傷吐き   作:めもちょう

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二十九話

 水曜日。放課後、俺は校長に呼び出された。

 普通、先生に呼び出されても校長に呼ばれるってことなくない? だから正直ビビってる。何言われるんだろう。バクゴー君たちにはシンソー君に伝言頼んだから大丈夫。きっと。

 呼び出されたのは応接室みたいなとこ。校長室は緊張するでしょうという、校長の計らいだった。いい人。まぁ、人ではないんだけど。

 

「失礼します。1年の吐移です」

「やあ! よく来てくれたね!」

 

 先生は長いソファーに座っていたところを、ぴょんと飛び降りた。

 

「ネズミなのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は──校長さ!」

「存じ上げています、校長先生」

「そこまで固くならなくていいさ」

「はい」

 

 随分とフランクな、人を超えた存在の校長先生。どんな話が出てくるだろうか。

 俺は促されるままソファーに腰を降ろす。校長先生はお茶を入れてくれた。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 普通の緑茶らしい。麦茶派だから少し新鮮だし、美味しかった。熱いけど。……で、内容は?

 

「その顔は早く本題に入りたいって顔だね。じゃあ早速発表しよう! 吐移 正くん。君を雄英で保護させて欲しい。ついては君に家をプレゼントしたい!」

「……えっ?」

 

 理解が追いつかない。保護はまだ分かる。“治癒系個性”が貴重だから。でも、家? 家って言った? この人。え? 家? え?

 

「家、ですか?」

「そうさ! 今君が住んでいる場所はセキュリティが甘くてね。私たちが用意する場所なら安心出来ると思うんだ」

 

 誰が安心するんだ。俺目線じゃないだろ、それ。

 

「理由が分かりません。説明をお願いします」

「それもそうだね。君なら心当たりがあるからいいかなって思っていたけど」

「心当たりはあります。でも、思い込みだったら困るので」

「確かに。ちゃんと話そうか」

 

 校長先生は佇まいを直した。

 

「最近君は、自分の“個性”の新しい一面を見つけたんだよね。他人を治療出来る、そんな一面を。回数制限がほとんどなくなった今、それはリカバリーガールの“個性”より有用だ。彼女は自己治癒能力を活性化させて回復を促すが、治療の程度は対象者の体力に依存する。しかし君のは、君に傷を移してしまうもので、対象者の体力云々は特に関係ないんだろう? デメリットは今のところ、君が疲れるってところくらいかな? 報告書的には」

「まだ10名にも試していないので、全てではないと思います。あ、あと、この顔が近づいてくるので精神的苦痛は与えてしまいますね」

「痛みや命を失わずに済むのに出る文句なんて、聞いてみたいね!」

 

 報告書に書いていないのも納得の理由さ、と根津校長は俺の冗談に冗談を返してくれた。逃げ切れた。

 

「君にはいつか、リカバリーガールの跡を継いで欲しいと思っていてね。だから学校として、まずは環境を整えるべきだと思ったのさ」

「……でしたら、2年からは俺、ヒーロー科に編入を、もちろんさせていただけるんですよね?」

「君の頑張り次第だね」

 

 今は言えないってことなのか。じゃなきゃどうやってリカバリーガールの跡を継ぐんだよ。ん? リカバリーガールってヒーローじゃないの?

 

「これが、表向きの理由。保護したい本当の理由は、分かるかい?」

「……ヴィランが関係してますか?」

「正解」

 

 雄英は4月の終わり頃、ヴィランに校内に侵入され、A組の生徒たちも巻き込んだ被害を受けた。生徒は誰も欠けなかったから良かったけど、信頼は落ちただろう。

 そんな雄英に、普通科にいる回復系の“強個性”持ちの俺。俺がヴィラン連合に攫われたら。ヴィラン側になったら。今度こそ雄英の信頼は無くなるだろうし、ヴィラン連合が調子づく。だからなのか。

 

