あのまま気絶してしまったらしい俺。次目覚めた時、俺は白い空間、もとい、病院のベッドで寝かされていた。引っ越し作業の疲れも相まって一日ずっと目を覚まさなかったらしい。施設のお姉さん、洗井さんが心配そうに、そして安心したように教えてくれた。
「洗井さん、俺を助けてくれた人、名前知らない?」
「え? あ、あぁ……分からないわ。彼、教えてくれなくて……ごめんなさいね」
「いや……」
それなら仕方ない。
洗井さんが持ってきてくれた俺の服に着替えた。あの服は穴が空いてるからもう捨てたらしい。
俺はその日のうちに退院した。体力的にも大丈夫だから歩いて帰っていた。
その道中で、洗井さんが言い出し辛そうに、それでも何か決心したみたいに息を飲んで、俺に顔を向けてきた。
「ねぇ、吐移くん」
「何?」
「ヒーローじゃなきゃ、だめ?」
「え?」
洗井さんの言葉が信じられなかった。俺の“ヒーローになりたい”っていう夢を一番応援してくれてたのは、洗井さんのはずだったのに。俺にバイトを勧めてくれたり、勉強の時間をちゃんと取らせてくれたり、面接練習にも付き合ってくれた。
だから、洗井さんがそんなことを言うなんて。まさかだろうって耳を疑った。でも、彼女の顔を見れば、今の発言は確かに彼女の意思で告げられたことに間違いないと、俺にも分かった。
「な、なんで……?」
「……ヒーローって、ヴィランと戦わないといけないでしょう? 吐移くん分かってる? あなた今回、あともう少し血が流れていたら、死んでたんだよ。吐移くんは自分を回復出来るけど、攻撃手段は自分の身体だけ……。厳しいことを言うけれど、吐移くんはヒーローに向いてないわ」
「……」
「私は、吐移くんは消防隊員に向いてると思うよ。彼らはヴィランと戦わない。だけど救うことに関して、ヒーローとは別ベクトルのプロよ。戦闘力のない君でも、活躍できるはず。ねぇ、吐移くん、そうしない?」
「……考えます」
水面さんにも言われたことだった。たくさんの人からそう言われるなんて、俺ってやっぱりヒーローに向いてないのかな……。そうなのかもしれない。あぁ、こんな直前で、考えがブレる。でも、もう、心配されたくない。
数日後、俺はもう一度、ショッピングモールに来ていた。あれを買いにだ。
俺は変わりたい。洗井さんに、俺と関わる良い人全てに心配かけない、強い俺に。
ヒーローでなくてもいい。あいつらに復讐出来るなら。悲しませない為には、俺は犯罪者になっちゃいけねぇ。だから、俺の復讐方法は変わらない。
いつか、災害に巻き込まれた奴らを、見捨てるだけ。
助ける為に行動したかどうかなんて、バレなきゃいいんだよ。だからその時は“個性”は使わない。バレるから。ただ、只見捨てる。俺がするのは、それだけだ。奴らが息をするのを辞めるまで、ずっと、眺め続けるだけ。
例のアクセサリーショップにたどり着く。今回は当然、あいつらはいない。今頃少年院か。それとも留置所? どうでもいい。奴らのお言葉に甘えて、遠慮せず通報したからな。もう、花の高校生活なんて送れないな! 俺の平和を奪ってきたんだから、当然の報いだろ?
「ん?」
あの時は見なかった、「SALE」のポップ。カゴに雑に放り込まれている中には、ヘアバンドも含まれていた。
「……ちょっとダサい」
単色ヘアバンはおしゃれとは言えない。しかも、色がくすんでるやつばかり。だからセール品だと思うけど。小豆色かぁ。あんこ好きだし、もし頭に怪我しても、この色なら多少ごまかせるかも知れない。
「うわ……」
ヘアバンドを額に合わせてみて、あまりの似合わなさにドン引きした。ブサイクさが増した。
「……これにしよう」
俺の高校デビューキャラは、「とにかく陽気」だ。すぐに化けの皮が剥がれるところまで含めてだ。なんせ俺は雄英から警戒されている。変わろうとしている姿を見せることで、少しでもそれを緩めさせるんだ。その一役に、このダサいヘアバンドは買ってもらおうか。ギャップってやつだ。普通にかっこいいよりダサい方が覚えられる。印象づけられるんだ、馬鹿っぽさの方に。これが重要だ。俺の嘘を、隠し事を誤魔化すには、馬鹿になるくらいが丁度いい。発言に重さがなくなるからな。
100円で売られてたこれを買って帰る。楽しみだ。このクソダサヘアバンドが、俺を変えてくれるんだ。あとは、この下がりきった口角をどうするか、だ。結局お巡りさん達の手伝いでも、俺の口角はなかなか上がることは無かった。少しくらい表情筋が鍛えられてるといいな。
