「バクゴー君への話っていうのはさ、君がどうしてヒーローを目指すのか。それを聞きたかったからだ」
手に冷や汗をかいて、気持ちが悪い。でも聞かなきゃ、やらなきゃいけないんだ。疑心を持って接したくないから。
「理由によっちゃあ、俺は……君を、尊敬出来なくなる。……教えて」
流石にこれには答えてくれるでしょ。じゃなきゃどうしてヒーロー目指してんのって話だから。
「……」
すぐに答えないの? ねえ、どういうことだよバクゴー君。
「まさか、有名になることが目的だとか言わないよね? 虐めっ子がさぁ」
「早とちりすんなバカ。聞け」
「ごめん」
「俺は……」
どんな理由が飛び出てくるのか。バクゴー君は言葉を選んでいるようで、少し間を置いて、ようやく教えてくれた。
「オールマイトみたいになりたいからだ」
「……オールマイト。そっか」
オールマイト! オールマイト、オールマイトかぁ!!!
それは認められない。溜め息を大げさに吐くと、続けて笑いが込み上げてくる。嫌だなぁ、嫌すぎる。それは本当に認められない。
「何がおかしい」
「おかしいよ。オールマイトはヴィラン以外の人を笑顔にさせている。安心させてくれる。“平和の象徴”、その名に恥じないヒーロー活動をしてる。……君はどうだ?」
「あ゛ァ?」
「君は、緑谷くんから笑顔を永遠に奪いかねない行為を繰り返していた。どこがオールマイトだって?」
「……テメェ」
言葉が、口が止まらない。いつになく言葉が、彼を責める言葉が口から溢れていく。自分で思っていたよりずっと、不満だったんだな!
「関係ないなんて、思ってないよね! 君の行動は、君の憧れから遠いと俺思うなぁ! オールマイトじゃなけりゃ、俺も何も言わなかった! 憧れる人を目標にするのは構わない。素敵なことさ! でも、さすがに虐めっ子がオールマイトを目標にするのは、俺は認められないかな? オールマイトは虐めっ子じゃないから!」
楽しい! 楽しいなぁ! 記見さんの言ってた通りだ! 言いたいこと言えたら、こんなに楽しいんだね! バクゴー君、こんなに楽しいんだよ。君も言い返してきなよ。君も楽しくなりなよ!
……なんで、口を閉じてるのさ。いつもこれくらい喋ってるだろ、俺。何引いてんだよ、バクゴー君。
「……何も言わないんだ。残念だな」
じゃあいいや。もういいや。
「今までありがとう、爆豪くん」
帰ろ。何も言わない爆豪くんの隣を通ろうとして、俺たちが来たところから人影が見えた。
「勝手に期待して、勝手に嫌いになるのは酷いと思うよ、吐移くん」
こ、この声はっ!?
「緑谷くん!?」
「チッ」
どうして君がここに!?
緑谷くんはこちらに近づいてきながら言葉を続ける。
「かっちゃんのこと、何も知らないまま側にいて、いざ知ったら最低だったからさよなら? 君は本当にかっちゃんの友達なの? 違うよね」
「まあ、今さっき違くなったね」
「最初から、違うだろ」
「……びっくりした。緑谷くん、爆豪くんのこと庇うんだ? 君が一番の被害者のくせに!」
俺たちの共通点は虐め被害者ってところだけかもしれない。それでも俺は彼に親近感を持っていた。でも緑谷くんは俺の気持ちを受け入れるつもりは無いように思えた。
「……そうだね。確かに僕は、中学までかっちゃんに“無個性”を理由に虐められていた。『“無個性”がヒーローを目指すな』って。夢を否定され続けてきたよ」
「……不思議。それでなんで恨まないわけ? 憎まないわけ? そうならないとかおかしいって、緑谷くん」
俺の方も、君を受け付けられなくなっていく。おかしくない? 気持ちわるいよ。いくら君が本物のヒーロー志望だとしても、それとこれとは話は違うし、忘れられるわけないのに!
「恨んでるって言うより、悔しかった、かな。でもやっぱり……理由が、明確だったから、かな」
「理不尽には変わりない!!」
「“無個性”はヒーローになれない。……当たり前だ。だから、理解は出来たよ」
「虐めていい理由にはならない……! 自分が暴力を振るわれることを、認めてしまっていい理由にならない!! 蔑まれていい、理由になんか……っ!!」
「ありがとう、吐移くん。君は僕のことを同情してくれてるんだよね」
どうしてそんなに余裕なわけ!? 確かに同情だ。でも、俺はそれをしたっていいだろ!!
「そうだよっ! だから俺、爆豪くんがヒーローを目指しているのが、許せない!!」
今までの俺が声を上げている。
「俺は!!」
許すな、と、大声を上げている。
「俺は……もし、俺を虐めていた奴らがヒーローを目指すと言ったら!! 俺は絶対に許さない!!! あんなクズどもが、俺がどうも出来ない“生まれ”を、母さんの“犯罪”を理由に暴力を振るってきたあいつらが、人を救う!? 俺の心を砕きまくったあいつらが、人の心を救うっ!? ふざけんなっ!! 許せるわけねぇ!!! なぁ緑谷くん。そうは思わないか……!?」
君なら、きっと、答えてくれるだろう? 俺の心からの叫びに、応えてくれるよな。なあ、
「…………そうだね。君の境遇は酷いものだったみたいだね。僕には想像も出来ないよ」
「想像くらいは出来るでしょ」
「……僕は、そこまで酷くはなかったかな」
思ったような、期待した熱量の答えが帰ってこなくて、俺まで冷めた。俺のこの感情の方が、おかしいっていうのかよ。なんでだよ。俺はおかしくないだろ。
「俺と一緒にしてごめん」って謝ったら、「うん。一緒にしないで」と返された。緑谷くんも嫌いになりそうだ。せっかく体育祭の時に、彼のファンになりそうだと自分を思い込ませたのに!!
