傷吐き   作:めもちょう

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四十話

 どうする。

 バクゴー君は抜かりの無い人間だぞ。出会って早々マスクを剥ぎ取ってきたってことは、“個性事故”のことを知ってたか。

 シンソー君達もグルだ。いや、違う。この場に俺の味方なんて、いない。

 

「お前、本音しか言えない“個性”事故に巻き込まれたらしいなぁ? いい機会だ。テメェから色々聞き出してやるよ」

 

 そんな言葉が降りかかってくる。俺はこんな危ない奴を利用しようとしてたのか。甘い奴だよ、俺は。怖くて怖くて、涙が出る。下手すりゃここで、人生詰む。

 

「まぁまずは、喋らす口を作んねぇとな。誰かハサミよこせ」

 

 口を開かされたら本音しか言えないから、言える秘密がバクゴー君に誘導されるがままになっちまう。今更色々考えたって、意味は無いのかもしれない。

 

「……吐移くんを泣かせたあんたにはさせない。私にやらせて」

「誰がやろうと一緒だ。さっさとしやがれ」

「命令しないで!」

 

 ハサミを取り出したのは記見さんか。彼女は、膝をついて小さくなっている俺の肩を抱いて、支えてくれた。

 

「ごめんね吐移くん……。爆豪もあんな言い方したけど、私たちと同じで、吐移くんがずっと喋らないのが、笑顔になれないのが嫌なだけなの」

「オイ、俺は別に……」

「この“個性”を解くには、『秘密を晒け出すこと』が必要なの。お願い、どんなに小さくてもいい。喋ってくれない?」

 

 自分で選んで、いいのか。ならまだ勝機があるのか。それならこの口は自分で開かせてもらおう。

 記見さんからハサミを受け取る。他人にさせるのはさすがに抵抗があるからね。雨恋さんから手鏡も受け取って、自分の死んだ顔を見ながら唇を縫い付けていた糸を切った。切った糸はどこかにバラバラになることもなく、唇に貫通したままそこにいる。これ、喋りにくいだろうなぁ。だからって口は止まってくれないだろうけど。

 口の端の、最後の糸を切る。これで、喋ることが出来る。本音を晒してしまう。本音って、どこまでのことを言うんだろう。心の声全てか? 何か言おうとして口を開いたら、なのか? どうかせめて後者であってくれ。心の声なんて、まとまりは無いしね。

 

「終わったな。さあ白状しやがれ!」

「どうしてそんなに急かすの! 吐移くんには吐移くんのペースが──!」

「いいよ、記見さん。話すから」

 

 ハサミと鏡を記見さんに押し付ける。見下ろされるのは嫌だ。体に力は入らないけれど、そんな反発心でどうにか立ち上がる。バクゴー君は余裕そうに悪人面で、「何から晒してもらおうか」とか言っている。思わず溜め息が出る。

 

「俺よりよっぽどヴィラン顔だね、バクゴー君」

「ああ゛?」

「俺が受けた“個性”は本音を晒すものであって、秘密を晒すもんではないんだけどなあ。……話さなきゃならないなら、そうだな……俺があいつらに殺意を持ってるって事ぐらいか」

「殺意?」

「当然、中学まで俺を虐めていた奴らのことだよ」

 

 しっかりと口を閉じる。にしても、流れで言った割には最適解じゃないか? 「憎しみを持っている」と言ったことはあっても、“殺意”を持っていると話したことはないはずだ。それも、方法までは、絶対に。

 ふらついていた体は、シンソー君に支えられた。

 

「ありがとう、シンソー君」

「どうやって殺すつもりだ。ヴィランになりたくないお前が」

「運任せだよ。いつかヒーローになって、災害現場で被災したあいつらを、見殺しにする。それだけだよ」

「本当か?」

「“本音しか言えない個性”になってんだから、疑ってんじゃねーよ」

「口が悪ぃな。それが本音かよ」

「ハッ! 君のが移っちゃったかもね」

「キメェ」

「俺は嬉しいなあ!」

 

