傷吐き   作:めもちょう

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三話

「本日はお日柄もよくー」

吐移(とい)くん、合格おめでとー!」

「おめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

「吐移までムシしないでぇー」

 

 せっかく乾杯の音頭を取ってくれたのに、二人に流されて無視してごめんなさい、(かわき)さん。

 俺は今、仲良くしてくれているお巡りさんの水面(みなも)さん、(すずみ)さん、(かわき)さんと一緒に焼肉に来ている。俺の雄英合格のお祝いらしい。……申し訳ない。

 

「俺、ヒーロー科には……」

「もー、その話はもう終わっただろ!」

「普通科でも進学校なんだから大変なことには違いないし、ヒーロー科には編入出来るかもしれないんだろ? ならチャンスはある!」

「だからこの焼肉には意味はある! 牛タン食べたい!」

「こら」

 

 欲望に忠実で思わず笑ってしまった。乾さんのことだ。本当にそう思ってそうで笑えてくる。まぁ、頬が痛くなるからすぐに笑わなくなるけど。

 この席を半個室にしている要因である暖簾を押しのけて、店員が肉を持ってきた。カルビ、ロース、牛タン、上タン塩だ。

 

「さ! じゃんじゃん焼いて、じゃんじゃん食べよう!」

 

 こんな上等な肉、初めて食べるな……!

 

 

 良いお肉は焼ける音すら美味しいのか。家でやる時には厄介者でしかない煙も心をワクワクさせてくれる。今俺がそうなってるのがお店でやっているからなのか、好きな人達とコンロを囲んでいるからなのか。多分、きっとそれい会にも要因はあるんだろう。

 

「~~!」

 

 初めて知った。美味い肉を食べると人はこうも無言になるものか。喋ることを忘れてしまうのか。ああ、米が進む。

 

「このぶ厚い牛タン、たまんないなぁ!」

 

 口に肉が入っているから、大きく頷くだけ。それでも乾さんは「そうだよなっ!」って笑ってくれた。

 

「そんなに美味しいんだ。吐移くんの目がキラキラしてる」

 

 涼さんは今さっきまでサラダを食べていた。やっぱり女性だから急な血糖値上昇はしたくないのかもなぁ。飲み込んだ俺は、「全部美味しいよ」と答えておいた。だってそうだし。涼さんは微笑んで「じゃあ、私もいただこうかな」って言ってトングに手を伸ばした。

 

「自分で肉育てるタイプだっけか」

「そうよ。乾にはあげない。吐移くんは食べていいからね!」

「い、いえ、俺も自分で……」

「吐移。こういう時は素直に感謝でいいんだよ」

「……あ、ありがとう、ございます、涼さん」

「うん」

 

 やっぱり、この人たちといるのは、安心する。ある程度食べた後は、俺の実技試験の話になる。俺がどうやって仮想ヴィランを倒したか、他にどんな受験者が居たか、ポイントの為に人助けをしたことなんかを話した。

 

「まさにヒーローじゃん! なーんで雄英は吐移を落としたかなー」

「あと一人くらい助けてたら変わってたと思う。でも、結果は結果だ」

「ヴィラン倒すだけじゃ、人は救えないのに……」

「ヴィランを倒さなきゃ、救えないよ……」

 

 必要条件を満たしていない俺は、やっぱりヒーローっていう職業に向いていないのかもしれない。

 

「……吐移くん、はい」

 

 涼さんが俺の取り皿に焼けたカルビを乗せてくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 この、静かになってしまった気まずい空気を直そうとしてくれてるんだと思う。マイナス思考でごめんなさい。否定してばかりで、ごめんなさい。

 

「……吐移のな、その現実的で慎重な考え方、大事だと思う。でも、お前の中の思考回路ってそれだけじゃないと思うぜ」

「水面さん?」

 

 何を言いたいんだろう。

 

「そうだね。吐移くんは意外と腹黒くて計算高い所があるけれど、私たち三人とも、共通して思うところがあるの」

 

 涼さんまで……。乾さんを見れば、口の端にタレを付けながら微笑んでいた。

 

「吐移。お前は、どんな気持ちで実技試験の時、怪我人を運んでたんだ?」

「?」

 

 さっき言っただろ……。ポイントだ。結果、30Pも入った。まあ、それがあっても落ちたんだけど。

 

「試験前に、その救助活動Pの説明はあったのか?」

「い、いや、目的は仮想ヴィランを多く倒すこと。ほとんどの人は戦闘、情報収集、判断力、機動力を試されていると考えて行動してたと思う」

「そんな中で、お前は?」

「……」

 

 ごめんなさい。多分、期待した答えは言えないよ。

 

「ヒーローを育てる学校での試験。ヒーローの本質、成り立ちを考えれば、たとえ目的はあちらから示されたとしても、怪我人を安全地帯に移動させるくらいのことは当然すべきだ。……痛い思いをしてる人が、無抵抗でもっと痛い思いする必要なんてないし。立てないなら、手を貸して逃がすべきでしょ」

「うん、お前らしい」

 

 らしい、のかな。乾さんの期待通りの答えだったみたいで、少し恥ずかしい。

 

「辛い思いを、痛い思いをしてるからこそ、同じ思いをしてる人を助けようとする。吐移くんはよく考える子だし、求められる以上のことをしようとする。だからヒーロー向き、人を助ける職業向きだと思っているんだよ。この三人はね」

 

 涼さんの言葉がむず痒くて、申し訳なさが増す。

 期待に応えられなかった。それが、悔しかった。

 

「笑えよ、吐移!」

「え?」

「お前がなんでヒーロー科に落ちたのか、俺なりに今考えた。で、出た。お前に足りないのは、笑顔だ!」

「……」

 

