木曜日。普通の1日が始まるはずだった。
「吐移くん。放課後、少し時間もらえない?」
記見さんが真剣な顔をしてそう言った、この朝の時点で、俺の日常は崩れていた。
「……6時間目、今日、自習でしょ? その時、聞くよ」
「ありがとう、吐移くん」
記見さんが、怖い。何か分からないのに、怖い。
出来る笑顔は全て硬かったに違いない。昼休み時間に合流した切島くん達にも「今日何かあったのか?」って心配されてしまった。体調不良を言い訳に出来ないから、精神的な理由を考えるの、マジで大変だった。下手に大事にしたら協力してきそうじゃん、この人たち。だから大好きなんだけど。
来てほしくなかった6時間目。先生が休みだから自習になった地理。プリントさえ終わらせれば、後は自由だ。
「記見さん、用は何?」
「吐移くんに聞いてほしいことがあるの。爆豪のことで」
「……」
なんで記見さんが、バクゴー君の話をするんだろう。すごく悪い予感しかしない。
教室の端に移動した俺ら。注目は少し受けているけれど、内容さえ聞こえなきゃいい。俺らの表情が見えないように、記見さんを壁に、俺が席側に背を向けて盾になった。
「吐移くん、爆豪に苛められてないよね?」
「俺自身にはそんな自覚は無いよ。彼は俺を傷つけるどころか、楽しくさせてくれる」
「あっちがどう思ってるか、分かってるの?」
「俺は心が読めるわけじゃないから分からないけど、でも、そっけなくても稽古に付き合ってくれるから、仲は悪くないと思う。……どうしてバクゴー君のことを?」
もしかして、なんて揶揄えない。目を輝かせているいつもの記見さんじゃないから。思い詰めてる顔を作ってるけど、これは何か企んでるぞ。見たことあるんだ。間違いない。
「吐移くん、苛められてるのを隠してるとか……」
「そんなワケないだろ。前から思ってたけど記見さん、何でバクゴー君のこと嫌いなの? 好きになれとは言わないけど、他の人にも嫌うよう仕向けるのは止めてよ」
「……やっぱり、知らないんだ」
「何を」
いい加減、イラついてきた。早く言ってくれ。
「爆豪が、緑谷くんを苛めてたこと」
「えっ?」
「今も、そうかな」
言葉が出なかった。嘘だ。バクゴー君は、ガキ大将タイプなだけで……。
「緑谷くんってね、中学2年生まで全然“個性”発現しなかったんだって。つまり、“無個性”だった。そんな緑谷くんと爆豪が幼馴染なのは知ってるよね。下に見れてしまう存在が近くにいたから、爆豪は緑谷くんを、“無個性”だからって虐めてたんだよ」
「“無、個性”……」
そんなの、本人の努力なんてもんじゃ、どうしようもないことじゃないか。俺の虐められた理由と同じくらい、どうしようもないこと。
『あ、ヴィランだ! やっつけろ!』
『ヴィランの子供はヴィラン!』
『ヴィランはヒーローにやられるんだ!』
『ヴィランが何で学校きてんの? 路地裏に帰れよ』
『ヒーローの予行練習に付き合えよ』
『なんで生まれてきたの?』
『辛いなら死ねば? いくらでも方法はあるよ』
ぐるぐる、ぐるぐると、かつて言われてきた、俺を貶す声が頭を廻る。
違う、違う、違う! 俺はヴィランじゃない! 俺を、俺を普通と違うからって排除しようとした奴らの方が罪人だ! 俺を“個性”で傷つけた時点で、あいつらがヴィランだ!
