記見さんのあったかさに気持ちが落ち着いていったら、拘束が解けて、またシンソー君に支えられていた。バクゴー君も俺の答えにようやく満足してくれたらしい。彼の右手の握り具合が、気持ち緩んでいた。
「……てめぇの“個性”事故で負った傷は、てめぇの“個性”で治った。だから、それについては気にすんな」
「バクゴー君……」
「このキューブはつまり、てめぇの過去の傷ってことか」
「……うん」
「そうか」
なんか皆の空気が重い。クラスの皆も、バクゴー君のこの前の怪我が俺の“個性”によるものだと察しただろう。でもね皆、俺、こんな空気だから口に出さないけど、小・中学校の虐めで服で隠れる場所以外の場所はあまり傷つけられてないから、頭のあれは絶対、雄英に来てからの傷よ。多分体育祭の時のだし。もしかしたら職場体験の事故現場で吸収したものなのかもしれないけど、あの時は殆ど傷のこと覚えてないから、それかどうか確かじゃない。
バクゴー君が近寄ってきた。その手の中にある傷は、なんだろう。俺から出て行った黒いキューブの中身は分からなくなるから、それが擦り傷なのか、はたまた六発のやつなのか、分からないのが恐ろしい。いや、六発のやつは一発一発回復したから単純な刺し傷でしかないんだけど。でも重いか。だから、間違っても握り潰さないでくれよ。もう脆くなっているはずだから。
「こいつを使わない、隠した理由は何だ」
「あらぬ疑いをかけられて、小・中学校の間にヴィラン扱いされたくなかったから。それに、ずっと隠し通してきて、今更言ったら更に警戒される。ただでさえ悪い意味で注目されてんのに、普通科も落ちる可能性があった。それに、もう使うつもりもなかった。だから、隠してた」
「なるほどな」
あのクズ共をギャフンと言わせたくて、ヒーロー科、それの最高峰の学び舎である雄英に来たのは、良かったのか、悪かったのか、ずっと分からなかったけど……言うて今も分からないけれど、全部吐き出せて気分がいいから、良かったってことにしとこうかなって思う。
バクゴー君からキューブを返してもらう。左手に乗ったそれはでも、俺の中に吸収されないし、そもそも崩れてない。は? おかしいじゃん、なんだ、これ。
「ま、そいつはただのサイコロを細工したもんだがな」
「だ、騙したのかよ! こっちは本音しか言えねぇってのに!」
「なんか関係あんのか?」
人が悪すぎるよバクゴー君! 俺がどれだけ心臓痛めたか分かるっ!? めっちゃ寿命縮んだからね!? もう嫌だ!
文句を言おうとしたら、バクゴー君が「それに」と言った。なに?
「果たして雄英が本当に、お前のその“個性”を把握してなかったとは、言えねえけどな」
「え?」
まさか、あの家まじで、盗聴器毎日仕込み直してんのか!? そうじゃなかったらどこでバレた!? プライベートは守るんじゃなかったのかよ、校長!!
バクゴー君が左に体を寄せて、後ろを示した。それは俺にとっては正面。気が付かなかった。教室のでかいドアのところに、プレゼント・マイク先生が立っていた。俺、こんな目立つ先生に気が付かなかったって、どんだけ視野が狭まってたの??
「せ、先生……」
「HEY! 俺だぜ! さぁて吐移! どうやらお前は“個性”の攻撃性を隠してたつもりみたいだが、雄英は把握してたぜ!」
「……え?」
本当に、バクゴー君の言う通り、なのか!? くそっ、いくら一番になりたかったからって、キューブ使うんじゃなかった! 追い詰められて、思考と体がふらついた。
「い、いつ、知って……!?」
「お前さんは法律を守る良い国民だな。役所への“個性”届は正直に届けていただろ? 再届けの時も。だから雄英は把握してたし、それを使う様子が無いことが、何か企んでいるんじゃないかと、お前を要注意人物に引き上げていたんだよ」
「そ、そんなぁ……」
「と、吐移!」
国はやっぱり、弱者に優しくない。“個性守秘制度”を使ったはずなのに、こうして、ヒーローには情報を漏らしてしまう。俺はヴィランじゃないっていうのに! 正直者がバカを見る世の中だ!
「怖くって、そこは正直に言ってたら……意味無かったのかよぉ!」
「杞憂だったな!」
何が杞憂だよ! むしろ世界に絶望だわ!! ここで俺がバクゴー君に吐かせられてなかったら、俺はさらに強くなった警備の目をすり抜けることにどれだけ力を入れなきゃいけなかったことか!! HAHAHAって笑ってんじゃないよマイク先生!!
