、お母さん。手紙、楽しみにしててね!

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