「常闇くん、行動不能! 吐移くん、三回戦進出!!」
あ、本当にいいんだ。雄英側が把握してない“個性”使ったのに。無効試合とかにならないんだなぁ。
そう思ってたのがバレバレだったのかなんなのか。審判のミッドナイト先生から声をかけられた。
「吐移くんはこのあと、控え室で待機していなさい。話はそこでされるはずよ」
「……分かりました」
誰が俺の対応をするんだろうか。今年はA組の皆が巻き込まれた事件のことがあるからって、わざわざプロヒーローを出動させて警備強化してるっていうのに。更にこんな問題起こしちゃって。めんどくさいことしちゃったなぁ……。申し訳ないなぁ……。
常闇くん、大丈夫かなぁ。あれの傷跡、綺麗に治るのかなぁ。
タンカーロボって呼ばれてたような、担架を持ってきた小さめなロボットたちによって運ばれていく常闇くんを見届けながら、勝手に溢れ出す涙を拳で拭った。
言われた通りに、控え室で待機する。簡素なパイプ机にパイプ椅子。そこに座って、突っ伏す。天井にあるスピーカーから次の試合が始まったことが流れてきたけれど、実況の内容がまるで頭に入ってこない。そういえば、試合終わった後から全然聞こえてない気がする。マイク先生の声って、テンションって、結構すんなり頭に入るようないいもんなのに。ああ、俺、重症なのかも。何の怪我してるのか、分からないけれど。
「疲れたなぁ……」
深い溜め息と一緒に吐き出されたつぶやきで、自分の状態を自覚する。そっか、俺、疲れてるのか。そうだよなぁ。慣れないことしたもんなぁ。人前であんなに怒ったこと、なかったもん。発声練習の成果があんな形で発揮されんの、あんまり嬉しくねーなぁ。
どんなヒーローに連行されるんだろう。なんて考えながら机に突っ伏したままの状態で、勝手に流れる涙をそのままにしてたら、控え室のドアが開く音がした。
「おー。吐移、凹んじゃってんなぁ」
「え、先生? なんで?」
控え室に入ってきたのは、1年C組担任の越壁先生。ヒーローじゃないなんて意外だ。なんて思ってたらおバカな子を見る目で俺を見下ろしてきた。呆れられてる……。
「なんでってお前、むしろ第一候補だろうが。俺はお前の担任だぞ?」
「た、確かに、言われてみればそうっすね……」
「ったく。ビビりすぎだって吐移」
溜め息吐かれた……。確かに俺はビビリですけど。濡れてる顔を乱暴に腕で拭いながら唇を尖らせていたら、越壁先生が左手に持ってたスポドリを俺に差し出してきた。受け取ってみたら、冷たかった。自販機で買ってきたばかりなのかな。奢ってもらっちゃった。
「そう不貞腐れるなって。それで目を冷やしながら、話を聞いてくれ」
「話……?」
「そ。慎重派で臆病な、だけど大胆な行動派のお前に是非聞いてもらいたい話だ」
その話は、右手にある紙が関係してくるんですかね?
越壁先生は俺の対面のパイプ椅子に腰掛けると、俺の目の前に紙と、音楽プレイヤーを置いた。なんで音楽プレイヤー? なんか録音でもした? したいのなら俺に見せる必要はないよな?
「急いで確認したが、大体はお前がステージで言っていた通りだった。本当に上手く隠してたんだなぁ、っていや、悪いとは言わないし思ってないぞ?」
「……別に、思ってくれてたって、どうでもいいっす」
「……本当に、晒す気はなかったんだな。お前がここまで無気力なところは初めて見た」
「……」
「分かった。話を進めようか」
何が分かったんだろうか。もう顔を上げることにも疲れてしまった俺には、机に肘をついて寄りかかった越壁先生の顔は見えない。
「吐移、安心しろ。大丈夫だ。お前がその“個性”をなぜ隠していたのかは試合の中で語っていたし、制度を使用していたのなら雄英に虚偽の報告をしていたわけじゃない。お前が心配しているようなことは、何も起こらない」
「……俺が何を心配していたのか、先生、分かってんの?」
「大体な」
先生の言葉で少なからず安心している自分が居る。同時に、俺のことなんて分かるわけないじゃんなんていう、思春期丸出しの感情も自覚した。励ましてくれてるっていう気持ちはありがたく受け取らないといけないから、反抗期みたいなのは抑えないとなぁ。
顔を少し上げるだけの気力は戻ってきて、それから目だけで先生の顔を見る。ずっと俺のことを見てたんだろうか。先生は今まで見たことないくらい、優しい顔してた。
「まずな、お前はヴィランじゃない。戦闘が認められていた場面で、お前は自分の力を振るっただけ。それのどこに問題があるって言うんだ? そして、この抄本を見てみろ」
さっきから見えていた普通より上等な紙。そうか、これ、個性届、てか戸籍抄本か。……あれ? 個性欄のとこ、原本写しならこれ、間違ってない? どうして、『超回復』じゃなくて、『傷変換』になってんだ?
