暑くなればウィルスも死滅するとか言いますが果たして…
──中央暦1640年2月20日午前7時、ロデニウス大陸南方海域──
ロデニウス大陸旧クイラ王国の南方に広がる海域、その海中に巨大な影があった。
全長100m以上もあるそれは、明らかに鯨等ではない。
「よし、もうじきロデニウス連邦なる蛮国の領域だ。潜望鏡深度まで浮上、潜望鏡による海上偵察を開始する。」
その影は潜水艦…遥か西方にて周辺国を荒らし回っている『グラ・バルカス帝国』の潜水艦、『ミラ』である。
かの国で『シータス級潜水艦』と呼ばれているその艦は、重桜の『伊400型潜水艦』に酷似している。
ムー大陸よりも西方にあるグラ・バルカス帝国の潜水艦が何故、遥か東方にあるロデニウス大陸周辺で潜航しているのか。
その理由は彼らに課せられた任務にあった。
「しかし、前世界…『ユクド』では戦艦すら屠ってきた我々が運び屋紛いの事をするなんて…少々、不満ですな。」
そうため息混じりに発言したのは、ミラの副長であった。
しかし、それに対して艦長は苦笑しながら応えた。
「仕方ない、この世界の海上戦力は木造船…唯一、脅威となりそうなムーでさえも我々から見れば時代遅れの艦ばかりだ。潜水艦は過剰戦力だからな…まあ、隠密性を活かした偵察も潜水艦の仕事だからな。今は任務を遂行する事に集中しよう。」
そう、彼らの任務はロデニウス連邦に対する偵察と監視拠点の設営であった。
その為、ミラの艦内には様々な資材が詰め込まれている。
「潜望鏡深度に到達しました。」
操舵手がそう言うと、艦長は潜望鏡を操作してレンズを覗き込んだ。
「さて…何かあるか…」
レンズ越しに見えるのは、青い海と少々雲が浮かんだ青い空…遠くの空に黒い点が幾つか見える。
「あれは…鳥…いや、ワイバーンか?」
黒い点はバラバラに動いており、何らかの飛行物体であるという事が分かる。
「やはり、我々と同じく列強国を打ち倒したと言っても所詮は蛮国か…やはり、ワイバーンが主力か……?」
どこかガッカリしたように呟く艦長だったが、何か違和感を覚えた。
その黒い点は時折、太陽光を反射してキラキラと輝いている。
しかも、その動きはワイバーンとは違うように見える。
潜望鏡を操作して少しずつ拡大させてゆく。
「……なっ!ば、馬鹿な!?」
目を見開き、驚愕を口にする艦長。それに、乗組員が肩を跳ねさせて驚く。
「艦長?如何なされ…」
怪訝そうな表情で艦長に問いかける副長。
それに対し、艦長は目頭を押さえて潜望鏡を指差した。
「一体何が……?」
潜水艦内という極限状態で指揮をとり続ける艦長が驚愕を露にしている。
その事に、若干の恐怖を感じながら潜望鏡を覗く。
「なっ……あ、あれは…!」
潜望鏡を覗き込んだ瞬間、副長の口から驚愕の言葉が飛び出る。
「航空機だと!?しかも、あれは『アンタレス』!?」
そう、艦長と副長が見たのは空を舞う多数の航空機…グラ・バルカス帝国の主力戦闘機アンタレスに酷似した航空機だった。
「な、なんだ…?あれは、戦闘しているのか?」
副長がアンタレスのような航空機に目を奪われていると、上空から濃紺のずんぐりした航空機が急降下してきた。
濃紺の航空機の翼が数度瞬いたかと思うと、アンタレスのような航空機が火と黒煙を噴いて急激に高度を下げてゆく。
おそらく撃墜されたのだろう。
しかし、アンタレスのような航空機も負けてはいない。
濃紺の航空機からの急降下攻撃を避けた機体は、まるで曲芸飛行のような機動で濃紺の航空機に機首を向けると、一瞬の隙を突いて翼を瞬かせ濃紺の航空機を撃墜してしまう。
「ば、馬鹿な…こんな辺境の地で、こんな大規模の空戦が行われているなんて…」
「あ…ありえん…」
共に驚愕する艦長と副長。
それも無理は無い。
現状、脅威となりそうなムーの主力戦闘機は時代遅れの複葉機であり、ムーの上を行く神聖ミリシアル帝国の戦闘機はアンタレスより遅いと諜報員から聞いている。
そうであれば、グラ・バルカス帝国がこの世界を征服するなぞ容易い事…全帝国軍人はそんな考えを抱いていた。
しかし、少なくとも二人はそんな考えを改めざる負えなかった。
アンタレスのような航空機に、それを撃墜出来るだけの航空機が存在する。
つまり、この周辺にはグラ・バルカス帝国に匹敵するであろう国家が二か国はあるという事になる。
「どちらがロデニウス連邦の戦闘機だ?アンタレス擬きか、それとも濃紺の機体か?」
