足取りは重かったけど、放送室に着く頃にはだいぶ気持ちは切り替えられた。
マイク先生との『笑顔満点計画・体操編』、笑顔、発声練習をテンション高くやり遂げると、多少さっきよりは笑顔が改善されたはずだ。顔があったかい。血流が良くなってる証拠だと思う。
「マイク先生、ご指導ありがとうございました!」
「YHAY! 前よりも笑顔が良くなってるぜ! お前の頑張りだな!」
「先生のご指導のおかげです! 独学じゃ難しいですし、見てくれる人がいると捗ります!」
「ありがとな! だが自分の努力を下に見るなよ! じゃ、今日はここまで!」
「ありがとうございました!」
感謝の気持ちは本物だ。まだまだブスではあるけれど、だいぶ良くなっているから。むしろもうブスなのは、俺の顔が悪いんだと思う。
マイク先生が俺と駐車場に向かいながら、あの事を訊いてきた。
「吐移、引っ越し準備は進んでるか?」
「あ、はい。あの、いいんですか? 家賃、雄英持ちって。俺の“個性”で、ここまで優遇なんて……」
あの高級マンションへの引越しの話だ。昨日の今日の話ではあるけれど、掃除を始めた。退去費を払うのが嫌すぎて。綺麗にしたら少しくらい安くしてくれないかなって思って。まだ引っ越すことに現実感は無いけれど。
「仕方ないって思ってくれ! あれだ、奨学金!」
「豪華すぎる……」
「住む場所を選ぶ自由を奪ってごめんな!」
「不満なんてありません!」
命の危険と引き換えなら、多分最高の選択肢だと思う。かえって目立つだろうけど、それを越える守りってことを期待しよう。それだけ、守る必要があるほど、俺の“個性”は貴重だってことだ。
「……“個性”は、人生を左右しますね」
「そう言うなって!」
「スーパーにバイト行くのも送り迎え……訳が分かりません……!」
「不満ないんじゃないのかー?」
「堕落しそうでっ……!」
“個性”に胡座をかいて、この贅沢に慣れきってはいけないと自律しないといけない。でも、今から怖い。人は忘れ、慣れていく生き物だから。
駐車場についたらマイク先生の車に乗せてもらう。車で5分しかかからないくらい近いのにバイト先まで送ってもらうんだ。早く強くなって、守られなくても済むようになりたい。
走り出して少し経ってから、マイク先生が思い出したように言い出した。
「明日は爆豪と筋トレだったな! 仕上がってるか!」
「……はい」
「今の間は何だァ? 何があったか!」
「……ええ。まぁ」
聞かれたくなかったなぁ。記見さんの話と彼女がクラスの皆から責められたあの光景を思い出してまた、笑顔が下手になる。
「相談なら乗るぜ? まだ時間はあるだろ?」
「……ありがとうございます」
車は赤信号で止まった。もう少しで目的地だから、本当なら思い出したくなかった。逃げ切りたかった。でも、お礼を言った手前、話さなきゃ。
「……俺、バクゴー君のこと、何も知らなかったんです……」
「うん」
「……俺、例えば、俺に暴力を振るってきた奴らが“ヒーロー”になると言ったら……絶対に、許さないです。絶対に、絶対に……」
実際に許してない。俺以外の中学三年生の時のクラスメイトはヒーロー科に行けてないし、同級生は何人か少年院に居る。ざまぁみろ。一生許さない。
いつか、あいつらが災害に巻き込まれたところに俺が出くわしたら、奴らを隠して見殺しにしようとしたくらいには。もう、出来ないことだけど。ヒーローを目指す理由の一つが、なくなってしまった。
今はその話じゃなかったな。まあでも、俺をそこまで怒らせた奴らと、バクゴー君は同じことをしていた。それなら俺が許せる気がしないから、……だから、苦しい。苦しくなってきた。
どうして?
