俺の右頬に、バクゴー君の左手の人差し指の背が触れている。感触を確かめるようにスリスリされて、少しドキドキしてしまう。夢の中だからって、男相手だとしても、大胆だなぁバクゴー君。
「どうしたの? くすぐったいよ」
そう言って笑っていたら、バクゴー君が言ったんだ。「100点だ」って。
「え?」
「“笑顔満点計画”。てめェが言い出したことだろ。満点だっつってんだ」
笑顔のえの字もないような表情で言われたそれに、俺は目を丸くした。
君の口から「満点」って言葉が出てきた。俺に向けて。俺の、笑った顔を見て。
「……うれしい」
胸の奥から熱が湧き出て、目からそれがこぼれ落ちた。涙の姿を借りているそれは、俺の頬を濡らした。
「泣くほどかよ」
「だって、君が、言ってくれるって、思わなかった……」
めちゃくちゃ嬉しいんだよバクゴー君。分かってくれ。
「俺、さ。君に助けられて、変わったんだ。死にかけの中、全く知らない君に助けられて、こんなに優しい人がいるなんてって。俺の世界は救われたんだよ。この世界も捨てたもんじゃないって。法律しか心の拠り所のない俺に、“ヒーロー”っていう新しい心の拠り所が出来た。それだけで復讐心が薄れた。
君と友達になれて、雄英の皆と出会えて。顔色を伺わなくていい友達が出来て、俺、人生が楽しくなった! 心の底から、“生まれてきてよかった”って思えた! 母さんに“産んでくれてありがとう”って言えた! バクゴー君! 俺と出会ってくれて、ありがとう! 俺は、君に救われた! 君は、俺の、ヒーローだ!!」
昂ぶっていく感情の赴くままに、バクゴー君の左手を両手で包んで、感謝の言葉を告げる。そんな俺とは違うバクゴー君は、どうやら「そこまでやった覚えはない」みたいなことを思っているらしい。顔に出ている。だから、「無意識に心救っちゃうなんて、君はオールマイトかっ!」って笑って言ったら、「そうかよ」って、照れた感じで返してくれた。
「あれ? あれれ~? バクゴー君も照れる事ってあるんだね~!」
「うるせぇ」
「へへ……でも、俺も、“個性”事故関係なしに、本心だよ」
あの時は苦しくて苦しくて仕方がなかったけれど、今は開放感しかない。
ありがとう、バクゴー君。君のおかげで、俺はこんなにも正直者になれたんだ。信じてくれよ、バクゴー君。全て、君と出会ったおかげだったんだよ!
照れて顔を逸らしたバクゴー君が、また俺のことを見てくれた。そして口を開く。
「やっぱ、満点だ」
こんの人たらし!! 普段の君はこんなじゃないから、夢の中限定なのかな!? レアすぎ!! 俺以外誰が見れんの!? もはや俺限定じゃーん!
「も~、自分が照れたからって、こっちまで照れさせないでよ」
恥ずかしくて、嬉しくて、ますます、失いたくないって強く思った。
だから俺は伝えなくちゃいけない。君を、生かす為に。彼から手を離して、真剣な顔をする。俺の覚悟が伝わったのか、少し驚いたバクゴー君が、俺を見る目を変えた。
「なんだよ」
「バクゴー君、俺、最初に言ったじゃん? どうしても伝えたいことがあるって」
さっきはすごい軽い調子で言ったけど、本当に大切なことだ。
「バクゴー君」
俺から目を逸らさず、覚悟して聞いてくれ。
「俺、ヴィランに捕まった。次の奴らの狙いは君だ。バクゴー君」
バクゴー君の目が揺らぐ。
「皆から絶対に離れないで。補習組と一緒に居て! 俺からの、お願いだ」
本当だから。嘘なんかじゃないから。だから信じて、バクゴー君。逃げて、バクゴー君。
バクゴー君の意識から追い出された。目覚まし時計が鳴っていたから、そいつが追い出した正体だろう。もう少し情報を渡したかったのに、この目覚ましめ。
俺はどうやら、意識がある人、起きている人に干渉が出来ないらしい。……中に入れないだけで、何とか誘導出来ないかな。やりたい時に試してみよう。
俺が拐われてしまったんだ。この合宿でも、奴らが来て、きっとバクゴー君を拐おうとするだろう。そんなこと、俺がさせねぇ! 君は、俺が守る! 今更拒否なんて受け付けないよ! だってもう命に代えてるからな!
