異世界の航路に祝福を   作:サモアオランウータン

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アイリスイベントが常設化したので、138mm砲を掘る日々が始まります


104.朝日と共に

──中央暦1640年3月7日午前7時、サモア基地重桜寮──

 

サモア基地ウポル島母港内にある重桜寮。

その一室は、柱に使われているヒノキと畳に使われているイグサの爽やかな香りが漂い、障子を通して射し込む朝日によって柔らかな光に包まれていた。

そんな部屋の中央には布団が敷かれており、その布団には一人の男…指揮官が横たわっていた。

 

「ぅ……ぁ……」

 

ゆっくりと目を開ける。

天井の木目が視界に映る。

何故自分がここに居るのか…それを確かめる為に、上体を起こす。

今、自分が来ているのは重桜人が着ている着物のような物…浴衣だ。

霞がかったように、ぼんやりする頭でどうにか状況を把握しようと辺りを見回す。

枕元にガラス製の水差しとコップが置かれていた。

 

「丁度いい…」

 

コップを使う事なく、水差しに直接口を付けて水を飲む。

乾いた口内が、喉が、細胞が水分を得た事で歓喜しているようだ。

 

「全く…いつの間にここに…」

 

体に十分な水分が行き渡った事により、やっと意識がはっきりしてきた。

建物の造りからして、ここは重桜寮…最後の記憶は、秘匿ラボのカプセルの中で眠りについたところだった筈だ。

 

「すー…すー…」

 

指揮官が考え込んでいると、部屋の角から穏やかな寝息が聴こえてきた。

寝息のする方に目を向けると、正座している人影が見えた。

紫がかった茶髪に羊のような角、ノースリーブの白い軍服を着たKAN-SEN『駿河』である。

 

「…駿河。」

 

「すー…すー…」

 

声を掛けてみたが、駿河の目が開く気配は無い。

それを見た指揮官は、肩を竦めると気だるい体を引き摺るようにして四つん這いの状態で彼女に接近する。

 

「すー…すー…」

 

目を閉じたままの端正な顔を至近距離から覗き込むと、スッと僅かに息を吸い込み…

 

「駿河っ!」

 

「うひゃぁぁぁぁあ!?し、指揮官!?」

 

至近距離から放たれた呼び声に驚く駿河。

彼女はそのまま飛び上がるように立ち上がると、勢い良く後ろに下がり壁に背中を打ち付けてしまう。

 

──バンッ!

 

「はうっ!っっ~…!」

 

強かに背中を打ち付けてしまった駿河は、膝から崩れ落ちてしまう。

その瞬間、彼女の頭から何が落ちてきた。

 

「ははは…三週間ぶりぐらいか?お前は相変わらずだな。」

 

「お、起きたなら言って下さいよ…」

 

「声は掛けたが…起きなかったじゃないか。文字通り"狸寝入り"かと思ったが…本当に寝ていたようだな。」

 

愉快そうに笑いながら、駿河の足下の畳に落ちた物を拾い上げて彼女に差し出す指揮官。

それは、艶のある厚い広葉樹の葉だった。

 

「か、からかうのは止めて下さい…もう…」

 

眉をひそめて指揮官から葉を受け取ると、頭に乗せて目を閉じた。

痛みのせいなのか、やや涙ぐんでいる彼女の頭には先程まで生えていた筈の角は無く、茶色い毛で覆われた半円状の耳が生えていた。ついでに腰の辺りにはフサフサの毛で覆われた太い尻尾が生えている。

 

「もう少し動じない精神を鍛えろ。いちいち驚いてたら疲れるだろ。」

 

「はぁ…驚かせたのは誰だと思ってるんですか…」

 

ため息混じりに『ミズホの神秘』の力を集中させる駿河。

すると耳と尻尾が煙と共に消え去り、代わりに角が現れた。

 

「別に隠す必要は無いだろ。」

 

「こういうのは威厳が大切なんですよ。指揮官みたいに強面の巨漢ならまだしも…」

 

「そういうもんかね。」

 

「そうですよ。」

 

角を触って変化が上手く行っている事を確認している駿河に、指揮官は問いかけた。

 

「そう言えば…俺はドクの秘匿ラボでホルマリン漬けにされてた筈だぞ?何故、重桜寮で寝てたんだ?」

 