彼の言葉は続いた。
「僕は別に、かっちゃんに心を砕かれたとは思ってないんだ。そりゃあバカにされて悔しかったけど、それをバネにして、そして色んな人に助けられながら、今、ここにいる」
「バネ、に……」
俺みたいに、バネを壊す勢いで叩かれたわけじゃないのか。
「君は僕と違う。そして、君を虐めた人と、僕を虐めた人は違う。そう、違うんだ」
エラく違いを強調してくる。でもそうだ。俺は壊れたそれを無理やりくっつけて、調節しても歪んで、そんなに飛ばないバネしか持ってないんだから。
「吐移くん。君を虐めたのは、キミの心を砕いたのは、かっちゃんなの?」
爆豪くんにでは、ない。
「……違う」
「違うでしょ? なら、その“許せない”っていう気持ちを、かっちゃんに向けないで」
「!!?」
違う、確かに違う。でもだからって。……いや、そうか。
「かっちゃんと君を虐めた人は違うんだ。君が知っているかっちゃんは、爆豪勝己は、君を虐めた? ねぇ吐移くん、君の知っている爆豪勝己は、どんな人なの?」
爆豪くんは、どんな、人……?
「…………助けて、くれた」
俺は、“
「生きてるかって、血まみれの俺に、声かけて、くれた。……トレーニングにも、文句いいながら、講師、してくれてる。……言動、怖いけど、面倒見のいい、カッコいい男だ」
俺がぽつりぽつりと溢す言葉に、緑谷くんは相槌を入れてくれていた。
「そうなんだね。それが、君の中の、爆豪勝己だ」
今のが、俺の中の、確かな爆豪くん。記見さんの印象と、こんなにも違うのか。
記見さんの印象も、また事実だろう。でも。俺の爆豪くんへの感情も、評価も、確かな事実だ。
「他人の評価を鵜呑みにして、自分がした評価をないがしろにしちゃ、だめだよ」
「……ごめん、なさい」
理不尽をしていたのは、俺の方だった。理不尽を許してこなかった俺が、この件で許されるとは思えない。でも、謝らなきゃ。さっきの謝罪は緑谷くんに対して。これからのは、もちろん。
爆豪くんの方へ顔を向ける。彼が何を考えているのか分からない。悪い目つきで腕組みして、壁にもたれかかっているのが少し怖かった。
「……関係ないことで君に暴言をぶつけて、ヒーローになってほしくないなんて、言って、本当に、ごめんなさい」
「……そーだな」
これは、許してくれないだろうな。だって、俺、後先考えずに感情をぶつけまくったから。マイク先生は“話せ”って言ってたんだ。俺がやったのは会話じゃない。一方的な言葉の暴力だ。酷いことをしてしまった。いっそ何か文句を言われた方がマシだ。ここで、無言で帰られでもしたら……。
「何突っ立ってんだ。戻れよ」
「えっ?」
戻れ? 戻れって、トレーニング室に?
「無かったことにしてやる。先に戻って、筋トレしてろ」
「……はいっ!」
いいの? 許してくれるの?
戻れって言われたから、駆け足でトレーニング室に戻る。誰かが俺の前を走っている音がする。それも複数人。慌てているような、揃わない足音。……俺たちの話を聞いていたか? 多分、切島くんたちだ。
駆け足の速さを緩める。4人に余裕を持たせてあげたくて。でも、そっかぁ。聞かれちゃったかぁ、俺の、悪い部分。
……綺麗な部分だけを、見ていて欲しかった。
もはや歩いて、トレーニング室に戻った俺は、少し息を乱したシンソー君と、切島くん、上鳴くん、瀬呂くんをそこで見つけた。皆体育着に着替えてる。
知らんぷりするべきか、でも、あのガバはこの四人の失敗だしなぁ。四人はさも話を聞いてませんでしたって顔で、俺に声をかけてきた。
「吐移!」
「おかえり! どうだったんだよ爆豪との喧嘩!」
「言いたい放題だったな!」
「あ、瀬呂!」
「バカっ!」
「それはダメだろ」
はいアウト。ここまで俺が気づいてなかったとしても、今ので気づいたよ。苦笑を漏らした後、俺はやっちまったって空気出してる四人に、「心配してくれてありがとう」って言った。
「迷惑、かけちゃったね。もう大丈夫だよ。バクゴー君も許してくれたし。許してくれたから、今ここに来られた」
四人は黙って聞いてくれる。
「もう間違えない。自分を見失わない。だから、大丈夫だよ」
力強く宣言すれば、四人ともホッとした顔になってくれた。どこまで酷い顔だったんだよ、俺。まったく、記見さんに影響されたからって、情けないなぁ。
「じゃ、バクゴー君が来る前に、準備体操しちゃおっか!」
今はきっと、自然と、笑えた。