目が覚めたバクゴー君はあくびをしていた。
「ハヨー、ばくごー……あれ? どした?」
「なにがだよ……」
切島くんが何かに気づいたらしい。何だろう。
「いや、あくびか。なんか、泣いてた気がしたから、よ」
「はあ?」
確かに涙は出ていた。でもバクゴー君はきっと泣いていたと認めないだろうし、欠伸と決めつけるだろう。
まだ眠たいんだろう。バクゴー君はそれきり口を開かなかった。さっきまでの夢は、ただの夢じゃないけど、夢だ。もしかしたら忘れているのかもしれないなぁ。
合宿は三日目。生徒らは朝食を食べて、また訓練をする。そんな中、バクゴー君は一人早めに朝食を切り上げて、どこかに向かっていた。向かった先は先生たちが使っている部屋。そこから丁度出てきた相澤先生を呼び止めた。先生に用があったのか。なんだろう。
「どうした爆豪」
「センセー……、ヘア、吐移と今、連絡出来ないっすか」
「……いや。こちらからも雄英からも、互いに連絡を出来ないようにしている。場所が割れないようにな」
「じゃあ、あいつに異変があっても、こっちは分からねえってことっすか」
「そういうことだ」
バクゴー君が俺のことを気にしてくれている、だ、と……!?
いや、夢に出たくらいだし、あんなこと言ったから気になってくれるのが正常だと思うけど! でもこの聞き方から察するに、夢のことはほとんど忘れているみたいだから、聞いてくれただけ、奇跡なのかもしれない。
「なんで気になった」
「夢に出てきた気がしたから」
ズキューン!!! って!!! 胸を!!! 貫かれた!!! 気がした!!!
だって、知らない人が見たり聞いたりしたらさ、 “夢の中で見たから、現実で話がしたくなった”って言ってるような内容だよ!? 知ってる俺からもそう聞こえるんだから、そう思いましたよね相澤先生! そして隠れて聞いている尾白くん! 可愛い一面あるなぁとか思ってるでしょー? 俺もそう思うー!
バクゴー君は「緊急性があると思ったからで……」とか言ってるけど、夢での出来事を真に受けてるのも、その為に動いてるのも、微笑ましく思えて当然だと思うよ。寝ぼけてるなぁって。あと俺のことめっちゃ好きなんだろうなぁって。俺も愛されててとても嬉しいですよ。忘れかけてる夢を頼りに、俺を心配してくれて。
……ごめんね。でも、だからこそ、君を守りたい。
その後は各自の“個性”を伸ばす訓練に精を出すバクゴー君。お湯の中に手を突っ込んで汗腺を広げては爆破を繰り返している。さっき話を盗み聞きしてた尾白くんは切島くんと戦ってた。皆も頑張ってるなー。
皆の、十人十色な訓練の様子を見ていたら、プッシーキャッツの一人、ピクシーボブが特徴的な「ねこねこねこ……」という笑い声を上げてから、「今日の晩はクラス対抗肝試しを決行するよ」と言っていた。肝試しで十人もチームで組むわけない。少人数になって、バラバラで行動するとなると、奴らはここを狙ってくるに違いない。
タイミング的にもう俺は直接バクゴー君に忠告することが出来ない。なら、幽霊は幽霊らしく、憑いて体調不良にしてやろう。
荒業でごめんね。俺は君を、どうしても奴等に渡したくないんだ。