傷吐き   作:めもちょう

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五十四話

 引っ張られるのが終わって、目を開ける。まぶたがすごく重たかった。それでも開けて、光が目に痛くて、痛いことに驚いた。

 

「──!」

 

 日本語じゃない言葉で、誰かが何かを言っていた。どうやら英語らしいっていうのは分かったけど、リスニングは弱かった俺にとって、早口で繰り広げられるそれは聞き取れるものじゃなかった。

 周りの状況が知りたくて起き上がろうとしたら、女の人に肩を押されて、止められた。その人の格好はいわゆるナースって感じのもので、ここが病院であると知った。天国でも地獄でも、日本でもなさそうだ。

 ナース服から下がっている名札には、アルファベットで名前が記されていた。

 

 何も分からないまま着替えて、いつの間にか来ていたいかつい男の人に何か言われて、連れられ、病院を出た。これ、退院ってやつか? マジでよく分からない。

 

 俺は死んだんじゃなかったのか?

 海とかに捨てられたんじゃなかったのか?

 俺は夢を見ているのか?

 死んで見る夢?

 これが現実だとしても、なんかどうでもよかった。

 

 車に乗せられ移動する。芝生と車道と形が対称の家々の間を抜けていく。少し遠くに目をやれば金網が見えた。有刺鉄線らしい角度のついた金網は向こう側に乗り出していたから、ここはどこかの基地の内部らしい。そして、俺が送られる先も、その基地の中央建物らしい。

 

 車から降ろされると中に通される。俺みたいなやつが入って大丈夫なのか? どうやらアメリカっぽいけど……あ、不法入国したのか、俺は。で、これから尋問されると。嫌だなぁ。不可抗力だから 日本に送り返すだけで許してくれないかな。

 俺を病院から連れ出した男は、足をもつれさせる俺を待ちながら、でもどんどん奥へと進んでいく。なるべく周りを見ないようにしながら歩く。何か重要なものを見てしまったら億劫だから。暫く動かさなかった体はすごく体力が落ちているようで、一階分階段を登ったら息切れしてしまった。

 

「O.K.?」

「Yes」

 

 もう目標はすぐそこっぽいから、大丈夫と返した。

 駐車場が地下で、ここは一階の応接室みたいなところらしい。柔らかそうなソファーに勧められて、息切れがバレているから、遠慮せずお礼を言って腰を下ろした。

 いかつい男の人、たぶん軍人さんはテレビをつけてくれた。テレビはニュースを報道していて、「神野区の悪夢」というタイトルで、あの大事件の様子を流していた。俯瞰的に見ると、なんて酷い有様なんだろう。死傷者数は相当な数だ。

 

「Your japanese?」

「? Yes」

「────?」

 

 だから、早口で言わないでほしい。聞き取れない。俺は分からない、と顔を作って、「Sorry」と返事するしかなかった。

 その時、ノックの音が聞こえたから振り返ると、綺麗な女性がそこにいた。軍服は着てないけれど、この人も軍人さん? 男の人が女性に握手をしながら何か言っていて、女性は頷いた。そして俺の方を向いた。

 

「Hello!」

「h,hello……」

 

 美人の笑顔はまぶしいなっ。

 たどたどしい俺の様子に笑った後、女性は俺の隣に座って、俺の手を取った。

 

「はっへっ!?」

「はじめまして。私はサリー・チェイン。“個性”は翻訳よ。よろしくね!」

「は、はい」

 

 手を繋ぐことで本人と対象者の言葉の壁を取り払う“個性”なのかな。なら、意識する方がアホか。

 

「こっちの男の人はエルビス・ブラウン。あなたを保護することになった人よ」

「え?」

 

 ただ俺を案内してくれる人ってわけじゃなくて……あーもうよく分からない。もう、バカな質問から始めよう。

 

「すみません、チェインさん、ブラウンさん。俺は、何で生きてるんですか?」

 

 自分で思っているより馬鹿な質問ではなかったらしくて、ブラウンさんが真剣な顔して答えてくれた。

 

