傷吐き   作:めもちょう

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二十四話

 準備期間を経て、職場体験が始まった。俺の体験先は東京の淵谷(ふちたに)消防署だった。

 個性の使用が許されているのは厳しい試験を通過して資格を手に入れたヒーローのみだけど、言うて“個性”は身体機能。常時発動型だったり、異形型の“個性”の人はそれが活かせたり、不利にならない職種に就くことが多い。俺は世間的には常時発動型の自己回復って“個性”、『超回復』で通ってる。だから、スカウトされたんだろうか。

 

「今日から一週間、よろしくお願いいたします。雄英高校一年、吐移 正です」

「よろしく。俺は淵谷消防職員、花形健吾だ。気軽にケンさんって呼んでくれ!」

「は、はい、ケンさん!」

 

 ケンさんは中堅の消防士で、スカウトした人とは違うらしい。

 

「上の人が言うには、お前の手はヴィランを捕らえるものじゃなく、苦しんでいる人の手を取るものらしいぞ。雄英にいたらヒーローは身近だし、むしろ一回くらい消防を見ててもいいんじゃねーか?」

「はい。あの、実は俺、周りからもヒーロー向けじゃないと言われてて……特別救助隊員とか、目指してます!」

「そうなのか!」

 

 ニカッと、 気持ちのいい笑顔で受け入れてくれたケンさん。ちなみに彼の“個性”は『脈拍確認』。触れたものの心臓が動いているかどうかが瞬時に分かる常時発動型“個性”で、まさに人助け向けのそれだった。

 

 まず俺が受けたのはビデオ学習。事前学習もやったけど、改めて見るとやっぱり仕事の種類が多いなと思う。

 消防士の活動内容は大きく六つ。消火・救急・救助・防災・予防、そして事務。俺が今回スカウトされたのは、主に救急・救助活動の部門にだった。いや、機会があればどれもやるんだけどね。火災よりも交通事故とかの方が多いから、そんな感じなだけらしい。俺の言う特別救助隊員はレスキュー隊員のことらしいな。スペシャリストだって!

 

 消防士の仕事の流れをビデオ学習した後は、実際に体験だ! 車両の点検や用具のチェックの様子を見せてもらったり、訓練、トレーニングにも参加させてもらった。俺の方がずっと若いのに、花形さんに色々と負けて悔しかった。やっぱり俺は、体力がない。

 

「まだまだ細いな! たくさん食って、たくさん鍛えて、たくさん寝ろよ! 俺はそうして鍛えたぞ!」

「はい!」

「次は懸垂だな!」

 

 次のトレーニングに入ろうとした時だった。署内にサイレンが鳴り響く。

 

『◯◯市◯◯にて、交通事故発生、──』

 

 詳しくは聞き取れなかったけれど、今の放送で一緒にトレーニングしていた職員さんが走り出し、あっという間に着替えて、救急車に乗り込んで行ってしまった。一瞬、俺も行くべきか迷ったけど、ケンさんが「大丈夫」と教えてくれた。

 

「人命救助に消防から無資格は送れない。悪いな……」

「い、いえ。考えてみれば、当たり前です……」

 

 ただ、俺がいるせいでケンさんが人命救助に行けないっていうのが、辛かった。それが伝わってしまったんだろうか、ケンさんが困ったように笑いながら、励ましてくれた。

 

「俺はこの一週間、吐移につきっきりなことが仕事なんだ。あんまり気にすんな。事務作業だって大事な仕事だしな」

 

 職場体験生を受け入れるのも大変で、ある種この一週間は特別任務なんだろう。そう思って、俺は勉強出来ることを、出来るだけ吸収していこう。それが、ケンさんに報いることだと思って。

 

「もっと、学ばせていただきます!」

「お、がんばれぇ!」

 

 まずはその笑顔から、お願いします。

 

 

 

 体育着はすっかり汗を吸って冷たい。これからクーラーが少し効いた室内に戻るのは、ちょっと嫌かもしれない。

 

「じゃあ、建物に戻って、救助から戻る隊員たちの為に、お茶の用意をするか。……お茶っ葉、切れてないといいんだが」

 

 職員が男ばかりで、お茶や菓子にまで気が回る人が少ないらしい。それって性別関係あるかな?

