「ドクター。あの素体はちゃんと脳無になったかな?」
「素体? ああ、あのガキ共か。出来てはおるが、
僕が言っている脳無は、『ビニール』の“個性”と『足固め』の“個性”を持った素体に『粘着』と『高圧放水』の“個性”をそれぞれ与えたものだ。どちらの素体も負荷に耐えられず、物言わぬ人形のように、僕たちの命令を忠実に遂行してくれる存在になってくれた。ただ確かに、この“個性”たちでは弱いね。戦力にするなら増強型の“個性”を足した方が良かったんだろうけど、所詮これは見世物。彼を僕らの仲間に、弔の仲間にする為の贈り物でしかないからね。実用性は無くても構わない。
「そんなに力を入れる必要があるとも思えんがね、先生。何も回復系の“個性”を“人間として仲間”にしたいからって、ここまで」
「する価値はあるさ。今は忘れてしまっているのかもしれないが、彼はいずれ思い出す。自分の“
「吐移 正、ねえ。こやつ自体は確かに有用な“個性”だ。先生に効果があるか、と言われたら、そうでもないが」
「僕のことはいいんだよ」
僕直々に勧誘したいのは、雄英に在籍する生徒、吐移 正。雄英体育祭の時から少し興味はあったけど、何やら雄英側から保護されているらしいと知ってからは興味が加速してね。ちょっと調べてみたら、面白いことが分かったんだよ。
彼のヒーローを目指す目的が、自分をヴィランだと言って迫害した人間たちへの復讐だっていうじゃないか! 彼が目論む方法は分からないけれど、復讐ならこちら側の方が容易くなると吹き込んで、何とかスパイとして味方にしたい人材だ。
彼に手を汚させず復讐を果たす代わりに、情報をこちらへ流してもらう。時期が来たら、こちらに完全に寝返ってもらいたいね。
「雄英の屋台骨、リカバリーガールも真っ青だろう。自分の傷の即時回復に留まらず、他人の傷の吸収なんて。怪我したコマをすぐ戦場に送れる“個性”。精神の歪み云々除いて、純粋に欲しい“個性”じゃな」
「脳無にするには勿体無い。だから勧誘なんだ。応えてくれないなら、勿体無いけど、脳無の素体とすればいいさ」
僕が貰ってもいいかもね。
「迎えに行くのは、夏休み初日にしようか。長い休みの初日って、気を引き締めるだろう? そこを掻っ攫ってみたくないかい? ねえ、黒霧」
小さいサイズのテレビ画面に向かって話しかける。画面に写っているのは、薄暗い照明で照らされたバー。そのカウンターに立ち、グラスを拭いているのは、バーテンダーの格好をした黒いもや。彼が黒霧。黒いモヤのようなゲートを使用した座標移動が彼の“個性”だ。とても優れた“個性”な上に、思慮深い男でね。彼には弔のお目付け役のような立場になってもらっている。
その彼も支える弔は今、自分で仲間を集め、さらに新しく勧誘しようと動いている。僕に意見を求めることはあっても、考え、決断し、動くのは全て弔の意志なんだ。その成長が嬉しい! だから僕は弔にプレゼントしたいんだ。弔は以前、ヒーロー殺しに傷つけられた時、「回復キャラがいないんだよ」と言っていたからね。僕からの餞別さ。まだあげれるか分からないけどね。
『……その少年を私に、回収しにいけと。そういうことですか』
「そう。丁重に迎えに行ってくれ。頼んだよ。住所は今から言うところだ」
雄英の信頼はこれで更に揺らぎ、我々の未来は弔の望む姿へ近づくことになるだろう。
弔、君はもっと成長出来る。その成長を助けられるものを、僕は出来る限り用意しよう。
運命の日。僕はとある廃工場の中に立っていた。ここはいらない脳無たちを囮として置いてある廃工場。吐移くんへの脳無展示場として丁度いいはずだ。
しかし驚いたね。まさか、彼の“個性”に攻撃性があったなんて。朗報さ。ますます彼への勧誘に力を入れなくてはね。受け入れてくれなくても、光側に返してあげることは出来ないけれど。
彼への贈り物の脳無を見る。二つとも貧弱だ。戦力には到底足りないな。でもそれでも大丈夫だね、きっと。彼の復讐の一つの形を、提示するだけなのだから。
そしてやってきた吐移 正。黒いワープゲートから出てきた彼は、薄暗い廃工場を見渡して、すぐに保存液漬けの脳無を見つけては、驚いた顔を見せた。
「人が、ホルマリン漬け……!?」
脳無に興味を持ってくれたのは、いい事だ。
「ようこそ、吐移 正」
「!!」
声をかけてみれば、漸く僕に気が付いた様子だった。彼は後退りすると、拳を構える。へえ、構えられるのか。僕のプレッシャーもだいぶ弱くなってしまっているのかな。あいつと戦う時はもう少し雰囲気を作らないとな。
それよりも今は、彼の勧誘だ。
「そんなに構えなくてもいいじゃないか。これから君は弔の仲間になる。その前に見せたいものがあるから、ここに呼んだんだ」
そう言って僕は、彼の為に用意した脳無を指さした。
「そいつらは、かつて君を貶め、暴力を振るった人間だ」
「!!?」
驚いてはくれたけど、まあ、すぐに信じてはくれないだろう。その証拠に、僕を睨み付けてきたしね。勇気があるね。
「嘘つくんじゃねェ。似ても似つかねえぞ」
「信じてもらえないと思っていたから、証拠を用意しているんだ。それを見てくれ」
良かった良かった。やっぱり準備は大切だね。彼は証拠のビデオカメラに釘付けになってくれている。
「僕の“個性”は、他者から“個性”を『奪い』、そしてソレを他者に『与える』ことの出来る“個性”でね。四人のうち、弱そうな二人からは“個性”をもらって、後は二人に分けたのさ。まあ、二人とも負荷に耐えられなかったけどね」
彼は僕らを警戒しているんだろう、僕らをチラチラ見てきている。が、映像がやはり気になるんだろうな。
素体は彼の憎む相手。お気に召したかな?