「ヴィランの手に君が渡ってしまったら、君の母上に申し訳が立たない。それに、君は中学までずっとヴィランだと虐められながらも、今ここにいる。ヒーローになりたくてここにいるんだ。そんな君の大切な目標を、みすみすヴィランに壊させるわけにはいかないよ」

「……ありがとう、ございます」

「保護されて、くれるかい?」

「はい」

 

 大人は、根津校長は言葉が上手くて、ズルい人だな。耳障りのいいことだけしか言わない。そうだよな。ヒーローになるなら、そういうのも必要だ。期待させる言葉を使って、その()()()()()()()()()()。うん、必要だ。身につけなきゃ。

 

「場所はもうこちらで決めさせてもらっているよ。そうだ、今から内見に行くかい? コンシェルジュもいるようなマンションなんだよ」

「……こんしぇるじゅ?」

 

 言葉の響きだけは聞いたことがあるなぁ。

 

 

 

 

 

 白い壁に木の暖かさ。大理石の床に、デカいダイニングキッチン。デカい窓、部屋の数は5つだって。

 内見している間ずっと口が開いていたらしい。口の中が乾いていた。一緒にいた校長も「高級マンションなだけあるね」と感心している。コンシェルジュって案内人なんだね。俺、この方にもお世話になるの? ええ?

 

「こんなに高級なんて、聞いてないですよ! もっとこじんまりしてるところは無いんですか? 俺の身の丈には合いませんよ!」

「これから合わせていけばいいさ!」

「合わせられる学生がいるもんですか!」

 

 このマンション、雄英にも近くて、校長が選んだんだからセキュリティもお墨付きだろう。ヒーローも何人か住んでるんだって。

 

「32階まである高級マンション、の20階だけど、充分景色も良いね。この広さも、住めば慣れてくるよ」

「……家賃は?」

「こちら持ちさ! 家具もこちらで揃えるよ」

 

 タダより高いものは無いってよく言うけれど、出世払いすれば今回はいいのかな。怖いなぁ。

 

「……分かりました。お世話になります」

「ありがとう」

 

 ヴィランに捕まる可能性がこれで下がるならいいんじゃないか、とも思った。

 契約の話になるかと思ったら、思い出したように校長が手を叩いた。これは、手かな?

 

「そうそう、忘れていたよ。君の手にGPSを埋め込みたいんだけど、いいかい?」

「何軽く人を改造しようとしてるんです」

「10分で終わる手術さ! 攫われてもすぐに場所を特定出来たら、早く助けに行けるからね」

「……どんだけ、俺狙われてんすか。いっそ引きこもった方がいいですか?」

「そんなことはない。我々が守り通してみせるさ。それに、君の健やかな成長と平和な日常を、我々は邪魔したくないんだ」

「……分かりました。手術、受けます」

「素直に受け入れてくれて、嬉しいよ」

 

 高校生になるまで、こんなに平和な日が続くことはなかったし、正面切って、先生として素晴らしい発言を聞いたことも無い。

 そのつぶらな瞳をたたえ、大きな傷跡を残した無垢の顔の裏に何を隠しているのか分からない。でも、気分がいいから騙されてもいいかなって思った。契約書は隅から隅まで読んで、納得してからサインさせてもらうけどね! 時間はたっぷり頂きますよ!

 

 雄英がここまでするんだ。いつか俺個人にヴィランが襲ってくるかもしれない。

 その最有力候補はヴィラン連合だろう。チープな名前の集団だが、奴らの目標が『オールマイトを殺すこと』だって言うんだから、侮ってはいけない。抑止力として働くオールマイトと戦いたいヴィランは少ないだろう。負け確なんだから。それを殺そうってんだから、それなりの力を付けるはず。

 

 そんな奴らが狙ってくる。一人じゃ敵わないのは目に見えてる。だから、今は守られるべきなんだろう。

 早く力をつけて、恩返ししないとな。

 

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