登校初日、入学式を迎えた朝。
俺は意外と似合っている制服を着る。俺みたいなヴィラン顔でも案外大丈夫なもんだ。ネクタイに苦戦したけど、何とか形になった。あとは、ヘアバンドだけ。
「ぶっ」
ぶっさいく。キッツい三白眼に涙袋、人より厚く、そこだけ血色のいい唇。アンバランスな女顔。ヒデェもんだ。だから、陽気キャラで行かなくては。
「自己紹介が、今日の山場だ」
緊張してきた。
体育館でネズミのような校長先生の長い話を聞いていると、運動場の方から爆破音やバイクの音が聞こえてくるけど、多分、ここに居ないA組の奴らが何かやってるってことだよな……。
爆発音。入試の実戦演習で俺の3Pを横取りしたあいつを思い出した。いるかもな。あいつ。攻撃特化の“個性”は、あの試験じゃ有利だし。
入学式は恙無く終了し、教室で自己紹介の時間が始まった。
一人ひとり顔を見て、良い人そうな人しかいなくて驚いた。心操だっけ? って人も、人相悪いけど俺ほどじゃないし、ヒーローになりたくてヒーロー科落ちて普通科来たっていう、俺と同じ志の人だった。友達になれそう。
そしてついに俺の番。皆は席から立ち上がっただけだったが、俺は教壇まで行く。そして長くなりますと言いながら、内ポケットから原稿用紙を取り出した。ざわついた。でも関係ない。俺だって緊張してる。大勢の初対面の人たちに身の上話、するんだからな。
「俺の名前は、吐移 正です。嶺原中学校出身です。俺は、母親がヴィランだというだけで小・中学校ずっと虐められ、笑顔を作ることが出来ません。勘違いしないでいただきたいのは、母親がヴィランになったのは、俺が3歳の時だということ。それまで母はヴィランではなく、レイプ被害者でしかありませんでした。俺を生んだのは、その最初のレイプ被害で、ヴィランになったのは二度目の、加害者の違うレイプででした。母は爪強化の“個性”で加害者を殺害し、今はまだ刑務所に服役しています。
俺が言いたいのは、俺はヴィランから生まれたわけじゃないってこと。それを勘違いしたのが、小・中と俺を暴行した加害者たちでした。
俺の“個性”は『超回復』。常時発動型なので、奴らは加減をしませんでした。奴らは俺から友人を、表情を、平和を奪っていきました。……俺は、それを今からでも取り戻したい。せっかく同じ中学の生徒がいない高校に来たんだから、生まれ変わりたいんです。
C組の皆さん、こんなめんどくさい、暗い男ですが、どうか仲良くしてください。よろしくお願いします」
我ながら重い。笑わないこんな男と、仲良くしてくれるだろうか。
でも、俺の“生まれ変わりたい”って思いは本当だ。いつまでも暗いままでいたくない。だから、わざわざこのヴィラン顔を晒しているんだ。
原稿用紙を畳んで、ようやく顔をあげる。
「え……?」
なんで、泣いてんだ?
勿論全員じゃないけど、泣いてる人がいる時点で、おかしくないか? なんで、出会って1・2時間、顔を合わせて数分の奴の為に、泣けるんだ?
「吐移くん! 友達になろう!」
一人が立ち上がって、力強く、俺に手を差し出した。
「なぁに驚いてんの。吐移くんが友達になってくれって言ったんでしょ! だからなる! ならせてよ!」
言葉が出ない。こんなこと、あっていいのか?
「あーあ、泣かせたぁ」
「な、なんで!?」
「違、これ……」
うれし涙だから。
確かにこれは俺が望んで、理想とした展開だ。同級生に同情を買い、中学の繰り返しにならないよう、手を打った。
「友達になろう」と言ってくれた女子が俺の肩を叩いて、「安心して! 吐移くんを傷つける奴は、私たちが退けてやる! ね!」と、C組の皆に呼び掛けていた。どうして、そう言えるんだ。ああ、そうか。ヒーローだからだ。ここにいる人たちは皆、ヒーローなんだ。
正直、賭けだった。もしかしたら、また虐めを受けることになるかもしれない、見下されるかもしれないって考えてた。でも、彼らは同情はしても、見下しはしなかった。
「一緒に、力を付けていこう」
共に、歩んでくれるらしい。
良かった。雄英を選んで。良かった。余計な嘘を吐かず、最初で打ち明けて。
嘘を吐く為に正直に話す。隠す為に正直に話す。そう考えていたけれど、気にしないで良かったのかもしれない。
「よろしくお願いします!」
今度は、心の底からの言葉だった。
「時間を潰してごめんなさい。次の方、どうぞ!」
皆の名前を知りたい。皆の事を知りたい。皆と強くなりたい。
少なくともこの時、俺の心に“復讐心”は、まったく顔を出していなかった。