「弱くても使えはする“個性”たちだったからね。脳無にはしたよ。ここはヒーローたちをおびき出す脳無格納庫であり、君への脳無展示場さ」
「……これを見せて、どうしたいんだ」
「分からないかい? 君の復讐は僕たちが代わりに果たした。でも、まだ足りないだろう? 君は、自分の思いを否定するヒーロー側より、受け入れ、実行する僕たち側にいる方が、のびのび出来るはずだ」
「……」
君はその激情を隠して生きることを強いられてきたんだろう? 本来の自分を殺して、“個性”すら殺して、良い面を被って生きてきたんだろう? とても生きづらかったんじゃないかい、吐移 正。
「遅れたね。僕は、オール・フォー・ワン」
本来の君は傷を奪うだけでなく、与えることも出来る。僕と少しだけ似ているね。それをさせてこなかった、許してこなかった世界より、ずっとこっち側の方が生きやすいさ。
「僕たちは君の復讐心を受け入れる。続けようじゃないか。
吐移くんは僕を険しい顔で見たかと思えば、すぐに人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。そうか、ダメだったか。
「行くわけないだろ、ボケカス」
「へぇ……」
「俺の復讐心を受け入れるぅ? 見えてんだよ、テメェらが欲しいのは、俺の“個性”だろ。サンドバッグに丁度いいもんなぁ。盾にするにもいいもんなぁ、この“個性”。──誰かヴィランにやるか、ボケ」
なるほど、君は自分の“
「どうして雄英が俺を野放しにしてたか、分からねェか? 俺に復讐が無理だと分かってたからだ。元々方法も運任せで、犯罪者になることをすごく恐れていた俺の個性が“他人の傷まで吸収出来る”モンだと判明しちまった。そんな“個性”じゃ、見殺しにすることが不自然過ぎて不可能になった。だから雄英は俺を自由にしてたんだよ。そこまで考えて、俺の代わりにしてくれたって言いてぇなら、お門違いだ。俺は、幸せになりたいんだからな」
「へぇ、幸せに」
犯罪者になることを、ヴィランになることを極端に嫌っていたのか。じゃあその方面での勧誘は止めよう。まだ手はあるさ。
「吐移 正。君の復讐に燃えていた心を鎮めたのは、爆豪勝己くん、だね?」
「それが、どうした」
「その彼も弔の仲間になる、と言ったら、考えを改めてくれるのかな?」
「…………は?」
これなら食いついてくれるだろう? そちらの方も調べがついているよ。彼が関係しているなら、君も下手な動きは出来ないだろう?
「言っただろ。俺はヴィランにならねえってよォ」
おっと、意外と強情だ。
「バクゴー君がヴィランになるわけない。だって、彼の目標は“オールマイト”。絶対的な勝利。トップヒーローを目指すバクゴー君が、お前らみたいに暗躍したがるヴィランになるわけない!」
「果たして、そうかな」
自分の状況が分かっていないはずじゃないのに、よく余裕そうな態度が取れる。何か策でもあるのかな。
「俺を人質にしたかったのなら、残念。叶わないよ」
「助けは来ないよ」
「分からないぜ?」
何のハッタリだろう。この辺りはヒーローが少ない。更に言えば、既に異変に気が付いているであろう雄英のヒーロー共が直ぐに駆けつけられる距離じゃない。
「俺はなぁ、自分の幸せの為に、回りくどい復讐方法を考えてたんだ。犯罪者にならない為に」
語るのは時間稼ぎのため?
「バクゴー君のおかげで、雄英の皆のおかげで、俺は未来に目を向けることが出来るようになったんだ」
目が泳いでいる。どうやら恐怖しているようではあるが……。一応警戒しよう。
「それは、いい話だね」
「そうだろ? だから、俺はヴィランにならねぇ!!」
良い威勢だね。前には僕、後ろには黒霧が君を包囲している。君にはここから出る算段があるっていうのかい?
「なるほどね」
今、僕の目の前には血まみれになって倒れた吐移 正がいる。僕らは指一本触れていない。そうか。彼の“個性”の攻撃的な一面は、自分にも効果があったんだね。
黒霧が彼の息を確認するが、どうやら無いらしい。死んでもいいほど嫌だったなんてね。予想外だったよ。
欲しかったんだけどな、その“個性”。
「黒霧。適当に、海にでも捨てておいてくれよ。なるべくすぐには見つからない遠い海に」
「承知しました」
でも、わざわざ蘇生させてまでは、いらないかな。発動条件は気持ち悪いしね。