「お前は巡視船の上から降ってきたんだよ。血まみれ怪我まみれのほぼ死体が、体を打ち付けて息を吹き返したと思ったら、あっという間に怪我は治っていって……驚いたよ」

「……息を吹き返した」

「俺たちがしたのは輸血くらいだ。お前は最初から死んじゃいなかったってことだな。……ただ、流れた血が多すぎて、生死のギリギリをさ迷ってはいたが」

「……助けてくださり、ありがとうございました」

「なんだ。嬉しくなさそうだな」

「現実味が、無さすぎて。まだ、夢を見てるんじゃないかって、思って……」

「六日ぶりに起きたばかりだものね」

「病院で説明した時も、ぼーっとしてたしな」

「あれは、言葉が分からなくて」

「ああ、そういう」

 

 ぼーっとしてたのは否定しないけど。でも外からの情報よりも、自分の情報をどうこうする方が先にするべきことだったから。

 

「それよりも。お前の名前を、まだ聞いてない」

「!」

 

 そういえばそうだった。失礼なことをした。

 

「お、俺は、吐移 正です。日本人で、十五歳。雄英高校の一年生です」

「日本人なら、吐移が名字ね。よろしくね」

「はい」

「じゃあ日本人の吐移。聞きたいことがある」

 

 ブラウンさんは厳しめの目を俺に向けてきた。

 

「なんですか?」

「そこのテレビで流れているのは、日本で今起こっている大事件だ。いくら英語だからって、Kaminoku Yokohamaって地名を言ってるんだ。分かるだろ? なんでこのニュースに驚かない。お前はこの六日間、目が覚めなかったんだぞ。今、初めて知ったはずだ」

 

 六日間か。そうか、俺が幽霊やってたのって、そのくらいなのか。何も言わない俺をブラウンさんはまだ睨んでいる。 何を疑っているのか分からないけれど、話さないことには、この緊張した空気は晴れないだろう。この六日間ですっかり衰えてしまった表情筋を動かして言う。

 

「俺は、自分の認識としては、この事件を引き起こしたヴィランに“個性”を奪われることを嫌って、自殺したんです」

「はっ!?」

「で、幽霊になって、俺と同じように狙われている友人を忠告する為に、色々と行動を起こしていたんです。何かが変わったってわけではありませんでしたが。驚かなかったのは、事件を近くで見てきたので知っていただけです」

「……不可思議なこともあるもんだ。ゆっくり話を聞かせてもらおうか」

「俺も、この現状を知りたいので、もっと詳しく教えてほしいです」

「時間はあるもの。ゆっくり、食事でもしながらにしない?」

「食事?」

 

 そういえば、何も食べてないな。意識を腹に向けた途端、でっかい腹の虫が鳴った。押さえても、息をしたらまた鳴った。急に体から力が抜けていく気がした。ブラウンさんとチェインさんが大笑いしてる。

 

「そりゃそうか! 食べ盛りが断食してたんだ、元気に鳴るわな、腹も!」

「す、すみません」

「なに謝っている! さっさと食べに行くぞ!」

「待ってくださいブラウンさん。この子にいきなり肉なんて食べさせないで下さいよ? 体がビックリしちゃいますから」

「あー、じゃあ、シリアルバーがこないだ出来てたよな? あっち行ってみるか?」

「いいかもですね! あと、出来たのは結構前ですよ!」

 

 優しい人たちだな。これも、幸福な夢なのだろうか。

 

 そういえば。頭に手を置いて、ヘアバンが無いことを確認した。失くしてしまったのかな。残念だ。

 でも、生まれ変わる為につけたヘアバンド。俺は、強くなる為に、また生まれ変わってみたい。だからヘアバンドから卒業してもいいかもしれない。

 

 元気な二人に連れられて、基地の外に出る。太陽光が眩しくて目をシパシパさせていたら、ブラウンさんがサングラスを貸してくれた。サイズのでかいそれは役に立ってくれなかったけれど、気分をだいぶ変えてくれた。空気や景色もあって、外国に来てしまったんだと、そして、現実なのだと認識するようになってきた。

 

 変わる為に、まず体力の付け直しだな。たくさん食べなきゃ。きっとブラウンさんが奢ってくれますよね?

 

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