傷吐き   作:めもちょう

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三十三話

 トレーニングを元気にやり終えた後、バイトに向かうからと意気揚々と着替えて帰ろうとしたら、バイト先からメールが入っていた。

 

『今日は人が多いからバイト休みでいいよ。最近疲れてるみたいだから、しっかり休んでね』

 

 ありがたいけどさ。今めっちゃやる気だったから、なんか肩透かし食らった気分。どうしようかな。

 

 越壁先生にも今日バイト無いので送ってもらわなくても大丈夫ですって伝えたし、今日は久しぶりに歩きで帰る。いつも行きは歩いてるけど帰りは学校からバイトまで車、バイトから家までも車で送ってもらってたから、ちょっと新鮮。

 せっかく時間出来たし、もう少し校内に居ようかな。寄り道は許されてないけど、守りの固い校内でゆっくりする分には先生も何も言わないはずだ。だって安全だと謳っているんだもん。なぁ?

 

 校内には自販機と落ち着けるテーブルがいくつかあるスペースがある。ちなみに外。冬絶対ここ寒いだろうなあ。このスペースは生徒も使って大丈夫だけど、「綺麗に使わないと生徒は使用不可になります。綺麗に使いましょう」という貼り紙が貼られているから、俺もそれに倣う。さっきまでスポドリ飲んでたから、喉は乾いてないけど。

 

「どうしようかなぁ」

 

 椅子に座って思わず口をついて出たけど、俺、何考えてたんだっけ? あ、そうそう。バイト3時間分の暇をどうするかだったな。勉強するべきなのは分かってるけど。そろそろ期末だしね。あ、そうだよ、引っ越しの掃除しないと! それに、何か作業しないと、さっきの喧嘩の事すぐ思い出してしまう。何から片そうかなぁ。食器と服かな。家具は家についてたやつだから、自分で買ったやつだけ……誰か手伝ってくんないかなぁ。

 

「えっあ、本当? で、でも……あ! それじゃない! ああ……」

 

 後ろで誰かが自販機に対して慌てている。続けざまに商品の落ちる音が聞こえてたし、もしかしたら当たり付き自販機で当たっちゃって、何買うか決めてなくて……みたいなことが起こってしまったんだろうか。しかもこの落胆ぶり。飲めないものでも押してしまったんだろうな。

 

 声につられて首だけで振り向いてその人を見る。声からして男性。黄色に黒の細い線の入ったスーツ。ただしダボダボにそれを着ている。“個性”で体が大きくなるとかで、だからダボダボなのを着ているんだろうか。

 彼は俺から見て真後ろにいて見えなかったけど、振り返った彼の顔を見て驚いた。へたった金髪に、ほとんど皮と骨だけのガイコツ顔。俺より口でかいんじゃないか? こんな人が雄英の先生に居たのか。学年も学科も違う先生なのかな。あ、気付かれた。

 今この空間に居るのは、俺とこの人だけ。ここは職員室の裏だけど、他に先生が来る気配もない。まぁこの人も他の先生に当たっちゃったやつをあげるだろうし。

 すぐに視線を逸らす。でも、その人は俺の方に来た。気配を感じて見上げると、彼は人の良さそうな笑みを浮かべて、「良かったら、貰ってくれないかい?」と微糖のコーヒーを差し出してきた。もうひとつの手には、オレンジジュース。え?

 

「お、俺、コーヒーっすか?」

 

 失礼なのは分かっているのに、笑ってしまった。だって、この人が本当に飲みたかったのがオレンジジュースって! 意外と背の高い、猫背のこの人のイメージと違っていて。その人は照れ笑いをした後、「医者からカフェインは止められていてね」と言い分を話してくれた。あっこれ、笑っちゃ本当にダメなやつじゃん。

 

「いただきます。それと、すみませんでした」

「いやいや、いいんだよ。人間ってのはギャップや緩急に弱くて、笑ってしまう生き物だからね」

 

 HAHAHA! とアメリカンに笑うこの人。フォローしてくれるなんて、なんて良い大人なんだ、この人は。

 

「あ、君こそコーヒー、大丈夫かい?」

「大丈夫です。微糖って言ったって甘いですから、缶コーヒーって。カフェイン駄目だと、そっか、カフェオレとかも飲めないんですね。お茶は止められてないんですか?」

「お茶にも入ってるの?」

「えっ、そ、そう聞いたことがありますけど……」

「冗談、冗談! 紅茶は飲めないんだけど、緑茶はカテキンがどうのこうので大丈夫だってさ。心配ありがとう」

「い、いえ……」

 

 このガイコツ具合、雄英の環境が悪いんじゃないかって疑ってしまう。仕事のしすぎで体を壊してカフェイン禁止とか……。俺がそう思い巡らせている間にも、彼は俺の隣の椅子に腰掛け、オレンジジュースの蓋を開けて飲んでいた。俺もいただこう。冷たいそれは、ミルクと砂糖の甘さの奥にコーヒーの苦味があり、少し目が覚めた気がする。鼻から抜けていく香りは甘くて、うん、美味しい。太りそう。

