どうする。
バクゴー君は抜かりの無い人間だぞ。出会って早々マスクを剥ぎ取ってきたってことは、“個性事故”のことを知ってたか。
シンソー君達もグルだ。いや、違う。この場に俺の味方なんて、いない。
「お前、本音しか言えない“個性”事故に巻き込まれたらしいなぁ? いい機会だ。テメェから色々聞き出してやるよ」
そんな言葉が降りかかってくる。俺はこんな危ない奴を利用しようとしてたのか。甘い奴だよ、俺は。怖くて怖くて、涙が出る。下手すりゃここで、人生詰む。
「まぁまずは、喋らす口を作んねぇとな。誰かハサミよこせ」
口を開かされたら本音しか言えないから、言える秘密がバクゴー君に誘導されるがままになっちまう。今更色々考えたって、意味は無いのかもしれない。
「……吐移くんを泣かせたあんたにはさせない。私にやらせて」
「誰がやろうと一緒だ。さっさとしやがれ」
「命令しないで!」
ハサミを取り出したのは記見さんか。彼女は、膝をついて小さくなっている俺の肩を抱いて、支えてくれた。
「ごめんね吐移くん……。爆豪もあんな言い方したけど、私たちと同じで、吐移くんがずっと喋らないのが、笑顔になれないのが嫌なだけなの」
「オイ、俺は別に……」
「この“個性”を解くには、『秘密を晒け出すこと』が必要なの。お願い、どんなに小さくてもいい。喋ってくれない?」
自分で選んで、いいのか。ならまだ勝機があるのか。それならこの口は自分で開かせてもらおう。
記見さんからハサミを受け取る。他人にさせるのはさすがに抵抗があるからね。雨恋さんから手鏡も受け取って、自分の死んだ顔を見ながら唇を縫い付けていた糸を切った。切った糸はどこかにバラバラになることもなく、唇に貫通したままそこにいる。これ、喋りにくいだろうなぁ。だからって口は止まってくれないだろうけど。
口の端の、最後の糸を切る。これで、喋ることが出来る。本音を晒してしまう。本音って、どこまでのことを言うんだろう。心の声全てか? 何か言おうとして口を開いたら、なのか? どうかせめて後者であってくれ。心の声なんて、まとまりは無いしね。
「終わったな。さあ白状しやがれ!」
「どうしてそんなに急かすの! 吐移くんには吐移くんのペースが──!」
「いいよ、記見さん。話すから」
ハサミと鏡を記見さんに押し付ける。見下ろされるのは嫌だ。体に力は入らないけれど、そんな反発心でどうにか立ち上がる。バクゴー君は余裕そうに悪人面で、「何から晒してもらおうか」とか言っている。思わず溜め息が出る。
「俺よりよっぽどヴィラン顔だね、バクゴー君」
「ああ゛?」
「俺が受けた“個性”は本音を晒すものであって、秘密を晒すもんではないんだけどなあ。……話さなきゃならないなら、そうだな……俺があいつらに殺意を持ってるって事ぐらいか」
「殺意?」
「当然、中学まで俺を虐めていた奴らのことだよ」
しっかりと口を閉じる。にしても、流れで言った割には最適解じゃないか? 「憎しみを持っている」と言ったことはあっても、“殺意”を持っていると話したことはないはずだ。それも、方法までは、絶対に。
ふらついていた体は、シンソー君に支えられた。
「ありがとう、シンソー君」
「どうやって殺すつもりだ。ヴィランになりたくないお前が」
「運任せだよ。いつかヒーローになって、災害現場で被災したあいつらを、見殺しにする。それだけだよ」
「本当か?」
「“本音しか言えない個性”になってんだから、疑ってんじゃねーよ」
「口が悪ぃな。それが本音かよ」
「ハッ! 君のが移っちゃったかもね」
「キメェ」
「俺は嬉しいなあ!」
ぐらぐら、ぐらぐら。感情の振れ幅が大きい。
いつ解けてくれるんだ、この“個性”。口を開けば本音っていうのは、苦しい。人はいくらでも矛盾を抱えてる。考え方を統一していない。だから、一度にいろんなことに出会うと、いろんな感情と本音が動いて、脳も体も、心もついてこれない。はあ、疲れる。シンソー君に寄りかからせてもらう。
「えっ? どうして、シンソー君」
そのシンソー君に、羽交い締めにされる。
「や、やめろよ、何すんだっ」
「ごめんな、吐移」
「二人まで!」
バクゴー君の後ろに居た切島くん、上鳴くんも俺のことを押さえつけてきた。ふざけんなよ、何なんだよ、俺が何した。どうして、どうして……? あの秘密だって、普通ならなかなかの衝撃だろうがよォ! それで満足しろよ!!
「まだ話は終わらねぇぞ、ヘアバン」
ああ、そうだな君は。有言実行する男だもんなぁ、君は! 全部吐かせる気だ!
そんなバクゴー君がズボンのポケットからおもむろに何かを取り出した。摘んで見せてきたそれは、“黒いキューブ”だった。
「!!?」
息を思いっきり、変な音を出しながら吸い込んでしまったきり、吐き出せなかった。遠目で少し分かりづらいけれど、そいつは俺の“個性”の、墓場まで持っていくつもりだった部分だ。それが、バクゴー君の手の中にある。
バクゴー君が悪人面を更にそれらしくする。
「やっぱ、テメェのだよなぁ?」
「ど、どうしてそれを……!?」
「テメェが自分で落としたんだろうが」
「二つ、も……俺っ!!」
「さあ、話に追いついてねー奴らの為に、テメェの口から説明しやがれ」
「そんな……っ! 嫌だ! これだけは、嫌だよ!!」
「言わねぇなら、また握り潰すだけだ」
「ヒッ!!!」
そんなの、止めてくれよ! 何なんだ、脅迫者が人質ってなんだよ!!