 ケンさんの悪い予感は当たってしまって、水出し用のお茶っ葉は切らしていた。初夏の今、さすがに熱いお茶は飲みたくないだろう。

 

「気晴らしに、買い出しにいくか!」

「はい!」

 

 事務の人や、さっきの通報で出動しなくても良かった職員さんに何か買ってくるか聞いてから、俺はケンさんと近くのスーパーに買い出しに出た。

 

「ここから一番近いスーパーより、あっちのスーパーの方が安いんだよ。吐移も覚えとけ!」

「ありがとうございます。でも俺、四角井スーパーでバイトしてて、店員割引で買えるんですよ」

「あ、そうなの?」

「この間、念願のステーキ肉を買いました! 特売+店員割引で、300gが500円強で買えました!」

「すっげぇな、それ! お味は?」

「肉食ってるって感じでした」

「そりゃそうだ!」

 

 俺のつまらない話にも付き合ってくれて、笑ってくれるケンさん。いい大人だなぁ。

 

 途端、空気が張り詰めた。その一瞬後、激しい衝突音、破壊音が響く。視認出来る距離で起こった交通事故だった。

 

「た、助けなきゃ!」

 

 ケンさんの指示を待たずに走り出す俺。俺に出来るのは、車から人を降ろすことか!?

 対向車線の車同士がぶつかった交通事故。なかなかのスピードだったらしくて、両車の運転席は激しく破損している。無理に追い越そうとしたか!? 二次災害が起こらないように、ちゃんと交通状況も見て……。

 

「吐移、救急車を呼んでくれ!」

「あ、はい!」

 

 そりゃそうだ! プロと、体格のいい大人と、居たらヒーローに任せた方が確実だ!

 

「もしもし! 事故です。車同士の交通事故が発生して……住所は……」

 

 すぐ近くの自販機を見る。自販機の前面には、その自販機の住所が書かれたシールが貼られているものだ。それと怪我人は二人で、どちらも重傷だと告げて、俺も救助活動に加わった。救急車に隊員の立場で乗れなかったけれど、今はただの一般人として、普通に救助活動を行える。

 通りすがりのヒーローが交通整理をしてくれている。片側一車線の広くない道路。大して車通りも多くないタイミングでよかった。その代わり人も多くなくて、救助を助けられる人も少ないらしい。

 

 怪我人はさっき言った通り、二人。それぞれ車の運転手だ。無理な追い越しを行おうとして事故を起こした方の男性は顔を打ったようで、鼻血を流して、歯もぐらついているらしい。命に別状がないだけマシだ。

 問題はぶつけられた方だ。こちらの男性は車を横転させてしまって、その時頭を打ってしまったようだった。でも、今まで意識はあったはずじゃ?

 

  歩道までその人は運ばれていて、轢かれる心配はもう無いだろう。ヒーローも車を通さないようにしてくれているし。だけどケンさんは焦っている。

 

「大丈夫ですかー! 意識があったら、どこか動かしてください! 返事してください!」

 

 男性は動かない。時間が過ぎるごとに悪化しているらしい。脳内で内出血が起きてるとかして、なのか?

 

「吐移、人工呼吸を頼む。徐々に脈拍が弱くなっていく。息も出来てない」

「分かりました!」

 

 さっきビデオ学習したことで、人工呼吸の意味を知った。あれは心臓を動かすことが目的ではなく、脳に酸素を送ることが目的なんだ。心臓は手段の一つでしかない。だから、人工呼吸に躊躇いを覚えてはいけない。

 

「AEDを、そこの女性! スーパーから借りてきてください!」

 

 ケンさんが心臓マッサージを行いながら指示を送る。指示を受けた女性は狼狽えながら頷いて、すっ飛んでいった。ありがたい。

 

 男性の鼻を押さえて、口から息を送る。本来は体の中を巡っているはずの血が口から垂れているのは、何度見ても異常だと思う。

 男性の薄く開いた目から、光が消えていく。目の前で、命が消えていく。

 死なないで。

 死なないで。

 助けたい。

 あんなことで、俺なら死にたくない!

 俺ならこの程度の傷、すぐに直るのに。これが、俺の体だったならば。

 

 変わってあげたい。

 

「うぼあっ」

 

 

 

 

 

 

 

 何があった。

 

「あ、吐移!」

「け、ケン、さん……」

 

 起き上がりながら「いったい何が」、と言ったら、それはこっちのセリフだと言われた。

 

「いきなり血ィ吐いて倒れたんだよ、お前。そしたらこっちの男性は意識取り戻すし、お前も少し血を吐いて倒れただけで、息はしてるしで……」

「お、起きたんですか!?」

「ああ、そこにいるだろ?」

 

 ケンさんに示された先には、確かにさっきまで俺が人工呼吸していた男性が、目を覚まして俺を見ていた。人はやっぱり、動いてる方が良いよ。

 

「よかった……」

「ありがとう、吐移くん。君のお陰で、俺は生きてる」

「え?」

 

 何で俺のお陰?

 分かってないって顔したら、相手もケンさんも不思議そうな顔をした。

 

「お前が“個性”で治したんだろ? 奇っ怪な方法だな。一旦自分に吸収しないと、治せないなんて」

「……ええ?」

 

 俺、そんなことした覚えが無いんですけど?

 

 

 




 今回出てきた地名はフィクションであり、実際の地名、人名、事件に一切の関係はありません。
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