 ぐらぐら、ぐらぐら。感情の振れ幅が大きい。

 いつ解けてくれるんだ、この“個性”。口を開けば本音っていうのは、苦しい。人はいくらでも矛盾を抱えてる。考え方を統一していない。だから、一度にいろんなことに出会うと、いろんな感情と本音が動いて、脳も体も、心もついてこれない。はあ、疲れる。シンソー君に寄りかからせてもらう。

 

「えっ? どうして、シンソー君」

 

 そのシンソー君に、羽交い締めにされる。

 

「や、やめろよ、何すんだっ」

「ごめんな、吐移」

「二人まで!」

 

 バクゴー君の後ろに居た切島くん、上鳴くんも俺のことを押さえつけてきた。ふざけんなよ、何なんだよ、俺が何した。どうして、どうして……? あの秘密だって、普通ならなかなかの衝撃だろうがよォ! それで満足しろよ!!

 

「まだ話は終わらねぇぞ、ヘアバン」

 

 ああ、そうだな君は。有言実行する男だもんなぁ、君は! 全部吐かせる気だ!

 そんなバクゴー君がズボンのポケットからおもむろに何かを取り出した。摘んで見せてきたそれは、“黒いキューブ”だった。

 

「!!?」

 

 息を思いっきり、変な音を出しながら吸い込んでしまったきり、吐き出せなかった。遠目で少し分かりづらいけれど、そいつは俺の“個性”の、墓場まで持っていくつもりだった部分だ。それが、バクゴー君の手の中にある。

 バクゴー君が悪人面を更にそれらしくする。

 

「やっぱ、テメェのだよなぁ?」

「ど、どうしてそれを……!?」

「テメェが自分で落としたんだろうが」

「二つ、も……俺っ!!」

「さあ、話に追いついてねー奴らの為に、テメェの口から説明しやがれ」

「そんな……っ! 嫌だ! これだけは、嫌だよ!!」

「言わねぇなら、また握り潰すだけだ」

「ヒッ!!!」

 

 そんなの、止めてくれよ! 何なんだ、脅迫者が人質ってなんだよ!! 

 息はしてるはずなのに、酸素が身体を回らない。ますます力が体から抜けていく。息がしたくて吸うのに、口内で止まって、そのまま吐き出される。体が熱くなって、冷や汗で冷えて、暑いのか寒いのか、頭の中もぐるぐるして、分からなくなる。

 気持ちが悪い。

 

「さあ言えよ。俺が三つ数える間に」

「いっ、嫌だ……!」

「さーん」

「!」

 

 嫌だ、嫌だ、人生詰みたくない。

 

「にーい」

「や、やめ……」

 

 バクゴー君の握る手の中に、黒いキューブが隠された。力を入れないで、お願い!!

 

「いー「わかったからぁ!!!」

 

 俺に君を殺させないでくれぇ!!!

 

「分かったから……言うから……! だから、お願い……」

「……なら言えよ。てめェの隠してる“個性”を」

 

 バレていた。いつ分かったんだよ、そのキューブが、俺のだって。俺から溢れたのが見えたのか。

 よりにもよって、君の前に落とすなんて。理不尽は俺にいつも付いて回る。

 

 

 

 息が落ち着くのを、泣き止むのを、説明する言葉を整えるのを待ってもらった後、俺はようやく口を開くことが出来た。

 

「その黒いキューブが“個性”として現れたのは、小2の頃だった。

 最初からだとは思う。でもその黒いキューブが出るのはある程度大きな怪我からだったから、虐めが酷くなった小学2年生の頃に気付いた。そいつは俺の中にしまいこむことが出来て、俺が取り出したいと思えば、どこからでも取り出せる。キューブは壊すことで、いつか俺の受けた傷を出現させられる。