「……クラスメイトから聞いたんです。バクゴー君、緑谷くんのこと、虐めてたって……。それまで“個性”が出現しなかった緑谷くんを、それだけの理由で。……彼にはどうしようもない問題じゃないかっ!! どうにも出来ない問題をネタに虐めをすることが、俺は、許せない……!」
そうだ。許せない。例え過去のことでも、友達でも。……そうか、そうだったんだ。だから苦しいのか。
「だから……だから、俺……」
あいつらとの違いは、俺たちは友達だったからなんだ。
「バクゴー君と、仲良く出来る気が、もう、しないんです……!」
「なるほどなぁ」
車はいつの間にか目的地、俺のバイト先の四角井スーパーについていた。車を停めたマイク先生が俺の方に振り向いて、笑顔を見せた。
「らしくないな!」
「っえ?」
「俺はてっきり、お前さんは“過去は過去のこと”として、気にしない性格だと思ってたんだがな!」
……マイク先生、俺のこと分かってなさすぎ。ヒーローの中で一番会ってるのに。いや俺自身がそうなるように行動しているんだけど。俺の本性がバレてなかったことに喜ぶべきなのに、どうして複雑なんだ。
「そんな、きっぱりした性格じゃないです。そうだったら、憎しみ、持ってないです」
「そりゃそうか! ごめん!」
「……もう、行きますね。聞いてくれて、送ってくれて、ありがとうございました」
もう、早く行こう。かき乱されたくない。車の扉を開けて半身を出したところで、「おっと待ちな!」と呼び止められた。マイク先生は笑顔のままだ。
「爆豪に直接聞けよ! その話、クラスメイトが話した情報と、爆豪の話、違いがあるかもよ!」
確かに、一方の意見を聞くのは違うかも知れない。彼には彼なりの言い分があるかも知れない。緑谷くんが俺みたいに歪まなかったのも、そこが原因かも知れないし。
「……分かり、ました」
「ん! じゃ、バイト頑張って来い! 笑顔忘れんなよ!」
「……はい!」
色々考えることは多いけど、とりあえず今はバイトだ。レジ打ち、頑張ろう。
「えっ!? 記見さん、行ってきちゃったの!? どうして? 俺に言ってほしかったんじゃ……」
「昨日あのあと、自分で行けって怒られたの。……ごめんね吐移くん。私と爆豪の喧嘩に、吐移くんを巻き込もうとして」
「そんなこと……」
金曜日。記見さんは朝早く、バクゴー君に喧嘩売りに行ったって。そうか、俺の笑顔がヘタになりすぎて、記見さんが責められてしまったんだ。申し訳ない。でも記見さんは、スッキリした顔をしていた。
「それにね。思ってたことハッキリ言えて、気分いいの。これからが大変だろうけど、そこはちゃんと自分で責任持つ。だから気にしないで」
記見さんがいい顔していたから、「うん」と頷いた。
結局バクゴー君に聞きに行かなくちゃいけないんだけどね。だから昼はいつもの通り、バクゴー君のところに行くと言ったら、記見さんがめちゃめちゃびっくりしてた。「あんな奴と一緒にいたらダメ!」って言われたけど、ちゃんと理由はあるから。
「マイク先生にちゃんと話せって言われたからさ。安心して、ね?」
それを言ってもダメだったから、シンソー君たちに記見さんを任せた。さあ、弁当持って大食堂に行こう。
するっと自然にバクゴー君の前に座ったら、バクゴー君めっちゃ驚いてた。
「はっ!? 吐移!?」
「嘘っ、俺の名前覚えてたの!?」
俺も驚いた。ついでに切島くんたちも。彼にとって俺のリアクションなんてどうでもよかったみたいで、バクゴー君は食堂を見渡している。あ、記見さんか。
「記見さんは皆に引き止めてもらってるよ。ごめんね。記見さんがお騒がせしたみたいで」
「そうだな」
「……でさ、バクゴー君、今日の放課後さ、筋トレの前に、話出来ない?」
「……」
記見さん、何を言ったんだ。バクゴー君、思ったより気にしている。なんか「あの女何なんだよ」とか文句を言うと思ってたのに。でも、俺も止まれない。
「俺にとって大事な事を確認したいんだ。お願い」
「……わかった」
「ありがとう」
逃がさない。
バクゴー君、来るかな。とりあえず着替えて、いつものトレーニングルームに来たけれど。これで関係が終わっても、別に俺はトレーニングは続けるからいいけど。あ、来た。でも、ひとり?
「あれっ、他の皆は?」
「テメェとの話に集中して来い、だとよ」
「気遣ってくれたんだ……。場所を変えるから、別にいいのにな」
「あ? どこにだよ」
「ド定番の校舎裏! ……とは行かず、このすぐ裏だよ」
じゃあ行こう。そう言って歩き出すと、バクゴー君も素直についてきてくれた。
バクゴー君、緊張してそうだな。……まあいいか。どんな言い訳するか、考えてるんだろうし。
体育館裏は薄暗かった。掃除されているけど、風で入ってくるんだろう、コンクリートの地面のところどころには葉っぱが落ちていた。
さあ、はじめよう。
「バクゴー君への話っていうのはさ、君がどうしてヒーローを目指すのか。それを聞きたかったからだ」
振り返って見たバクゴー君の表情は、俺が見たこともないくらい、ガチガチに硬かった。安心してよバクゴー君。冷や汗は、俺もかいてる。