 目の部分で影が出来ているその人も一息つくと、「ところで」と口を開いた。

 

「何か悩んでいるのかい、少年」

 

 ……教師って、生徒のそういうの、すぐ分かる人種なのだろうか。

 

「……実は、喧嘩しました」

「喧嘩、かい?」

「あ、もう仲直りはしたんですよ。さっきまで一緒にトレーニングもしましたし」

「そうかい」

「でも、なんで許してくれたのか分からなくて……俺、かなり酷いこと言ったんです。“君にヒーローになってほしくない”って……」

 

 改めて、どれだけ後先考えない発言だったことか。後悔が強い。

 

「彼はヒーロー科の人なのですが、……過去に虐めをしていたんです。そして、彼の目指すヒーロー像は、オールマイト。……俺、中学まで虐められてて、その時の感情が……許すなって。そいつがヒーローになることを、オールマイトを目指すことを許すなって……」

 

 待てよ。俺のことをこの人は何も知らないんだぞ。考えもまとまってないのに、話すなよ。

 

「いいよ、続けて。吐き出すといい。何も知らない人への方が、きっと話しやすいさ」

 

 どうして、この人は心が読めんのか? 俺が分かりやすすぎるのか? 先生は俺の背中をさすってくれた。骨張っているのに暖かくて、安心して話していいかもと思わせてくれる、不思議な手だった。

 

「……俺が悩んでいるのは、きっと、俺がヒーローを目指していいのかってことなんだと思います」

「君が、なのかい?」

「はい。俺の喧嘩相手が虐めていた人もこの学校にいるんですけど、その彼が俺達の喧嘩を止めてくれたんです。どちらもヒーロー科の人間なんですけど……。

 虐め被害者の彼が加害者のことを許しているかどうかは分からないですけど、……そっか、自分達の問題だからって、そう言って、俺が断罪することを許さなかったんだ……。それが、彼らが幼馴染だからなのかもしれませんが……。それで俺、自分の心の狭さを実感して……。俺は、俺への加害者たちを少年院にぶち込みましたから。

 ……俺は、自分と被害者の彼を勝手に重ねて、勝手に断罪しようとしたんです。加害者の彼は、俺の命を助けてくれた恩人で、友人であることも忘れて。加害者は加害者だとひとくくりにして。ひとくくりにしようとしたの怒られたんです。被害者の彼に。……そんなことも分からない、間違った正義感を振りかざした俺は、人を救うこと、心を救うことが出来ませんでした。救われたのは、俺の方でした。……俺は、ヒーローになってはいけないのでしょうか? ……緑谷くんくらい、心が広くないと、ヒーローになっちゃいけないんでしょうか? 虐め加害者すらも許してしまう、そんな広い心じゃないと……」

「そんなことは無いさ」

 

 先生は俺の肩を軽く叩いてくれた。埃のように、不安を振り払おうとしてくれているのか。

 

「君と彼は違う人間なんだ。同じくらいなんて、基準は無。彼も君も違う方法で加害者たちに立ち向かっていたのさ。確かに、加害者たちがやった事は世間的に、法律的に許されることじゃない。でもその彼らを許すかどうかは、君たち被害者の自由であり、権利だ。それを横からなんやかんやと声をあげるのは、違うのだと私は思うよ」

「先生……」

「ずっと憎しみ続けるのは疲れるから、裁きを下した後は忘れるのもいいと思う。けど、あくまでそれは君の自由。私や周りの人間は、君にアドバイスやお願いを言うことしか出来ない。……ん? 話がズレたかな? まぁ、とりあえず私が言いたいのは、“君だってヒーローを目指していい人間なんだよ”、って事だね」

 

 その言葉に、胸が熱くなる。

 

「戦いが終わるまで油断しない、自分の強さを活かしながら勝ちを狙っていく姿は、ヒーローの適正を感じさせた。職場体験中に“個性”で自分を傷つけながらも人々を癒した。あの場に居た誰もが、君をヒーローだと評価しただろう」

 

 落ち窪んだ目でガイコツのような見た目のこの人のどこに、魔力が隠されているんだ。へたった金髪で、カフェインを医者に止められてオレンジジュースを飲んでいるような人だっていうのに。

 

「君は、ヒーローになれる」

 

 この人の言葉は、どうして、俺の心を燃やす。

 

 

 

 目が燃えるように熱くなって、火の代わりに水が溢れた。

 

「ありがとう、ございます」

 

 俺は、ずっとその言葉が欲しかったのかもしれない。他でもない、雄英の人間から。

 そうか。俺は、認めて欲しかったんだ。

 

「聞いてもいいかい? 君は、どんなヒーローになりたい?」

「俺は、……傷を、治す……いや。泣いている人を、それ以上泣かせないヒーローになりたいです」

 

  誰かが傷つくことを全て止めることなんて出来ない。止めることは出来ないけれど、慰めることや、物理的な痛みを和らげることは出来る。出来ることをしたい。だから、俺は、そういうヒーローになりたい。

 

「目標が決まっているなら、尚素晴らしい! 私は応援しよう! 頑張れよ、有精卵!」

「はい!」

 

 ヒーローに、なる。

 

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