「あぁ、それはですね…治療は二日前に完了したので、あのカプセルから指揮官を出したんですけど…まだ眠っていたのでここまで運んで来たのですよ。」

 

「起こせば良かったじゃないか。そうすりゃ、面倒は省けただろう?」

 

指揮官の言葉を聞いた駿河は、苦笑いしつつ人差し指で頬を掻きながらその疑問に答えた。

 

「それは…赤城さんがですね…」

 

「赤城が?」

 

「はい。"指揮官様がこんなに安らかに眠っておられるのに起こしてしまうのは失礼ですわ。"…と仰って…」

 

「過保護な奴だ。別に気にする必要は無い、と常々言っているんだがな。」

 

半ば呆れたように告げる指揮官に対し、駿河もまた呆れたように告げた。

 

「指揮官は前々から無理をし過ぎです。私達、重桜がサモアに合流してからずっと指揮官の働きぶりを見てきましたが…明らかに働き過ぎです。これは赤城さん…いや、全KAN-SENの総意でもあります。そんな総意を無視して叩き起こせと?」

 

「仕方ないだろう?俺は指揮官として…軍人としては、二流どころか三流にもなれん。他の軍人に並ぶ為には、ある程度の無茶は仕方ない。」

 

「そうは思いませんが…」

 

「一応は任された仕事だからな。仕事は完璧にこなす、これが俺のポリシーだ。」

 

「ならば、今はしっかりと休息をとる事が仕事です。カナタ大統領直々の命令でしょう?完璧にこなして下さいね。」

 

「……一本取られたな。」

 

バツが悪そうに苦笑する指揮官と、少しだけ勝ち誇ったような駿河。

そうした後、駿河は敷かれた布団の枕元に歩み寄り、空になった水差しを盆に乗せて障子の方へ向かう。

 

「それじゃあ、皆に指揮官が目覚めた事を伝えに行きますね。…流石に一度に押し寄せるような事はしないと思います。」

 

「あぁ、すまんな。」

 

「では…」

 

障子を開けて退室しようとする駿河。

しかし、指揮官にはもう一つだけ疑問があった。

 

「駿河。」

 

「なんですか?」

 

「何故…重桜寮なんだ?別にユニオンでもロイヤルでも…それこそ司令部の宿泊施設でも良かっただろうに。」

 

それを聞かれた駿河は、やや気まずそうに顔を逸らした。

 

「えっと…その…あれですよ。休暇中の指揮官を誰が、どの陣営がお世話するかという話になりまして…」

 

「ほう……で?」

 

少々、意地悪な追及だ。

短い言葉で相手の失言を誘導するような質問…しかし、駿河にはその短い言葉の意味が理解出来た。

 

「航空機述べ500機以上、量産型艦船は大型が12隻、中型が37隻、小型が100隻近く…損耗しました。」

 

「はぁ…やってくれたな。」

 

KAN-SENとは兵器であり、戦う為に生まれてきた存在である。

如何に優れた容姿と頭脳を持っていようがそれは否定出来ない事実であり、またそれが彼女達のアイデンティティなのだ。

故に、彼女達は自分たちの中で何かしら問題が発生すると、ある程度の話し合いの後に闘争によって解決しようとする傾向にある。

だが、それを一概に悪手だと断じる事は出来ない。

演習モードを利用すれば轟沈する事は無く、下手な話し合いで禍根を残すよりも死力を尽くした闘争によって解決する方が後腐れ無い、という事もある。

しかし、今回勃発した指揮官の休暇争奪戦は演習では済まない規模になっていたらしい。

 

「申し訳ありません…皆、ヒートアップしていて私では止められなくて…」

 

「いや、いい。たまには、こんな演習も悪くは無いだろう。練度維持にも役に立つ。…今回は不問にするが、次からは許可を取れと伝えてくれ。」

 

「はい、分かりました。」

 

三つ指をついて頭を下げ、退室する駿河を見送った指揮官は特にする事も無いので布団に寝転がった。

 

その後やって来た赤城や大鳳、愛宕や鈴谷といった一癖も二癖もある面子に翻弄される事となったのは、語るまでも無いだろう。

 




アンケートの結果、最も得票数の多かった重桜に指揮官をシュゥゥゥゥ!超☆エキサイティン!

気が向いたら他の陣営のifルートも書くかもしれませんが、あまり期待しないで下さい

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