木曜日。友達ノートは予定よりも早く進んだ。ほとんど埋まっているけれど、だからと言って皆と話せているかというと、そうでもない。そんな高校生活4日目の放課後。
「吐移くん! 一緒に帰ろう!」
「ごめんね、今日はちょっと寄るところがあるから」
「どこに?」
「アポなしだけど、プレゼント・マイク先生に」
「そっかー」
俺と真っ先に友達になってくれた女の子、記見 瞳さん。まさかの、お巡りさんの乾さんのいとこだった。俺のことを乾さんから聞いていたらしい。ますます正直に話して、高校デビューしました宣言しててよかった。恥かかずに済んだ。
「って、なんで!?」
「笑顔と発声の指導をお願いしたくて。自分でも調べてやってるけど、指導者の有無は大きいからさ」
「そっかー。あ、そうだ。部活は入らないの?」
「バイトしてるからね」
「いいなぁ。……が、頑張ってね」
「うん」
多分、バイトを親に止められてるんだろうな。それを言おうとして、俺が施設出身と思い出して、言い淀んだってとこか。そういう気遣いが出来るなんて、素敵でかっこいい人だな。
ヒーロー科教員の職員室の前に立つ。中学生の時も職員室で先生を呼ぶのがすごく緊張した。でも、これは俺に必要なこと。勇気を出してけ!
もう一回深呼吸してから、職員室の引き戸をノックして開いた。
「失礼します! 1年C組 吐移 正です。プレゼント・マイク先生はいらっしゃいますか?」
「ん? はいはーい、いらっしゃいますよー」
運が良かった。本人が返事してくれて助かった。
「入ってどうぞー」
「失礼します」
マイク先生の席は少し奥にある。扉とは反対の窓側の席。そこに向かって歩くだけで、チラリと他のヒーローが俺を見ているのが分かった。それに視線を返すなんてことはしない。
怪しまれることはしたくない。だが、演技をしてもいけない。百戦錬磨のプロヒーローを欺けると考えるな。本心から語れ。
「プレゼント・マイク先生、お時間大丈夫でしたか?」
「ヨユーだぜ! で、何の用だ?」
「あの……俺に、笑顔と発声のご指導をお願い出来ないか、お伺いしに来ました」
俺のお願いの内容に目の前のマイク先生は驚いて眉を上げた。そりゃ驚くよな。
「独学では限界がありまして……。ラジオもやっておられる喋りのプロにご指導叶えば、これ以上のことはないと思いまして……」
「それはいいけど……一応、どうしてか聞いても?」
「高校生活は笑顔で過ごしたいからです」
あの自己紹介がなければ「ヒーローに必要だからです」とご機嫌取りをするつもりだった。だけどもう、演技なんてしなくていい。俺は心から変わりたいと思っているんだから。
「無意識でも笑っていられるよう、鍛えたいんです」
クラスメイトと笑い合いたい。
マイク先生はわざとらしく、ほとんど出ていない涙を拭っていた。やっぱり俺のことは周知か。泣き真似をしていたマイク先生はバッと椅子から立ち上がった。キャスター付きの椅子が人ふたり分移動してしまうくらいには勢いがよかった。うわっ、この人背ェ高っ。俺も中々ノッポの自覚があるんだけど。
マイク先生はど派手なサングラス越しにも分かるキラキラした目で、顔で俺を見下ろしてきた。なんか俺、感動でもさせた?
「OK!! いいぜ吐移! 張り切って指導しちゃうぜェ! 場所を移動だぁ!」
「い、今からですか? どこで?」
「放送室の一角を借りようぜ! さァさァ!」
「待て、マイク」
俺の背を押して職員室から出ようとするマイク先生、の肩に手が置かれた。声めっちゃ冷たく感じた。不快じゃないけど。
「悪いな吐移。水を差したくなかったが、授業の準備なりプリント整理なり、こいつにはまだやることがある。また明日来てくれ」
「は、はい……」
こ、この人は誰だ? い、いや、ヒーローなことは絶対なんだろうけど……なんか、身だしなみが……。ヒーローにも先生にも色々いるんだなぁ。お手数おかけしてしまった。
「ごめんなぁ……」
「い、いえ。また明日、日程の擦り合わせさせてください。それでは、今日はこれで」
これで用事も済んだし、バイト行くかぁ。シフトは2時間後だけど、暇なら1時間早めでもいいって言われてるしね。今日はお惣菜、何が余るかな。
金曜日。昨日約束した通り、俺はマイク先生と発声練習の日程の擦り合わせをした。結果、火曜日と木曜日。放課後1時間、放送室の一室を借りて行うことになった。
「とりあえず、これで予習しときな!」
渡されたのは、練習内容が書かれたA4サイズの紙。100均にあるようなプラスチック板の挟める奴で守られたそれは、裏表それぞれに笑顔と発声の練習の方法が書いてある。プラスチック板は硬くて扱いやすい。わざわざ買ってきてくれたのか!? 余ってるクリアファイルでいいのに!
「ありがとうございます!」
「いいってことよ! じゃあ練習はまた次の火曜日にな!」
「はい!」
順調だ、順調だ! これでヒーロー、雄英側には、俺が変わろうとしていると印象付けられているはずだ! ヴィランがヒーローと関係を持とうとするなんて……あれ? スパイ行為なら、あり得る……? い、いや、考えないでいい。資料は見ないようにしてたし、疑われてないと思い、たい……。れ、練習しやすいなぁ! 今日の惣菜、ハムカツが残ってるといいなぁ! 今日も品出し、頑張っちゃうぞ! あーダメダメ! 足掻けば足掻くほど疑われるとか考えちゃダメ! 精神衛生上良くない!