 俺が一番苦手なことかよ……。

 

「ヒーローの成り立ちや役割が分かっているなら、とっくにヒーローに必要なことだって、もう知ってるはずだろ?」

「……実力」

「それだけじゃない」

「……別に俺、トップ目指してない」

「なんだよ。男の子ならトップ狙えよ! オールマイト目指せって!」

「……あこがれは、そうだけど」

 

 喋るのがちょっと嫌になって、さっき分けてもらった肉を頬張る。失礼なのは分かってるけど……。

 

「俺の理想を教えてやろう!」

 

 乾さんは俺の態度に気にした様子もなく、高らかに言った。

 

「俺の理想はオールマイト! 圧倒的なパワー! 圧倒的な声量! 圧倒的な笑顔だ!」

「……声量?」

「声の小さなヒーローは居ないだろ?」

「そうだけど……」

「吐移はどれも足りてない。だから落ちたとは言わないが、受かったとして、そこが差になったかもしれない! 吐移! 今から鍛えよう!」

「……うん」

 

 気が、進まない。これでも何度かチャレンジしたんだ。あまりにも笑えないから。練習しようとして、顔が痛くなったり攣ったり、気持ち悪すぎて止めた。

 俺だって笑顔が必要なのは分かってる。でも、苦手なもんは苦手なんだ。

 そんな態度が丸わかりだったんだろう。涼さんが肉をまた取り分け皿に乗せてくれながら言う。

 

「吐移くん。私たちは君にヒーローの素質はあると思ってる。でもね、今は素質だけなの。原石なの。磨かなきゃ、輝かないの。私たちは吐移くんに輝いてほしいと思ってる。乾もその為にアドバイスしてるの。だから、考えてはくれない?」

「……ハイ」

 

 涼さんにはやっぱり、怒られた。

 

「俺たちも協力するからさ」

「めちゃめちゃ下手だから、時間かかるよ?」

「時間かけてやればいい。大丈夫だよ」

「なんせお手本がここにいるからな!」

「乾さんがお手本かぁ」

「最高だろ?」

「そうだね」

「話がまとまったなら、食べようよ。さ、焼くよ」

「極上タン追加しようぜ」

「お前持ちな」

「ごちそうさま」

「いただきます」

「大人3人で割り勘じゃい!」

 

 あったかいなぁ……。

 

 

 

 俺の“個性”は、自分を回復させるものじゃない。「息」を媒体にして、自分の体についた傷を「黒いキューブ」に変換する個性だ。あまりに小さい傷はキューブになることもなく回復するから、あながち間違ってないけど正解ではないし、結果的に回復してるってだけで受けた衝撃なんかはちゃんと残ってる。

 ちなみにこの“個性”は、おそらく母親側の親族からの隔世遺伝だと考えている。母親の“個性”は「爪強化」だが、母の父、俺の祖父の“個性”が俺と同じだからだ。まぁ、会ったことは一度しかないんだけどね。

 

 なぜそれを振り替えるのか。それは、高校入学手続きの際に個性届を提出しなければならないからだ。

 今まで俺は自己回復の“個性”と偽って生活していた。だけど問題はない。国はたまには弱者に優しいから。

 

 “個性守秘制度”。

 日常に支障をきたす“個性”を持ち、本人が使用と世間に知られることを強く拒否している場合。役所に“個性”を正しいものを届けることを条件に文書を書き換えることが可能な制度だ。原本は正式だが、写しは内容が書き換えられるって感じだ。

 

 俺の場合は、「傷を黒いキューブに変換し、それが攻撃手段になり得ること」を隠したかった。

 ヴィランだと虐められてる俺がそんな暗殺にも使えそうな“個性”を持っていたら罠に嵌められる可能性がある。この“個性”を自覚した小学2年生の時に、慌てて施設の石嶺さんに相談して役所に駆け込んだのは今でも覚えている。

 

 この制度を使っている人は結構いるらしい。様々な場面で不利に働く“個性”だと生きづらくなるから、公的文書を後ろ盾として設けて、少しでも生きやすくする目的らしい。

 ちなみに、犯罪者や容疑者として捜査の対象とされている人間には例外として適用されない。使わないという契約だからね。犯罪に使うんじゃ無いなら使っても良いけど、この制度を利用する時点で、自らの意思で“個性”は使わないはず。だから、俺の公的な“個性”は自己回復、一瞬で治るから「超回復」だっていう弱個性だ。弱くないって言ってくれる人、結構いるけどね。

 

 俺の本当の“個性”を知っているのは、施設の石嶺さんと、役所の偉い人と担当者さんの三人だけ。学校の先生も仲良いお巡りさんも知らない。

 

 

 個性届の写しを見ながら思い出す。虐められてきた日々を。どうして被害者側がここまでしないといけないのか。どうして縛られないといけなんだろうか。世界は加害者に優しすぎる。

 ……分かってる。分かってるよ。誰かの自由は誰かの不自由。だから皆がちょっと不自由するべきだって。法律がそれだ。だからこそ嫌だ。どうして違反しているあいつらがのさばれたんだ。俺が動かなきゃ、俺が強くなきゃ、あいつらは今でも……。どうして被害者が動かないといけないんだよ。

 

 手の中で転がるキューブを見る。サイコロサイズのそれは黒をベースに赤い筋がひび割れのように入っていて、禍々しい。用はないので自分の中に取り込む。掌に溶けるように、黒いキューブは俺の体に取り込まれた。

 隠すことに慣れすぎた。内にある黒いキューブは、一生このままだろう。雄英での同級生にも、きっと話せない。でも、それでもいい。良い人達なら、使うことは無いはずだから。

 

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