そんな奴らがヒーローになるのが許せなくて、ヒーロー科のある高校を目指してたやつらを中心に警察につき渡した。前科もんがなれる職じゃないから。
「……詳しく、教えて」
バクゴー君、君は、俺判定ではヒーローとヴィラン、どっちだろうね。せめて君が“個性”を使って緑谷くんを傷つけてなければいいな。
記見さんはどこでその情報を手に入れたんだろう。確か“個性”は『記憶見』だったはず。緑谷くんに近づいたのか。よく彼がバクゴー君に虐められてたなんて気づいたな。
記見さん情報によると、緑谷くんとバクゴー君は幼馴染。“無個性”だと分かってからは『爆破』の“個性”で持て囃され、調子に乗ったバクゴー君に、彼の取り巻きに理不尽を受け続けてきた。“無個性”でもヒーローに、オールマイトに憧れた緑谷くんは、理不尽を受け、夢を否定されても健気に好きに打ち込み、ヒーローを目指した。それでもバクゴー君は自分が満足する為に、緑谷くんの夢を否定し続けた。
「ぬるい、ぬるいよ、緑谷くん」
彼がバクゴー君を警察に突き出さなかったのは幼馴染故の情か。俺との違いはそこもあるのか。
「吐移くん」
「ん?」
「私、あんな奴がヒーローになるの、嫌なの。そんな世の中にしちゃいけないと思うの。ねぇ、吐移くん。吐移くんから言ってくれない? どうして爆豪がヒーローを目指すのか。どうして目指していい立場な人間だと思えるのか、を」
ごくりと喉が鳴る。記見さんも人が悪い。俺に断罪しろってのか。いいよ。言ってあげる。爆豪くんを追い詰めてあげる。
七限目の数学を終えて、放課後になる。今日はマイク先生のとこだったな。
「吐移、ちょっと待ってくれ。どうしたんだお前」
クラスメイトの
「どうしたって、何?」
「だって、今まで見たことないくらい、目も、口も、死んでるから……」
言われてみて、あぁ、確かに意識してなかったなと思い出す。中学の時の、虎視眈々と隙を伺い、証拠を集めていた時と同じ気持ちになっていたから、さぞかしキモい目をして、口元下がりまくっているだろうな。
辺化くんが息を飲む。
「吐移、記見に何吹き込まれた」
「ちょっと聞こえてるわよ、なんで私が悪いみたいに言ってんの」
「悪いからだよ! 吐移の顔見てみろよ。最初の頃よりヒデェ有様だぜ。たった半日で!」
他の皆もなんだなんだと、ざわめきだした。記見さんは悪くないし、俺は別に大丈夫なのに。
頬に力を入れ、口角を上げるよう意識する。目元は下げるように、柔らかい曲線になるよう意識して目を細める。全力で笑顔を作った。
「皆、心配しないでよ。ちょっとC組とは関係ないことでイラついてるだけだからさ」
皆を安心させたくて笑ってみたのに、皆、記見さんすらドン引きしてしまった。
そんなに酷くなっているのか。汚い感情が丸見えになってしまったんだろうか。いつもと笑顔の作り方をが違っている気がするし、感覚鈍ったのかな。
辺化くんがまた記見さんを責めようとしててもう流石に許せなかったけど、シンソー君に呼ばれてしまった。
「何?」
「そろそろ、プレゼント・マイク先生と練習じゃないのか。行ってこいよ」
「でも、記見さんが……」
「その記見がドン引きしてるんだぞ。その顔、直してこい」
「……分かったよ」
マジでそんなに酷いのか。でも、これだけは言わなきゃいけない。皆に向き直る。
「皆、記見さんを虐めないでよ」
バラバラの返事の中に「虐めじゃねーよ」と小さな文句が聞こえた。
行こう。シンソー君の横を通り過ぎる。そしたらそのシンソー君がまた話しかけてきた。早く行って欲しいんじゃないの?
「吐移。爆豪は昨日、お前が居なくても、俺しか居なくてもトレーニングに付き合ってくれた。習慣だなんとか言ってたが、言いだしっぺがいなくてもちゃんとやる奴なんだ」
「……そっか」
気を取り直して、マイク先生との笑顔、発声レッスン。バイト始まるまでに改善されるかな。