「間違ってないからな。ついさっき、役所の人が変えてくれたらしい。担当の人、お前の試合を見てたらしいぞ」
「そうですか……」
「ああ。電話で確認した時の音声がこれに入ってるが、聞くか?」
先生が“これ”と言って指さしたのは写しの隣にある音楽プレイヤー。ボイレコじゃないんだ。頷いたら、先生はそれを操作してくれて、音声を再生してくれた。
内容を簡単に言えば、先生が役所の俺の担当者さんに“個性”の確認をして、確かにそうであると担当者さんが認めたってだけ。原本の写しが俺への確認なく変更されてるのは、もう公共の電波に晒されているからってのと俺が認めたから。“個性守秘制度”の条件を破ったから、制度はもう俺を匿ってくれなくなっちゃったんだな。しょうがないか。
大事な話っぽいところが終わると、先生はプレイヤーを停止させた。
「雄英の書類は追って変更するから、後日呼び出すな」
「はい……」
「……吐移」
「なんですか?」
「もう、抑えなくていいんだぞ? 隠さなくていいからな?」
「……」
抑えなくていい。隠さなくていい。そうは言われたって、人生の半分はこれを隠して生きてきた。そんなすぐに切り替えられるのかな。さっきはブチギレてたからなんでも出来る気になってたけど……。
「吐移」
「っ、はい」
「お前の不安も、危惧していたことも、気持ちも分かる。隠したかった理由も、お前が中学までどんな環境に置かれていたのかを知れば理解できる。でもな。もう、そうじゃないだろ? ここにはお前を罠に嵌めようなんて奴は居ない。……まだ、そうとは信じられないかもしれないけどな、でも、そうなんだ」
そりゃあ、ここは、ただの高校じゃないからな。正義感に溢れた人たち、ヒーローに憧れた人たち、強くなりたい人たちでいっぱいなんだから。誰かを陥れている暇があったら自分を高めてないと、あっという間に落ちこぼれる場所だもんな。他人を気にしてる場合じゃない。
「はぁ……。お前、またつまらないこと考えてるな?」
「……そんなに、顔に出てます?」
「出てる出てる。――っと、三回戦が始まったみたいだな」
「いつお前の試合が始まるか分からないから、お暇するわ」と言いながら、越壁先生は机の上のものを回収して立ち上がった。座る人が急にいなくなったパイプ椅子からキィッと、耳障りな音が鳴った。
「第一試合はA組の轟と飯田の試合。その後はすぐにお前と、爆豪の対戦になる。……戦う、よな?」
「……そりゃあ、勝ったんで」
天井のスピーカーから、マイク先生の実況する声が聞こえてくる。相変わらず頭に内容は入ってこない。てか、バクゴー君が勝ったんだ。
聞き逃してたのか。そりゃそうか。俺のすぐ後の試合だったはずだもの。それなのに俺の感情が不安定で、ぐらついてたから、まるでバクゴー君の活躍を見れなかった。聞けなかった。もったいないなぁ。
……君は、どんな戦い方をするんだろうか。俺、二回しか、入試実技と麗日さんとの試合でしか彼の戦闘スタイルを知らない。一見乱暴で、クレバーな戦い方をするとしか、知らない。あ、いや、あのUSJ襲撃で幹部っぽい奴の秘密を暴いたとかなんとか話してたな。よく相手を観察していて、冷静な戦い方をする、決して油断はしない態度ワル。
爆破されるなんて、絶対に痛い。熱い。おまけに煙たくて上手く息できるか分からない。しかも俺は瞬時に自己回復する“個性”持ち。体力が無いことは把握されてるから、ひたすら攻撃されることは自明の理。戦ったとしても、押し出されて終わりそう。
「人を傷つけるのが辛いなら、棄権してもいいんだぞ?」
棄権。棄権、か。それって、せっかくあんな汚い勝ち方したのに、無責任に戦いを投げるってことだよね。
……俺にヒーロー精神があるなんて、1ミリも思ってない。あったら入学式が終わった時点で先生に相談して、とっくに“個性”の話して黒キューブを開放してる。正々堂々? 復讐を考えている人間が、そんなことする?
でも。だとしても。やっぱり。
勝ったから。
「常闇くんを晒し者にしちゃったんで、情けなく負けて、晒しモンになってきますよ」
「吐移……!」
マイク先生のいつもどおり興奮気味の実況で、決勝進出者が轟くんに決まったことが分かった。ならこのあとすぐ、俺が呼び出される。
「勧善懲悪は、みーんな大好きでしょ?」
「吐移、お前は悪じゃない! 誰もお前を悪役に仕立ててなんかいない! ヴィランだなんて思ってない!」
「ありがとう、先生」
隠し事から始まり、積もりに積もった不満からの復讐計画。
信頼、安心してもいい環境に自分から飛び込んでいったにも関わらず、それは復讐を完遂する為の通り道でしかなくて。
勝つ為にシンソー君を利用して、ヒーロー精神、体育祭の趣旨に反しているにも関わらずトーナメント戦にまで出てきて。
常闇くんのおかげで秘密を明かせたけれど、その彼を大勢の前で辱めてしまった。
色んな人たちを騙して、利用して、裏切って。自分の為にしか動かない恥知らずな俺には、この報いを受ける義務がある。
さて、そろそろ入場口に行かなくちゃ。
「行ってきます!」
「……頑張れ、よ」
大人を困らせるなんて、やっぱり俺は悪い奴だな。ま、そんなの昔っからか。
作った笑顔は、ドアを開けて出た控え室に、先生と一緒に置いてった。