何か出来るわけでもないのに、俺はドアを潰された密室に監禁されたバクゴー君のことを、ずっと見守っている。俺の知らないところでバクゴー君がヴィランに勧誘されないように。脳無にされないように。“個性”を奪われないように。
何が出来るわけでもないのに。
そんな中、たまたま覗いた隣の部屋。そこはバーになっていて、バーカウンターの内側に立っていた黒いモヤの奴が「いつ彼の説得をするのか」と、手をいっぱい着けた気色悪い奴に聞いていた。聞かれたそいつは「雄英の謝罪会見があってからだ」と言っていたから、それまではバクゴー君は何もされないと判断して、少し離れることにした。
外はまだ明るい。少しでも情報を集めよう。……何が出来るわけでもないけれど。
ここはまた神奈川らしい。まずはタイムリミットを知る為にも、雄英に行ってみようか。場所が分かっているから、ひとっ飛びだ。
あんな大事件だったからな。雄英の校門前にはマスコミが大量に集まっている。4月と同じことをするバカはさすがにいないらしい。夏真っ盛りなのに、ご苦労様です。
会議室に侵入すると、集まっていたのは四人。ミッドナイト、スナイプ、プレゼント・マイク、根津校長だ。あと一席空いているから、もう一人居るんだろう。ドアの外を見に行ったら、オールマイトが蒸気を出しながら、電話相手に言っていた。
「私が、反撃に、来たってね」
バクゴー君、もう大丈夫だ。最高のヒーローが、君を救けに行く。
俺の為に用意された家が気になって行ってみたら、現場検証が終わった後って感じになってた。なんか証拠品みたいなやつにはとりあえず番号振って、みたいな。俺があの時に投げた鞄も、そのままの位置にある。
この感じってことは、俺が誘拐されたってことも学校側は把握してるって事だよな。良かった……のか? 俺の体は今、どっかの海に捨てられている。GPSはきっと圏外だろう。
夏なのに、誰も居ない広い家は寒々しかった。その家から出て、また学校に行く。今度は担任に会いに。普通科の職員室に侵入すると、ゆっくり、ゆっくり仕事をしている越壁先生がいた。30秒に1回はGPS受信機の画面を見ている。その画面はずっと圏外のままだ。
「吐移……」
先生の目の下のクマがすごいことになっている。昨日はヴィランの襲撃と生徒の誘拐。その前の日に俺が行方不明。対処に追われて、俺を心配して、心身ともに疲弊しているんだ、きっと。
休んで、先生。心配してくれて、ありがとうございます。でも、あなたまで倒れたら、俺は辛くなります。
「どうか……生きててくれよ……。頑張ってくれよ、吐移。ヒーローに、なるんだろう?」
もう、その場に居られなかった。
お母さんのところに行こう。きっと心配していると分かってるけれど、それでも。成仏前に。
そう思って刑務所に来たけれど、お母さんは至って普通だった。まだお母さんには連絡入ってないのかな?
昼食を食堂で食べた後、お母さんは独房に戻り、布団側の広くて浅い紙箱の蓋を開けた。その中身は、俺が送った手紙達だった。お母さんはその中から一つ取り出し、ゆっくり手紙を開いた。いつも同じ便箋しか使ってなかったから、そいつがいつのやつなのか分からないけれど、中身を見たお母さんはじわじわと笑みを浮かべていく。
俺は、お母さんを幸せに出来ていたんだ。それが分かって、それがこれからは出来ないと知って、この笑顔も見ていられなくなってしまった。落差を想像して、もう、無理だった。
俺のしたことは、本当に良かったことなんだろうか。愚かなことだったんじゃないだろうか?
バクゴー君の所に戻りながら、本当は考えたくないことを考える。自殺した時は英断だと思っていた。俺の“個性”があのヴィランに渡れば、オールマイトでさえ勝てないと思ったから。どれだけヴィランをボコボコに出来ても、その傷をオールマイトに返されたら? ……カウンターどころの話じゃない。黒いキューブをバラ撒かれて、怪我人を増やされたら……。
ヒーローを目指していた俺の“個性”がヴィランに使われることは、耐え難いことだ。だから、ヒーロー側が負けないようにと、死んで守った。俺自身を、世の中を。
……自意識過剰と言われようともいい。考えよう。
俺が死んだことにより、悲しんでくれる人々のことを、考えたことがあったか?
──命を大事にして、ヴィランに傅くヒーローが居てたまるかよ!
ヒーローはプロだけじゃない。誰かの心のヒーローは、必ずしもプロじゃない。俺のヒーローたちみたいに。
狭いコミュニティの為に、広い日本中を恐怖させちゃいけないし、俺にはそもそも、あの時点で未来がなかったんじゃないか? そうだよ。なかったんだ。例えヴィラン相手だろうと、“個性”使って傷つけなかったこと、それだってきっと立派だったさ!
──とんだ親不孝者だ。
バクゴー君の所に戻ったら、彼は寝ていた。薬でかな? でももうすっかり夜だしな。ゆっくり考えすぎてたな。謝罪会見のタイミングはきっと、明日の夜。
大丈夫だよバクゴー君。オールマイトが、大人が助けに来てくれる。君は、助かるから。
俺を助けようなんて、具体的な計画性の無い、無謀なことは、止めるんだ。君は素直に救われてくれ。
バーの方を覗いたら、変な椅子が運び込まれていた。いかにも、体を捕まえておく用って感じの、拘束具たっぷりの椅子。ここに座らせる気か。
捕まえるってことは、殺す気はないってことか? いや、“個性”を奪われたり、脳無にされたり、そうなるか分からないが、洗脳されることもあるかもしれない。
バクゴー君は頑固者だから、自分の考えを一から否定されるようなことを聞くことはないと思いたいけど、万が一を考えて。洗脳されていると判断したら、俺が寒気を送って正気に戻そう。その為にも、これからは助かるまでずっと、バクゴー君のそばにいて、見守ろう。
誰にも俺は見えないから、バクゴー君の支えにもなりはしないだろう。それでも、自己満足でいいから、俺の気持ちだけでも支えてあげたかった。
バクゴー君に下手に情報を渡すと、ろくなことにならないことに気づいたから、夢の中に入ったりしてオールマイトのことは伝えないことにした。ごめんねバクゴー君。心細いだろうけど、君なら乗り越えられる。大丈夫さ。君は、俺のヒーローなんだから。
ヒーローはヴィランに屈しないだろう?