土曜日。今日の国語はグループ組んで、とある事件に対して犯人と、その犯行を考える授業だった。“個性”について深く広く知っているかが試される。ヒーローっていうより警察寄りの授業だと思うけど、プロファイリングはヒーローもやっていることらしい。知っとくべきだし身に付けないとだな。
事件の内容は殺人事件。被害者の男性は夜道、刃物のようなもので刺され、殺されてしまった。被害者男性はヒーローであり、ヴィランに恨みを買っていたことは当然分かっている。さあ、犯人の特徴は?
……いや、ヒント少な。こういうところからスタートなの? と思ったけど、配られたプリントにはもう少し詳しく書かれていた。
道は人通りが少なく、発見が遅れたこと。手足、口元に縛られた跡があること、凶器は発見されていないこと。争った形跡として、髪が散らばっていたこと。その髪は色から見てヒーローのものではなく、おそらく犯人のもの。最大のヒントは、単独犯であるということだった。
さぁ、議論スタートだ。
「えっと、改めまして、名乗ります。吐移だよ、よろしく」
「畳だ」
「記見よ」
「心操だ」
「畳くんに、心操くんだね。今日はよろしく」
皆もよろしくって返してくれた。グループは4人1組、5グループだ。
記見さんは「私は警察官が夢なの。任せて」と、心強い宣言をしてくれた。
「まずは、確認ね」
記見さんはプリントの内容を音読し始めた。確認は大事だ。だけど集中力の足りない俺は直ぐに別のことに頭の容量を割いてしまった。
記見さんが読み上げる間、俺はある心当たりに意識を取られていた。
「吐移、何か思いついたのか?」
「ん?」
「記見の音読を聞いてなさそうだったからな」
そう俺に声をかけてくれたのは、ふんわり逆立った青髪で死んだ目が特徴の、心操くんだった。その指摘で紙から顔を上げた記見さんが俺をジト目で見てきた。
「ふーん、聞いてなかったんだー?」
「あ、うん、ごめん。犯人の“個性”が毛を伸ばしたり、硬くするものだと思って。当たっているかどうか考えてたんだ。記見さん、ごめんなさい」
「う、ううん、そういうことなら良いの……。すごいひらめきだね」
「似たような奴が中学に居たもので」
ヴィランになるくらいだから、あいつより強力なのかもしれない。
髪を伸ばして手足、口を拘束。硬化した髪で心臓を一刺し。凶器は髪の毛だから残っていても最初からそれが疑われるわけもない。今回の問題は優しい。10人とはいえ、選択肢があるから。
「こいつだと思う」
俺は短い赤髪の男を指差した。まぁアリバイなりなんなりを考えなきゃだし、もう少し議論を重ねなきゃいけないれど。
回答は次回の国語の時間に発表形式で行われる。多分クラスの仲を良くする為のものなんだろうな。国語教師が担任だし。
休み時間になった。次は日本史で同じ教室だから、俺はまだあまり話したことがない心操くんに声をかけた。どことなく俺と似ている気がして、ずっと気になっていたんだ。
「心操くん、さっきはありがとう」
「ん? いや、お前の意見に納得できたからだ。礼はいらない」
心操くんはさっきの授業で他に提案された意見を退けて、俺の意見にアリバイや動機なんかの説得力を加えて賛同してくれた。勿論他の考えを提示してくれた畳くんも記見さんもありがたい。他の目で見たら俺の意見は見当違いだったかもしれないから。最終的には俺の意見が通ったけれど。
資料は記見さん中心に作ってくれるらしい。なんてありがたいんだろう。
「それでも。君のおかげで自信が持てた。ありがとう」
「……あぁ」
ツンデレってやつ? 顔を逸らされちゃった。
でも俺は、君と仲良くなりたい。だから聞きたい。まずは“個性”から訊いていこう!
「ね! 心操くんの“個性”って何? 俺は『超回復』だよ」
嘘を吐くのが簡単に出来て、それが心苦しく思えた。
「……『洗脳』だよ」
言いにくそうに、それでも言ってくれた心操くんの“個性”は、『洗脳』らしい。すっごい! 対ヴィランに強すぎる!!
「え!? 君の“個性”、『洗脳』なの!?」
それに、場合によっちゃあ、俺の新しい目標にも使えてしまう!
「すっげぇ!! 発動条件は!?」
「……俺の問いかけに答えること」
「お手軽!! じゃあ、君の言葉一つで、多くの人を避難誘導できるってこと!? きゃーっ!!」
きゃあー!! ビンゴォー!! 消防とか特別救助隊とかで大活躍な“個性”じゃーん! 羨ましー!! 心操くんはびっくりしてるみたいだけど、関係ない。この“個性”、ヴィランにも、災害に巻き込まれてパニックに陥った一般人にも活用出来る。この高校に居るんだ。ヒーローになりたいと思っているなら、使い方を間違えたりしないだろう。
「シンソー君。君は、ヒーローになれる!!」
久しぶりに、こんなに感情が高ぶってしまった。でも、シンソー君のことを俺は逃しちゃいけない! 直感だけどさ!