どうにか落ち着いて再び潜望鏡を覗き込む艦長。
しかし、想定外の事態であるため脳内は混乱の中にあった。
ロデニウス連邦の他にもう一国、脅威となりえる国家が存在する…これは由々しき事態だ。
転移してから勝ち戦続きだったグラ・バルカス帝国は、はっきり言って慢心している。
そんな帝国が、同レベルの技術を持つ国家と戦ったとして今まで通り易々と勝てるだろうか。
勝てたとしても無傷では済まないだろう。
「不味いな…下手をすればロデニウス連邦と不明国の二か国を敵に回してしまう…」
「しかし、どちらかを味方に引き込む事が出来れば…」
艦長と副長が額に冷や汗を滲ませながら話し合っていた瞬間だった。
──ガゴンッ!ギィィィィィ…ギィィィィィ…
「うわぁぁぁ!」
「なっ、なんだ!?」
「あぁっ!クソッ、頭打った!」
艦内が大きく揺れ、乗組員や搭載物が転がった。
それは、艦長と副長も例外ではない。
まるで、急ブレーキが掛けられた列車に乗っているかのように前につんのめり床を転がった。
「あぐっ…ど、どうした!?」
「まさか、暗礁に乗り上げたか!?」
艦長は潜望鏡に目をぶつけたのか片目を押さえ、副長は擦りむいた額から血を滲ませながら各部署に問いかけた。
「各部、異常無し!」
「水圧、油圧、気圧共に異常無し!」
「バラストタンクにも異常はありません!」
「一体何が…?」
「か、艦長…」
「どうした、副長。」
何が起きたか必死に考える艦長。
そんな艦長に、副長が青ざめた顔で話し掛けてきた。
「う…後ろに…進んでませんか?」
「何…?」
一旦、思考を止めて神経を集中させる。
すると体が僅かに後ろに引っ張られるような感覚がある。
「おい、後進の指示をした覚えはないぞ!」
艦内電話で機関室に怒鳴る艦長だったが、機関室に詰めている機関士からは狼狽えたようや声が返ってきた。
《い、いえ!機関は微速前進のままです!》
「な、何が起きて…何だ、この匂い…?」
機関士からの言葉に更なる混乱に陥る艦長。
だからだろうか、鼻を突く匂いに漸く気付いた。
「まさか…ガソリ…ン…」
シータス級潜水艦には3機の水上機『特殊攻撃機アクルックス』が搭載されている。
監視拠点建造の為に資材を積み込んだミラには1機しか搭載されていないものの、燃料であるガソリンは3機分が搭載されていた。
おそらくは先ほどの衝撃でガソリンタンク自体か、配管が破損したのだろう。
気化したガソリンが艦内に充満してしまっていた。
「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!」
「はっ…はっ…はっ…」
「目が…目が痛い…」
空調により気化したガソリンが艦内にあっという間に充満し、乗組員がバタバタと苦しみながら倒れる。
艦長はその光景を霞んだ視界で捉えながら、小さな呻きのような言葉を紡ぐしか出来なかった。
「こ…こんな…辺境の海で…終わ…」
暗闇に沈み行く艦長の意識。
それが、艦長の最期であった。
──同日、ロデニウス大陸南方海域──
「やっぱり、伊400じゃないわよ。似てるけど、あの娘はまだ眠っているもの。」
生命反応が無くなったミラの船体をペチペチと叩く小さな手。
薄墨色のツインテールに赤い瞳、白いスク水のKAN-SEN『伊168』だ。
「ん~…やっぱり人違いか~。でも、だとしたらどこの潜水艦?」
首を傾げて考えるのは、水色の髪に特徴的な角を持ったKAN-SEN『伊13』だ。
「ユニオンや鉄血…ロイヤルでも無いわね…それにしても本当に伊400に似ているわ。」
伊168と伊13は哨戒任務中に謎の潜水艦を発見、その外見から彼女達の仲間である伊400と思って接近したのだが、話し掛けても応答しないため二人がかりで後方に思い切り引っ張ったのだ。
これが、ミラを襲った衝撃の正体である。
「とりあえず、基地に持って帰る?何処の国の潜水艦にしても、指揮官が上手く誤魔化してくれるよ~」
「そうね…直ぐ近くで大鳳とイラストリアスが指揮官の休暇争奪戦をやってるから、巻き込まれない内に曳航しちゃいましょう。」
ゆっくりと、鉄の巨体を曳航してゆく二人のKAN-SEN。
それは、ロデニウス連邦とアズールレーンに多大なる恩恵を与える事になった。
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