息はしてるはずなのに、酸素が身体を回らない。ますます力が体から抜けていく。息がしたくて吸うのに、口内で止まって、そのまま吐き出される。体が熱くなって、冷や汗で冷えて、暑いのか寒いのか、頭の中もぐるぐるして、分からなくなる。
気持ちが悪い。
「さあ言えよ。俺が三つ数える間に」
「いっ、嫌だ……!」
「さーん」
「!」
嫌だ、嫌だ、人生詰みたくない。
「にーい」
「や、やめ……」
バクゴー君の握る手の中に、黒いキューブが隠された。力を入れないで、お願い!!
「いー「わかったからぁ!!!」
俺に君を殺させないでくれぇ!!!
「分かったから……言うから……! だから、お願い……」
「……なら言えよ。てめェの隠してる“個性”を」
バレていた。いつ分かったんだよ、そのキューブが、俺のだって。俺から溢れたのが見えたのか。
よりにもよって、君の前に落とすなんて。理不尽は俺にいつも付いて回る。
息が落ち着くのを、泣き止むのを、説明する言葉を整えるのを待ってもらった後、俺はようやく口を開くことが出来た。
「その黒いキューブが“個性”として現れたのは、小2の頃だった。
最初からだとは思う。でもその黒いキューブが出るのはある程度大きな怪我からだったから、虐めが酷くなった小学2年生の頃に気付いた。そいつは俺の中にしまいこむことが出来て、俺が取り出したいと思えば、どこからでも取り出せる。キューブは壊すことで、いつか俺の受けた傷を出現させられる。
……説明忘れてた。俺の“個性”は、“息をするように自己回復、他者の傷を吸収出来る”んじゃなくて、“自己・他者の傷を自分の息を通じて黒いキューブに変換する”個性だ。そのキューブは俺の意思ひとつで破壊することが出来る。つまり、攻撃手段だ」
もはやヤケクソに近かった。そんな俺の説明で上鳴くんに疑問が生まれたらしく、「じゃあなんで入試とか体育祭でそれ使わなかったんだ? めっちゃ強ぇじゃん」って言われた。「そういうわけにはいかない事情があるの」と言おうとして、「バカだなぁ」と口から出て行った。まだ“個性”の影響残ってやがる。俺に馬鹿にされた上鳴くんは泣きそうに「えっ」と声を漏らした。
「あ、ああ、そうか。皆は知らないか。ごめん」
「い、いや。でも、何が?」
「俺、雄英から要注意人物として認識されてんの」
「な、なんで!?」
「俺の親がヴィランで、俺自身が度の過ぎた虐めを受けて、復讐心を持っていたのがバレてたからだろうね。一応奴らは少年院にぶち込んであるけど、いつか出てくる。その時が来たら、俺は運次第で見殺しにしようと思ってる。でも学校側は、もう少し深刻に考えてるんでしょ。それを入試の筆記の時、先生達の視線で感じ取った俺は、実技試験で黒いキューブを使うことを止めた。今まで誰にも見せたことはなかったから、雄英にもバレてないはずだった。ヒーロー科に落ちても、どうにか普通科に入学して、それから編入すれば良いと考えた。肉弾戦で強くなればヒーローになれるって、俺は自分を信じていたから!」
地元の、味方してくれる人たちが皆、“あなたはヒーロー向きではないよ”と他の道を勧めてきた中、“個性”進化後とはいえ、だ。
ケンさんが『お前は、ヒーローになった方がいいな!』と言ってくれた。
ガイコツみたいな見た目の先生が、『君は、ヒーローになれる』と、認めてくれた。
ここにいる皆が、俺がヒーローになることを応援してくれている。
逆境の中で、俺は追い風を作ってきたし、皆がなってくれたんだよ!!
「だから!!」
声が震えた。
「バレたくなかった……! 体育祭で使ったことも後悔している。あのタイミングしか、視界が悪いあのタイミングしか、カメラを誤魔化せないと思ったのに……。思っていたより、あのロボ、足元が弱くてびっくりしたよ。常闇くんにも怪しまれたし。……他人の傷も回復出来ると分かって、よりヒーローになる上で強みになる“個性”と分かったから、この黒いキューブは封印しようと思ってたのに……!」
「吐移くん……」
口が止まらない。悔しかった。悲しかった。苦しかった。
「なんか分かんないけどキューブが俺から出て来ちゃうし、それで大好きな人が傷ついちゃうし、俺のこんなのよりずっと酷い“個性”事故だよ! ごめんなさいっ! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」
この“個性”が皆にバレたら、誰かが大きめの怪我をするたびに俺が疑われる。自分の株を上げる為にキューブを使ったんだと言われてしまう。誰も俺を信じてくれなくなる。ああ゛っ、バクゴー君に怪我をさせた時点で、いくら事故だろうと、“個性”を使った時点で俺は、俺はっ!!
ヴィランだ!!!
「吐移くん!」
大きな声で呼びかけられて、気がついた。記見さんが目の前にいて、彼女は俺の顔を両手で包む。あったかくて、柔らかい。女の子の手って、こんなに優しいんだ……。
大丈夫だよ。
そんなこと誰も言ってないのに、聞こえた気がした。
落ち着いた俺の目の辺りに、ハンカチがあてがわれる。気付かなかった。また、泣いてた。