 ……説明忘れてた。俺の“個性”は、“息をするように自己回復、他者の傷を吸収出来る”んじゃなくて、“自己・他者の傷を自分の息を通じて黒いキューブに変換する”個性だ。そのキューブは俺の意思ひとつで破壊することが出来る。つまり、攻撃手段だ」

 

 もはやヤケクソに近かった。そんな俺の説明で上鳴くんに疑問が生まれたらしく、「じゃあなんで入試とか体育祭でそれ使わなかったんだ? めっちゃ強ぇじゃん」って言われた。「そういうわけにはいかない事情があるの」と言おうとして、「バカだなぁ」と口から出て行った。まだ“個性”の影響残ってやがる。俺に馬鹿にされた上鳴くんは泣きそうに「えっ」と声を漏らした。

 

「あ、ああ、そうか。皆は知らないか。ごめん」

「い、いや。でも、何が?」

「俺、雄英から要注意人物として認識されてんの」

「な、なんで!?」

「俺の親がヴィランで、俺自身が度の過ぎた虐めを受けて、復讐心を持っていたのがバレてたからだろうね。一応奴らは少年院にぶち込んであるけど、いつか出てくる。その時が来たら、俺は運次第で見殺しにしようと思ってる。でも学校側は、もう少し深刻に考えてるんでしょ。それを入試の筆記の時、先生達の視線で感じ取った俺は、実技試験で黒いキューブを使うことを止めた。今まで誰にも見せたことはなかったから、雄英にもバレてないはずだった。ヒーロー科に落ちても、どうにか普通科に入学して、それから編入すれば良いと考えた。肉弾戦で強くなればヒーローになれるって、俺は自分を信じていたから!」

 

 地元の、味方してくれる人たちが皆、“あなたはヒーロー向きではないよ”と他の道を勧めてきた中、“個性”進化後とはいえ、だ。

 ケンさんが『お前は、ヒーローになった方がいいな!』と言ってくれた。

 ガイコツみたいな見た目の先生が、『君は、ヒーローになれる』と、認めてくれた。

 ここにいる皆が、俺がヒーローになることを応援してくれている。

 逆境の中で、俺は追い風を作ってきたし、皆がなってくれたんだよ!!

 

「だから!!」

 

 声が震えた。

 

「バレたくなかった……! 体育祭で使ったことも後悔している。あのタイミングしか、視界が悪いあのタイミングしか、カメラを誤魔化せないと思ったのに……。思っていたより、あのロボ、足元が弱くてびっくりしたよ。常闇くんにも怪しまれたし。……他人の傷も回復出来ると分かって、よりヒーローになる上で強みになる“個性”と分かったから、この黒いキューブは封印しようと思ってたのに……!」

「吐移くん……」

 

 口が止まらない。悔しかった。悲しかった。苦しかった。

 

「なんか分かんないけどキューブが俺から出て来ちゃうし、それで大好きな人が傷ついちゃうし、俺のこんなのよりずっと酷い“個性”事故だよ! ごめんなさいっ! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」

 

 この“個性”が皆にバレたら、誰かが大きめの怪我をするたびに俺が疑われる。自分の株を上げる為にキューブを使ったんだと言われてしまう。誰も俺を信じてくれなくなる。ああ゛っ、バクゴー君に怪我をさせた時点で、いくら事故だろうと、“個性”を使った時点で俺は、俺はっ!!

 

 ヴィランだ!!!

 

「吐移くん!」

 

 大きな声で呼びかけられて、気がついた。記見さんが目の前にいて、彼女は俺の顔を両手で包む。あったかくて、柔らかい。女の子の手って、こんなに優しいんだ……。

 

 大丈夫だよ。

 

 そんなこと誰も言ってないのに、聞こえた気がした。

 

 落ち着いた俺の目の辺りに、ハンカチがあてがわれる。気付かなかった。また、泣いてた。

 

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