でも騙してたのは俺だから、怒ることも出来ない。俺が悪かったんだろって言われちまう。くっそ、お腹が痛い!
マイク先生が膝をついて蹲る俺の前にしゃがみこんだ。
「お前の孤独な戦いはほとんど意味はなかったわけだが、その縛りプレイのおかげで得たものだって、あるだろ?」
「……ここにいる、皆、ですかね……」
本性を隠す為に被った皮で得た、素敵な人達。もはやこの皮は癒着して、彼らの前だと自然に被るどころか、それしか出てこない。心配してくれる彼らの視線が嬉しくて、自然とはにかんでいた。
「それに、隠そうとしたから、俺は人にこの“個性”をぶつけずに済んでいた。……人権を得た」
「それは生まれた時からだな! まぁ、何はともあれ秘密はなくなった! これからは大手を振って歩いてけ!」
……そっか、そうだよな。俺、全部出したんだよな。もう、何にも怯えなくていいのか。……絶望してたはずの世界が、明るく見え始めた。
マイク先生が肩を叩いて励ましてくれたから、俺は練習の成果を見せて、返事した。
「はい!」
きっと、笑えているはずだ。
立ち上がった俺に今まで静観していたクラスの皆が集まってきて、暖かい声をかけてくれた。
「良かったな!」
「お前すごいやつだったんだな!」
「これからもっと活躍出来るじゃん!」
どれも嬉しい言葉ばかり。本当の俺は口が悪かったり、人を馬鹿にするような人だっていうのに、笑顔が下手なことも「上手になっていこうな」って見守ってくれて……。こんなに優しく受け入れてくれる人々に囲まれて、俺は幸せ者だ。
「あ! 俺が来た理由をすっかり忘れてたぜ! 吐移、心操、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」
「え?」
「俺も、ですか?」
マイク先生がC組、普通科にわざわざ来たのは、俺とシンソー君を呼ぶ為だったのか。確かに、あの騒ぎの為に来たっていうのはちょっと狙いすぎてたから、俺の精神衛生上いいことかな。
あと、“個性”だいぶ抜けてきたみたいだ。よかった。本音で話してるのに精神に悪いって、本当に変な話だよなぁ。
俺がボーッとしちゃった間にマイク先生がバクゴー君たちに「今日はお前らの番だけど、ごめんな」って言って、許可をもらっていた。
「じゃあ、行くか!」
「あ、はい」
「話すぐ終わります?」
「鞄は置いてけ!」
俺たちはクラスメイトとバクゴー君たち、そして鞄を置いてマイク先生に連れられていった。
「あ、その前に俺、口の糸取りに行っていいですか?」
ちょっと、このままであまり歩きたくはないかな。
ついて行った先は、ヒーロー科の職員室。またここに来ることになるとは、ね。
「来たか」
案内されたのは相澤先生のところだった。俺たちに用があるのは、この人の方なの?
「相澤先生、話ってなんですか?」
「単刀直入に聞く。お前ら、ヒーロー科編入に興味はあるか?」
「!」
シンソー君と顔を見合わせる。彼も非常に驚いた顔をしていた。でもそれも一瞬で、覚悟を決めた男のそれに引き締まった。俺はゴクリと喉を鳴らして、再び相澤先生に視線を移した。なんの打ち合わせもしてないけど、きっとシンソー君も同じ答えだろう。
「「あります!」」
俺たちは同時に答えていた。それを聞いた相澤先生は心なしか、無気力から優しい顔になった気がした。
「なら、お前らにチャンスをやる。俺の言う事をクリア出来れば……編入が可能になるかもな」
心がざわつく。目標に近づけるチャンスがやってきたから。これを逃してはいけない!!
何よりも、だ。ヒーローがそう誘ってくれるってことは……俺の監視は確実に緩んでいる証拠だと言えるんじゃないのか!? 俺は、警戒じゃなくて……期待されているんじゃないのか!
「その、課題ってなんですか?」
シンソー君が尋ねる。相澤先生はそのままの顔で返してくれた。
「ヒーロー科の生徒より、強くなることだ。お前たち普通科の生徒は当然だが弱い。経験が無いからな。ただえさえ出遅れているお前ら二人が編入するには、ヒーロー科に追いつくことが前提条件になる」
息を呑む俺たちに、相澤先生は構わず問う。
「相当きついだろう。それでも、やるか?」
俺たちの答えは変わらない。
「「やります!!」」
俺の見る世界は今、希望に溢れてる!!